第7話 イケるイケる
引き留める祐奈を無視して和夫は少年に声をかける。
「こんばんわー」
声をかけられた少年は、一瞬びくっとした後、目線をぎょろりと和夫に向ける。その野性的な視線に和夫は強い恐怖を感じる。
「なんすか?」
少年は、声をかけられたことが心底気にくわないといった感じで不機嫌に言う。
「いやー、別になんかあるわけちゃうねんけどやな、そんな悪いことしたらあかんでー思てやな……」
「はぁ? 舐めとんすか?」
少年は和夫の話を遮りすごんで見せる。和夫はびくっとなり、後ろからついてきた祐奈と顔を見合わせ、小さく『うわぁ、こわー』と囁き合う。
「ちゃうねん、いや、ホンマ! あれやねん」
「……あれって?」
「あれはあれやんけ! ほら、その、お前、そういう……」
”お前”と言われた瞬間少年のこめかみがピクリと動く。
「……誰にお前言うとんねん」
少年は低く小さな声で言う。その眼光は鋭く、和夫たちにそのまま飛び掛かってきそうな気迫を感じさせた。
「いや、ちゃうやんちゃうやん! 言葉のアヤやん! そーいうお前ちゃうやん! ほら、そんな怒らんでもやな」
和夫は焦り、視線を彷徨わせながら言う。
「ほんまほんま、あたしら悪気はないねんって、な?」
祐奈は『まあまあ』とばかりに手を振りながらにこやかに言う。こういうテンパった場面では祐奈の方が度胸があるようである。
「……いや、ほんまなんなんすかあんたら」
少年はいったん怒気をしまい込み、あきれたように言う。
「いや、その、そーいう、その、窃盗? みたいなんはよくないってゆーあれを人生の先輩がやな」
「カズくんも昔めっちゃやってたもんな」
「いらんことゆわんでえーねん」
「……もうほっとってください」
言うと、少年は棒で鍵穴の周りをほじくり返す作業に戻る。和夫は先ほどの怒った少年の怖さを思い出し言葉を続けられずそれを黙ってみている。祐奈は和夫の袖を引っ張り小声で「もういうこーやぁ」と囁きかける。
鍵の周りを捲り終えた少年は、ダウンジャケットのジッパーを開けると胸元から自転車のサドルを取り出した。そしてそれをキーシリンダーに差し込む。
「おい! なにやっとんねん!」
声に向かって振り返ると、そこにはスクーターに跨る警察官がいた。
2
「危ないってー、もう停まろうやぁ」
「いやいや停まったらパクられるやんけ、俺らもう未成年ちゃうから前科もんやん、そんなんいややん」
「嫌やけどぉ……」
「……っていうかアンタらなんもしてないんすから逃げん方がよかったんちゃいます?」
「……ほんまや」
「カズくん……」
和夫、祐奈、少年の三人はカギを破壊した原付スクーターに三人乗りして警察に追われていた。和夫が運転し、祐奈が座席の後ろ、少年は前の足を乗せる部分でしゃがんでいる。
「ちょぉ、追いついてきてるって! これいけるん?」
「イケるイケる! 何年ポリから逃げてる思とんねん」
和夫は2人に挟まれほとんど体勢が変えられない状態のまま、器用に車体を傾け曲がり角を右へ左へと進路を変えながらスクーターを走らせる。
「ちょ、アカンアカン! 全然離れてへんで!」
「マジかぁ、やっぱ直線で追いつかれるんか、原チャはおっそいからの」
「どうするんすか? 僕捕まんの嫌っすよ!」
「……しゃーない、いっつー逆走するか」
「あかんって、危ないって!」
「イケるイケる!」
言いながら和夫は車体を思いきりバンクさせ、センタースタンドを地面にガリガリと擦りつけながら一方通行の路地に入る。
「っしゃあおらー!」
「ちょ! 前! 前!」
「え?」
「うわ! ちょ!」
路地の先からは猛スピードで中型トラックが向かってくる。
「ちょ! マジか!!」
和夫は咄嗟にブレーキを握る。
タイヤはロックし、車体は横滑りを始める。
「「「うわぁーー!!!」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます