第192話 フェイクキャット・ファイト



 週明けの月曜日である、英気を養い対策も練った英雄とフィリアは普段と変わらずに登校して。

 しかし、違う所が一点。


「英雄、本当にその格好でいいのか? むざむざ敵の思惑通りに動く事は無いと思うのだが」


「ダメだよフィリア、栄一郎は敵じゃない。救うべき友人だ」


「…………君は時折怖いな、その真っ直ぐさは正義という名の蹂躙だと感じるぞ」


「僕もその辺りは思う所が無いワケじゃないけど、奇襲や奇策は繰り返すと対策されやすいし。その行動に正しさが無いと、禍根を残すよね?」


「そういう言葉がするっと出てくる所も恐ろしい……、ああ、私はなんという男を夫にしてしまったんだッ!」


「おや、僕が怖いかい……、が恐ろしいかい……?」


「ふッ、惚れ直したと言った所だなッ!! 今だから言うが、そういう所が君が女性人気はあれど恋愛感情に繋がらなかった所でもあるんだぞ?」


「マジで? 初耳なんだけどっ!?」


「ああ、だから苦労したぞ。君に思いを寄せていた女の子は所謂ガチ勢だったからな」


「そのガチ勢に、ぴったりの相手を見つけて矛先を反らしたフィリアはガチ中のガチ勢ってなるけど?」


「ふむ、誇りに思え」


「言っておくけど、君がそうしていなかったら僕は君と付き合う事すらしなかったからね?」


「…………我ながら、英断だったな」


 冷や汗を流しながら遠い目をするフィリア、英雄は彼女と腕を組んで仲良く進んでいるのだが。


「うーん、見られてるねぇ」


「当たり前だ、何せ美少女が二人だからな」


「しかも片方は人妻だ」


「それを言うなら、片方が男という事が問題では無いか?」


 そう、英雄は女生徒の格好をしていた。

 栄一郎もとい栄子と被らないように、胸に詰め物はしないで髪は明るいブラウンのウイッグを。

 つまり「ひーちゃん」の出撃である。


(栄一郎は女装した、つまりあの事件の時を再現しようとしてるんだ)


 同時にそれは、栄一郎が英雄の女装を望んでいるという事。


(少しでもあの頃の僕に戻そうとするならば、第一段階の目標はそうだろうね)


 その思惑に、敢えて乗ろうと言うのだ。


「君が女装した所で、栄子とやらが油断するとは思えないが……」


「油断なんて大層なものじゃないんだ、ただ栄一郎と同じステージに立つだけ」


「ふむ……、そうして初めて対話をする資格が出来ると?」


「多分、僕も栄一郎もね」


「成程、理解はした。――だが、程々にするんだな」


 トーンの落ちた声色、新妻の表情に英雄は首を傾げて一言。


「その心は?」


「たとえ親友だろうが、私達は新婚ホヤホヤなんだぞ? ……妬いても仕方がないと思わないか?」


「奥さんの可愛い嫉妬で、僕は幸せだね!!」


「ばーか」


 となれば、後は出たとこ勝負である。

 通学路を進む中、フィリアの側に居る見知らぬ美少女に生徒達はざわめき。

 正体に感づいた者は、慌てふためいて噂を流す。

 そうして校門をくぐり、教室に入る頃にはクラスメイト達が勢ぞろい。


「マジか……マジかよおおおおおおお!! マジで女装してんのか英雄っ!!」


「おはよう天魔、僕の格好に不満かい?」


「いや不満っつーかよ、女装してるって事は栄一郎に対抗するって事だろ?」


「まぁ、平たく言えば」


「何が平たくだ、丸く言って見ろ」


「――――僕の魅力で、栄一郎を男に戻してみせるっ!! 僕に勃起したら栄一郎も女装を諦めるってもんだよっ!!」


「誰が尖って言えって言ったよッ!? というかその格好で勃起とか言うな!! 見ろ、廊下の他のクラスのヤツが勃起してるじゃねーかっ!!」


「美しさって罪……、はぁいみんなーー!! 私のスカートの中が気になるかなっ!!」


「英雄英雄? 新婚の夫が女装してスカートを持ち上げて男子を魅了している妻の気持ちを考えてくれ?」


「英雄がボケに回ると、フィリアさんがツッコミに回るよな」


「え、なんだい天魔。僕ら良い夫婦だって?」


「一言も言ってないぞッ!? いやその通りだと思うがッ!」


「うむ、君を英雄の第一親友と認めよう。新婚旅行先は私に任せるがいい」


「――――あら、私こそ英雄の第一親友なのですが?」


 瞬間、教室どころか廊下まで緊張で凍り付いた。

 腰まである長い黒髪、偽巨乳と天性のくびれ、本物の女性でも叶わない和風美少女が、よく通る涼やかな声と共に英雄の目の前に立ち。


「や、おはよう栄子!」


「おはようございます、ひーちゃん」


「その格好をしてきたという事は、――私をママと呼ぶ覚悟が出来たと?」


 挑戦的な言葉に、英雄はゆるやかに首を横に振って。

 それから、その場に居る全員に向かって声を上げた。


「みんな聞いてくれ、…………僕は美しい」


「悔しいが私も同感だ」


「でも英雄、それがどうしたんだ?」


「クククっ、分からないかい? 僕は美しい、即ちそれは僕こそがこの女装男子のトップの座に君臨するのが相応しいと!!」


 なお、全部即興の出任せである。

 だが、普段の行いから、その台詞は真実の様に響いて。


「だからこそ今、宣言するよっ!! 僕は女装で――この学校の男共をメロメロにするっ!!」


「うわあああああああああ!! だから嫌な予感がしたんだ!! なんで止めなかったんだフィリアさん!! んで栄一郎も同罪だ!! 英雄がまだ変な事を始めるんだぞひゃっほうお祭り騒ぎだ!!」


「よっしゃ! そう言ってくれると信じてたよ天魔!! なら君が一番手だ!!」


「おう! 何をすれば良いんだ! 何でも言ってくれ英雄!!」


 あ、ヤバイ爆弾にニトロがついた。そんな空気が漂う中、栄一郎は動く。


「――――聞き捨てなりませんね英雄、私と貴男の問題に全校生徒を巻き込むと?」


「ふぅん、不満があるって?」


「ええ、大いに」


「じゃあさ、勝負しよう今すぐに」


「勝負? 何を考えてるかしりませんが……受けて立ちましょうッ!!」


 バチバチと女装男子の間で火花が散る。

 誰もが息を飲み、大騒動をワクワクしながら待った。

 次は何を言うのか、どんな勝負をするのか。

 ――そして。


「よし!! 貴様等今よりトトカルチョを始める! 胴元は新婚ホヤホヤ世紀の新妻である脇部フィリアが勤めよう!! さあ、チロルチョコ一個から受付だ!!」


「旦那の賭けの対象にしていいのかフィリアさんッ!?」


「あ、勝負の方法は天魔をドキドキときめかせ勝負だから」


「ふッ、異論は無いわ」


「いや異論あるだろッ!! 何で俺っ!? 何で俺が巻き込まれてるんだッ!?」


「さっき何でも手伝うって言ったじゃん?」


「私も聞きましたわ」


「ちげーよッ!? それ裏方とか手助けとかそういう意味だよッ!! 誰が被害者になりたいって言ったッ!!」


「被害者? ――逆に考えるんだよ天魔。こんな美少女二人にモテモテハーレム、滅多に無いコトだって」


「テメェら忘れてるかもしれねーけど、俺結婚したばかりィ!! 愛衣ちゃんに殺されるわッ!!」


 すると英雄と栄一郎はきょとんとして。


「…………みんな、いっせーのせで言うよ!!」


「祝ってくださいな、この天魔は私の妹・愛衣と結婚して義弟となったのですッ!!」


「「「結婚、おめでとう!!」」」


「ありがとよッ!! でも誤魔化されねーぞチクショウ!!」


 不味い、不味い流れであると、新婚ホヤホヤの天魔は焦った。

 どうして二人の問題に直接的に巻き込まれるのか、彼ら二人は親友であり、その解決に全力を尽くすのも吝かではない。

 だが、だが断じてその二人に誘惑されるのは違う。


(だ、誰かこの流れを止めろッ!!)


 天魔がそう祈った瞬間であった。

 ビシビシと竹刀を鳴らす音が廊下から響いて、この教室に近づいてくる。


「…………あれ? この音なんだろう」


「聞き覚えがある気がするんですが……」


「ふむ、もう少しで思い出せそうだが」


(ぬおおおおおおおおおッ!? 来ちゃったッ!? ドッチだッ!? 俺は助かるのかッ!?)


 唯一、正体を見抜いた天魔は顔をひきつらせ。

 そして。


「おらぁああああ!! なにヒトの旦那さまにコナかけようとしているんですかッ!! ぶっ殺しますよバカ兄さん! 英雄センパイ!!」


「助けてくれマイワイフ!! 夫のピンチだ! 尊厳を守ってくれ!!」


「勿論ですともっ!! この勝負、越前愛衣が!! そう、越前愛衣が預かります!! 具体的には放課後!! ひーちゃんパイセンを兄さんと天魔くんのどちらかがメロメロにする勝負です!!」


「なんでそうなるんだッ!! 何も変わってねぇえええええええええええええええ!!」


「僕は異存なーし!」


「私も異存ありませんわ」


「聞いたな皆!! 賭を変更だ!! 勝つのは机栄子か越前天魔か! ポッキー一本から受け付けるぞ!!」


「俺を賭けの対象にするんじゃねぇえええええええ!!」


 天魔は頭を抱えて叫んだが、ともあれそういう事になったのであった。


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