第188話 女になれ!!



 ママ、ママとは母親の事である。

 英雄に母親は居る、己を産んだ敬愛なる脇部こころ、そして義母でありフィリアの母である這寄カミラの二人だ。

 断じて、机栄一郎をママと呼ぶ通りは無い。

 そして何より――。


「はい、それでは3ーB緊急会議を始めるよっ! みんな着席! 栄一郎は黒板の前!」


「ちょっと英雄さん? 栄子と呼んでくださいまし」


「残念だけど栄子ちゃん、僕には奥さんのお腹に子供が居るのに、女装してママになるとか宣言するダメな人にお説教しなきゃいけないんだ……」


「あ、あれ? 思ったよりマジな反応されてますわッ!?」


「当たり前だよね? 分かってる? 君ってば父親になるんだよ? 常識で考えれば教師と生徒が在学中に結婚するのもアウトなのに、子供も出来たんだよ? その上さ、……なんで僕のママになるとかフザケた事を言い出したワケ?」


 熱い、熱すぎるマジレス神拳。

 ぐうの音も出ない程のお説教に、しかして栄子も黙って立って居る訳ではない。

 彼、――彼女は誰もが見惚れるような笑顔を英雄に向けて。


「大丈夫ですわ、茉莉先生にはご納得して貰いました。勿論、両親にも」


「ちょっとセンセ?」


「すまん脇部……、栄一郎の熱意に負けちまってな」


「そもそもだ、栄子とやら何でいきなりママと言い出した? 先日の話では英雄のヒーロースピリッツを復活させる為に、女装するという話ではなかったか?」


「フィリア? その時点で間違ってる事に気付こう? 昔の僕を取り戻すのは百歩譲ってその心意気だけは買うけどさ、女装する必要ないよね?」


「そうか?」


「ええ、何も不思議な事はないわ英雄」


「変な所だらけだよっ!! 女装すれば何でも解決出来ると思うなよっ!?」


「英雄? ローズ先生の騒ぎの時とか女装で解決してなかったか? バレンタインの時も最後には女装してただろ」


「天魔はちょっと黙る、それとこれとは状況が違うでしょ」


 あの時は、フィリア以外の全て。

 金と衣食住や連絡手段といった生きるのに必要不可欠な物を、徹底的に奪われた上での乾坤一擲の策だった。

 バレンタインの時は、一時凌ぎでしかない。

 確かに英雄は女装すると美しい、だがそれは絶対では無く。


「栄一郎、納得の行く説明は貰えるんだろうね」


「勿論ですわ」


「…………その口調どうにかならないの? すっごい似合ってるけど君が元から美少女だって思い始めて来たよ僕?」


「ふふッ、お褒めに与り光栄です。それで理由ですが――不公平だと思ったからよ」


「不公平?」


「だって一方的に昔の自分を取り戻せなんて、ましてや英雄は望んでいないでしょう? あくまで私たちの贖罪と願望の為」


 切なげに悲しげに栄子は流し目で、右手を偽巨乳の上に置く。

 男の本能は無念、そして女も。

 男だと分かっていて、英雄以外はごくりと唾を飲む淫靡ともとれる仕草。


「正気に戻ってみんなっ!? アレは男! フィリアもだっ! 色気に流されちゃダメだって!!」


「というが英雄、栄子は女から見ても女らしい艶やかな女性だぞ?」


「男だよ? いつも変な語尾でおはD気取ってたバカだよ? その実体は初恋拗らせてストーカーしてたバカだよ?」


「待て英雄、それは私にも突き刺さるのだが?」


「自覚があってよろしい、じゃあ話を戻すけどさ。……なんで栄一郎が女装するのが公平なの?」


「英雄がヒーローだったあの頃、……私は色々な反抗から女装してました。なら、まず私があの頃に戻って美しさに酔いしれた栄子となる事こそ、公平と言えるでしょう!!」


 途端、クラスはパチパチと拍手が。

 だがその中で、愛衣がガタッと立ち上がって叫んだ。


「ふざけないでください兄さん!! 分かってるんですか? 英雄センパイを昔の様にするなんて……、この学校が破滅するじゃないですか!!」


「そうだそうだ! もっと言ってやって愛衣ちゃ…………うん?」


「愛衣……、英雄のヒーロースピリッツを呼び戻すのがそんなに嫌なの? 姉とし悲しいわ」


「だれが姉ですか!! わたしの姉は茉莉義姉さんだけです!!」


「ふむ、聞きたいのだが愛衣よ。昔の英雄を取り戻すのがそんなに悪いのか?」


「そうだぜ愛衣ちゃん。栄一郎の方法はともかくよ、つまりは弱者を助けるって事だろ? 今と何が違うのか分からんけど、少なくとも良いことに聞こえるが?」


 己の夫の言い分に、愛衣は両手で机を叩いて。


「良いですかみなさん!! 今の英雄センパイは人生を楽しむ事に重点を置いて行動しています。……けどあの頃の英雄センパイは清く正しく美しくがモットー!! 学校の中でゲームやマンガなんて一切許さない! 裸になんてならない! 掃除の時間も授業中も真面目一辺倒!! それを全学年、全クラスにどんな手を使ってでも達成するんですよ!?」


「うーん、ちょっと誇張してない?」


「いいえ、他のクラスの同じ小学校出身者に聞いてみてください、きっと似たような言葉が返ってきますよ」


「ちなみに、不良とかの扱いはどうするんだ?」


「良い質問です天魔くん、――勿論、学校も保護者も地域も巻き込んで更正運動ですよ」


「……………………よし、今のままで居てくれ英雄! 私は今の君を愛してる!!」


「分かってくれたんだねフィリア!!」


「俺も俺も! 変わる必要は無いぜ英雄!」


「頼むから今のままで居てくださいね英雄センパイ、昔のセンパイに戻ったら恋人も作れない環境になってしまうかもしれません」


「待って、ホントに待って? 僕はどんなモンスターだって思われてたの? ね、マジで待って?」


「…………ドンマイだ英雄、あの頃の君は強きを挫き弱きを助けるヒーローだった。教師の些細な不正だろうと見逃さず、小さなイジメも解決する私のヒーローだった」


「風紀が良くなるなら、別に問題無いか……?」


「いやセンセ? 何でそっちに傾いてるのっ!?」


 愛衣の語った事は大げさであったか?

 答えは否、当然の如く否である。


「わたしは嫌ですよ、いちいち恋愛するのに恋愛許可証なんて書かなきゃいけない学校なんて」


「あったなそういえば、確かカンニングするのにも許可証が必要だったな」


「え、なんだその面白可笑しい制度?」


「ヒーロー時代の英雄も、あくまで英雄という訳ですわ天魔。正しさの中でユーモアを忘れない、厳しくもあったけれど、あの小学校は自由で楽しかった……」


「うおおお……、黒歴史がっ、僕の黒歴史が暴かれていくぅ!?」


 悶絶する英雄、クラスメイトと愛衣は今と昔どちらが良いのか和気藹々と話し合って。

 そんな中、ツカツカと栄子は英雄の席まで歩き彼の肩を叩く。


「さ、顔を上げてくださいまし英雄。――貴方も女装をするのです」


「どうしてその結論に至ったの??」


「あの惨劇に至った私たちの女装、今なら正しい方向へ導けると思いませんか?」


「思わないけど?」


「――皆さん、聞いてください!! 英雄がヒーロースピリッツを取り戻さなくても、学校生活は楽しく自由に暮らせます。


 でも。


 想像してみてください、英雄が美しく女装して、正義と楽しさを携えて新たな学校生活を作る所を……。


 そうです、私と英雄、学校に新たな秩序

と共に二輪の華が咲き誇るのです」


「その結論はおかしい」


 真顔になる英雄、一方クラスメイトたちは盛り上がって。

 そんな中、フィリアは立ち上がる。


「――――待て、それは許さん」


「良かった!! やっぱり僕の味方なんだねフィリア!!」


「フィリアさん? 貴女は私に賛同してくれているものとばかり……」


「確かに、それは喜ばしい理想だろう。だが、英雄が望んでいないのなら私は反対する!!」


「ちなみにご本音は?」


「妻より美しい夫があってたまるか!! しかも女装だぞ!? 英雄は私の夫らしく男らしく居てもらうんだ!! 正義と取り戻すのも魅力的に思えたが、そもそも私と居る時間が減るではないかッ!! 断じて、断じて反対する!!」


「よく言ったよフィリア!! 欲望全開の君も素敵さ愛してる!!」


「うむ、私も愛してるぞ英雄ッ!!」


 手を取り合って団結する脇部夫妻。

 そして。


「――ならば戦争よ脇部フィリア!! 私は英雄のママとして英雄をヒーローに産み直してみせる!! ママの子宮におかえりなさい英雄!! 愛してるわ!!」


「やらせるものかッ!! 妻として変態の魔の手を夫に向けさせる訳にはいかないッ!!」


 戦いのゴングが、今鳴ったのであった。


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