第199話 チャイルドネーム



 英雄の両親、王太とこころは翌日の放課後に来訪した。

 彼らはフィリアの妊娠を手放しで大喜びし、こころは母としての体験談をフィリアに伝え。

 そして王太もまた。


「いいか英雄、――お前に伝えておかなければならない事がある」


「親父、その真剣な表情は何? めでたい時にする顔じゃなくない? それに僕らもあそこで話せば良いよね?」


「念のためだ、我々は慎重に動かなければならない」


「…………親父?」


 何処か緊張感漂う父の姿、ちゃぶ台を囲んで話すフィリア達から少し離れ台所で会話する意味とは如何に。


「我が子よ……英雄よ……、俺はお前に妊娠中の夫婦生活を円満に送るコツを伝授しなければならない……」


「いやそれ、向こうで夫婦一緒に話した方が良くない?」


「駄目だ、これはあくまで俺たち男……、正確に言えば愛の重さを受け止める相手の心得だからだ」


「…………嫌な予感しかないんだけど? それにフィリアとはいつも円満だよ、正直要らないんじゃないかって」


「俺も親父から言われた時は、そう思ったさ。――だが直に理解するはめになった」


「結論からどうぞ」


「嫉妬が増す」


「…………それって、割といつもの事じゃない?」


 首を傾げた英雄に、父は血走った目で両肩を掴んだ。


「甘い!! 砂糖よりサッカリンより甘ああああああいっ!!」


「ちょっと親父、何をそんなに必死なのっ!?」


「お前にはっ、お前には味あわせたくないんだっ!! あの貞操帯の冷たさをっ!! 職場を四六時中監視され女性社員と話した回数と内容を一字一句記録したノートが見つかるとかっ!! いやそれはそれで不正が発覚して助かったけどっ!! 奴ら本当に重くなるんだよっ!! こころだけじゃないっ!! 親父だって苦しんだ!! お前と仲が良い美蘭ちゃんや修の父、俺の兄弟達もそうだったんだっ!! お前にもきっと、きっと~~~~!!」


「――――王太?」


「ひぃっ!? な、なんでもないぞこころぉ!!」


「何を話しているかと思えば……」


 内緒話であったが、ヒートアップして叫んでしまえば聞こえてしまうのは無理もない。

 敬愛なる父の後ろに立つは、こめかみをヒクつかせ仁王立ちの母の姿。

 更に後ろには、少し呆れた顔のフィリアが。


「大袈裟なのよ王太は、あれは妊娠中でホルモンバランスが狂って少し不安になっただけじゃない」


「少し? あれが少しっ!? 不安だからって探偵会社企業してウチの会社丸裸にする奴が何処に居るんだっ!! しかもご丁寧に社内の女性社員を全員オフィスラブで結婚させやがって!! 寿退社が半数も出ただろうがっ!!」


「そう? でも企業利益は大幅な黒字になって、職場環境も改善されて今では超ホワイト企業として有名じゃない」


「結果論だろう!!」


「そもそも、あの会社は私の親友の会社で。私が立ち上げた探偵会社も親友との共同経営、言わば姉妹会社みたいなものじゃない」


「そういう問題じゃないっ!! 聞いただろ英雄っ!! 権力とか金を持たないこころがココまでやってるんだっ!! フィリアさんが何処までやるか俺は不安なんだっ!!」


「英雄英雄? 舅から言われ無き中傷誹謗を受けている気がするんだが?」


「うーんフィリア? 僕ってば親父の言葉を否定出来ないよ? 今だって君、僕の制服に盗聴器と発信器付けてるじゃん」


「師匠! いや義母さんッ!! 英雄が酷い事を言うのだッ!!」


「よしよし、よしよし。ウチの男共は肝っ玉が小さくてごめんなさいね」


「「自分の行動を振り返ってくれっ!?」」


 駄目だ、この妻達は駄目だ。

 今、父子の絆は一層深まって。


「くっ、やはりお前は既に……。いいか、経験者からの金言だ、――――その盗聴器と発信器は絶対に外すんじゃないぞ」


「その心は?」


「やめてくれ……思い出したくもないっ!!」


「何したのさお袋っ!? 親父がこんなに怯えてるよっ!?」


「何って……職場にお弁当を毎日届けて社員食堂であーんをしただけよ?」


「それが切っ掛けで、社長に名家のお嬢様にシークレットベイビーが発覚して、挙げ句の果てにお嬢様の実家の企業と吸収合併と、そのお嬢様に横恋慕していたライバル企業の社長とM&A合戦が同時勃発して大変な事になったじゃないかっ!!」


「でも、最終的に私達が何とかして平和に幸せに解決したじゃないかっ!!」


「そうだよっ!! 違法スレスレでアチラさんの不正の証拠を掴んで、社長とお嬢様のハーレークイン並に拗れた恋愛模様を補佐するのどれだけ大変だったかっ!! 今も感謝してるよありがとうっ!! でも大変だったんだぞっ!!」


 奇妙な夫婦喧嘩に発展してく中、フィリアは大きく見開いていた瞳を戻して深い溜息。


「どったの? 何か気になる事でもあった?」


「…………私は父さんに聞いた話で、君もニュースとかで聞いたこともあるかもしれないが」


「どゆこと?」


「今、全国一位のお菓子会社はな。ちょうど私達が生まれた年までは、そこらの中小企業だったのだ」


「なーるほどぉ?」


「なんと言うか、企業政治的にも経済的にも奇妙すぎる吸収合併事件が起こって、業界のバランスを塗り替える規模だったのだが…………」


「発端が分かっちゃったと」


「ああ、義父さん義母さん。楽しそうな所すまないが質問がある」


「おお、助かった何でも聞いてくれっ!」


「もう、助けなくても良いのに……」


「気になった事があったので、――当時、業界二位の企業に買収をしかけられて、当時中小企業だった御社が逆に買収して傘下に納めたカラクリは何だったのかと」


 すると、王太とこころは視線を泳がせて。


「…………嫌な、事件だったな」


「ええ、痴情の縺れって怖いわね。まさかあそこの奥さんが……いえ、話す事ではないわ」


「気になるよお袋っ!?」


「あの時はなぁ……脇部の一族が総動員で仲裁に当たったけ…………」


「何それっ!? 超気になるんだけどっ!?」


「そういや、あの時は勇里にも世話になったなぁ」


「カミラさんの雄志、私は忘れないわ……」


「私は聞いてないっ!? 何だソレはッ!?」


 思わぬ所から両親の話が飛び出て、フィリアも困惑。

 英雄としては、溜息を一つ。


「――うん、僕は教師を目指して正解だったね」


「そうだな……、義父さんとの繋がりが知れて見ろ、君にかかるプレッシャーは半端ないモノになる」


「それは良いんだけど、敵も多そうだからなぁ……」


「思い出した、それが切っ掛けで修くんに許婚が出来て居たよな? あれどうなったっけ?」


「…………私も忘れていたわ、もう結婚したワケだし、向こうも一時的な契約とい認識だった筈だし」


「ちなみに親父、その子の名前は?」


「何だったけ? 月みたいな名前だった気がするが」


「いえ、小夜さんとか言ってなかったかしら?」


「修兄さんっ!? 修兄さん~~~~っ!!」


「――――成程なぁ」


 突如として叫びだした英雄に、両親は不思議そうに。

 しかし彼とそのお嫁さんには、十分過ぎる程、心当たりがあって。


(そっかぁ……小夜さんって修兄さんの幼馴染みってだけじゃなくて……)


(婚約者でもあったと、……修さんはそれを忘れてディアさんと結婚してしまった訳で)


「…………どうするフィリア?」


「もう手遅れだ、あれから数ヶ月経ってしまっている」


「兄さんが刺されたって情報無いし、……平和に終わったよね?」


「そう願いたいな」


 英雄とフィリアが深刻そうに頷いた瞬間だった、ぴんぽーんと鳴り響いて。


「お客さんかな? 今日何か届くっけ?」


「いや、どちらも予定はないが」


 そして。


「ガハハハッ!! よくやった英雄!! お前が曾孫第一号だぜッ!!」


「ふふっ、おめでとうフィリアさん。嬉しくて来てしまいましたわ」


「祖父ちゃん祖母ちゃん!!」


「お、やっぱ王太とこころも居るのか」


「――そういえば英雄、君の母方の祖父母は?」


「ああ、まだだったね。今世界一周旅行行ってるからなぁ……産まれるまでに帰ってくるっけ?」


「ウチの母なら、今回の知らせを聞いて帰国するって言ってたから。その内、顔を合わせる事になるわ」


「ふむ、その時を楽しみにしておこう」


「居ない奴のこたァ今は良い、――英雄、お前に言わなければいけない事があるッ!!」


「それもう親父がやったよ祖父ちゃん……」


 またも妊娠中の夫婦生活の教訓か、今度はどんな爆弾が飛び出すのか。

 興味はあったが、聞くのも怖い。


「なんでぇ、オレが来てからにしろよ王太」


「だがジジイ、こういうのは早い方が良いだろう?」


「確かに、――お前のときも、弟の嫁さんからこころが産まれる時もなァ、それはもう大変だったんだぜ……」


「思い出話は良いけど、遡ると際限なくない?」


「うむ、立ち話もなんだし座って欲しい」


「そうね、では上がらせて貰いましょう」


「しっかしお前の部屋はもっと汚いと思ってたが、やっぱ嫁さんと一緒だと違うなァ」


「貴男も独身時代は部屋が汚かったわね」


「親父は?」


「俺はガキの頃からこころの世話になりっぱなしよ」


「ほう、そんな頃から……義母さん、お見逸れいたしました。やはり盗聴と盗撮を?」


「それは大きくなってからよ、小さな頃は胃袋とお小遣いを握ってれば良かったから」


「…………苦労したんだね親父!!」


「分かってくれるか息子よっ!! ああ、コロコロを買うだけでこころの許可が居る日々よっ!!」


「だから僕にはコロコロを直接買い与えてくれてたんだねっ!?」


「ああ、そうだ……お前も息子が出来たらテレビマガジンとコロコロを与えると良い。――ボンボンはもう無理だがな」


 たそがれる父の姿、感涙に咽ぶ祖父と息子。

 それを女性陣は冷めた視線を送って。


「気を付けなさいフィリアさん、あの馬鹿共は子供に何でも買い与えるタイプだから」


「そうよフィリア、サプライズでヒーローショウを家でするなんて、絶対に阻止しなさい」


「心に堅く誓います、――英雄の馬鹿を止めるとッ!!」


 和やかであった、実に和やかな時間であった。

 …………だが。


「そうだ英雄、オメーよう子供の名前は決めたか?」


 瞬間、ぴりっと火花が散る。


「うむ?」


「ははは、まだ早いぜ親父。予定日も決まってないんだ」


「ふふっ、でも早く決めるのに越したことは無いわ。色々と揉めるもの」


「ウチの一族はこういうの好きだものね、ええ、孫の名前は私達で決めるわ」


「おおっとお袋?」


「馬鹿言えよゥ、――こういうのは脇部の頂点である俺と那凪に権利があるってモンだぜ?」


「ボケたかジジイ、アンタはまだ曾孫チャンスがあるだろう。俺は初めての孫なんだ」


「ええ、譲ってお爺様」


「残念だけど、……私にとっても初めての曾孫ですもの、名前は譲れないわ」


「義母さん? 御婆様?」


 そして。


「どらああああああああああああッ!! 曾孫の名前を付けるのは俺の那凪だあああああああ!!」


「負けんぞクソ親父いいいいいいいいい!!」


「なんでそうなるのさっ!? 僕らの部屋で暴れるんじゃなあああああああああああああああいっ!!」


 英雄とフィリアの第一子、名付け親争奪戦が幕を開始したのであった。


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