第202話 親バカ孫バカ



「正直な話、僕の方の親族たちだけで勘弁して欲しいんだけど?」


「気持ちは分かるが、――姉さん避けて通れないか?」


「そっか……、フィリアちゃん達は英雄くんの親族の方もあったね」


「どちらの親も面倒な事だ」


 きっぱり面倒と言い切るローズ、その顔は苦々しげに歪んでいて。

 だが考えようによってはチャンスなのかもしれない、少なくとも協力しあえる筈なのだから。

 二人はローズ達を迎え入れると、四人でちゃぶ台を囲む。


「取りあえず情報の擦り合わせしよう、まぁその様子だと似たような問題だと思うんだけど」


「端的に言おう、私達の子供の命名権を巡って争っている。こちらは自分たちで付ける予定だと言うのに……」


「成程、良くも悪くも問題は被っていないな。いっその事、同じであったら対策構築が捗ったのだが」


「こっちはね……その、義母さんが暴走してて」


「ふむ、母さんが?」


 フィリアとローズの母カミラ、彼女は英雄の母の親友に相応しき愛情の重い人物であり。

 故にその矛先は夫である勇里が……、というのが普段の話ではあるが。


「考えてみると珍しいね、義父さんが犠牲になるのは納得なんだけど」


「母さんが孫の事で暴走するのか?」


「ふッ、フィリアはまだまだ母さんへの理解が出来ていないな。――アレは言うなれば、英雄とお前のハイブリットとでも定義すべき人物だ」


「あ、英雄くんへの既視感はそれかぁ!!」


「ふむ? つまり?」


「お前は父に対して暴走すると思っている様だが……、あの人は基本イケイケゴーゴーだ。一度走り出したら止まらない暴走列車だぞ?」


「義姉さん、もそっと具体的に」


 するとローズは遠い目をして。


「…………あれは、フィリアがまだ母さんのお腹の中に居るときだった」


「ウチのお袋の様に、義父さんにべったりだったとか?」


「違う、実はあの人はかなり過保護でな。当然、それは私やフィリアにも向けられているのだが……」


「妙に歯切れが悪いぞ姉さん、ズバッと言ってくれ」


「………………学校を作った」


「うん?」「ふむ?」


「もう一度言うぞ? …………まだ産まれていないのに、お前が通うための学校を作った」


「「?」」


 英雄とフィリアは仲良く首を傾げて、今、彼女はいったい何を言ったのだろうか。

 ちょっとスケールが大きくて飲み込めない。


「姉さん、すまないがもう一度頼む。もしかしたら聞き間違えたかもしれない」


「だよねだよねっ! いくら這寄の家が超お金持ちで権力もあるって言っても、子供が産まれるからって学校を作るだなんて……」


「…………学校を作った」


「畜生ッ!! 聞き間違いであった欲しかった!!」


「スケールが大きすぎて、仮にそうなっても対抗策が思い浮かばないっ!!」


「そうだろうそうだろう……私と父さんもな、当時は苦労した……」


「ボクが聞いた話によると、小学校と中学校と高校の建設は企画段階で潰せたとか何とか」


「そうだ、保育園と幼稚園で澄んだのだッ!! 分かるか? 私の時は大学まで作ったのだぞあのアホババアはッ!! それも一気に名門校に育て上げたのだぞあのババアはッ!! 通うしかいだろうがッ!! それでロダンと出会えたのは感謝しているがッ!! いくら這寄クラスの家だからと言って、物事にが限度があるッ!!」


「くぅ……お労しやローズ義姉さんっ!!」


「そんな裏話があったとは…………切に感謝します姉さん」


 と、そこで英雄は二つの事に気が付いた。


(今ここでこの話をするって事はさ…………大ピンチじゃね?)


 ローズが疲れている原因は、正しくそうなのだろう。

 義母カミラは孫達を過保護に育てるべく、何かしら大きなプロジェクトが現在進行形なのだ。

 そして。


「聞きたくないけど、一応聞いて良い義姉さん?」


「なんだ、この際だから何でも聞け」


「さっき諦めさせたって言ったじゃん? 僕の予想だと諦めさせるというか矛先を反らしただけなんじゃないかなーーって」


「む、つまり母さんは思いとどまった訳ではないと?」


「………………やはり聞くか、それを聞いてしまうか」


「アレかぁ……」


 遠い目をするローズとロダン、猛烈に嫌な予感がしたのだが聞かないことには始まらない。

 英雄とフィリアは手を繋いで、勇気を出して。


「言って……、言ってくれ姉さんッ!! 母さんは代わりに何をしたのだッ!!」


「………………――――、土地を買って名付けた」


「おっと? 思ったより悪くなくない?」


「あ、ああそうだな、土地に名前か……私の名を関した公園がアメリカにでもあるのだろう」


「月だ」


「はい?」「うむ?」


「だから……月だ。…………母さんはな、月に土地を買ってお前の名前を付けたんだ………………」


 それはそれは重苦しい声、それはそれは遠い視線。

 二人は思わず天を見上げて、しかし屋内で月が見えるはずも無く。


「…………やったねフィリア!! 遠い未来に君の名前を冠した月面コロニーとか出来るかもよっ!?」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 初耳だッ!! 初耳だぞ姉さんッ!!」


「誰が伝えるかこんな事ッ!! 母さん以外は誰も喜ばないと思って今まで封印してたんだッ!! 母さんが言おうとする度に止めていた私に感謝しろッ!!」


「くッ、姉さん……貴女は真に妹思いな姉さんなのですねッ!! 今なら、今ならッ、貴女の私への愛が受け入れられますッ!!」


「分かってくれるかフィリア!」


「姉さんっ!!」


「うーん、良い話だなー?」


「良い話だねぇ?」


 姉妹は仲良く手を取り合って、とても麗しい光景ではあったが。

 ともあれ、まだ聞かなければならない。


(ああああああっ! 不味い、不味いよコレはっ!! ある意味、僕の親達よりヤバイじゃんかっ!!)


 断じて、断じて阻止しないといけない。

 我が子の為に教育機関一式新しく作りました等と、月に土地を買って名付けました等と。

 浪費とか過保護とか親馬鹿の域を、優に越えているではないか。


「――――率直に聞くよ。義姉さん義兄さん、今は何が問題になってるの? 義母さんは孫に何を与えようとしているワケ?」


「そ、そうだッ! それを聞いておかなければッ!? どうなんだ姉さん!」


「…………警備会社の設立は許してしまった、航空会社もだ」


「頻繁に遊びに来る気満々だねっガッデム!! いや、遊びに来る事自体は別に構わないけどさあっ!!」


「だが安心して欲しい、ジェット機の免許を取るのは止めさせた、それから新型ジャンボジェットの開発も阻止した」


「無茶し過ぎだよ義母さんっ!?」


「……念のために聞いておくが、日本での免許の類は?」


「ふふッ、結婚前に父さんを追いかける為にな。……大型二輪やトラックの免許を取得済みだそうだ」


「そっちは手遅れだったか……、他には?」


「英才教育を施す各分野で超一流と呼ばれる天才揃いのスタッフ収集計画は、…………まだ潰せていないんだよ英雄くん! 本当にどうしようっ!?」


「そしてだ、――フィリアの妊娠も発覚してだな」


「……私達の子供も巻き込まれる事は確定か」


「上手いこと父さんが妨害しているから、まだ阻止は間に合うが……」


「他には私立大学の買収計画が持ち上がってるんだ」


「全ては孫、私とフィリアの子供に良い環境を与えようとッ!! 気持ちは嬉しいありがとう母さんッ!! だが限度とか加減を覚えてくれ母さんッ!!」


「あ、ボクからもう一つ。ベビー用品には困らないと思う」


「うーん、今までの中で一番頼もしすぎる朗報だね」


 ローズが英雄と同じ、フィリアとの複合ハイブリットと称する義母カミラ。

 となれば、彼女の暴走はかなり質が悪い。


(僕と同じって事は…………、フィリア達が本気で迷惑にならないような加減をしてるって事だよねぇ……)


 常識にギリギリまで、世間からギリギリ許される範疇で。

 最大限の――無茶苦茶を。


(……………………対策は、ある)


 義父さんと義姉さんと義兄さんだけでは止められなくても、英雄には追加戦力のアテがある。


(ただ止めるだけじゃダメだ、義母さんとウチの親族、どっちもただ止めるだけじゃダメだ)


 問題は。


「――――数日、いや半日、最悪数時間だけでも余裕が欲しいんだけど」


「ほう? 何か思いついたな英雄ッ!」


「でかした小僧ッ! 必要な物は何でも言えッ!」


「協力は惜しまないって言いたい所だけど……」


「うん? ロダン義兄さん?」


「もしかすると、タイムリミットかもしれない」


 あちゃーと両手で顔を覆うロダン、英雄達もソレに感づいて黙り込む。

 次の瞬間、静寂に包まれた部屋の外からカツカツと足音が。

 ――ヒールで階段を登る音だ。


(ちょっと展開早すぎないッ!! いや戦いの基本だけどもっ! こっちの動きを封じるつもりっ!?)


 カツカツ、カッカッ、二人分の足音は徐々に近づいて英雄達の部屋の前で泊まり。

 ――ピンポーン。

 ベルの音が一回、そして。


「妊娠おめでとう愛する我が子よっ!! この私、這寄カミラが来たからには安心安全幸せハッピーな出産と子育てを確約するわっ!! 孫の顔をハリーハリー!!」


「やあ、久しぶりだねフィリア、英雄。――まだ全部止められていなくて本当にすまない」


 這寄カミラ、勇里夫妻の登場であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る