第5話 アレちゃうか?
家賃支払いリミットまであと1日。更に和夫と祐奈の住んでいるもみじハイツの管理人は、敷金礼金も取らず、保証人がいなかろうが反社会的な業務をこなす人であろうが家賃さえ払えば誰でも済ませてくれるが、家賃の支払いが遅れると速攻追い出すという、よくも悪くも思い切りのいいお爺さんでなのである。つまり、明日までに家賃が払えなければ二人はその日から”住所不定無職”の身分とともに歩む壮絶な人生が幕を開けることになるのである。
「さすがにヤバいな、もう今日しかあらへんやんけ」
肩を上下にゆさゆさと揺らしながら歩く和夫がつぶやく。
「…………」
その少し後ろを、肩を落とした祐奈がうつむきながら続く。
「ん? どないしてん、なんかしんどいんか?」
「……ん……ぁ、……めん、なぁ」
それは耳を澄ますと、消え入りそうな声で「ごめんなぁ」と繰り返しているのだとわかる。
「なあ」
和夫が振り返り声掛けるも、祐奈はうつむきつぶやき続ける。
「いや、聞けって」
和夫は少し強引に祐奈の肩を掴む。一瞬ビクッと反応したあと、祐奈は顔を上げる。
「え? なに?」
「いやお前、なんでそんなこれから売られゆく子牛みたいになってんねん?」
「だって……、あたしのせいやん」
祐奈は再び俯く。祐奈は基本的にはめんどくさいほどに図太い女であるが、自分のせいで誰かに迷惑をかけた時などは、一気に自虐的になる。
「せやな」
「…………せやんな。…………ごめんなぁ」
元気づけるために声をかけたはずの和夫にトドメを刺され、祐奈は涙をポロポロと流し始める。それを見た瞬間、和夫は自分が言葉を間違えたことに気づく。
「あ! いや、ちゃうねん! そうじゃなくて! ほら、あれやんけ!」
「……あれって?」
「いや、ほら、お前がアホなんは今更っていうか、なんというか」
「……せやねん、……あた、しが、ア、ホなん、……が悪いねん」
祐奈は嗚咽に言葉をつっかえさせる。
「ちゃうちゃうちゃう! ちゃうねん! ええか? 俺が言いたいのはやな……」
そこで和夫は一度言葉を止める。しっかりと考えて話さなければヤブヘビにしかならないようにようやく気付いたようだ。
「……なんつーかよ、お互い様やんけ、そういうのは」
「……でもカズくんなんも悪ないやん、今月の家賃半分ちゃんと働いて渡してくれたのに、あたしがアホやから全部なくなったやん」
「いや、それはゆうて今回の話やんけ。俺も今までお前にようさん迷惑かけたやんけ。そん時お前俺責めたか?」
祐奈は俯いたまま、絞り出すように言う。
「…………めっちゃ責めた」
「ああ、そうやったわ、お前そういう時おもくそキレるもんな? いやでもなんやかんや許してくれたやんけ」
「せやけどぉ……、でもな? 今回のはあれやん、さすがにあかんやん、あたしな? こーなったらもうあたしな? もうあたしから……」
「……しっ」
突如、和夫は祐奈の口を押え、路地の角へと引っ張る。
「おい、……見てみ」
「……なに?」
和夫が指さす方に、一人の少年がいた。歳の頃は中学校2~3年といったところであろう。なにやらキョロキョロとあたりを見回しながら歩いている。その視線は、誰かを警戒するというよりは、何かを探している様子。
「ほら、あいつ、アレちゃうか?」
「あれって? ……あ」
よく見ると少年は、ダウンジャケットの胸の部分をやたら膨らませていた。その膨らみ方はなぜか三角形じみた尖り方をしており、実は巨乳だった、えげつない量の胸毛が生えている、などによるものでないことはだれの目から見ても明らかである。
「たしかに……、あれやん」
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