第197話 とある夫婦の肖像
「月並みだけど、――さて、お集まりの皆さん。謎は全て解けました」
茉莉が教室に来た途端、英雄はそう笑った。
「謎でゴザルか? 犯人の間違いではなく?」
「良い質問だよ栄一郎、犯人だけなんて片手落ちさ。ちゃーんと謎があるんだよ」
そもそも、最初から不自然だったのだ。
だがそれを説明する前に。
「じゃあ先ずは時系列から追っていこう」
「必要あるでゴザルか?」
「あるとも、様式美って面もあるけど。前提情報の共有は理解するには必要な事だもの」
全員が頷いたのを見て、英雄は口を開く。
「事件が発覚したのは昨日の夜、栄一郎が自分の部屋で通学鞄の中から盗撮写真入りラブレターを見つけた」
「んで、今日の朝から栄一郎は不自然だったと」
「その通りだよ天魔、だから僕らは昼休みに栄一郎を追いかけて理由を話して貰ったワケだけど……」
「うーん、拙者としては納得いかない説明でゴザルッ!! 確かにその通りでおじゃるがッ!!」
「言いたいことは分かるけど却下ね栄一郎」
「そして放課後の今、写真を手掛かりに君は謎を解いた。――そういう事だな?」
「ああ、時系列で言うとそういう事になる。そしてココからが本題、…………事件の始まりって何時だったと思う?」
質問を投げかけた英雄に、女性陣は押し黙り、天魔と栄一郎は首を傾げ。
「事件の始まり? そりゃお前が言った通り、脅迫の手紙を見つけた時じゃねぇのか?」
「ちょっと待つでゴザル、拙者が見つける前に、写真のプリントアウトと手紙を入れる時間が必要でおじゃ」
「となると……、事件は栄一郎が家に帰る前からって事か? でもそれだと際限ないだろ、だって相手は前々から愛衣ちゃんと栄一郎を狙っていたストーカーだろ?」
「うん、そこだよポイントは」
引き出したい言葉が出てきて英雄はご満悦、違和感の一つはそこなのだ。
「――――本当にさ、栄一郎と愛衣ちゃんを前から狙っていたストーカーなのかな?」
「その口振りだと、違うとでも言いたいのか?」
「そうさ天魔。このストーカー問題は多分、犯人にとって目的と達成する為の手段に過ぎない。――栄一郎がママだと言って女装してる様にね」
「…………気づいていたでゴザルかぁ」
「おい、おい? 言いたいことは多々あるが……もしかして栄一郎の事までこの場で解決するつもりか?」
「うん、だって僕の考えが正しければストーカーも栄一郎の事も地続きだからね」
「おじゃッ!?」「マジか!?」
「だろう、――フィリア、愛衣ちゃん、茉莉センセ?」
「ゴザルウウウウウウウウウウッ!?」「マジでかッ!?」
二人は一斉に女性陣へと顔を動かし、彼女達はため息を。
「…………何処で見抜いたマイダーリン?」
「やだなぁハニー。愛衣ちゃんと女装した栄一郎二人揃った写真、しかもこの教室で昨日の放課後の騒ぎの時の。……あれ撮れるのって後から来たフィリアしか居ないよね?」
「推測でしかないだろう?」
「証拠が必要なら、君の鞄とパソコンを漁っても良いかい? ああそれから、あの写真の指紋を調べても良い」
「ふッ、我が夫でなければ名誉毀損で訴えた所だぞ?」
「いや、犯罪行為に荷担するなんて普通なら離婚モ――「あれは私と愛衣と茉莉先生の仕業だ!!」はい、ありがと」
「ちょっとフィリア先輩~~~~っ!?」
「いっそ清々しいなオマエ……」
即落ちしたフィリアに、愛衣と茉莉はガックリと肩を落とす。
そんな彼女達の態度に、栄一郎は目を丸くして。
「…………――――説明、しろ。本当に、マジで、説明をしろ、して、してくださいオラァッ!!」
「ヘイヘイ、ステイステイ栄一郎!! 気持ちは分かるから押さえてっ!!」
「犯人聞けば動機も想像がつくだろ? お前はもうちょっと頭を冷やせ!!」
「動機ッ!? どんな理由があってこんな悪ふざけをしたんだッ!!」
「いや栄一郎、全部君が悪いと思うよ?」
「英雄ッ!? お前はアッチに付くのかッ!?」
「悪いが栄一郎、英雄だけじゃねーぜ。今回ばかりは俺もアッチに付く」
「天魔ッ!? この裏切り者めッ!!」
拳を握りしめ真っ赤な顔の栄一郎に、英雄はやれやれと肩を竦める。
「ね、分かってる栄一郎。君は本当に怒る資格が無いんだよ?」
「んだな、俺にも分かる」
「どういう事だッ!!」
「じゃあ聞くけどさ、――妊娠中の自分の置いてけぼりで夫が女装して他の人の迷惑になってる奥さんの気持ち、ちゃんと考えた?」
「――~~~~ッ!?」
グサッと栄一郎は押し黙り、顔を青くした。
けれど、それで終わらせる程優しい英雄ではない。
「それにさ。栄一郎には悪いけど、昔の僕を取り戻して欲しいとかお節介を通り越して迷惑なだけだからね? 第一、結果がどうであれ、記憶の有無がどうであれさ、僕は怪我をしてまで君を庇った結末を後悔なんてしないよ」
「敢えて口を挟ませて貰うが、それは英雄への冒涜だ」
「フィリアの言うとおりさ。君が長い間、気に病んでいるのは仕方ない事だし、突っ込んで聞かなかった僕にも責任の一端はあると思う。――けどさ、一方的に押しつける前に僕の意志をちゃんと確認しようよ、更にその前に……茉莉センセが優先でしょ?」
「う、ううッ、うぎぎぎぎぎぎぎッ~~~~!!」
「センパイ、オーバーキルなんでそのぐらいで……」
がっくりと項垂れて床に座り込む栄一郎、英雄はしゃがんで視線を合わせる。
「俺のやった事は……」
「空回りだね、ついでに言えば独りよがり」
「…………もう少し優しい言葉は無いのか?」
「あると思う?」
「………………………………俺が、全面的に悪かった。すまない」
「僕は良いけどさ、栄一郎が謝罪しないといけないのはもう一人居るでしょ」
瞬間、はっと顔を上げると栄一郎は慌てて茉莉の前に行き――。
(――――栄一郎。……アタシの、栄一郎)
茉莉は、ずっと見守っていた。
あの日、幼い栄一郎相手に過ちを犯した時から。
ずっと、ずっと。
(栄一郎、……アタシの男になってしまった、栄一郎)
あの日、過ちに狂わせた彼の美しさは年々磨きがかかって。
だからこそ。
(ごめんよ栄一郎……、アタシは、あの時何も出来なかった)
それは後悔。
誰も彼女を責めなかったのだ、幼き日の英雄が大怪我を負った事件。
その発端は正しく茉莉であったのに。
(アタシの所為だ、脇部の怪我も栄一郎が歪んでしまったのも!!)
ストーカーの矛先が変わった事に気づかなかった、気づいた時には英雄が関わっていた。
事態を正確に把握して駆けつけた時には、そこは血溜まりであった。
(アタシは、――何も出来なかった)
だから距離を取って、でも栄一郎は執拗に迫ってきて。
……罰、だと思ったのだ。
(栄一郎に抱かれるのは、アタシへの罰。……その筈だったのに)
何時からだろう、それが変わったのは。
――いいや、覚えている。
脇部英雄、手の掛かる教え子の筆頭。
(脇部には、感謝してもしきれねぇよ)
彼が栄一郎を但し、茉莉との関係を変えたのだ。
だからこそ。
(――歯がゆかったんだ、アイツが長年思い悩んでいるのに気づいていたのにっ、アタシは何も出来なかった!!)
怖かったのだ、今の暖かな関係が壊れるかもしれないのが。
だから見守る事にしたのだ、……栄一郎が女装を始めたその瞬間までは。
(アタシはまた間違えたッ!! 最初から止めるべきだったんだ!!)
気楽に考えすぎていた、否、目を反らしていたのだ。
子供が出来て、栄一郎が全ての柵から解放されたなどという幻想を抱いていたのだ。
けれど、――現実はどうだ?
(折角、愛衣とフィリアが協力してくれたのに……、全部脇部に任せっきりになっちまった)
彼の言葉は、教師として年長者として妻として。
茉莉が、他ならぬ茉莉が言わなければならなかったのに。
今、脇部英雄に指摘され己の下に進む夫を見る。
顔面は蒼白で、今にも倒れそうだ。
その唇は強く噛みすぎて、血が出るのも時間の問題に思えた。
(アタシは、――オマエにそんな顔をさせたかったんじゃない!!)
その心を縛る全てから解放され、晴れやかな笑顔が。
妊娠を告げた時に見せてくれた、純粋な笑顔をいつも浮かべて欲しかっただけなのだ。
(何が教師だ、アタシは大切なヒト一人だって導けやしないッ!!)
教師失格だ、妻として失格だ。
だから。
「…………なぁ栄一郎、離婚しようか」
力なく出された言葉に、栄一郎は勿論の事、英雄達もあんぐりと口を開けたのであった。
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