第185話 時が来た



 越前家と机家の顔合わせは、急だとはいえスムーズかつ穏便に進んだ。

 勿論、天魔は父親から殴られるというイベントもあったが。

 特段、二人の交際が反対されていたという事実も無く。


「では天魔君の就職先は、俺が斡旋しよう」


「宜しくお願いします俊介さん、こちらは愛衣ちゃんを立派な主婦に仕込みます。もっとも、普段からお手伝いしてくれてますし、心配は入らないと思いますが」


「……ウチの娘が入り浸って、重ね重ね申し訳ない」


「いえいえコチラこそ、ウチの馬鹿息子が……」


 両家の親はペコペコと頭を下げあっているが、四人とも酒を片手に実に和気藹々としている。

 一方、子供たちもとい英雄達といえば。

 食卓を囲んでいる親たちと対照的に、テレビの前の絨毯で思い思いに座って。


「ああやってお酒飲んでる姿を見ると、僕らも飲みたくならない?」


「あと二年我慢でゴザルよ、というか嫁さん達が妊娠してるのに我々が酒を飲むのは気が引けるでおじゃ」


「親に迷惑かけてる内は、酒は飲めねぇな」


 男子三人、オレンジジュースを片手に。


「道理で最近、グレープフルーツが妙に美味しく感じた訳ですよ」


「妊娠中は味覚が変化すると言うが、正にこの事だな」


「……しかし、普通の学校だったらアタシはクビだな。生徒の子を妊娠して、学年は違うとはいえ親しくしている生徒も妊娠してしまって」


 女子二人に加え、大人である茉莉も一緒に酸味のあるフルーツの盛り合わせに手を出しつつ。

 実に和やかなムード。


「ところで天魔、僕ってば少し気になる事があるんだけど」


「あ、拙者も」


「気になること? 何かあったか?」


「それなら私もあるぞ」


「アタシもだ、多分同じだろうな」


「…………え? 何で皆わたし達を見るんです?」


「俺達、何かしたか?」


 仲良く首を傾げる新米夫婦(内定)に、英雄が代表して質問した。

 栄一郎と茉莉の関係なら理解できる、彼とフィリアの関係でもだ。

 しかし、天魔と愛衣がそうなったのは何故だろうか?


「率直に聞くけど、妊娠したのは計画的犯行?」


「うぐっ、やっぱ聞いてくるか……」


「話すのが筋ですよねぇ……」


 二人は視線を合わせて、軽く頷きあう。

 そして。


「事故った」


「不運? な出来事でした」


「え? それだけ? もうちょっとなんか無いの?」


「そうでおじゃ、愛衣が先走ったとか天魔が独占欲丸出しにしたとか。コッチはそんな面白エピソードを期待してたでゴザルよ?」


「そんなもんねぇよッ!?」


「わたし達を何だと思ってるんですか? フィリア先輩じゃあるまいし、そんな事はしませんよ」


「まて、それは名誉毀損だぞ? 英雄はそういうの絶対に許さないからな」


「うんうん、予めちゃーんと話し合ったからねぇ」


「そうでゴザルのッ!? 拙者むしろソッチが吃驚でおじゃッ!?」


「あー、確かに。脇部夫妻はドッチかがヤらかしてる感じだな」


「センセまで……」


「失敬だな、私にそんな度胸があるならば高校一年の時に押し倒している」


「いやそれ、胸を張って言うコト?」


「そうだ、私の乙女の純情に感謝するんだな英雄」


「なるほど…………なるほど?」


 英雄が腑に落ちない顔をしたが、ともあれ愛衣の妊娠の真相は思ったより普通であった。

 天魔は神妙な顔をして、英雄と栄一郎に重々しく告げる。


「俺からの教訓だ。…………ゴムは過信するな。付ける付けないに関わらず妊娠の可能性は発生するし――――破れたら、破れてしまったら……意味が、無いんだ」


 それは一般常識にして、非常に実感が籠もった言葉だった。

 ただ一つ、残念だった事は。


「…………ゴム、久しく付けてない気がするよ」


「拙者、色々と何も言えない……言う権利が無いでゴザルぅ……」


 親友の一人、英雄は既に覚悟を決めていて。

 もう一人は、妻が妊娠中である。

 遠い目をする二人に天魔はこの瞬間、心から繋がりあえた気がして。


「…………親友ッ!!」


「そうだとも親友!!」


「我ら、ズッ友でゴザルッ!!」


 ひしっと抱き合う三人に、女性陣は複雑そうな視線。


「ううっ、私は何も言えない……」


「わたしだって何も言えませんよぉ」


「アタシはその点、…………いや、言えねぇよなぁ」


 高校生という身分で妊娠してしまった愛衣。

 子供を望んで、色々と英雄に要求していたフィリア。

 過去の過ちがわりとアカン感じの茉莉。

 そう、この件については誰も何も言えないのだ。

 妙な空気が流れる中、ほろ酔い加減の俊介が彼らに近づいて。


「そうだそうだ!! 俺は英雄君に言いたいことがあったんだ!!」


「俊介オジさん?」


「いつもウチの子供達と仲良くしてくれてありがとうッ!! 本当にありがとうッ!! あの時も夫婦の仲を取り持ってくれるだけじゃなくて子供達の仲まで修復してくれて…………ううっ、君はあんな事があったのに栄一郎の親友にまたなって今でも…………俺は嬉しいぞおおおおおお!!」


「はいはいアナタ、孫が二人に増えて嬉しいのは分かりますが子供らにウザ絡みしちゃダメよ」


「くぅううううう、あの愛衣がッ! ブラコンだった愛衣がッ!! お父さんと結婚するって言ってた愛衣が結婚!!」


「はいはい、アッチに行きましょうね」


「そうだ英雄君、あの結婚式イベント見に行ってたんだぞぉ! 実は君の女装姿も見たんだッ!! 俺は安心した、安心したぞぅ、あんな事があったのにまた女装してるなんて…………ううっ、今日はめでたい日だああああああああ!! 乾杯!!」


「そうですとも俊介さん!! 今日はめでたい日だああああああああ!! 乾杯!!」


「ほろ酔いに見えたけど、ウチの親父も義父さんも酔っぱらってるなぁ……」


「ですねぇ、実はわたし反対されるんじゃないかってヒヤヒヤしてましたけど」


「うむ、良かったな……。万が一を考えて、セーフハウスの用意をしていたが使うことにならなくて良かった」


「フィリア殿はやる事が豪快でゴザルなぁ」


 和やかなムードの中、英雄は眉根を寄せて。

 すると当然、フィリアはその事に気づき。


「君も気づいたか」


「フィリアも?」


「勿論だ、英雄に関する事は例え寝ていても聞き逃さない」


「うーん、愛されてるね僕」


「当然だ旦那様、――して、どうする? この場で問いただすか?」


「何の話でゴザル?」


 どこかシリアスな雰囲気に気づき、栄一郎が顔を向ける。

 フィリアは彼を鋭く睨むと、一転してにこやかに笑い。


「ひぃッ!? な、なんでおじゃッ!?」


「貴様……知っているな? 英雄の記憶から消えた黒歴史ノートの事。そして英雄が入院する原因となった事件の事…………関わっているのだろう」


「え、何です? 何の話です?」


「おいおい、ちょっと剣呑じゃねーの?」


「待て…………まさかアノ話か? テメェ栄一郎? 脇部にまだ話してなかったのか?」


「あの話…………あの話? 兄さん? え? 本当に? まだ言ってなかったんですっ!?」


「お、おじゃッ!?」


 妻と妹から睨まれ、栄一郎は顔を青ざめる。

 そのまま流れに任せれば、彼は全てを吐き出すかと思えた。

 だが英雄は、それを否と割って入り。


「そこまでにしよう? 確かに僕は栄一郎から聞いてない。でも何か隠してる事には気づいている、んでもってその上でさ、栄一郎が話すべき時に話してくれるって信じてるんだ」


「つまり君はこう言いたい訳か、無理強いはするなと」


「そゆこと、だって僕らは親友だもの」


「ですって兄さん」


「と言ってんぞ栄一郎?」


「まぁまぁ、英雄がこう言うなら良いんじゃねーの?」


「英雄殿……天魔……ッ!!」


 友情にむせび泣く栄一郎は、キリっと覚悟を決めて英雄と向かい合う。


「拙者を庇ってくれる気持ち、十分に伝わったでゴザル」


「なんたって僕らは親友だもの」


「んだんだ、親友だかんな」


「だからこそ、――聞いてほしいでゴザル。皆がそろった今だからこそ、きっと打ち明ける時でおじゃ」


 真剣な瞳でみつめる栄一郎、それに英雄もまっすぐ見返して。


「長くなりそうなら、のり塩ポテチ買ってきて良い?」


「買い置きがあるでゴザルよ!」


「マジでっ!? ありがとう栄一郎!」


「こちらこそ、いつもありがとう英雄殿ッ!!」


「いや、とっとと始めろ? 英雄の奥さんが苛立ってるぞ?」


「ゴザルッ!?」


 ともあれ、栄一郎は過去を語り始めたのであった。


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