第204話 脇部英雄を拘束せよ!



 不敵な笑みで戦闘態勢に移るカミラ、夫である勇里は仕方ないと肩を竦めながら目には闘志が。

 王太とこころは既に拳を構え――。


「――今宵の虎鉄(手作り竹光)は血に飢えている」


「兼定(という銘が掘られた木刀)の切れ味を試す時が来たようね……」


「爺ちゃん婆ちゃんっ!? なんで二人だけガチ装備なのさっ!?」


「おいおい随分と物騒じゃねーか親父、――こころアレだせ」


「ええ、用意しておいて良かったわ」


「義父さん義母さんッ!? スタンガンとテーザーガンもどうかと思うぞッ!?」


「ふふっ、皆様ったら物騒ねぇ。……では、こちらも容赦は必要ないようね」


「安心してくれ英雄君、俺らは得物を持っていない訳じゃない。――この拳こそが武器」


「何処にも安心する要素ないよっ!? というかマジで僕らの部屋で暴れないでよっ!? フィリアとローズ義姉さんに万が一当たったらどうするのさっ!?」


「ああン? 何言ってんだオメー?」


 不思議そうにする祖父に、他の者も頷いて。

 何か間違っていただろうか、英雄としては極めて正論を述べたつもりであるが。


「バカだなぁ我が息子よ……、お前を一番先に排除するに決まってるじゃないか」


「そうよバカ息子」


「テメーが一番厄介だからな」


「本当に……、そんな所は平九郎に似なくて良かったのに」


「皆の意見に賛同するわ、――我が婿殿その2が一番怖い」


「君は王太以上に何をするか分からないからね、不確定要素は真っ先に削ぎ落としておくべきだ」


「ちょっとちょっとおおおおおおおおおおおおっ!? 助けてフィリアっ!? コイツら目がマジだよっ!?」


「ふむ、そう言いつつ冷静に妊婦を盾にする君の躊躇の無さが好きだぞ」


「ありがとうでも冷静に分析しないでっ!?」


 じわりじわりと近づく親達に、英雄はフィリアを盾にゆっくりと距離を取って。


(フィリアは絶対に安全だ、ならこのまま位置を窓までズラして……)


 果たして上手く行くか、ジリジリと移動してはいるがその考えが読まれていない筈が無い。


(スマホはある、なら援軍は呼べるっ!)


 これがもっと隙がある相手なら、誰か一人ならペラ回しで気を引き、フィリアに援軍要請をして貰うのだが。


(フィリアにスマホ使って貰って囮に、その隙に窓から逃げ――――)


「そうそう英雄、ちょっとお金を積んで貴男とフィリアのスマホは一時的に通信出来ないようにしましたから」


「窓から逃げようとしているわね英雄、でも強化ガラスに取り替えて接着剤で止めておいたわ。母の親心に感謝しなさい」


「退路を塞がれたっ!? というか僕への対処マジ過ぎないっ!?」


「私のも封じられたか……打つ手はあるのか?」


「言っておくが全裸も女装も脱糞も俺ら相手にゃあ、無理筋ってもんだぜェ! ガハハハ!」


「対策する隙は与えない、カミラや王太で学んだ事だ」


「ふふっ、武力が無いぶん平九郎より与しやすくて良いことだわ英雄」


「わーお、親父達へのメタがそのまま僕にぶっ刺さってるぅっ!?」


 だが、これで諦める英雄ではない。


「――フィリア、良いね?」


「存分にやれ」


 もはや彼女との間に説明は要らない、英雄は即座に妻の首を両手で延ばし。


「おらぁ!! 孫の顔見たけりゃ道を開けろ!! 僕はフィリアを人質に取ったぞ!!」


「ちょっと英雄くん!?」


「へーえ、やるならやってみろよ英雄」


「だな、やれよ英雄」


「脇部の長老ッ!? 王太オジ様ッ!?」


 ニヤニヤと笑い挑発する父祖父に、ローズは思わず叫んで母親達に救いの視線を送る。

 だが。


「ええ、構わないわ続けなさいな」


「そうだな、出来るものならやってみると良い」


「ほう? 皆は私とお腹の子の命がどうなっても良いと?」


「いいえフィリア、……私達は信じているの、息子の貴男への愛を」


「だな、英雄は絶対に嫁さんを傷つけない。俺らはそう確信してんだぜ?」


 カミラも勇里も、王太もこころも、平九郎も那凪も、ついでにローズとロダンも英雄に笑いかけて。

 それは家族という名の絆、信頼。

 喜ぶべきモノだ、普段なら。

 感激し泣き出す、普段なら。


「もっと違うシチュエーションで言ってよっ!? 結婚式で言ってくれたら大きな声で泣いたかもしれないのにっ!!」


「ふむ、万策尽きた様だな英雄」


「だから君は冷静に分析しないでっ!?」


 残る手はフィリア配下の従者隊、だが同時に今この場でたった一つしかない戦力であり。


(爺ちゃん一人で片づけられちゃうってのっ!!)


 つまりは無理ゲー、ならば考え方を変えなくてはならない。

 逃走して戦力を整えてからの逆襲は不可能、故に今ここで――――。


「…………うーん?」


「どうした英雄、その声色は何かに気づいたな?」


「いやね、ぶっちゃけ今この場で止めなくても良いんじゃないかって」


「つまり?」


「――――争いたけりゃ、気の済むまでさせておけば良いんじゃないかなって」


「英雄……?」


 夫の瞳がぐらりと暗く輝く、これは不味い、経験上何かを覚悟してしまった雰囲気だ。

 それを他の者も理解したのか、お互いの伴侶と顔を見合わせて。


(そもそもの話、相手の土俵に乗ったまま何かをしようとしたのが間違いだったんだ)


 ふつふつと沸き上がる怒り、しかして頭は冷静に。

 ――何かを諦めるように、英雄は部屋を見渡して。


「うん、僕としては孫の命名権は譲らないし。孫と遊ぶのも各自交渉して決めたいと思う。――でもそっちが優先権を巡って争うのは止めない」


「お、おう。なら俺らは勝手にやらせて貰うぜ?」


「やるなら庭でやってね、アパートの中は危険だから」


「で? お前達はどうするんだ。勇里達と戦ってる間に逃げる気か?」


「心配ならこの部屋を封鎖して行ってよ」


「成程、では未来を監視に置いていっても?」


「好きにして、僕らは『マイホーム』以外には行かないよ」


「「「「「「…………」」」」」」


 きっぱり言い切った英雄を、親たちは無言で見つめる。

 ――ただ、フィリアだけが静かに微笑んで。

 何を考えているのだ、大人しく引き下がるなんて怪しいと思ってくれと言わんばかり。

 英雄に時間を与えてはいけない、だが状況を考えれば親同士で決着をつけるまたとない好機。


(ウケケケっ、悩め悩めっ! 悩んでも答えなんて出ないだろっ!!)


 普通に考えれば、英雄とフィリアに勝ち目なんか無い。

 通信を押さえられ、武力では叶わず、知力発想力においてもメタを張られ封じられた。

 そして部屋に閉じこもるというのなら、二人にいったい何が出来るのか。


(ふふッ、我が夫ながら恐ろしい男だ)


 フィリアだけが、英雄の思考に追いついていた。

 愛し愛される仲だからこそ、目的を共有する仲だからこそ彼が目指すゴールが見えていたからだ。


(しかし、……これは賭けではないのか?)


 彼女の考えが正しければ、あと一手程足りない。

 それをどう埋めるのか、考える前に親達が動いた。


「カカカカッ!! 虚勢だろうがマジだろうが構わねェ!! コイツらに勝った後で粉砕してやらぁ!!」


「……ええ、そうしましょうか」


「じゃあそこのメイドの……未来さんだっけか、英雄とフィリアちゃんの事を宜しく頼む」


「カミラ、このメイドは信じても?」


「ええ、フィリアの忠臣よ。でもその前に這寄の従者だもの」


「頼んだよ未来」


「承りました、ではローズ様とロダン様はお隣の自室へ」


「あ、やっぱボクらも巻き込まれるんですね知ってた」


「仕方ない、付き合うとしよう」


 そして親達は訝しげに見ながら庭へ。


「……おい小僧、手はあるのか?」


「どうかな、ちょっと賭けをしてるからね」


「成程、貴様らしい」


「その時は協力は惜しまないよ英雄くん!」


「――ではフィリア様、英雄様、この部屋を封鎖させて頂きます」


 部屋は封鎖され、二人だけが残って。


「…………取り敢えず、子供の名前でも考える?」


「ふむ、名案だな!」


 そういう事になった。


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