第6話 ……ひくわ
「完全にボッコンやんけ」
『ボッコン』というのは主に、関西の不良中学生の間に伝わる原付バイクの盗み方である。鉄パイプを原付のキーシリンダーに突っ込み、そのまま”ボッコン”と根元から折ってしまうことがこの名称の由来であろう。
また、キーシリンダーを折るための鉄パイプに、”自転車のサドル”についているものの径が最適なことから、犯罪への危機意識が低い中学生は、自転車のサドルを服の中に隠したり、更に完全にアホな奴にいたってはサドルを手に持ったまま、更にありえないことに仲間とバカ騒ぎしながら獲物を探して、街を練り歩いていることもある。
そんな中でこの中学生は少しだけ周りを警戒し、サドルも一応服の中に隠していることから、割と”一般的なアホ”であるといえよう。
「せやなぁ、あーあ、あの子あかんでー」
祐奈があきれた様子で言う。
「せやな、あかんな」
「……カズくんも昔ようやってたやん、ようゆわんやん」
「……そんなん今はどうでもええねん、なあ、アレ、いったろや?」
やがて路肩に停まる一台のボロボロな原付の前で立ち止まる少年を見て、和夫は何かを思いついたような顔を見せる。祐奈はまたどうせロクでもないことであろうことをわかりながらも一応訊く。
「いったるって?」
「ほら、あれやんけ。ポリに言わんといたるとかと言うたらほら、……金くれるかも知れんやんけ」
まさに外道の発想である。そもそも原付を盗もうなんて中学生が金を持っているとは考えにくいことを考えると、親から金を取ろうとしていることは容易に想像がつく。
「……カズくん最悪やわ、……ひくわ」
そんな和夫の腐れ外道な発言に、祐奈は心底嫌そうに和夫を窘めるが、それに全くひるむ気配はない。
「でもお前、やらんかったら明日から住所不定無職やぞ、この寒空の中野宿で野糞やぞ! 死んでまうで」
苦言を言う祐奈に、和夫が普段より強い決意を秘めた目で見つめ返してくる。その視線からは、和夫が自分をこれ以上落ち込ませない為に、自分のせいでアパートを追い出されるという状況に陥らない為に、無理をしてくれているであろうことを感じさせられる。
「せやけどー、……カズくんせっかく悪いことやめたのに」
「まあええやんけ、今日だけ今日だけ」
尼崎に引っ越してきてから、和夫は全く犯罪行為に手を染めていなかった。それは犯罪で繋がった人間関係や、そういった行為そのものに嫌気がさしたこともあるが、どちらかと言えば祐奈が嫌がるからという側面が強かった。
世の中に対してやさぐれていた和夫と違い、祐奈は楽しいことに対してのノリは抜群にいいものの、誰かを傷つけるような行為には強い嫌悪を示していた。引っ越してくるあたりでようやく和夫がそのことに気づいてくれたことの嬉しさを、祐奈は今でも大切にしている。
せっかくのそんな状況が、自分が馬鹿なせいで壊れようとしてる。そんな思いに胸が締め付けられると同時に、和夫がまた自分の為に頑張ってくれようとしていることをうれしく思ってしまう自分もいる。
「あかんってー」
「お? あいつアレいくんちゃうけ?」
祐奈が自分の中の葛藤と戦っていることなど知らず、和夫は浮かれた声で言う。
見ると、少年は一台のなにやら細い棒のようなものを原付のカギの辺りに押し当てる。
「うわ、ほんまや」
「っしゃあ、チャンスやんけ」
和夫はそう言うと、路地の陰から飛び出し、少年の方へと小走りで進んでいく。
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