とある幻想おとぎ図鑑

秘鷺

1.ティアマルール《花》

 ティアマルールとは、秋の終わりに咲く小さな白い花である。森の中など人気の無い場所に群生している事が多い。

 可憐な印象から、一面に咲く景色は見事の一言に尽きる。だが香りがキツく、長く吸いすぎると強い酩酊感と幻覚・幻聴を起こす。

 そのため、秋の終わりに不自然に強い香りがしたらすぐにその場から離れる事を推奨する。


 この花には悲しい逸話がある。

 昔、とある国は一匹の魔物に襲われ続け、混迷を極めていた。人々は何度もその魔物を倒そうとしたが、あまりの強さに誰も歯が立たなかった。

 ある日、一人の青年が魔物退治に名乗りを上げた。

 人々は彼を止めた。結婚を間近に控えた恋人がいたからだ。だが青年は人々の制止を振り払い、魔物との闘いに向かった。

 彼と魔物の闘いは七日七晩続き、とうとう八日目の朝、青年は魔物に止めを刺した。だが、魔物はただでは死ななかった。ずっと彼らの闘いを見守っていた恋人を道連れにしたのだ。

 青年の腕の中で恋人は息絶えた。彼女が流した涙から生まれたのが、ティアマルールだ。

 英雄となった青年は王となったが、恋人を失った悲しみは癒えなかった。彼はティアマルールを愛し、城の庭一面にこの花を植え、常に目の届く場所にこの花を飾った。

 月日が過ぎ、彼は穏やかな性格から一変し、かつてこの国を襲った魔物のような暴君となった。

 人々は彼を王の座から引きずり下ろし、処刑した。

 彼が愛したティアマルールは「堕落の花」と呼ばれ、国中の花が焼き尽くされた。


 近年ではこの花の研究が進み、ティアマルールの蜜を希釈する事で、柔らかく上品な香りの香水として使用されている。

 短い間しか咲かない貴重な花のため、この香水は最高級品の一つである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る