第208話 ボーボーボー・ボーボーハウス2



「英雄を止めなさいっ!! ライター持ってるっ!!」


 こころの悲鳴混じりの叫びで、全員が視線を英雄に走らせた。

 流石といえば流石、思考停止に陥る者は居らず親達は英雄に向かって猛ダッシュ。

 だが。


「――――近付くなっ!!」


「チッ、嫌らしい手を使うなァバカ孫ォ!!」


「英雄、今なら冗談で済ませてあげるから。そのライターをしまいなさい」


「ああ……ついに英雄も平九郎の様にド外道に……祖母としてお説教するしか無いようね」


「ジジイとババアがお冠だぞ~~、無駄な抵抗とかブラフかましてないで投降しろよ英雄!」


「お止めなさい、娘婿を犯罪者にしたくはないわ?」


「……妙だね、わざわざ止めるとは。まだ何かあるのかい?」


 口調はしっかりしていても、親達はその場で静止。

 皆一様に冷や汗を流している。


(うん、今の内に撤退して栄一郎、天魔……ありがとう!)


 親友達がこっそり逃げたのを確認して、英雄は彼らに笑いかける。


(いやぁ、僕ってば親孝行だねぇ。ここまで気を使うのも疲れるんだよ?)


 親友を逃がしたのも、親達の動きを止めたのも――本気で火を着けるからだ。

 万が一に備え、距離を取る様に誘導しなければならない。


「みんな、言いたい事はあるだろうけどさ。先ずは僕の話を聞いて貰うよ」

 

「話だァ!?」


「それは今、貴男が火を着けようとしているのに関係しているの? 犯罪者になってしまうわよっ!!」


「うん、それは安心して欲しいお袋。――義母さんも聞いた話だろうけどね、僕はそれを利用……いや再現かな? させて貰ったよ」


「……話が見えないわね、私が何を聞いたと?」


「フィリアから聞いてない? 前に家を燃やして僕との同棲に持ち込んだ時、あれ映画撮影だって警察と消防丸め込んで合法的に家を燃やしたの」


「テメェまさかッ!!」


「爺ちゃん正解っ! ――そのルートと伝手を使わせて貰ったんだ」


「だが英雄、お前は理解してんのか? 逆を言えば、俺らがボコボコにしても問題無いって事だぜ?」


「勘違いしないで欲しいな親父、……イニチアシブを握ってるのは僕だよ?」


「オレとしては英雄君の話が気になるな、――何故、この様な事を? いや気持ちは十二分に理解出来るが、ああ、十二分に理解出来るが」


「勇里? なんで今二回言ったの?」


 首を傾げるカミラはともかく、義父の発言に英雄は乗っかった。

 正しく、聞いて欲しい言葉だったからだ。


「はっきり言うよ、――みんな迷惑だ。僕らの子供をダシに争うな。理由が何であれ争うな。僕らの意志も子供の意志も無視して干渉し過ぎだよ」


 口調こそ穏やかで、まるで雑談するように軽やか。

 しかしその響きには怒り、煮えたぎるマグマの様な熱に溢れていて。

 ……黙る、親達は黙るしかない。

 彼らだって馬鹿じゃない、その自覚は少なからずあったからだ。


「初孫に喜ぶ親父とお袋、義母さんと義父さんの気持ち、曾孫に喜ぶ爺ちゃんと婆ちゃんの気持ち、……痛いほど理解できるよ、僕だって同じ年で同じ状況になったらそうなるかもしれない。――でも」


 伝われと、燃やさずともインパクトを与えている今だからこそ伝わる筈だと。


「正直やりすぎだ、僕とフィリアはやめてって言ったよね? というか嫌がってるの理解してたよね? なんで争いを続けたの?」


 突き刺さる、なまじ常識をもって暴走している脇部だからこそ、這寄だからこそ、英雄の言葉は切れ味の鋭い包丁の様に突き刺さる。


「僕はさ、思ったんだ。――こっちの意見を通すにはインパクトが必要だって、だから……このアパートを燃やす、僕らの決意として、断じて燃やす」


 揺るがぬ断言、確固たる言葉、本気も本気の言葉に親達は揺るいで。


「ちょっとこころ? 貴女の教育方針はどうなってる訳? そこのクソ男より万全に仕上がってない?」


「いやいや義母さん、貴女には感謝してるんだ。――僕をこんな風に成長させてくれたのは……フィリアだから、フィリアが居たから僕は得難い経験と共に強くなれた」


「だって言ってるわよカミラ? 貴女こそ娘の教育どうした訳?」


「まぁまぁ責任転嫁しないでよお袋、僕はお袋から誰かを一途に愛する揺るがぬ意志を教わった。……そして親父には、世の中の戦い方を学んだ」


「おいテメェ、英雄に何を教えてるんだ?」


「あ、爺ちゃんには手段を選ばず圧倒的な力で押しつぶす事を学んだ! 婆ちゃんには裏から手を回す強さを学んだよ!!」


「平九郎?」「おい親父?」


 娘の教育……と渋い顔をする這寄夫妻、口元は全員ヒクついている脇部一族。

 彼らは理解してしまった、脇部英雄というある意味傑物を生み出してしまったのは己達自身だと。

 そんな親達に向かって、彼は微笑んで。


「――ありがとう、みんな感謝してる。だからさ、フェアに行こう」


「フェアとはどういう意味だい英雄君」


「良い質問だね義父さん、……三秒だ、今から三秒の間だだけ僕は猶予を与える」


「三秒で君を捕まえれば、こちらの勝ちだと?」


「勝ちかどうかは義父さん達の心次第さ、でもアパートは燃えない。どうする? 受ける? 僕は今すぐ火を着けてもいいけど……」


 親達は真剣な顔で頷きあうと、誰もかもが拳を握りしめ走り出す体勢。


「じゃあ、百円玉を投げるから。落ちてから三秒って事で、――それっ!!」


 ポケットから百円玉を出し、空へと放り投げる。

 視線を上に向ける者、耳を澄ます者、六者六様でタイミングを測り。

 ――チャリンと今。


「さーん」


「テメェ覚悟しとけよッ!!」「ぶん殴ってやるぞ我が息子!!」「義理の息子が万が一焼死したら目覚めが悪いだろうがっ!!」


「にーい、っとここでサプライズ点火っ!!」


「「「「「「ズルいっ!?」」」」」」


 三秒とは何だったのか、二秒でライターの火打ち石のダイヤルを回す英雄。

 だが。


「……あれ? あれ着かないっ!?」


 ジッジッと火花は散れど、ライターは点火せず。


「今のウチだああああああああああッ!」


「うわああああああああああ、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! なんで火が着かないのさああああああああああ!!」


「王太捕まえなさいっ!! なんとしてでも英雄を捕まえるのっ!!」


「待てやゴラアアアアアアアアアアアア!! 騙し討ちとは良い度胸してるじゃねぇかあああああああああああ!!」


「ひいいいいいいいいいいい、お助けぇええええええええええええええええええ!!」


「親父と勇里は反対側から回り込めっ!! こころ達はちょっと離れてろ!」


「僕ってば大ピンチ!! 人気者はつらああああああああああああああああいっ!!」


「誰が人気者だ馬鹿孫オオオオオオオオオオオ!!」


「ひええええええええええええっ!!」


 右に左にぐるぐると、後ろから祖父が突き出した両腕をスライディングで回避、だが待ち受けるは義父。

 慌ててしゃがみ込む彼だったが、英雄は勢いのままスライディングジャンプ、そのまま門の方へ。


「そう来ると思ったぜ我が息子おおおお!!」


「だよねだよねっ!! そう来ると思った英雄くん絶体絶命の危機っ!?」


 彼我の差は5メートルも無い、後ろには三メートルの距離まで祖父と義父が、左右には母達、誰の目にも逃走劇の終わりに見えた。

 瞬間、門の前に車が止まってクラクションが。


「こっちだ英雄!!」


「助かったよフィリアっ!!」


「と思ったのが運の尽きよッ!! 捕まえたぜ!! これで終わりだッ!!」


「――――ああ、これで終わりだお爺様」


 フィリアは大きくふりかぶって、バチバチ言う何かを投げ

 あ、と誰かが間抜けな声を出した。

 爆竹、と唖然とした顔を見せた者も居た。

 英雄を掴んでいた力が抜ける、それを彼は見逃さずに脱出して。

 ――ぼう、とアパートに火が着く。


「火がっ!? これを狙ってたのね英雄っ!!」


「僕らは夫婦さっ!! 僕だけに気を取られてたのがお袋達の敗因だああああああああああああ!!」


「フハハハハッ!! これぞ内助の功! 夫を助ける為なら火だって着ける!!」


「や、やりやがったコイツら――――ッ!?」


「じゃあねぇえええええええ!!」


「さらばだ皆の者ッ!!」


 そして、門の前の車は英雄を回収して走り出した。

 残るはあんぐり口を開けた親達、次の瞬間、我に返った彼らは慌てて水を探す。


「しょ、消防車っ!!」


「水だ水っ! 庭に蛇口あんだろッ!?」


「ダメっ、蛇口は管理人室のドアの横っ! 火に巻き込まれるっ!!」


「ああ……、これは完敗だな」


「なに暢気にしてるんだ勇里っ!! お前も手伝えっ!!」


「…………はぁ、落ち着きなさい王太。英雄はこれも折り込み済みよ」


「はぁ、そんな事言ってる場合かよババア!」


「――――成程、そうい事ね。出てきなさい未来、居るんでしょう?」


 頭を抱え盛大にため息を吐き出すカミラ、彼女の声に答えメイド服姿の女性が門の影から現れて。

 王太達は、そういう事かと苦い顔。


「お見通しですか奥様」


「……消火の手筈は」


「出来ております、近隣の皆様にも知らせは十分に。各種根回しも完了しております」


「結構、では消火を始めなさい」


「いえ、まだです奥様」


 しらっと拒絶した未来に、カミラはギロリと睨む。


「何ですって? まだ? 貴女は何を言っている訳?」


「お気持ちは分かりますが、――皆様、何かを忘れてはいませんか?」


「忘れる? 私達が? 何を…………」


 頭を悩ませる親達、すると平九郎が目を見開いて。


「――…………! ガハハハ! クハハハハッ!! やられたッ!! ここまで徹底的にやられたら、そりャあ俺らの負けだ!!」


「おい親父、笑ってる場合かよ」


「笑うに決まってんだろ、英雄は、いやあの孫夫婦はな、俺ら全員が降参宣言するまで消火させないつもりだぜっ! そうだろメイドの姉ちゃんよォ!」


「はい、その通りです。お二人は今回の件について白旗降伏するまで消火及び、逃走先の新居も教えないと」


「え、何あの子達新居建ててたのっ!? 私聞いてないわ!?」


「ああ、俺は聞いてた。サプライズするつもりだと言ってたから、本来はそうする予定だったんだろうな」


「何さらっと言ってるんだよ勇里っ!! あーチクショウ!! 今後の憂いが無いから躊躇無く焼いたのかっ!!」


「――――いえ、違うは王太。これは紛れもなく英雄とフィリアの覚悟、意思表示よ」


「そうね、こころの言うとおり。……次は私達の家、あるいはその新居も躊躇無く焼き捨ててでも徹底的に反撃する、そういう意味ね」


「ご明察です、脇部の大奥様」


 完敗だった、これ以上無く。

 英雄とフィリアは、親を越えて行ったのだ。


「………………俺達は、何としてでも燃やさせるべきじゃなかったか」


「違うわ王太、そもそもあの子達に必要以上の干渉をしたのが間違いだったのよ」


「そうだな、俺らの時も散々抵抗して嫌な思いをして、まぁ楽しさもあったが。ともかく――――英雄も大きくなったなぁ、そして親の自覚が出てきた。アイツは良い父親になる」


「その感想でいいのか王太? 俺としても、カミラとお前を出し抜いた時点で頼もしい限りだが」


「ふふ、英雄はもう立派な大人ですね平九郎」


「だなァ、早く酒を一緒に飲みたいぜ! ガハハハハ!」


「ついに私を追い越したわねフィリア……、本当に強くなった、良い夫を持ったわね」


「皆様? 敗北を認めたのは分かりましたが、その言葉はお二人の前で言うべきでは?」


 そして未来は続けた。


「これより新居にご案内致します、なお伝言として引っ越しの片づけの手伝いと、引っ越しパーティの準備と、足りない家具の用意をしてくれと」


「仕方ないわね、家具は私と勇里が手配するわ! さぁ勇里、はりきって選ぶわよ!」


「部屋の間取りとフィリア達の希望は聞いているかい未来」


「ええ、こちらにリストが」


「となれば、俺らは手伝いとメシの準備だなッ!!」


「ジジイとババアはメシを頼んだ、俺とこころは手伝いに行く」


「ああん? 俺を年寄り扱いすんな! 男手が居るだろうが!」


「多分、男手なら英雄の親友達が居るわ。四人で買い出しに行った後で皆で手伝いましょう」


「では、その様に伝えておきます。――消火班、開始してください」


 親にとって、様々な意味で大きな価値ある敗北で。

 子にとって、色々な意味で大きな価値ある勝利で。

 子供に纏わる騒動は、今ここに終結したのであった。







次話と次々話、エピローグを二話投稿で完結です。

もうちょっとだけ、お付き合いくださいませ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る