第187話 大輪の花(フェイク)



 その日、英雄達の通う高校は朝からざわめきに包まれていた。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 学校近くから生徒達には噂が広まり、校庭には遠巻きに人だかりが。


 然もあらん。

 艶やかな黒髪は腰まで伸びて、白い肌、白い首筋。

 桃色の唇は目を引いて。

 近くに行ってよく見たい、なんならお友達に。

 あわよくばその場で告白して、恋人になりたい。

 ――――そんな、絵に描いたような和風美人が一人。


「美人さんだなぁ……。ねぇフィリア、ウチの学校にこんな綺麗な子って居たかな?」


「私も心当たりは無いな、転校生が来るという話も聞いていないし」


「僕らも校庭に行けば良かったね、そうすればご尊顔が間近で拝めたのに」


「ほう? 浮気か英雄? 私というものがありながら、ポッと出の女にウツツを抜かすと?」


「まさかだね。もしそうだったらこんな悠長に話してないでさ、とっくにあの子に声をかけてるよ」


「うむ、君はそういう男だものな」


「それって誉めてるの?」


「どっちだと思うか?」


「オッケー、誉めてるって事だねっ! 朝から君に誉められるなんて、今日は良い日になりそう!」


「それは私を誉めてるのか?」


「さて、どうでしょう」


 いつもより少し早く来た二人は、クラスの窓からこの光景を眺めて。

 そして英雄には、彼女の姿に引っかかる所があった。

 ――否。

 正確には、第六感とでも言うべき何かが敏感に警報を発していて。


(なーんか見たことあるんだよねぇ……、何だったかな。嫌な予感しかしないんだけど)


 あの背丈、ぴったり当てはまる人物と中学の時から知り合いではないか?

 あの歩き方、誰もが女性らしいと感じている様だが男のそれではないか?

 先日、親友が女装をするとか言っていなかったか?


(ダメだ、考えれば考える程アカン感じがするぅっ!? 逃げるべき? この場か逃走すべき?)


 だが隣にはフィリアが居る、置いていくべきか連れて行くべきか。

 この確信に似た予感は、やはり間違いではないか?

 珍しく行動に迷う英雄に、フィリアは気づいて。


「どうした、言ってみろ」


「いやね、逃げた方が良いんじゃないかって」


「というと?」


「あの美人さん、もしかするともしかするんじゃないかって」


「要領を得ないな、はっきり言ってくれ」


「………………あれ、栄一郎じゃない?」


「あれが? まさか、確かに遠目からでも愛衣に似た印象で、でも愛衣より美人で、丁度、栄一郎と同じ様な背丈だが」


「ほら!? 君だってそう思ってるんじゃないかっ!?」


「待て待て、まだ結論は早いと思わないか? あの者のネクタイ、男子用っぽく見えたが確かではない」


「フィリアってば目は良いよね? 僕より良いよね? 確定じゃないかっ!?」


「だが英雄、確かに先日彼は女装がどうのこうの行った。だが――いきなり女装で学校に来るか? いや来るな」


「そこは疑問系で終わって欲しかったよっ!」


「気持ちは分かるが、何を焦っている。栄一郎が女装したからと言って、私たちが逃げることは無い。違うか?」


「僕の第六感が警報を出してる」


「それを早く言えッ!! 君の悪い予感は当たるだろうがッ!!」


「だよね、そうするべきだった。さあ逃げよう、どドコに逃げよう今すぐ逃げよう!!」


「――――何処へ逃げるのです? 私もご一緒しても宜しくて?」


「あ、ゴメンね。万が一を考えて僕らだけで…………うん?」


「ふふッ、おはようございます英雄さん」


「うっぎゃああああああああああああああああああああ!! 謎の美人さんが居るうううううううッ!?」


「むむッ、近づくな不審者め! このクラスに何の用があって来たんだゴーホームッ!!」


 慌てふためいてフィリアの陰に隠れる英雄、フシャーと威嚇するフィリア。

 対して、おっとり微笑む和風美人。

 混沌し始める寸前の場に、彼女に着いてきた天魔が割ってはいる。


「どうしたんだ英雄、フィリアさんまで。この栄子さんはこのクラスの新しい友達だって話だぜ?」


「栄子? 栄子って言ったのその人っ!? 分かってよ天魔っ!?」


「――警告する、これ以上近づくと宣戦布告とみなすッ!」


「フィリアさんまで……どうしたんだ? 転校生だぞ? 超絶美人な転校生だぞ?」


「いや天魔? 状況を理解して? そもそも僕らは高校三年で一年が半分終わってるんだよ? そんな時期に転校? ありえないでしょ」


「付け加えると。――うむ、間近で見てはっきりしたな。何故、その転校生もどきが男子のネクタイをしてる?」


「え? マジで? …………え? どういう事っ!?」


 クラスを代表して困惑する天魔、そして件の彼女はニヤリと笑って胸を張る。

 彼女の大きな胸、ぷるんと揺れて――。


「しまった!! 罠だ!! 俺には分かる、このおっぱいは偽物だぁ!! 愛衣ちゃんが昔してたパッドの揺れと一緒だ!! 何ヤツだ偽乳!!」


「はいはい天魔くーん? ちょっとお話があるんですが?」


「ゲェ、愛衣ちゃんッ!?」


「ほらフィリア、愛衣ちゃんまで来たじゃないか! これは確定で間違いないよ!!」


「すまない英雄、……有無を言わずに逃げれば良かったな」


「楽しそうな所、申し訳ないのだけれど……。ずいぶんと酷い言い草じゃありませんか?」


 淑やかに目を細めて首を傾げる栄子に、愛衣は怯えと呆れが混じった視線で。

 天魔はファイティンブポーズを。

 そして英雄はフィリアと頷きあうと、指をビシっと差し――。


「「――――正体を表せ、机栄一郎!!」」


「如何にも、この美しすぎる高校生である私こそが。机栄一郎もとい栄子ッ!!」


「おおおおおおおお!? マジかっ!? 全然気が付かなかったぞっ!?」


「天魔くんは真っ先に気づいてくださいよ!? わたしという存在があるでしょうにっ!! これだけ似てたら気が付くでしょうっ!?」


「いやでもさ愛衣ちゃん、ぶっちゃけ…………愛衣ちゃんの何倍も綺麗だし?」


「キイイイイイイイイイ!! これだからっ!! これだから兄さんの女装はああああああああ!! 小学生に散々比較されたの忘れてませんからね兄さん!! この変態ストーカー女装男!! 義姉さんは何をしてるんですかっ!?」


「…………スマン、アタシには止められなかった」


 過去のトラウマが刺激され叫ぶ愛衣、深すぎる溜息と共に謝罪する担任机茉莉(旧姓・跡野)

 妻、妹、親友の片割れを放置して栄一郎もとい栄子は高らかに宣言した。


「皆さん、今までの机栄一郎は死にました。しかし悲しむ事はありません…………。


 今の私は、――――脇部英雄のママ!!


 そう、私は脇部英雄をヒーローとして産み直す為に、ママとなって戻ってきました!!」


「うん、正気に戻ろうか栄一郎?」


 なんでこうなったと、頭を抱えて帰りたい英雄であった。


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