第182話 男の友情



 いくら親友でクラスメイトとはいえ、大事な妹を孕ませたのだ。

 栄一郎の怒りは理解できる。

 だが、彼が天魔を殴るまえに英雄には言っておきたい事があって。


「ねぇ栄一郎? 気持ちは分かるけどさぁ、ちょっと冷静にならない?」


「冷静にだとッ!! 俺の頭は人生史上一番クリアだッ!! よくも大切な妹を!! ぶっ殺してやる!!」


「ひぃっ!!」


「自称・冷静な栄一郎? 君の立場を茉莉センセのお父さんに置き換えてから言ってみて?」


「ああんッ!? 茉莉の義父さんだとッ!! そんなの――――……………………くぅうううう、ちっくしょおおおおおおおおお!! 俺は何も言えねぇえええええええええええええッ!!」


 ガクリと項垂れる栄一郎、フィリアと愛衣は神妙に頷き、天魔は複雑そうな顔で。

 然もあらん。

 栄一郎は茉莉のストーカーであった。

 切っ掛けやそれまで対応など、茉莉にも原因がある事でもあったが。

 責任という問題であれば、栄一郎に言える事はなくなる。


「…………俺を殴れ栄一郎」


「天魔?」


「止めるな英雄、栄一郎は兄としてその権利がある」


「待ってください天魔くん、それならわたしも殴られますっ!!」


「駄目だ、愛衣ちゃんはもう一人の体じゃないだろう? ここは男として。これから先、家族として。なにより親友として。……俺は、栄一郎に殴られないといけない」


 キリっと格好つける天魔に、愛衣は感極まって抱きついて。

 同じく栄一郎も目尻に涙を浮かべる。


「くっ……、天魔。親友!! 殴らせてくれるのか!! 誰かを責められない俺でもッ、このやり場のない怒りをぶつけても良いのか!!」


「うーん、僕らの部屋では止めてくれない?」


「勿論だ!! 男として親友として、俺は覚悟が出来ている!!」


「ホントに覚悟出来てる? さっきまで青い顔して混乱してなかった?」


「うおおおおおおおおおお!! その覚悟受け取ったぞ天魔!! いくぞ友情と兄のパンチ!!」


「離れてろ愛衣ちゃん、さあ来――――ぐはぁッ!?」


「きゃあ!! 天魔くんっ!?」


「ねぇフィリア、湿布とかあったっけ?」


「うむ、出しておこう」


 冷静な家主を置いてけぼりに、親友達は涙ながらに友情を確かめ合う。


「愛衣を……大切な妹をよろしく頼む。義弟よ!」


「任せてくれ義兄貴!!」


「人は……分かりあえるんですねっ!! 早く産まれてきてね赤ちゃん、世界は喜びに溢れてますよー!」


 和気藹々とする三人の光景に、英雄はむぅと唸る。

 蚊帳の外だ。ここは自分たちの愛の巣で、やってきたのも彼ら。

 なのに、冷静さを保ったまま事態を見守るだけとは。


「…………ズルい」


「英雄? 何が狡いのだ? どこにジェラシーを感じる所があった?」


「だってフィリア! 二人が友情を確かめ合ってるのに僕だけ仲間外れだよっ!? ここは僕とも殴り合って友情を確かめ合うべきじゃないっ!?」


「ふむ? 実は君も愛衣の妊娠報告に混乱してるな? おっぱい揉んで落ち着くか?」


「フィリア? 君ってばちょっとはしたないよ。もっと節度を学んでどうぞ?」


「ば、馬鹿なッ!? 英雄が私のおっぱいに乗ってこないだとッ!? あ、飽きられたのか? この私が? 飽きられたのかッ!?」


「ふぁっ!? フィリア先輩っ!?」


 青い顔でくらくらと壁に寄りかかるフィリア、目を見開き愕然と肩を震わせて。


「リアクション大き過ぎない?」


「英雄殿、ちょっと対応がセメントなのでは?」


「お前が青春イベントが好きなのは知ってるけどな、奥さんを優先しろ?」


「ちょっ!? なんで僕が責められてるのっ!? フィリアのおっぱい揉まなかっただけで責められるのっておかしくないっ!?」


「およよよよぉ、愛衣、愛衣よ……わた、私はどうすれば良い、英雄の好きな私のおっぱいは何も答えてくれないっ!!」


「いや愛衣ちゃん巻き込まないで? それにおっぱいは喋らないよ?」


「それがな、近頃はぎゅっ、ぎゅっと胸が鳴るんだ」


「…………フィリア先輩、おっぱい育ちましたか? ブラ、キツくなってません?」


「………………おおッ!! きっとそれだッ!!」


「僕、この話題にどんな反応すれば良いかな?」


 曖昧な顔で首を傾げる英雄を余所に、愛衣とフィリアは下着の話題を始め。

 手持ちぶさたになった栄一郎と天魔は、勝手にゲームを設置しはじめる。


「ドカポンするでゴザルが、英雄殿も参加するでおじゃ?」


「やるやる!! 勿論だよ! これで僕らの友情を確かめるんだね!!」


「いやこれ友情破壊げーじゃねぇの?」


「細かい事は言いっこなしでおじゃ、冬には新作も出るし予習でゴザル!」


「ふっ、新作でも旧作でも僕に勝てると思わない事だね!!」


「へっ、その台詞は盤外戦術を封印してから言いなッ!」


 愛衣の妊娠騒動は何処へやら、いつも通りに遊び始めた三人だったが。


「そこの三人、もう直ぐ出かけるからゲームを片づけておけ」


「ええーっ、今始めたばかりだよ?」


「すみませんセンパイ、今から産婦人科に行くことになりまして」


「その産婦人科って、茉莉も通ってる所でおじゃ?」


「うむ、私が紹介した所だ。あそこなら色々と融通が効く」


「ちなみに、茉莉義姉さんも呼んでおきました!」


「私たちは先生の車で行くが、英雄達はバスで来い」


「確かに定員オーバーで全員乗れないでゴザルものな」


 という訳で、女性陣は産婦人科へ。

 男三人はバス停へと向かう。


「…………ちょい待ち、なんで僕まで一緒に行ってるの?」


「そりゃあ…………あれ? 何でだ?」


「フィリア殿が茉莉達と一緒に行ったからでおじゃよ?」


「それだよ、だって変じゃない? いくらフィリアの伝手のある産婦人科って言ってもさ、茉莉センセが居る訳じゃない? 僕まで行く必要ないよね? フィリアが行く必要あるかも怪しい」


「行く必要があるって事じゃね?」


「フィリア殿が行く必要…………つまり?」


「………………え、あれっ!? ちょっと待って? マジで待って? なんで二人とも僕を見るのっ!? 僕、何も聞いてないよっ!? そもそも、君たちが来る前に妊娠検査薬で妊娠してないって」


 お前も仲間か、そんな暖かな視線を前に英雄は狼狽える。

 まさか、そんなまさか。

 だが聞こうともフィリアは側に居らず。


「もしもしっ!? もしもしフィリアっ!?」


『この電話は、電波の入らない~~』


「なんで留守電っ!? え? もう病院着いたのっ!? それとも嫌がらせっ!?」


「……覚悟、決める時でゴザルよ英雄殿」


「そうだぜ親友、…………一緒にパパになろうぜ」


「のわああああああああああああっ!! ま、まだ決まった訳じゃないから!!」


「いやでも、さっき愛衣とブラがキツくなったとか話していたでゴザルよ?」


「そういや妊娠したらおっぱいデッカくなるって聞いたことあるな」


「聞いたことというか、授業で習ったでゴザルよ?」


「はっはー、ま、まさかぁ……。フィリアはまだおっぱい成長期だから……だよね? そうだよね?」


 ぷるぷると震える英雄に、親友二人は問いかける。


「フィリアさん、ちょっと情緒不安定じゃなかったか?」


「最近すっぱい物を欲しがるとか、無かったでゴザル?」


「ううっ、そう言われてみれば記憶に無いけどそんな気がしてきたっ!?」


「いや、そこは記憶を信じろ? フィリアさんの変化にお前が気づかない訳が無いだろ?」


「ささっ、落ち着いて思い出すでゴザルよ」


「あー、でもそういう変化が軽い人も居るって聞くよな」


「そう言えば、茉莉も最近になってからでゴザルな」


「混乱する情報ありがとうっ!! ああもうっ!! どうすれば良いんだっ!?」


 そうと決めていざ、ぬか喜びだったら悲しい。

 英雄は不安に揺れながら、バスを待った。


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