第186話 ♂×♂



「あれは拙者が産まれた時の話でおじゃ……」


「うーん、遡りすぎじゃない?」


「そう、話は拙者にとって未来の時間軸、英雄殿にとっては昨日の出来事でゴザル」


「時間軸もっと考えてボケて?」


「英雄殿、さっきから五月蠅いでおじゃよ?」


「君がまともに始めてくれるなら、口を挟まないけど?」


 過去を語ると言いながら、ボケてばかりの栄一郎。

 英雄達は冷たい視線を送るしかない。

 だが、彼にも理由があるのだ。

 口が重たくなる理由が。


(ぬわああああああああああんッ!! 言いたくないでゴザルうううううううううううううう!!)


 負い目がある。

 引け目がある。

 けれど。友情が壊れるようなチャチな親友つきあいを送っていないと、確信もある。

 ――では何故か。


(こ、こんな所で皆に黒歴史を披露する羽目になるとはッ!! 躊躇するでおじゃ!!)


「じぃ~~~~」


「じーー」


「兄さん?」「栄一郎……」「言いにくいならアタシから話しても良いんだぞ?」


(視線がイッタァーーイッ!!)


 しかし、栄一郎としては妻に代わって貰うなどという恥ずかしい事は出来ない。

 実の所、茉莉も関係しているのだが。

 大部分で栄一郎の責任だ、故に自分の口で語らなければならなくて。


「…………はぁ、じゃあ始めるぞ」


「お、口癖取れたね」


「ふざけてながら言う話じゃないからな」


「うーん、これは秘密なんだけどさ。僕ってば栄一郎が変な語尾してないと背中が痒くなる病気なんだ」


「話が進まないから混ぜっ返すなよ英雄ッ!?」


「あはは、ごめんごめん。でもちょっと口が軽くなたでしょ親友」


「はいはい、ありがとよ親友」


 そして栄一郎は話し始めた。

 時は小学六年生の終わり頃、ちょうどその時、栄一郎は一つの問題を抱えていて。


「まず前提としてな、俺と英雄は同じ小学校だって知ってたか?」


「え? 初耳なんだけどっ!?」


「…………そういえば、そんな調査報告があったな」


「ま、クラスも遠かったし。その頃の俺は…………女装してたからな」


「ああ、なるほろ。それじゃあ繋がりが無くても………………うん? 今なんて言ったの?」


「ふむ、私の耳がおかしくなったか? 変な単語が聞こえた様な」


「おい、おい?」


「そう言えば、そーだったですねぇ……」


「なぁ栄一郎、今夜は女装してもアタシは構わないぞ?」


 さらりと出された言葉に、英雄達三人は目をぱちくり。

 家族である愛衣と茉莉は、懐かしさと呆れ混じりに。

 だが栄一郎は構わず続けた。


「そう、……あの頃の俺も今と変わらず美しかった。耽美と言っても過言じゃない」


「もしもーし、栄一郎? 説明して欲しいんだけど?」


「全てのきっかけはそう、茉莉にストーカーが現れた事だった……、茉莉の美人だからな、だがストーカーなんて卑怯極まる行為なんて許し難い事だ」


「ブーメランすっごく突き刺さってない?」


「愛する女性に危機に俺は立ち上がった、誰にも知られずに、気づかれずに、戦いを始めた筈だった……」


「凄いねそのスルー力、僕にもくれない?」


 ともあれ、発端はそういう事だった。

 普段から茉莉のストーカーをしていた栄一郎は、ある時、彼女を尾行している存在に気づいた。

 女装? 勿論、彼女を誘惑する為である。


「最初の頃は上手く行っていた、俺の力ではストーカーの身元までは分からなかったが。その好みや行動パターンも大分絞り込む事が出来たんだ……けど、所詮は小学生。自分の行動が露見する事を恐れた俺は、大人に相談していなかったんだ」


「ふむ、読めてきたぞ? 貴様はそこで行き詰まったのだな?」


「そうだ、ストーカーも優秀でな。俺に気づいて姿を見せなくなったんだ。だがヤツは茉莉のストーキングを続けて、…………俺は不甲斐なさに打ちひしがれていたんだ」


 すると栄一郎は、じっと英雄を見つめる。

 フィリア達も彼を見つめて。


「え、何で僕を見てるの? …………もしかして、もしかするの?」


「そうだ、その頃のお前は名前の通りの正義のヒーロー。困っている俺の前に手を差し伸べたんだよ」


「さす僕」


「流石、私の英雄だな」


「センパイらしいって感じですねぇ」


「脇部らしいな」


「ちょい待ち栄一郎、俺はガキの頃の英雄は今と違うって聞いてるぜ? 今と同じじゃないのかそれは?」


 訝しむ視線を送る天魔に、栄一郎は頷いて説明する。

 と思いきや、フィリアがドヤ顔で説明しはじめた。


「ふっ、浅いな越前……。英雄の根幹は変わらんのだよ、解決に取り得る方向性が違うだけで」


「なるほどなー?」


「こればっかりは、当時の英雄を知らないと分かりにくいんだよな」


「だそうですよ英雄センパイ?」


「僕に言われてもなぁ……、あの頃と何が違うって言われても。動く前に考えるようになった……ぐらい?」


 英雄は思う、あの頃と何が違うのだろうか。

 あの頃から、成長しているのだろうかと。


(愛する人、守るべき人が出来たって言ったらキザったらしいかな?)


 あの大怪我より、英雄は己が物語のヒーローでは無い事を痛感した。

 傷の痛みより、両親に泣かれた事が何より痛かった。

 だから、人生と楽しくしようと思い至ったのだ。


(なーんで僕は栄一郎の事を忘れちゃったのかなぁ……)


 その手がかりを求めて、英雄は栄一郎の言葉に耳を傾ける。


「兎も角だ、俺と英雄は意気投合してストーカー退治をする事となった。…………二人で女装して」


「なるほろ? だからさっきのオジさんの反応なんだね?」


「そうだ。当時のお前の女装も素晴らしかったが、俺に比べればまだまだでな、だからノウハウを教えたんだ」


「もしかして、それで誕生したのが『ひーちゃん』なのだな?」


「ああ、英雄の女装人格。ひーちゃんはその時に爆誕した。ひーちゃんは凄かった……、俺なんか足下に及ばないぐらい女の子になりきって」


「ヒーローの僕、女装の僕――――そして栄一郎が相棒。もしかしてさ、僕らってば調子に乗っちゃった?」


「その通りだ英雄、俺らは完璧にストーカー好みの可憐な美少女になった。だがそれが仇となって、矛先が完全に俺たち二人に向けられた」


「となると、後は撃退するだけだね」


「…………端的に言おう、俺が捕まって拉致監禁されて。助けに来たお前は犯人と取っ組み合いになって刺されたんだ、お前の背中の傷はそれだ」


「…………………………すっごい重大事件じゃないかっ!? 僕、良く生きてたねっ!? 捕まえる際にガラスが背中に刺さったって聞いてたけど、あれって嘘なのっ!?」


「ああ、お前は頭も打って記憶喪失になってたからな。父さんと英雄のご両親が話し合って、そういうカバーストーリーにしたんだ」


「女の子を助けたものの、身の丈以上の事をしたから事故にあった。そういう話にしたんだな?」


「そうだフィリアさん。それから俺は英雄と離される予定だったんだがな…………」


「僕は栄一郎と、また親友になった」


「それだけじゃない、その事件で一家離散秒読みだった家族の仲まで世話になってしまって…………俺は、俺はお前になんてお礼を言ったらいいのか」


 そして彼はまっすぐ瞳を見て、深く頭を下げた。


「ありがとう英雄、俺とまた親友になってくれて。俺達を助けてくれて。今の俺たち一家があるのも、茉莉の隣に居られるのもお前のお陰だ」


「それを言うなら僕の方さ、確かに大怪我をして、考え方も変わったかもしれない。でも……、僕は栄一郎を助けた事は後悔してないし、これまで君と過ごしてきた時間は掛け替えのない楽しい時間だった。…………年をとってお互いお爺ちゃんになってもさ、君と楽しく生きていたいって思う」


「…………~~~~英雄ッ!!」


「栄一郎!!」


「「親友!!」」


 立ち上がって、ひしと抱き合う二人。

 天魔達は苦笑しながら微笑ましそうに見つめ、そして英雄の最愛の妻といえば。


「………………………さん」


「はい? 何か言いましたフィリア先輩?」


「…………さん」


「どうしたフィリアさん?」


「どうした這寄……じゃないフィリア」


「……さんッ」


「おじゃ? フィリア殿?」


「どしたのフィリア?」


 すると彼女は肩をわなわなと震わせながら立ち上がり、拳を握りしめて叫んだ。


「許さんッ!! 許さんぞ机栄一郎ッ!! たとえ英雄が許しても、この私は許さんぞッ!!」


「へっ!? フィリア?」


「あの日、私が惚れた英雄を奪ったのは貴様だなッ!!」


「…………すまない」


「謝罪するなら、過去に戻ってやり直せッ!!」


「まぁまぁ落ち着いてよフィリア、今の僕だから君と結婚したって思わない?」


「思う、実は確信してる。ヒーローの英雄だと、私は諭されてフられて。それでも諦めきれずに心中を計ったかもしれない可能性が高かったと」


「ありがとう栄一郎!! 君は僕の命の恩人だよ!!」


「やめるでゴザル英雄殿ッ!? 抱きつくとフィリア殿に拙者が殺されるゥ!?」


「ええいッ! それはそれ、コレはコレだッ!! 何より、英雄が傷ついたのが気に食わんッ!! 例え過去の事で本人が許そうとも私が許さんッ!!」


「フィリア……、気持ちは嬉しいけど自重してどうぞ? 僕を変えたっていう事なら、良くも悪くも君だって同罪だからね?」


「うぐッ!?」


 英雄の冷静な言葉に、フィリアは黙り込む。

 だが彼女が黙ったからと言って、吐き出された言葉が無くなる訳ではない。

 栄一郎はその瞳に、闘志を燃やして。


「…………英雄殿をヒーローに戻せば、許して貰えるでゴザルな?」


「あ、ああ。そうだが」


「ちょっと栄一郎?」


「英雄殿……拙者は別にフィリア殿の許しが必要だとは思っていないでゴザル。それは英雄殿との友情と外れる事でおじゃ」


「では何だ? 何故言った」


「我輩も実は未練、だったでゴザル。……もう一度、英雄殿のヒーローとしての姿を見たいって思っていたにゃ」


「語尾とって、もっかいどうぞ?」


「だから――――」


「ねぇ聞いてる栄一郎?」


 何故そんなに、英雄としては黒歴史的なヒーロー姿がみたいのか。

 理解に苦しみ始めた瞬間であった。

 英雄の第六感は、嫌な予感に溢れて。

 栄一郎、その魂を込めて。


「…………――――拙者は宣言するでゴザルッ!! 英雄殿がヒーロースピリッツを取り戻すその時まで、我輩は女装し続ける事をッ!!」


「良く言った机栄一郎!! この脇部フィリアは協力を惜しまないッ!!」


「どっかその結論出てきたのさっ!? というか乗らないでフィリアっ!? ちょっとみんな栄一郎がご乱心だよ止めてよーーーーっ!?」


 明日からの学校生活、確実なる波乱に英雄は頭を抱えたのだった。


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