第24夜 蝋燭

 その朝、聖堂へ入ると、祭壇の上に四つの大きな蝋燭が姿を現していた。脚の長い燭台に菱形を成すよう配されたそれは、三本が子どもの腕よりやや太く長く、残りの一本だけが大人の腕よりさらに一回りは太く長そうで、色もそれだけが赤く塗られていた。しかし、まだそのいずれにも火は灯されていない。蝋燭は真新しい姿で佇み、聖堂に集う子どもたちを見下ろしていた。

 「あれはなんだろう」と首を傾げる子どもたちは、保育院で初めての冬を過ごす、いわば新参者。一方、古参の先輩たちは見慣れた様子で「もうそんな季節だなぁ」と顔を見合わせた。

 それは、待降節のための蝋燭だった。

 その日の神父様のお説教で、早速、蝋燭とそれを灯す意味が語られた。

「神は自らの子を人として我々のなかに降らせてくださる。その神の御子、すなわち救い主を待ち望み、静かに祈るがこれからの一ヶ月間なんだ」

 四つの蝋燭は一ヶ月を七日ごとに等分した数。冬至の頃に行われる降誕祭まで、週に一つずつ蝋燭を灯していく。

 それはきっと降誕祭が待ち遠しく感じるだろうなと、神父様の話に耳を傾けながら少年は思った。目の前に四つの蝋燭があるならば、一つを灯せばまた一つと、いちどきにすべて灯したくなるのが人の心だろう。それをあえて一週間に一回と決めて行うのは、我慢を求められているようで、そうやってじっくり物事を行うというのは、とても教会らしい作法だ。

 次の週末には灯されるだろう大きな蝋燭を見上げて、少年はこの蝋燭が迎えるであろう未来の時間について考える。

 少年が、自分を保育院へと預けた両親へと手紙を出してからもう丸五日が経った。手紙の配達を担う通信士によれば、三日とあれば宛名人のもとへ届くというから、もうとっくに手紙は両親のもとへ到着しているだろう。

 両親は手紙を読むだろうか。そして、少年に宛てて返信を書いてくれるだろうか。それを少年が読むのはいつのことになるのだろうか。近頃は寝ても覚めても、そんなあてどもない問いかけを繰り返している。

 少年がそう考えを巡らせている間に、神父様のお説教は終わり、礼拝の時間は再び動き出す。朗々と響く神父様の独唱に、続けて唱和する子どもたちの声。オルガンが奏の音色と協調する賛美歌。

 少年は、長時間の忍耐を要する礼拝のなかで緩みかける心を糺すように、両手を強く組み合わせた。

 自分を捨てたのかもしれない両親へ、少年の言葉が届き、両親がそれに答えてくれますようにと、いまはただ祈ると決めたのだから。

 日々を真摯に祈るのは難しい。言葉の上では「祈る」と単純に言えても、その内実は他者からはまるで見えず、自分自身でこの身をひたすら律していかなければならない。まして、報われないかもしれない努力を続けることになんの意味があるのかと、疑問がしょっちゅう頭のなかをよぎりもする。それはとても苦痛なことだ。

 それでも、少年は手を組み合わせ、祈りの言葉の一句ずつに思いを籠めて唇に乗せる。そうすると決めたことなら、ここで負けてしまいたくはなかった。

 祈れば本当に願いが叶うなんて、そんな都合のよいことを端から信じているわけではない。もし祈ることですべてが叶うなら、少年のいる保育院なんてそもそもないのだろうし、悲しい思いをする子どもたちだっていないはずだ。

 少年はただ、代償を捧げたいのだ。自分の願ってやまないたった一つのことのために、なにかをしたという証が欲しい。だから祈る。自分で定めた期日に至るまでは。

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