第193話 裏側



 放課後の勝負を控えての昼休み、フィリアは英雄と別行動。

 愛衣と茉莉の二人と共に、学食の片隅に。


「食べ終わった事だし本題に入ろう、――話とは、何だ?」


「いつもながら、英雄センパイが居ないと仏頂面一辺倒なのどうにかしません?」


「心外な、これでも英雄や家族には前より柔らかくなったと評判なのだぞ?」


「その事については副担任としてのアタシも疑問に思うが、今は置いておこうぜ」


「ふぅむ、英雄が居ない時は堅い……それは即ち愛という事では?」


「はいはい、色ボケ度は変わりませんねぇ……」


「そっち方面の話は終わらねぇだろ、とっとと聞いて貰うぞ愛衣」


「確かに」


「こちらも賛成だ」


 そう言いつつ、フィリアはぐるりと思考を巡らせた。

 この二人の組み合わせ、そして今の状況、誰についての話なのかは明白だ。

 だが、わざわざ彼女のみに聞かせる理由は何であろうか。


「予想は付いていると思いますけど、兄さんと英雄さんの事件の事です」


「だろうな、机先生のストーカー問題が発端だったヤツだな?」


「ま、大凡の所は変わらないんだけどな。アタシ達の視点から話しておこうと思ったんだ」


「疑問が一つあるのだが、良いか?」


「何故、英雄センパイに話さないか。ですね?」


「そうだ。この手の話を上手く活用するのは、アイツだからな」


 すると茉莉はふっと自嘲して。


「アタシの意地ってもんだ」


「成程、理解した」


 即答であった、違和感も齟齬もなくフィリアは茉莉の気持ちを受け取った。

 然もあらん。

 今回の問題において、当事者の一員であった茉莉を栄一郎は関与させている気配が無い。

 ――彼が心に負った傷を、誰より心配している妻である彼女をだ。


(私も、英雄に蚊帳の外にされたらたまったものではないな)


 つまりこの会談は、女同士の策謀の場という事だ。

 英雄と天魔が矢面に立つなら、その裏でフィリア達が動く。

 これは、その為の擦り合わせなのである。


「ではサクサク行きましょう、先ずあの頃のわたし達の関係から。――ぶっちゃけ、兄さんとは仲が悪かったんです」


「ほう?」


「丁度その頃は、机家自体の家族仲が壊れていてな」


「兄さんはわたしには辛い思いをさせまいと、過保護になっていたんですね」


「だが幼かった愛衣は、それを疎んだと」


「ええ、兄さんの義姉さんへの不純な想いも見え見えでしたし……」


 そこで愛衣は言葉を切った、だがその先は聞かなくても分かる。

 それは、彼女が英雄を恋人にしようとした理由に繋がっていたからだ。


「愛衣は机先生が栄一郎に言い寄ってると誤解していたのだったな」


「実際は逆だったけどな、アタシの年齢を考えれば無理もねぇ。……否定も肯定もしなかったしな」


「だが、それは過去として乗り越えた」


 家族の不仲、茉莉との不和、愛衣への過保護。

 一つ一つは只の要素、だがフィリアにはとある推測が浮かび上がって。


「――――待て、もしや事件の発端は先生では無いのか!?」


「ご明察です、兄さんに伏せられた事実を言いましょう……犯人の標的はわたしだったんです」


「そしてそれにアタシが気付いた、だからボコって締め上げたんだがな……結果的に裏目に出ちまった」


「ターゲットを先生に変えたと」


「そうです、そして兄さんが気付いてしまった」


「そこから先は、栄一郎が語った通りか……」


 この事実をどう扱おうか、思考の海に飛び込もうとした瞬間だった。


「実はもう一つ、兄さんが気付いてない事があるんです」


「ほう?」


「アイツは記憶がぶっとんで忘れてるがな、……アイツ、最初のターゲットが愛衣だって事に気付いて接触して来たんだ」


「…………末恐ろしい、いいや今恐ろしいのか英雄は。――――待て、だからかッ!? だから女装したのか! もしかして最初から栄一郎を守る為に女装したのか!?」


「ええ、――英雄センパイは兄さんを守る為に、囮になる為に一緒に女装したんです」


「これは…………迂闊に言えないな」


 栄一郎の認識では、英雄と共にストーカーを追いつめ撃退した結果、惨劇が起こった。

 だが、英雄は最初から栄一郎も守る為に行動していた。

 その事実は、――彼にとって重い。


(英雄が聞いたら昔の僕らしいとでも言うのだろうが……、今のアイツでは余計に思い詰めるだけか)


 故にフィリアは決めた、細かい所はまだだが方向性は決まった。


「事情は理解した、念のために聞いておくが。……私達だけで動くという事で良いな?」


「直接的なアクションは英雄センパイと天魔くんに任せます」


「これを聞いたって事は、何か浮かんだか?」


「方向性は決まった、――先生にはすまないが、荒治療といかせて貰う」


「もう少し具体的にお願いします」


「この際だ、今の事実も気付かせる」


 そしてフィリアは声を潜め、対面の彼女たちに顔を近づける。

 二人もまた、顔を近づけて。


「あの時の事件を再現する、そして最悪の状況でこの事実に気付いて貰う」


 愛衣は目を見開いた後、静かに頷く。

 茉莉は静かに目を伏せ、分かったと。


「…………分かりました、最大限フォローします」


「異論も異存も無い……、だがオマエは良いのか?」


「良いとは、何がですか?」


「栄一郎と英雄の仲が壊れるかもしれないぞ」


 その真剣な表情に、フィリアは柔らかな笑顔で答えた。


「信じてる、だから大丈夫です」


「…………そう、か。信じてるか、アタシらももう少し足りなかった事かもしれないな」


「いえいえ、義姉さんは大丈夫ですよ。全部バカ兄さんが悪いんですから」


 彼女たちは笑いあった後、真顔に戻って席を立つ。

 時間は有限だ、方向性が決まったなら直ぐにでも動き出さなければ。


「時にフィリア先輩、実はわたし兄さんにしたい嫌がせが幾つかあるのですが」


「ふむ、後でスマホに送っておいてくれ」


「実はアタシもあるんだ、計画に入れられるなら入れておいてくれ」


「任されました、――ではここでの事はオフレコに」


「ええ、内密に」


「アイツと結婚してから初めての秘密事か……、不謹慎だが少しワクワクするな」


「あ、わたしもですっ!」


「うむ? 初めての秘密事じゃないのは私だけか」


 その時、フィリアは無意識にお腹を撫でていた。

 昼食後、そういう動作をするのは男女の区別無く。

 だが二人には、妙に意味深に見えて。


「ところでフィリア先輩、こないだの産婦人科の診断結果ってどうだったんです? まだ何も聞いてませんけど」


「そういえば、オマエも受診してたな」


「………………敢えて何も言わないが、これは今回最悪の結末に至った時に使うジョーカーだ。出来れば使わずに済ませたい」


 瞬間、愛衣と茉莉はピシッと硬直して。


「はぁっ!? 何考えてるんですかフィリア先輩っ!?」


「いや、それはオマエ確かにジョーカーになるだろうけどな……」


「うむ? 英雄はジョーカーにする事を受け入れたぞ?」


「いやそれ、センパイに秘密にしてる事でしょうっ!?」


「よし、計画の話し合いは後回しだ。ちょっくらお説教するから生徒指導室まで来い」


「あ、わたしもお説教します!!」


「んんんッ!? ど、どういう事だッ!? 何か変な事を言ったかッ!?」


「オマエの考えは分かるし、実際効果的だろうがな……、それ実行すると離婚モノだぞ」


「いやだから最悪の――」


「言い訳無用!! わたしもいざとなればって考えちゃった時もありますけど!! それはダメですって!!」


「む、むう……?」


 その後、フィリアの昼休みはお説教で潰れたのであった。



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