第191話 ニューホーム



 栄一郎が何かを画策していても、休日は休日だ。

 わざわざ家に居て、襲撃されるのを待っているのは時間の浪費というもの。

 英雄とフィリアは今、以前に彼女が燃やした家跡に来ており。


「どうだ英雄、これが私たちの新しい家だッ!!」


「うん、イイネ。この年で一国一城の主っていうのも生活に張り合いが出るってね!」


「二階建てで、ちょっと広めの庭付き一軒家。勿論、屋上と駐車場も完備だ!」


「僕らはまだ免許取ってないから、駐車場が空っぽなのが残念だけど。車も高いからおいおいだね」


 そう、ここは二人の新居。

 当初、話し合いは難航したが大学は県内で解決。

 就職先はフィリアと英雄は一緒に……、と言いたい所だが彼にはやりたい事があるらしく。


 ともあれ、二人は新品ピカピカの新居のドアを開けて。

 中は当然何もなく、家具はこれから揃えるつもりである。

 何故ならば、この家を使うのは卒業後と決めているからだ。


「しかし意外だったな、君はてっきり私の会社か這寄グループ関連に就職すると思っていたのだが」


「そう? 結構僕らしい選択だって思ってるんだけど」


「しかし教師だろう? この家の建築費用を払うとなると、かなりかかるんじゃないか?」


「今からでも高給取り目指そうって?」


「というか、君は義父さんの様に世界を飛び回る営業マンになるのかと思っていた」


「なるほど、そして君も着いていくと?」


「うむ、その選択肢は視野に入れていた」


 高校卒業もまだで大学受験を控えたこの時期に、英雄は唐突に目指すべき職業を決めたのだった。


「それも楽しそうだけどね、……僕は、学校に恩返しをしたいんだ」


「ほう?」


「現在進行形でトラブってる訳だけど、それはそれとして、学校という場所は僕にとって楽園だった」


「ふむふむ、大学卒業後もモラトリアム続行したいと」


「何言ってるのさ、分かってるでしょ?」


「勿論冗談だ、……英雄は、未来の子供達にも学校を楽しい教育の場として提供したいのだな」


「うん。いつか僕らにも子供が出来て、成長して学校に通うようになった時にさ。僕の力で少しでも人生において支えになるような場所に出来たらなって」


「ふふ、君らしい」


「実の所、これは理由の九割なんだ」


「ほう、残りの一割は?」


「…………僕らさ、先生方にいっぱいお世話になったじゃない?」


「迷惑をかけたとも言うな」


「でしょう、だからそっち側に回らなきゃいけないかなーって」


「となると、やはりウチの高校に赴任するつもりか」


「その時になって、僕を採用してくれたらの話だけど」


「先の事を案じたって仕方がない、もしダメだったら私が私立校に口利きしよう」


「えー、それって僕の甲斐性どうなるの?」


「この家の建築費を丸ごと私が出している時点で、論外では?」


「英雄くん、超ショックっ!?」


 ガガーンと打ちひしがれ倒れる英雄、だがその口元は笑っていて。

 フィリアはしゃがみ込んで、よしよしと彼の頭を撫でた。


「嘘だ、君の懐の広さは私が保証する」


「うーん、もっと誉めてくれないと僕の傷ついた心は癒せないなぁ」


「では胸を押しつけてみるとしよう」


「どうして肉体方面に行ったの?」


「いやか?」


「大好き!! だけど今は言葉が欲しいかな」


「ばか、そもそも私という面倒極まりない女を妻にしている時点で、君の甲斐性は天元突破だ」


「おや、自覚はあったのかい奥さん」


「これでも良妻賢母だからな、自己分析は欠かせないのだぞ?」


 家具のないリビングの真ん中、二人は大の字になって寝っ転がる。

 いつか、この家に二人以外に住人が増えるのだろう。

 ――でも、それはまだ先で。

 いつか増えた住人が、旅立つ日が来るのだろう。

 ――でも、それはもっと先で。


「………………あ、そういえば新居が完成したって皆に連絡した?」


「脇部と這寄、どちらの親族にも一報入れておいた」


「となると、近い内にここで宴会かなぁ」


「親族が来るとして、私の家族と……君の所は?」


「親父とお袋、んでもって祖父ちゃんを祖母ちゃんかな? 残りはズラして来て貰うよ、と言っても来るのは修兄さんと美蘭ぐらいだろうけど」


「…………修さんは良いとして美蘭もか?」


「あー、美蘭は誘っても来ないか。でも修兄さんは来て貰う、正直に言って兄さんの新婚生活というか女性関係が気になりすぎる」


「ディアさんの他に内縁の妻としてイアさんと小夜さんが居るのだったな、確かにそれは気になる」


 二人は笑いあって、すると英雄がガバっと起き上がり叫んだ。


「大変だよフィリア!! 大切な事を忘れてたっ!!」


「何だ、緊急事態かッ!!」


「そうだよフィリア…………僕らは大切な事を話し合っていなかった」


「――ふむ? 私には心当たりが一つしかないが?」


「話が早いや、なら聞くけど…………犬と猫、どっちが良い?」


「すまない、どうやら私の想像と違っていた」


「あれ? じゃあ君の心当たりは?」


「忘れてくれ」


「え、気になるんだけど?」


「今の所は忘れてくれると、乙女心が安心するのだが……」


「妙に歯切れが悪いね……? あ、それはそれとしてお腹冷えた? さっきからお腹をさすってるけど。この部屋って暖房器具まだだもんね、もう家に帰る?」


 心配そうにする英雄に、フィリアは体を起こして微笑む。

 彼は聡いし鋭い、彼女のサプライズが露見するのも時間の問題だろう。

 だが今は、もう少し秘密にしておきたいのだ。


「大丈夫だ、下着はヒートテックで懐炉も仕込んである」


「なるほろ、僕の気のせいだったみたいだね」


「英雄が心配してくれて、私は嬉しい」


「僕は君が健康で居てくれて嬉しいよ! そうだ健康と言えば君ってば動物アレルギーとかあるの?」


「唐突に話を戻したな、いやアレルギーは無いが」


「じゃあ、どっちを飼っても平気ってワケだね。……悩むなぁ、犬と猫、どっちが良いかな」


 真剣に悩み始める英雄に、フィリアはそっと寄りかかる。

 彼はごく自然に妻を抱きしめて、その金糸の髪を一房とりキスを落とす。


「猫もいいが、私は子供の友達にも兄弟にもなってくれそうな犬が。それも大型犬が良いと思う」


「僕としては柴犬が好きなんだけど……」


「ほう? 意見が割れたな」


「ここだけの秘密だけど、僕は柴犬を譲る気は無いね」


「私も秘密を打ち明けるが、実はこっそり犬に慣れる訓練をしてな。その時にゴールデンレトリーバーに惚れ込んだんだ」


「奥さん奥さん、日本人はやっぱり柴犬では?」


「私がハーフだという事を忘れているぞ旦那様、洋犬も良さを教えてやろうか?」


 じっと見つめ合う二人、やがて頷きあうと同時に立ち上がって。


「ふふッ、では午後の予定は決まったな?」


「駅前でお昼を食べて、それからペットショップへゴー!」


「今日は夕飯も外食にしよう」


「じゃあペットショップの後は、家具を見に行く!」


「それじゃあ、ちょっと気が早いかもだけどベビー洋品も見よう!」


「ほう、その心は?」


「栄一郎と茉莉センセ、天魔と愛衣ちゃんへの出産祝いを選ぶのも兼ねてさ、……僕も予習しておかなきゃって、遅くとも大学在学中には長男か長女が産まれてそうだしね」


「うむ……うむ、私も賛成だ英雄。ではエスコートを頼めるか?」


「勿論さフィリア! さ、腕をどうぞ」


 英雄が差し出す手を、フィリアは柔らかく握りしめ。


(私は……幸せ者だな)


 いくら彼女が秘密にしようとも、彼女が夫にした人物は本能で嗅ぎ取るらしい。

 リビングを出る際、彼女は振り返り。

 今より少し大人びた英雄が、我が子をあやしている幸せな光景を幻視したのであった。


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