第203話 愛こそ全て
安っぽいアパートの一室が彼女が足を踏み入れるだけで、豪華な屋敷の応接間になった様な錯覚があった。
透き通るような空色の髪、中世ヨーロッパの貴婦人が着ている様なドレス。
その美貌、――娘達に劣らず。
若さ、――彼女たちの長女と言われても信じてしまいそうな
よくよく見ると、目尻に皺があるのはご愛敬。
「お久しぶりです義母さん、ところでその格好は?」
「ふふっ、似合ってる? 来年封切りのファンタジー映画の主演なのよ!!」
「母さん、もしかして撮影の後そのまま来たのか?」
「当然でしょう、愛する娘達が妊娠したとあって会いに行かない親がいるかしら?」
「母よ……嬉しいが年を考えてくれ、その年でファンタジー映画のヒロインだと?」
「あらローズ、大丈夫よタイムトラベル系だからメイクさんが老いを隠してくれるの」
「そういう問題だろうか?」
首を傾げるフィリアとローズ、そんな娘達に構わずカミラと勇里はちゃぶ台を囲んで。
「うーん、流石に六人居ると狭いねぇ」
「あ、邪魔だろうしボクはお暇しようか?」
「ははは、逃げないでくださいよ義兄さん!」
「そうだぞ、邪魔なんかじゃない。ここに居てくれ婿その1!」
「というか英雄、正確には八人だ」
「そのツッコミ今居る?」
お腹の子もカウントに、一見妊娠に浮かれている発言に見えるが。
(あ、今ここでバッチリ話し合う気だね?)
然もあらん、フィリアとローズ姉妹に油断は無い。
母の奇行暴走に振り回されたと言うのだ、仮に己達の恋愛騒動で迷惑をかけたとして、はっきり言ってチャラには程遠い。
「――――へぇ、その気ね娘達」
「そうだ母よ、今回こそは……貴女を止める!」
「我々の子は我々が育てるのだッ、過度な干渉は控えて貰おう」
「良いでしょう、……では交渉と行きましょうか!」
「「宜しく頼む英雄ッ!!」」
「初手から僕に頼むのっ!? 順番間違ってないっ!? というかそれならロダン義兄さんでも良いじゃない!!」
目を丸くする英雄に、ローズは首を横に。
「すまんな、我が夫は交渉事に不向きなんだ」
「じゃ、じゃあ義父さんは? どっちかというと僕ら側でしょっ!?」
「悪いな、俺の手は読まれてる。頼んだぞ親友の息子にして婿その2」
「…………今回の相手はクソッタレ王太とマイベストフレンドこころの息子にして婿その2ですか、相手にとって不足無しっ!!」
胸を張るカミラ、その対面には英雄。
他の者達は、英雄の後ろに座布団を移動させて。
(こんな事ならフィリアと母さんから、もっと義母さんについて聞けば良かったよチクショウっ!!)
唸れ灰色の脳細胞、考えろ考えろ考えぬくのだ。
敵の目的は、孫への過剰投資。
却下出来なければ、英雄達の敗北である。
「ああもう……じゃあ言いますけど、話を聞いた限りでは義母さんは遣りすぎです」
「全ては愛故に、よ」
「愛があれば全てが許されると?」
「正確には、常識と金を権力と法律が許す限りは」
「……」
「……」
「フィリア、これ無理ゲーじゃない?」
「速攻で諦めるんじゃない英雄ッ!? まだ始まってもいないぞッ!!」
「いやでも、命名権で争うウチの親族に比べたらさ。わりと温厚じゃない?」
「あら、気が合うわね婿その2。いえ英雄」
「母さんの側に付く気かッ!?」
「いや、こういうタイプは側でコントロールして他に目を逸らさせながら企画を潰す方が良くない?」
「それを正々堂々と言えるあたり、その気は無いと判断するわよ?」
「本当にそう思います?」
「さぁ、貴男はクソッタレと親友の息子だから」
イエスともノーとも判断出来ない答えを返すカミラ、英雄との間だに火花が静かに散って。
(正直、僕の手に余るよね。なら……問題を一本化するしかない)
(大方、そちらの問題に巻き込んで纏めて潰す気ね。ふふっ、そう上手く運ぶと思って?)
(この手は読まれている、だから回避不能にすれば良い)
(巻き込むにはこころ達を呼んで、命名権を争うつもりだとでも言えばいい)
脇部の騒動に巻き込まれれば、事は大きくなるがカミラの目的は潰されるだろう。
だがそれは、二人の子供の命名権が奪われる危険性があり。
「妥協案です、義母さんの希望はこっちの希望を加味した上で実行といきません?」
「断ればリスクを飲むと?」
「そうなる事も吝かではないかなって」
「随分と大きく出たのね、丸ごと飲めば協力は惜しまないわ」
「そうなると義母さんのリスクも同じでは?」
「――――そろそろ、勝ちに行っても良いと思って」
宛然と微笑むカミラ、その様子に英雄は非常に危機感を覚えて。
(読み違えたっ!? 最初からそのつもりか義母さんっ!! お袋達と『遊ぶ』のが目的なんだねっ!? 孫への過剰投資は出来れば儲け物ぐらいで、お袋達とバトルするつもりだっ!?)
(あらあら、フィリアの婿はやはり頭が回るわね)
(考えろマジで考えろ僕……、目的はなんだ『遊ぶ』目的って何だっ!?)
(これに気づけたのなら、――ええ、孫への教育も任せて安心ね)
英雄は思い出す、何か手掛かりはないか。
これまでに義母は何を要求した、何が通った。
ローズとロダンの言葉を思い返して。
「――――孫と一緒に遊ぶ日の優先権っ!! それが目的ですね義母さんっ!!」
「英雄ッ!? 発想が飛びすぎではないか?」
「いえフィリア、それで合ってるわ」
「そうだぞ小僧、それで合って…………え?」
姉妹は顔を見合わせて、勇里とロダンは納得が行った様子。
そう、カミラの目的は。
「孫達の過剰投資? そんなものはフェイク! これは戦争よ、――脇部との、いえ、こころとの戦争!!」
「おいカミラ? 前から言っているが俺に相談してから動いてくれ?」
「甘いっ!! 甘いは勇里っ!! 戦争は常に始まっているっ!!」
「…………――――ま、まさかそういう事っ!? 爺ちゃん達や親父達が命名権で争ってるのってっ!?」
「そうかッ!! 名付け親になる事で、頻繁に孫の顔を見る口実と権利を得る為かっ!!」
謎は解けた、英雄の親族もフィリアの親族も全ては孫の顔見たさの暴走。
「普通に来てくれて拒まないのにっ! どうしてそんな面倒くさくて遠回りな事をしてるのさみんなっ!!」
「しかしこれは不味いぞ英雄、君の親と母さんを会わせる訳にはいかない」
「また難易度高い問題が……、下手したら母さん達ってば近くにまで来てても不思議じゃないよ?」
「だろうな、取りあえずこの部屋から追い出して」
「ホテルかどこかで一泊してもらう間だに対策を考える、そうだね?」
「ああ、間に合うと良いが……」
二人が溜息を吐き出した瞬間であった。
「――――話は全て聞かせて貰ったぜ勇里! クソカミラ!!」
「英雄、真実にたどり着いた事は誉めてあげる。……けれど、私達の方が一枚上手だったようね」
「なんで風呂場から出てくるのさっ!? というか何時から居たの!?」
「やはり居たわねクソ男にこころ!! 孫といっぱい遊ぶのは、この這寄カミラよ!! 最初に『ばぁば』って言って貰うのは私!!」
「母さん? 私がママと呼んで貰う予定なのだが?」
「私もだぞ母よ」
「シャラップ!! 我が娘達よ貴女達は妊娠中だしこころ達に勝利した後で優しく倒したあげるわ!!」
「ええ、首を洗って暖かくしてお腹を冷やさないように待っていなさい!!」
「――これが最後の戦いか、王太」
「いや、……孫が出来る度だぜ勇里」
「ああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 僕らの部屋で暴れようとするんじゃなあああああああああああああああああああああいっ!!」
「ふははははッ! 面白そうな事になってるじゃねーか俺も混ぜろォ!!」
「ふふっ、――曾孫に最初に『ばぁば』と呼ばれるのは私、決して負けませんわ」
「しまったお爺様達も近くにッ!! 来てくれ未来ッ!! 這寄家従者部隊出動せよッ!!」
「気持ちは分かるけど油に火を注がないでフィリアっ!?」
かくして、英雄くんチは大混戦が始まろうとしていたのであった。
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