第17夜 通信士

 通信士は、通勤局へ出勤して一番に、仕事机に紙という形で積み上げられた仕事の山を見上げ、今日も忙しくなりそうだと確信した。

 通信士というのは、その名の通り通信を行う者、つまり、森やその他の地形によって断絶させられた町や村を手紙や電報といった形で伝えたり、あるいは、別な町や村へ移動する者に交通の手段を用意したりするのも彼らの仕事だ。

 通信士は名目上、通信省という組織のなかに属しており、人の住むあらゆる場所を結ぶことをその存在意義としている。……というのは知識の上だけの理解で、通信士の大半は自分の生まれ育った村や町からは出たことがない。その存在を感じるのは、よそから自分たちの住む場所へ人や手紙が来るとき、または音声信号による電報が届くときだけだ。

 よその土地への移住、長距離の旅行というのは、それをしたくともおいそれとできるものではない。人の住む場所以外の場所は人にとって危険極まりなく、例えば、この町から隣町へ森を越えて行くだけでも、定められたルートを辿らなければあっという間に深い森のいずこかへ迷い込み、出られなくなるという。人が町を作って他の生き物たちを排除したように、森には森の生き物の秩序があり、そこでは人を排除される。それは当然のことだった。

 そんななかでも、隔てられた町や村同士でなんらかのコンタクトを計ろうとする者は少なからずいる。そういった人たちの移動や通信の安全を確保し、一括して把握するために置かれているのが通信省というわけだ。


 通信士たちの業務は、様々な筆跡で宛名書きされた封筒の山を、配達先ごとに仕分けすることから始まる。さらにそれを配達を担う馬車便へと預けるまでにおおよそ正午までの時間を要する。

 そして休憩を挟んで午後からは、一枚紙に短く書かれた文言とその宛先を電報の音声信号へ変換して各基地局へ発信する業務に当たる。

 さらにそれらの合間を縫って、次々と届く手紙や電報、他の町や村を往来するため通信局を訊ねて来るものを名簿に登記し、目的ごとに書類を作成し、さらには馬車を手配するなどの作業も行う。もう、細かく上げ出せば切りのないほどの仕事が、通信士たちの身に降りかかってくる。

 時に、手紙を積んだ馬車便や困難な道を踏破した者たちの到着が夜に及ぶこともあり、昼間働き詰めた上でローテーションで宿直にも当たることもあるから、なかなか体力を要する仕事だ。長続きしないで別な職へ移っていく者も相当数いれば、この職を天与のものとして全うする者もいる。


 いずことも知れぬ場所から発される信号を受け、人を迎え、そしてこちらからいずことも知れぬ場所へまた信号を発し、人を送る。際限なく続く音信や人々の往来を、今日も通信士は仕事机の上で淡々と守り続ける。

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