第183話 ロストメモリー



 フィリア達から遅れて、産婦人科に到着すること三十分後。

 英雄達を待ち受けていたのは、拍子抜けとも言える状況だった。


「うーん、待合室が一杯で僕らだけ外で待つことになるなんて……」


「仕方ないでゴザル、天魔は絶対に居ないとダメでおじゃが。茉莉は定期検診だし拙者は必ず居なくても大丈夫にゃ」


「裏を返せば。僕まで出されたのは単にその必要が無かったからかな? やっぱフィリアは単に付き添いってだけ?」


「五分五分でゴザルな」


 病院その側の河原で、暇を潰す英雄と栄一郎。

 無邪気な顔で石を投げる親友に、英雄は確信を持って言った。


「――――君が犯人だね?」


「唐突になんでゴザル? 拙者、何か聞き逃したでおじゃ?」


「失望したよ栄一郎、さっきから僕は君の脳へ直接メッセージを送っていたのに……」


「ゴザルッ!? じゃあさっきからファミチキが食べたかったのはッ!?」


「いやそれ、さっきファミマの前を通ったからじゃない?」


「おっぱいを揉みたいのはッ!?」


「さっき、巨乳の美人さんが汗だくでジョギングしてたからだね」


「となると…………ははぁ、さては小学生の頃の記憶喪失の事でおじゃるな?」


「そうそう、それ――ってっ!? なんで分かったのっ!? 凄いよ栄一郎!!」


「ま、まさか拙者に隠された力が目覚めた……?」


 わなわなと震えながら、かめはめ波のポーズを取る栄一郎は次の瞬間はっとなって。


「ちょい待ちでゴザル、今なんて言った? 小学生の頃の記憶喪失? え? マジでおじゃ?」


「いや栄一郎? 君が言い当てたんだよ?」


「本当に本当でゴザル? え? フィリア殿より超絶美少女を助けようとして大惨事になった挙げ句、助けられなかった記憶以外が丸ごと抜け落ちたになったあの?」


「ストップストップっ!? 僕にも初耳の情報があるんだけどっ!? 助けられなかった記憶以外が丸ごとってなにさっ!? マジで知らないんだけど?」


「やべッ」


「今なんで顔を反らしたの? やべって何?」


「んん~~。小学生の頃の英雄殿はヒーローだったでゴザルから、ヤンチャな過去があっても仕方ないでゴザルよ」


「僕と栄一郎が出会ったのは中学上がる前、小学六年生の終わり頃の入院してた時だよね? ね? 何で栄一郎がそれを知ってるの?」


「そ、それは…………」


 言い淀む栄一郎を、英雄は鋭い目つきでジロジロと。

 上から下から右から左から、ぐるぐる回って訝しむ。


「変だよね、僕と知り合う前の事なのに。しかもフィリア以上の超絶美少女とか、その女の子を知ってるみたいじゃない?」


「あ、アレでゴザルッ! 英雄殿の親御さんから聞いたでおじゃよ!!」


「例の事件って、ウチの親が口止めしたし僕も詳しく話してないから美少女かどうかも分からない筈だけど? 当時知り合って間もない栄一郎に話すワケないし」


「それは……そ、そうッ! 英雄殿は意外とメンクイでゴザルからなぁ、助けた相手はきっと美少女だろうと……」


「ダウト、誰かを助けるのに美少女とかそんなの関係ないよ。第一、美少女だけなら当時デブな男の子って感じのフィリアを助けてない」


「うーん、拙者の勘違いでゴザッたかなぁ? ああ、もしかすると愛衣からの又聞きかもしれないでおじゃ」


「確認して証拠取って、問いつめに行くけどオッケー?」


「うぐぐッ、おじゃじゃじゃじゃじゃ~~~~ッ!!」


 頭をかきむしり唸る栄一郎に、英雄は己の予想が当たった事を確信していた。

 当時、大怪我を負って目覚めた時には病院。

 同じく入院していた栄一郎に出会った訳だが。


(今思い返せば、アレ絶対偶然じゃないよね? 一応隣の病室だったし? 間違って僕の部屋に入って来たのが切っ掛けだったけどさ)


 そもそも彼が病室を間違って入ってくる前に、廊下からチラチラ心配そうに何度も見ていた訳であるし。

 当時は疑問に思わなかったが、彼の両親の不仲を解決した際。


(見知らぬ子供の言葉を正面から受け止めて納得するって、ちょっと難易度高いよね)


 加えて、彼の両親は妙に英雄を気遣ってくれていた様に思える。

 連鎖的に不審な点が思い起こされて行く、高校に入った時、初対面である跡野茉莉は英雄の事を妙に理解していなかったか?

 彼の家のお手伝いのお婆さんは、妙に英雄に感謝していなかったか?


(うん、だけど……)


 困り切った親友の手を、英雄はぎゅっと握った。


「大丈夫さ栄一郎、言いたくないなら言わなくても」


「英雄……、良いのか?」


「そこは良いでゴザルか? でしょ」


「おい、俺が普通に話すのはそんなに変か?」


「分かってるでしょ、そういう事じゃないよ。――僕は君の親友で、君は僕の親友だ。僕は栄一郎の事を信じてる、話すべき時に話してくれるって」


「英雄…………英雄殿おおおおおおおおおお!! 英雄殿、マイベストフレンド!!」


「いえーい、僕らベストフレンド・ハイタッチ!!」


「ベストフレンド・ハイタッチ!!」


 ぱしんと手と手を打ち鳴らして。

 テンションの上がった二人は上機嫌で肩を組む、我ら堅い友情で結ばれた親友である。


「くぅうう、記憶喪失の件は言えないでゴザルッ。だから変わりに別の事を白状するでおじゃ!!」


「良いよ良いよぉ! 何でも白状しちゃってっ!!」


「実は我輩……、フィリア殿に英雄殿のパンツを買い取って貰った事があるでゴザル。ほら、前に泊まったときに忘れてったヤツ」


「うわーお、許す、受け入れるよ親友っ!! なら僕も白状するよっ!! 学校の女子に毎日の様に栄一郎のメアドと交換にジュース貰ってたっ!!」


「拙者。英雄殿がロッカーに隠してた、のり塩ポテチ食べたでゴザル!」


「何度か栄一郎の名前でナンパしたよ!」


「英雄殿から借りたサガフロのセーブデータ間違って消したの我輩でゴザル、天魔に罪を擦り付けたでおじゃ」


「栄一郎の体操着、間違って持って帰ったフリして君のファンに高値で売ってた。んで新しいの買って返した事が何回か。ちな相手は男ね」


「英雄殿ってば隠れファンが多かったから、隠し撮りヌードを売りさばいてたでゴザル…………男子に」


「…………」


「…………」


「いくら親友でもやって良いコトと悪いコトがあるよねっ!? 許さない絶対にだっ!! せめて可愛い女の子に売ってよっ!?」


「それはコッチの台詞でゴザルッ!? 絶対に許さないでおじゃ!! せめて女子に売るにゃ!!」


 どんぐりの背比べ、五十歩百歩、目くそ鼻くそを笑う。

 今ここに友情は決裂した、ならばやる事は一つ。


「構えるんだ栄一郎、一発で許してやる」


「英雄殿こそ、一発で許してやるでゴザル」


 お互いに背を向けて十歩、右手は握り拳に。

 振り向けば、二人とも左手を前に構えて。


「僕の牙突を受けて立っていられるかな?」


「なんの、拙者の牙突零式に勝てるかな?」


 睨みあう事、数十秒。

 じりじりと近づきあって、――そして風が吹く。


「おりゃああああああああああ!! 牙突! とみせかけて百列脚!!」


「なんの竜巻旋風脚!!」


「とみせかけてギャラクシアンエクスプロージョン!!」


「くらえペガサス流星拳!!」


 交差する拳と拳、もちろん只の大振りのストレートである。

 当然の様に、二人とも拳は当たらず。


「…………ふっ、やるね栄一郎」


「そっちこそ、中々の強さだったでおじゃ……」


「取り敢えず元凶は天魔ってコトで」


「意義なし、取り敢えず元凶は天魔でおじゃ」


 握手を交わし、友情を確かめ合う二人。

 この場に天魔が居れば、盛大に抗議した所だが。

 二人としては、彼も彼で、かなりやらかしているのでノーカンである。


「じゃあ仲直りにファミチキ食べに行く?」


「拙者、ファミチキより和風ツナマヨおにぎりの方が好きでゴザル」


「よし、じゃあその二つを買って友情の乾杯と行こう!!」


 と歩き出した二人であったが。


「ぬおおおおおおおおおおおっ!! 助けてくれ英雄っ!! 栄一郎っ!! なんか見知らぬオジさんに襲われてるううううううううううううう!!」


「許さんぞおおおおおおおおおおおお!! 馬の骨は私がぶっ殺す!! キシャアアアアアアアアアア!!」


「ホワッツっ!? 栄一郎のお父さんっ!?」


「何してるんだ父さんッ!?」


「はいいいいいいいいいっ!? 愛衣ちゃんのお父さんっ!?」


「馬の骨に義父さんと呼ばれる覚えは無いッ!! よくも娘を傷物にしたなぁあああああああああああ!!」


「た、助けてくれええええええええええっ!?」


「なんだろう、この既視感。ねぇ栄一郎?」


「それは俺がやったよ父さん…………」


 鬼の形相でスーツ姿の壮年の男性が、河原で高校生を追い回す。

 どうやって止めるか、英雄は深く嘆息した。


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