第207話 静かに深く引っ越しせよ



 アパートからひっそりと引っ越しが始まっていた頃、敷地に続く道には栄一郎と天魔の姿が。


「感無量でゴザル……、こんなに早く英雄殿に手助けが出来ようとはッ!!」


「へへっ、武者震いしてきたぜ。……本当にアレを相手にすんのか俺ら?」


「あー、ちょっと次元というかジャンルが違うおじゃね、拙者はるろ剣や鬼滅の登場人物になった覚えは無いでゴザル」


「俺にはジョジョ一部に見えるぜ、人間ってあんな動きが出来るんだなぁ……」


 親友を助けに、といざ目の前にして二人には躊躇いが。

 然もあらん。

 アパートの庭では、ギリギリ超人以下の戦いが繰り広げられている。

 壁や階段を使った、三角跳びによる大ジャンプ、何処の流派ですかと聞きたくなるような斬撃、エアガンでワンホールショット。


「――ああ、これひぐらしデイブレイクだな」


「なんでゴザルそれ?」


「兄貴の部屋で見つけた、フィールドが3Dになったスマブラ系同人ゲー」


「成程、わかりやすいでゴザル」


 理解した所で、現状なんの役にも立たない。


「英雄が絡め手で行けって言う訳だな」


「ま、拙者たちは囮で時間稼ぎ。せいぜいひっかき回して英雄殿の新居に行くでゴザルよ」


「だな、――行くか親友、英雄の為に!」


「おうともッ! 行くでゴザル英雄殿の為にッ!!」


 二人は拳を合わせて、いざ行かん親友の家庭問題に首を突っ込みへ。

 門を開け、正々堂々と進み声を張り上げ。


「――――あいや待たれい各々方!! 聞けば英雄殿の御子の命名権を争っているご様子!!」


「英雄やフィリアさんの親だろうが祖父母だろうが関係ねぇ!! 親友として、俺らこそが二人の子供の名付け親になる!!」


「「いざ尋常に勝負しろッ!!」」


「「「「「「!?」」」」」」


 予定外の乱入者に、親達は思わず顔を見合わせた。

 一方その頃、アパートの中は慌ただしく動き始め。


「よし始まった! 運びだそう!!」


「こっちを手伝ってて良いのか? 君の役目があるだろう」


「そうは言っても、荷物を出さなきゃ意味が無いからねぇ。そっちは例のトコに連絡した?」


「ああ、ちょっとごり押ししたが前の時と同じで合法的に解決出来た、周囲への対策も完了したぞ」


「それは重畳、僕も頃合いを見て下の地下室に行ってくるよ」


「美蘭と栄一郎達だけで奴らの目を引きつけられるか? 私も支援に参加した方が良いんじゃないか?」


「確かに、地下室に行くには階段を降りて庭側を通らないと無理だけど。大丈夫さ、美蘭と栄一郎達ならやってくれる、だから門の方から来させたんだし」


「ふむ……いざとなれば呼べ英雄」


「フィリアもいざって時は呼んでね! ……しっかし兄さん達ってば身体能力良いよねぇ、腕の力と小さな取っ掛かりだけで壁を降りちゃうなんて」


「お陰で、荷物を括って下に下ろすだけで済むんだ。感謝しなくてな」


「おいフィリアちょっと来てくれ、ロダンが美少女フィギュアを全部持って行くと聞かないんだ!」


「僕も――」


「いや、ここは私に任せろ」


「分かった、頼んだよ! ところで、君の盗撮アルバムは置いてって良い? 重いし受け取る兄さん達にも負担になるんだけど」


「何とかしろ、一冊たりとも欠けたら三男はシャドウウルフに決定だ」


「データで丸ごと復元出来るでしょ? ウチの女王さまは我が儘言うなぁ……」


 とはいえ、アレもアレで英雄のへの愛の結晶だ。

 元より全部運び出す予定であった、――運ばなくて良いならそれに越したことは無いのも事実ではあるが。

 そして庭では、栄一郎達が戦意に目をギラつかせた平九郎達に囲まれていて。


「良い度胸してんじャねーか、英雄の親友を名乗るだけはあるぜ」


「いつも英雄が世話になってるな、――だが理解しているか? これは子供の遊びじゃない」


「忠告よ、英雄とフィリアちゃんの子供の名前は諦めて帰りなさないな」


「悪いが、友情にかけて引く訳にはいかねーんだ」


「拙者達が帰る? もしや、我輩達に負けるのを怖がってるでゴザルか?」


「へぇ、言うじゃない親友とやら! この這寄カミラを恐れぬならばかかって来なさい! ちなみにハリウッド女優であるからしてこの美貌には保険がかけてあるわ! 訴訟沙汰が怖いのなら引くことね!」


「娘と英雄君が世話になってるね、でも挑んでくるなら容赦はしない」


 親達はアイコンタクト、意図は決まりきっている格下である栄一郎達を速攻で脱落させるつもりだ。

 だが、そんな事は栄一郎達にも想定済み。

 最初から力で挑むつもりは無い。


「あーヤダヤダ、寄ってたかってボコるつもりか? それが大人のやる事かよ」


「言ってやるなでおじゃ、この大人達は孫の為にその親を蔑ろにして武力で片づけようとする野蛮人でゴザル、話し合いも平和的な勝負も無理というもの」


「なんだとォ!! 言うじゃねーかガキ!!」


「平九郎、子供相手に大人げないわ」


「殴るか? そんなら動画撮らせて貰うぜ、勿論ネットにも上げるし警察にも行くが」


「そう言うなら、君たちの言う平和的な勝負とやらを聞かせて貰えないか?」


「勇里!? 相手の話に乗るのっ!?」


(――やはり英雄の仕込みね、そして彼らも場慣れしてる)


(英雄の援軍が来るのは想定済みだが、……これは厄介だな、昔の勇里と同じぐらい頼りになりそうだ)


 祖父母とカミラ達が釣られる中、こころと王太は冷静に分析。

 栄一郎と天魔の二人は、今の二人にとって敵ではない、無論祖父達もだ。

 だが、力付くにしても相手の土俵に乗るとしても、ある程度は時間がかかる。


「――――時間稼ぎね」


「だな、このアパートの方に行くか?」


 刹那の逡巡、だがそれを見逃す栄一郎達では無い。


「勝負方法は女装だ! 俺達の女装とそっちの男性陣の女装、どちらが美しいか勝負だ!!」


「はぁ、そんなのどうせテメェらが有利じャねェのか? 英雄の親友ってこたぁ、女装も経験済みだろ」


「そう言うと思って、フリーサイズの衣装を用意しているでゴザル! そしてこれはタッグバトル!! 拙者達、そして夫婦一組で夫を女装させる!」


「この意味が分かるかお母さん方よ……、夫への愛、理解度がかかってるって事だぜ?」


「あの二人の子供の名前を付けるでゴザルなら、当然その前に夫への理解が万全なんでおじゃ?」


「あッ、テメェらまさかッ!?」


「ほう、やるね君たち」


「あー、そう来たかぁ……」


 瞬間、女性陣の空気がガラリと変わりゴゴゴと音がする様な怒気を出して。


「言ったわね子供達、……私たちがどんな存在か理解して言っているのでしょうね? ――平九郎が妻、脇部那凪、孫の親友と言えど容赦は致しませんわ」


「…………這寄カミラ、その挑戦受け取ったわっ!!」


「良いわ、乗ってあげる。貴男達の親友の母、脇部こころの恐ろしさを知りなさい」


「悪いが、ちっとも怖くねぇぜ。――だって俺らの嫁さんも同じだからなッ!!」


「ちょい待ち天魔、拙者の奥さんは普通でゴザルよッ!?」


「栄一郎はお前自身が同類じゃねーか! ツッコむ資格ねぇっての!! さぁこれを使えっ!!」


「フハハハ!! 我輩の女装道具が火を吹くでゴザル!!」


 背負った大型のリュックサックから、次々と取り出す二人。

 夫連中はしかめっ面で、妻達は喜び勇んで吟味を始める。

 ――それを見ていた英雄と美蘭は。


(今だっ!! 管理人室から地下室へゴー!)


(ウケケケ、英雄と一緒だとこの綱渡り感が良いのよね。――――はっ!? わたくし好みの男性が居ないのなら、サークルで素質ありそうな奴を調教すれば良いのでは?)


 将来の犠牲が増える予感がしつつ、抜き足差し足忍び足、階段を降りてそのまま管理人室のドアを開けて。

 …………ぱたん。


「ああん? 今、何か音がしなかったか?」


「俺も聞こえたぜ親父、見に行こうか?」


「そうだだ、オレもそうするべきだと思う。――以前、王太にしてやられた時の様な嫌な予感がする」


 男性陣が音のした方、管理人室へと歩きだし。


「(英雄っ!! 見つかりましたわっ!?)」


「(嘘っ!? あんなに気をつけてドア閉めたのにっ!?)」


「(しかもお爺様達、男性組三人!!)」


「(どうするっ、地下室に逃げ場は無い! そうだ押し入れの中――――ああもうっ、布団詰まってる!!)」


 時間が無い、隠れる場所が無い、息を潜める二人にじゃり、じゃりと近付く音が妙に響く。

 どくんどくん、心臓が早鐘を打ち、ごうごうと血流が耳にうるさい。


(考えろ考えろっ! 今なにが出来る、戦う? それは悪手だ、誤魔化す? そんなの僕がここに居るのを見られただけで全てがジエンドだよっ!!)


 万事休す、英雄にはもう手立てが見つからない。

 その時だった。


「(――わたくしが囮になりますわ、扉から見えない所に早くっ!!)」


「(でもそれじゃあ美蘭が!?)」


「(つべこべ言わずに早く!! ――フラれ女の意地、良い女を逃したと見せてやりますわ!)」


 交差する視線、美蘭の瞳は決意と祝福で溢れて。


(ごめん頼んだ!!)


 英雄は即座に身を隠し、……そして扉は開かれる。


「ああん? 美蘭じゃねーか? お前どうしてこんなトコに居るんだ?」


「聞いてませんか? こころ叔母様にスパイを頼まれたのです、ウチの親のお見合い攻撃を止めるのと引き替えに」


「――ああ、そういえばそんな事を言ってたな」


「この子は、脇部の子かい?」


「そうだ、英雄とは昔から仲が良くてな。……そう言えばもう一人、仲が言い奴が居たな」


「叔父様、修でしたらわたくしが言いくるめて別の日に来るようにし向けておきましたわ」


「でかしたぞ美蘭、修も英雄と別ベクトルで厄介だからなァ……我が孫達とはいえ、ちょっと尖って育ちすぎじャないか?」


「ジジイは夫婦で鏡を見ろ、俺は孫が普通に育つか今から不安だ」


「不安になる事を言わないでくれるか王太?」


 ダベり始めた三人を見て、美蘭は好機と踏み扉から押し出す。


「もう、とっとと出て行ってください。折角わたくしが派手に登場しようと思っていたのに台無しですわ」


「英雄の方はどうした? スパイって事は監視してたんだろ?」


「それなら空き部屋にちょうど良い空の棚があったので、扉の外に置いておきました。窓以外から脱出路はありません」


「なーんか音がしてたと思ったが、英雄君の悪足掻きじゃないくて君の仕業か」


「ああ、気付いていたのですか。手伝ってくれたら宜しかったのに……」


 遠ざかる声、英雄は緊張を保ちつつゆっくりと息を吐き出した。


(ありがとう美蘭、……フィリアと出会わなかったらもしかして君と……、いやまぁそれでもあり得ない感じがするんだけどさ)


 ともあれ、彼女が良い女という事実は変わりない。

 英雄は、ひとり地下室へと進む。


(この部屋の存在は最初びっくりしたけどさ、うん、今となっては感謝するよ)


 この監禁部屋は、外からの干渉を極力減らす為に自家発電になっている。

 その動力源は2種類で、屋根のソーラーパネル、そして……………………灯油。


(ガソリンじゃなくて良かった……、そうすれば計画から真っ先に除外したからね)


 英雄は備蓄している灯油のポリタンクを手に取る。


(感謝します未来さん、貴女が忠実にこの部屋まで万全に管理していたから、僕らは計画を実行できる)


 そして、ちょっとずつ、ちょっとずつ灯油を撒いて。

 ――扉を開けて、一気に走り出す。


「っ!? 英雄の野郎、やっぱ逃げてやがったぞ!!」


「速攻で見つかった!! でも追いつけるかな!!」


「ちょっと待ちなさい平九郎!! 英雄がポリタンク持ってるわ!!」


「ああん!?」


「しまったっ!? 確かあの管理人室には灯油で動く自家発電器が設置してある筈っ!!」


「それは本当かカミラッ!?」


「だってフィリアからそう聞いてるものっ! こころだって一緒に聞いたはずよ」


「――っ!? 止めて王太! 英雄はアパート事自殺するつもりよっ!?」


「何考えてるんだ英雄おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 駆け出す王太、だが英雄は階段を駆け上がりながら灯油を撒いて、当然、追っての速度は落ちる。


「うわ親父早っ!? でも捕まらないよーーだっ! ここはホームグラウンドだからねっ!」


「ヘイ英雄殿パース!」「オッケー、そっちにも撒いて!」


 英雄は庭の栄一郎にポリタンクを投げる、ご安心あれキャップはちゃんと閉めている。


「貴男達っ!! 最初からこれを狙って――!!」


 ならば開ける手間と時間が、即座に対応し駆け寄ろうとした祖母那凪に、天魔が手を広げてとうせんぼ。


「いやいや違うぜ脇部のお婆さん、俺らが聞いてたのは足止めしろって事だけ、でもこの状況だろ? 言葉なんてなくても分かるってーの!」


 その一瞬で、栄一郎は駆け出し他の者と追いかけっこをしながら灯油をアパートにぶっかける。


「ククク、アハハハハハハハハハハっ!! 僕らの子供の名前も、孫に合わせるかどうかも僕らが決める!! 親父や爺ちゃん達の思い通りにさせてたまるか!! これはその決意だっ!! これ以上無駄に干渉してくるなら――――全部燃えてしまええええええええええええええええええええええええっ!! あ、人間に灯油かからない様に注意してね!!」


 武力で、言葉で、常識を説いて止められないのならば。

 ……こちらが非常識になるまで。


(感謝するよフィリア、……君が家を燃やして同棲の理由にしなきゃ思いつかなかったから)


 後は火さえ付ければ、英雄達の覚悟は、全身全霊の超インパクト説得は完了する。

 彼はオイルライターをポケットから取り出し、母こころはそれを見逃さない。

 ――――最終局面の終わりが始まる。


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