第205話 僕らの名前
子供の名前を決めるにあたって、指針とは何か。
名前辞典? 育児雑誌などの特集でよくある流行の名前から?
はたまた漫画やアニメ、ゲームなどから?
英雄はどれも違うように思える、二人の子供なのだ。
だから。
「取り敢えず、僕らの名前の意味から考えてみる?」
「今日一番、建設的な意見だな」
「でしょでしょ、名前には意味がある。込められた意味がある、それは僕らの名前だって同じだ」
「故に、我々の名前の意味から整理していこうと。――ああ、それには私も大賛成だ」
「僕の名前はわりかし分かりやすいと思うけど、フィリアの名前の意味って?」
「古代ギリシア語で『愛』という意味だ、厳密に言えば友情という意味も含まれるらしいが、ウチの親は愛と名付けたのだ」
「成程、だから義姉さんはローズなんだね!」
「そう、バラの花言葉は愛情。――私達姉妹は愛の子なのだ」
愛、カミラと勇里の間に流れる一番大切な。
だからこそ、フィリアという名前は彼女にピッタリなのだ。
「そういえばフィリア? 愛は分かったけど君の名前の成分に重力は何処にあるの?」
「ほう? 感想がそれか旦那様? やるか? 私達もやるか?」
「いやいや貶したワケじゃないんだ、ただ不思議だなーって」
「ほう? 理由を聞こうではないか」
「だって『愛』と名付けられた女の子は軒並み情が深すぎるじゃん?」
「私、姉さん、二人だけだな」
「もう一人、愛衣ちゃんが居るよ? ね、三人が三人とも愛情が重いとか名前に理由がある様な気がしない?」
「…………成程?」
眉根に皺を寄せて、フィリアは考え込んだ。
自分でも自覚はある、姉もそうだ、そして可愛い後輩もまたそうだ。
「――いや待て、それでは母さんや義母さん達の事が説明がつかない」
「いやいや、僕としては名前がそういう遺伝を覚醒しちゃったんじゃないかって少しは思うワケ」
「つまり君は、……『愛』という意味の名を付ける事によって、将来の被害を止めようとしてるのか?」
「そうそう、男の子か女の子か分からないけど、その恋人には苦労をかけないように…………って、それは少し違うね、むしろ逆だよ逆」
「うむ? すると君は子供の伴侶に苦労しろと?」
「半分はそうだね」
「残りの半分は?」
「名前によって、愛情の重さの発露は遺伝するのかどうか学会に出そうかと思って」
「からかってるな? 私を弄んでいるだろう英雄ッ!! 妻を手玉にとってどんな気分だ言えッ!!」
「…………割と楽しい?」
「このDV男めッ! 私を学生の身分で孕ませるだけでは飽きたらず、まだ辱めようというのかッ! オヨヨ、なんて可愛そうな新妻美少女である私ッ!!」
「うーん、この頑丈っぷりよ……」
なにはともあれ、フィリアの名前の意味は分かった。
であるならば、次は。
「私ばかりイジられては不公平だ、君の名前の由来を教えろ」
「そりゃもう、正義のヒーロー!!」
「なんだつまらん」
「なーんてね、そんな安直なワケないじゃん」
「違うのか?」
「良く考えて見てよ、あの親から正義のヒーローなんて安直な願掛けが出てくると思う?」
「まぁ、義父さんの方はヒーローに頼る柄でも自らヒーローになる性格ではないな。控えめに言ってド面倒な部類だ」
「率直な感想ありがと、お袋の方は?」
「捻くれ度は義母さんが一番だろう、ヒーローなんかクソ食らえで悪に回って正義を蹴落とすタイプだ」
「おお、その通り!! お袋は親父が居ないとどんなに風になってたかって、実は爺ちゃんと婆ちゃんが密かに心配してた」
「…………もしかして、君が破天荒なのは父譲りというより」
「色々言われてるけどさ、ガチさ加減で一番ヤバイのはお袋だよ。忘れてそうだけど母方の祖父母も脇部さ」
「という事は、もしかして君は脇部のハイブリット……?」
「うん、親戚同士でくっついたのってウチの親だけ」
「急に子育てが不安になって来たぞ……? いやそうじゃない、君の名前の由来だ」
「おっと、そうだった」
という訳で英雄は話を元に戻す。
彼の名前の由来は正義のヒーローではない、では?
「僕の『英雄』はね、正義のヒーローじゃなくて――誰か一人、愛する者だけの英雄であって欲しい。そう言ってた」
「愛する者だけの英雄、か……ふふッ、何故か嬉しくなってくるな。君の親は良い名前をつけたものだ」
「だろう?」
自然と二人は肩を寄せ合って、右手と左手が繋がれ太股の上に。
少しだけフィリアは体重をかけ、それが英雄には心地よく感じた。
「――ねぇフィリア、僕は君の、君だけの英雄になれてるかな?」
「愚問だな。あの頃からずっとずっと……君は私だけの英雄だ」
「ありがとう、僕の『愛』――いいや、僕らの『愛』」
「………………いつも思うのだが、言ってて恥ずかしくないか?」
「酷いっ!? せっかくロマンチックに決めたのにッ!?」
「冗談だ、そういう所が好きだ」
「僕は君のそういう所も好きさ」
「ほう? からかわれるのが好きだと?」
「そうさ、だってフィリアからの愛を感じるから――――あ、思い出した」
何気ない事だが、つい脳裏に浮かべてしまった。
「君の『フィリア』って名前さ、てっきりネクロフィリアとかペドフィリアとか、そういう偏執的な感じのフィリアだと思ってたよ」
「それは幾ら何でも酷くないか? オコだぞ? 私が本格的にオコになるぞ?」
「最近そのフレーズ好きだよね」
「話を逸らすな、ならば私も言おうではないか」
「何を?」
「脇部、その名字は脇B。脇役っぽい名字だと思っていたぞ」
「一族丸ごとディスられたっ!? それを言うならなんだい君んチだって! 這寄? 這い寄る混沌って僕思ったよ? 邪悪な神さま、そしてストーカーそのものを体言した名字だって」
「…………これは戦争か? もしや戦争か?」
「待って欲しい、ならばフィリアは脇役Bの側じゃない? もう這い寄るストーカーじゃないワケだし」
「成程?」
「そしてこう考えて見てよストーカーのお姫様、君は脇役Bの妻になる事で普通の幸せを掴めた女の子になったんだって」
「母さんと姉さんが聞いたら、なんて言うかな?」
「君はなんて言う?」
「――――愛してる」
「うん、僕も愛してる」
二人は笑いあい、そしてフィリアはお腹を撫でて。
「パパとママな仲良しだぞ、早く産まれてくるんだシャドウウルフ」
「ちょっとその名前続行なのっ!? 僕の黒歴史を子供に付けないでよっ!?」
「安心しろ冗談だ、三男に影狼と名付ける予定だからな」
「安心出来ないっ!? 長男と長女には何てつけるのさっ!? というか何人産むのっ!?」
「ふふっ、それは君次第だ。なぁお腹の炭次郎?」
「流行に毒されすぎぃっ!? 女の子だったらどうするのさっ!?」
「泡姫と書いてアリエル」
「いつからジャンプ脳でディスニー脳になった上に知能指数下がったワケ?」
「ところで英雄は何て名前にするんだ?」
「急に切り替えないでっ!?」
「私としては、男でも女でも問題ない名前が良いと思うのだが」
「男でも女でも使える名前ねぇ……」
そう英雄が悩んだ時だった、コンコン、コンコンとノックの音。
「ふむ? こんな時に来客か?」
「――待って、ちょっと慎重に行こう」
二人はガラリと雰囲気を切り替える、もう少し二人の時間を過ごしていたかったが今は騒動の真っ最中だ。
「決着が付いたのなら、遠慮なく外から呼びかけてノック無しで入る筈」
「同意見だ、あの騒がしい人達が勝利の後で大人しく入ってくるなどあり得ない。――見ろ、まだ戦っている」
「窓から見える光景は異常無し、なんかガチバトルに発展してるけど異常無しにしておこう」
「では考えられるのは未来、あるいは第三者か」
「その両方かも」
お互いに顔を見合わせて、ドアの覗き穴から様子を伺うと。
「――――修兄さん!」
「代われ、……ほう? ディアさん達も居るぞ」
「え、達? もしかして他に二人?」
「ああ、金髪と黒髪の」
「黒髪の方って、実は修兄さんの婚約者だった?」
「そうだ、あの時に会った人物に相違ない」
沈黙が三秒、気づかなかったフリをしてドアを開ける。
すると未来が周囲を警戒する中、三人は物音をたてない様に静かに入ってきて。
「――や、ゴールデンウィークぶりだね兄さん」
「妊娠おめでとう二人とも、もう直ぐ着くって連絡入れようとしたら繋がらなくてな。まさかと思って裏か回ってきて正解だったぜ」
「さっすが修兄さん! 頼りになるぅ!!」
「で? ……俺らの手助けは必要か?」
「何でも言ってくださいっ!」
「貴女達には世話になったわね、協力するわ」
「――力になる(お久しぶりですっ! 折角の祝い事なのに物騒ですねぇ、微力ながらお二人の為に全力を尽くしますよ!!)」
頼もしい援軍の登場に、英雄はニヤリと笑ったのであった。
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