第206話 あと一手



(――これで勝利条件は揃った、ウケケケ、僕らの覚悟を見せつけてやるっ!!)


 正確にはもう一手打つ予定ではあるが、逆転の第一歩が成った。


「いやー、修兄さんがこっそり来てくれて良かったよ! 来てくれなかったらどうしようかと思った」


「何だ? 俺をアテにしてたのか?」


「もしや英雄、君はこの可能性に賭けていたのか?」


「ええっと、話が見えないので説明して欲しいんですが……」


 またもちゃぶ台を囲み、さっそくディアが挙手。

 修達も同じく頷いて。


「オッケー、兄さんには事前にある程度状況説明しておいたけど」


「何時だ?」


「昨日、だから状況が地味に変わっちゃって」


「悠長に話してる時間は多分無いんだろ? 手短に言ってくれ」


「孫(曾孫)との触れあいタイム求めて命名権争奪戦in庭」


「……………………気持ちは何となく分かるが正気か? あの人達はバカかっ!?」


「ここだけの話なんだけど、フィリアの家族もウチとどっこいどっこいでね?」


「付け加えると、夫婦揃って大学時代からの親友だ」


「つまり、今下で暴れてる方々は例外なくお祭り騒ぎ好きの……、その……」


「はっきり言って良いぞディア、バカの見本市だって」


「いえ、どうしようもない愚か者だと」


「わーお、ディアさん辛辣ぅ! で? 新婚生活もそんな感じなの? 小夜さんが実は昔からの婚約者だった問題は解決した?」


「何で知ってるんだよ英雄っ!? 俺だってついこの前知ったのにっ! それで大修羅場だったんだぞっ!? 知ってたんなら早く教えろよ!!」


「ははは、ごめん兄さん。僕らが気づいたのは昨日なんだ」


「妊婦の心構えが何故か昔話になってな」


「どんな話をしたんだ? いや良い、聞きたくないというか俺もそのうち聞くことになるんだろうな……」


 遠い目をする修に、英雄ははたと気づいて。


「……もしかして、兄さんの所も?」


「まだだ、――まだだよなお前ら?」


「ええ、そうですよ修さま。三人揃ってだなんて計画してませんよ」


「そうよオサム、妾達は一気に重石を乗せておこうだなんて考えてないから」


「――否定、家族計画は三人の合意で(修くんったら、コンドームに穴開けても使う前に気付くんですもん。手強いです、けど負けません! 三人同時に孕むまでっ!!)」


「俺、もっと稼がなきゃなぁ……」


 あはは、と乾いた笑い声を出す修。

 英雄とフィリアとしては、黙って合掌するしかなく。


「じゃあ作戦会議始めるね」


「お前、聞いておいて流したな?」


「今回のは貸しにしといて、後で返すから」


「そうだな、無事に目的を達成できたら這寄グループの支援を確約しよう」


「支援は要らないが、取引先としては美味しいな。それで頼む」


「報酬の話は済んだ所で、僕たちの目的の事なんだけど……」


 親達の闘争は始まってしまった、しかして止める事が目的ではない。

 英雄とフィリアの目的は、過干渉を止める事。

 故に、闘争が終わる前に策を成立させる必要がある。

 その第一段階は、修達が気付かれずに来る事で。


「これより第二段階と第三段階に移ろうと思う」


「つまり二手に分かれると?」


「うん、――未来さん、入ってきて」


「お呼びでしょうか英雄様?」


 聞き耳たてていた様に、間髪を入れずにドアを開けて未来はちゃぶ台へ。


「ちょっと大がかりな策をするからさ、僕らの荷物とローズ義姉さん達の荷物を運んで欲しいんだ。全部って言いたいけど必要最低限で」


「まて英雄、――――本当にやるのか?」


「やっぱ気付いてるんだね、そうさ、それぐらいのインパクトは必要でしょ」


「うーむ、そう言われればそうなのだが……」


「話が見えないぞ英雄、俺らにも理解できる様に言え」


「下のバカ共の戦いを止めて、僕らの親の権利を守る一石二鳥の策があるのさ」


「そしてこの大バカは、被害を押さえる為に荷物を移動させようとしているのだ」


「英雄さん? フィリアさん? 肝心な事を仰っていない気がするのですが……?」


「ごめんねディアさん、ぶっちゃけ反対されると思って詳しいことは見てのお楽しみっていうか」


「あー、つまり俺達は何も知らず手伝ってただけだと。最悪の場合、それで通すって事だな?」


「理解が早くて助かるよ兄さん!!」


 いえーい、とハイタッチする従兄弟達に修の女達は苦笑して。


「修さまが良いと仰るなら……」


「前の時から薄々思ってたけど、オサムの無茶は一族譲りなのね」


「――フィリアさん、苦労していますね(ううっ、なんか親近感沸いてきちゃいます)」


「三人もこれから脇部の親族と会う機会が増えるだろうが、困ったら言ってくれ。英雄と共に力になる。……いや、英雄が居たら解決するが被害も大きくなるか?」


「兄さん、僕らディスられてない?」


「お前だけだろ」


「そう? 兄さんだって脇部でしょ」


「一括りにされると、ちょっと抵抗あるなぁ……――じゃない、とっとと行動に移そう」


「そうだった!! フィリア、修兄さん達! 未来さんや義姉さんと協力して荷物を運んでよ!」


「何処へ……、いや彼処か」


「うん、僕らの『マイホーム』さ! 一足早い引っ越しってね!」


「だが英雄、庭には親達が居るだろう。難易度が高くはないか?」


 鋭い視線を送る妻に、英雄は笑って。


「そこでさ、僕は兄さんのスマホを借りて別働隊に騒ぎを起こして貰おうと思う」


「成程、それまでに荷物をまとめておけと」


「そゆこと、それじゃあ――「聞かせて貰ったわっ!!」


 誰もが振り返る、そこには銀髪のウイッグ……ではなく地毛である黒。

 悪の大幹部という感じでは無く、普通の女子大生といった出で立ちで。


「美蘭っ!? なんでココにっ!?」


「はんっ! オカンがお祝い持ってけって。それから――――こころ叔母様に頼まれて」


「っ!? ま、まさかお袋のスパイっ!?」


「あったりぃ!! 英雄も修も、結婚して鈍ったんじゃない? このアタシが扉の外で聞いてた事も気付かないなんて」


(ここに来て美蘭かよおおおおおおおおおおおおおっ!?)


 ブラフの可能性もあったが、英雄は確信した。

 全部聞かれていたと、それは即ち親達へ彼の叛気がバレると同義であり。


「――よしフィリア、口封じするよコーラの缶を用意して」


「ふぇっ!? ちょっと待って英雄!? それで何するつもりっ!?」


「はいはい兄さん達は手足掴んでてねー、そうそう頭は特に固定しておいて。僕ってば紳士だからお腹は止めておこうと思うんだ」


「言動が紳士じゃないっ!? というかわたくしってば何をされるのっ!? 世界が誇る美少女のピンチじゃないのっ!?」


 美蘭へわらわらと群がるフィリア達、そんな中、修は冷静に問いかける。


「いやお前、コーラの缶でどうするんだ?」


「え、ピッチャー振りかぶって第一球するだけだよ?」


「普通に危ないッ!?」


「ちょっと待て英雄? いくら義母さんのスパイとはいえそれはどうかと思うぞ?」


「そうですか? スパイには死あるのみでは?」


「そうよ、敵ならきっちり〆なきゃ」


「――想定外(うえええええええっ!? コーラの缶をふって炭酸ジュースぶっかけ作戦じゃないんですかっ!?)」


 是非が入り交じる中、英雄は座った目で。


「計画ばバレたのなら、僕に取れるたった一つの手だ。――その名も美蘭レクイエム」


「名前が不吉すぎますわっ!?」


「うむ、分かったぞ。子供が関係すると英雄は箍が外れ易くなるみたいだ」


「冷静に分析してないで夫の凶行を止めなさいなっ!?」


「我が子の為なら、僕は幾らでも悪になろう。――そう、美蘭をこの手で犠牲にする事で計画の代替にするんだ」


「早い早いっ!? せめてわたくしの話を聞いてっ!?」


「気をつけなくてはな、いや、今回はタイミングが悪かったな。我々は美蘭の想像以上に追いつめられているのだ」


「それは今マジで理解してるから、お願いだから話を聞いてええええええええええ!?」


「と言ってるぞ英雄、俺としては聞いても良いと思うが?」


「えー、そう?」


 かのゴールデンウィーク、英雄は全てを賭して美蘭をフった。

 その事で恨まれてるという自覚はある、もし恨まれてなくても隔意は産まれている筈だ。

 そんな彼女が母のスパイとして、反撃しようと行動した時に現れた。


(………………スパイは口実だとしても、何かしら目的がある筈だ)


 警戒を解かない英雄に、美蘭は気まずそうに口を開く。


「そりゃあ、あんな事があったワケですし? うっかりこんな登場したからにはわたくしが悪いワケですけど……」


「もしかして、義母さんのスパイというのは嘘か?」


「いえ、それは本当ですわ。役目を全うするかどうかは別ですけれど」


「美蘭さん……、英雄さんとフィリアさんを恨んでいるのでは?」


「ウチのオカンとの交換条件が無ければ、会いに来ようとも思いませんでしたわ」


「交換条件? 美蘭ったら何があったワケ?」


 これはまさか、もしかして、彼女は英雄が思う以上に隔意は無かったという事なのだろうか。

 しかし、引っかかるのが母のスパイという点。


「この際だからお話しますけど……、最近、かなり頻繁にお見合いさせられてますのよ……」


「ああ、よく見ると化粧でも目の隈が隠れていないな。だいぶ忙しいのか?」


「んもおおおおおおおおお!! 何が悲しくて在学中に年下から二十は上の人と一週間に何度もお見合いしなきゃいけませんのっ!? 何が『英雄ちゃんにワンチャン無かったんだからアンタを貰ってくれる人を探さなきゃいけないだろ? それが親としての役目ってもんさ』ですか!! こちらとら恋愛なんて単語も暫く聞きたくないってのに!! 結婚なんて大学卒業後で就職してからで良いじゃありませんの!!」


「うむ、見事に息継ぎ無しだな。コーラで喉を癒すと良い……」


「んぐんぐ、サンキューですわフィリアさん」


「僕のコーラ……まぁしゃーない。つまり美蘭は」


「そうですともっ!! 見合い攻撃を緩和して貰う事の交換条件に、スパイを引き受けたのですわ!」


 だがそれだと。


「スパイしないと、元の木阿弥じゃないの?」


「甘いっ! 甘いですわ英雄!! 事情は最初から知ってましてよ!! これは脇部ニュージェネレーションズ全ての問題!! ここで敗北を許せば、いつか同じこのクソイベントが繰り返されるコト必須!! 今、立ち上がらなくてどうするのですっ!!」


 ぐわっと目を見開き、堂々と宣言する美蘭。


「…………ごめんよ美蘭! 僕は誤解していたっ!!」


「許しますわ、でも『ごめん』ではなく『ありがとう』ですわよ」


「ありがとう美蘭!! それじゃあ皆行動開始だっ!!」


「待て英雄、美蘭は何処に配置するんだ?」


「ああ、それなら英雄が呼ぶ外部協力者と一緒にひっかき回しますわ。わたくしなら参戦理由も説得感が出るでしょう」


「オッケー、じゃあ援軍が来るまで僕のフォローを頼む! ジャミングの外に行かなきゃいけないから」


「それには及びませんわ、――わたくしのスマホをお使いなさい」


「そうか、スパイである美蘭のスマホにはジャミング対策がされている!」


「クククっ、見えてきたよ勝利のロードが!! 目にもの見せてやるぜっ!!」


 そして、反撃が始まった。


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