最終章 マタニティですって!

第181話 おめでたい



 記憶喪失から始まった騒動は終息し、やっとこさ平穏な日常が。

 と思いきや今度は、親友の天魔が栄一郎の妹、もとい彼の恋人である後輩の愛衣を孕ませたと言ってきて。


「マジでっ!? 本当に!? いやーそれはめでたいっ!! めでたいよ天魔!!」


「ふふっ、これで越前もパパか。……これからは愛衣を越前婦人と呼んだ方が良いか?」


「でもフィリア、それじゃあ天魔のお母さんと紛らわしくない?」


「ふむ、では適切な呼び名の案はあるか英雄?」


「その前に、なんかお祝いでも考えようよ! 先ずは名前辞典とかどうだろう」


「なるほど、パーティするのも良いな!」


「ちょっと待てお前等!! なんでそんなにあっさり祝福してるんだよ!!」


 和気藹々とする二人に、青い顔のままの天魔は叫ぶ。

 英雄とフィリアは仲良く首を傾げて。


「え、もしかして――喜んでないの?」


「ほう? もしや愛衣とは遊びだったと? もしそうなら縁を切るどころか社会的制裁を受けてもらうが?」


「違ぇよ!! そりゃ勿論俺だって嬉しいよ!! でも普通に考えろよ!! 高校生だろ!! 俺達まだ高校生だし、平然としてられるかッ!! 嬉しさ半分で困惑と不安が残りだ!! どーすりゃ良いんだ俺ええええええええええええ!?」


 頭を抱え慌てふためく天魔に、英雄は愛する妻と顔を見合わせる。

 二人にとっては慶事だが、常識に照らし合わせてみれば確かに彼の言うとおりで。


「天魔をよく見て覚えていてよフィリア? これが普通の反応で、普通の高校生カップルだと思わない?」


「なるほど? 君はこう言いたい訳だな? ――いざという時、慌てない心の準備が必要だと」


「それも必要だけど、そうじゃないよ?」


「おい英雄? 俺を嫁さんの教育の材料にしないでくれるか?」


「ああ、ごめんごめん。ところで気になってたんだけど質問良いかな?」


 英雄には気になっていた事が一つ、いや二つ。

 どうやらフィリアも同じ事を考えていた様で、彼女はジロっと天魔を睨んで問いかけた。


「それは私が聞こう。……おい越前、何で此処に来た? 愛衣は一緒じゃないのか?」


「………………あ、やべっ」


「ちょっと天魔? 君ってば何したの!? まさか妊娠報告聞いて逃げてきたんじゃないよねっ!?」


 もしそうなら、この後はどんな修羅場が待っているか。

 想像する事すら恐ろしくて、英雄が顔を青くすると。


「なんつーか……、キスして抱きしめて愛してるって言って逃げた?」


「天魔? ちょっと天魔? ねぇフィリア、これってセーフ? アウト?」


「どうだろうか、難しい所だな」


「ちなみに、考えられる最悪は?」


「……………………越前天魔、葬式の香典は弾む。そして子供の事は心配するな、出来る限りの援助はする」


「俺死ぬ前提っ!? どうなるんだ俺はっ――って、そりゃそうだ!! 何で逃げたんだ俺えええええええええええええええええええ!! どんな顔して愛衣ちゃんに会えは良いんだあああああああああああああ!!」


 もう駄目だぁ、子供の顔さえ見れずに死ぬんだぁ。と項垂れる天魔に英雄は慌ててフォローを入れる。

 ある意味、ここが分水嶺だ。

 ここで彼が持ち直せないと、最悪の未来が待っているかもしれないのだ。


「落ち着いて天魔、さっきフィリアも言ってただろう? キスして抱きしめて愛してるって言ったのはファインプレーだと思うんだ」


「難しいところってフィリアさんは言ってたが?」


「良い方向に考えようよ、何たって君はこれからパパになるんだから」


「そうだな、両親への挨拶も待っているのだろうからな」


「僕らと違って、不意打ちだからねぇ。大変だろうなぁ……」


「フォローしてくれるのか不安を煽るのか、どっちかにしてくれねぇ?」


「そうは言うけどね天魔、取り敢えず愛衣ちゃんと会って話さない事には何も進まないよ?」


「ならば愛衣を呼ぶか。英雄、越前が逃げない様に見張って――」


 その瞬間であった、ぴんぽーんと軽やかな音と共にコンコンとノックの音。

 天魔はビクっと体を震わせ、英雄は苦笑しながらドアを開けに行く。

 今日は宅配便が届く予定は無い、仮に親戚連中やローズ達ならば遠慮なく入ってくるだろう。

 ならば。


「はいはーい、どちら様?」


「すみません英雄センパイ、ココに天魔くん来てません?」


「居るぞ愛衣、そしておめでとう」


「ありがとうございますフィリア先輩、さっそく聞いたんですね」


「うん、たった今ね。おめでと愛衣ちゃんっ! 念のために聞くけど……何しに来たの?」


「センパイの後ろに隠れてる、動揺し過ぎて暴走してる旦那様を回収しにって感じですね。それとお二人に相談も」


「だってよ天魔、そろそろ背中から出てこない?」


 彼は英雄の後ろから、恐る恐る顔を出し。

 それを愛衣は、ニコニコと静かに待つ。


「…………怒って、ないのか?」


「どうしてです? 天魔くんが喜んでくれてるのは伝わってますから」


「で、でも俺、思わず逃げちゃって……」


「キスして抱きしめて愛してるって、その後にすぐ逃げちゃった事ですか? 馬鹿ですねぇ、俺もついにパパだよっしゃあ! って大声で叫びながら走り出す人に、どう怒れと?」


「え、マジっ!? 俺そんなコト言ってたのっ!?」


「ふふっ、気づいてなかったんですか? 天魔くんらしいですね。さあ、取り敢えずママになるわたしにハグしてください」


「お、おう………………愛してる」


「はいっ! わたしもです!!」


 玄関で抱き合う恋人達に、二人もほっと一安心。


「いやー、良かったねぇ……!」


「ふむ、仲良きことは美しきかな。という所だな」


 一時はどうなる事かと思ったが、修羅場どころか実にハッピーな空気に英雄も思わず頬が緩む。

 それは妻であるフィリアも同じ様で、彼女は夫にそっと寄り添って。


「良い雰囲気の所、本当にごめんだけどさ」


「おい英雄? ここは私たちもイチャイチャする場面では?」


「それも良いけど、思い出してフィリア。さっき愛衣ちゃんが言っただろう? 相談があるって」


「…………確かに」


「そういや言ったな。愛衣ちゃん、二人に相談って何だ? やっぱ妊娠関係か?」


 疑問の視線を投げかける三人に、愛衣もそう言えばと頷いて。


「忘れる所でした、フィリア先輩に産婦人科の紹介や将来の事について相談に乗ってほしくて……」


「将来か…………そうだよな。俺も愛衣ちゃんもまだ学生、色々問題は山積みだもんなぁ……。俺らの親にもまだ話してないし」


「うーん、正直に言って重くない? いや相談には乗るけどさ」


「そうだな、出産や育児。普通の学生なら破綻する金銭がかかるからな……」


 取り敢えず四人は、ちゃぶ台を囲んで話し合う事にして。

 しかして話は纏まらない、いかに英雄が非常識な行動力の持ち主で、フィリアが金持ちだとしても。

 この問題は天魔と愛衣、二人だけの問題ではない。

 彼らの両親と、真っ先に話し合う問題であり。


「…………出来る限りの援助はしよう」


「けどその前に、二人に必要な行動は二つだね。第一に産婦人科に行って、母子手帳を貰ってくる。第二に、家族に集まって貰って話し合いだ」


「わかりました。ありがとうございます先輩!」


「感謝するぜ英雄……、嬉しいのは確かだけど混乱してたんだ。問題点が整理できたし、何より力になってくれるのが嬉しいぜ! …………所でちょっと聞きたい事があるんだが良いか?」


「この際だから何でも聞いてよ」


 両手を握りしめて感謝を伝える親友に、英雄は苦笑しながら頷いて。

 一方、フィリアと愛衣は雑談を始める。


「そううえば先輩、さっきトイレで見かけたんですけど。妊娠検査薬、使用期限切れてません?」


「うむ? 検査薬に使用期限なんてあるのか?」


「知らなかったんですか? メーカーによって差はあるらしいですけど、一年以内らしいですよ」


「そうか…………なるほど?」


 彼女たちの会話をBGMに、男二人は真剣な表情で。


「相手の親への挨拶ってさ、どんな服を着ていけば良い? スーツとか買うべきか?」


「まだ落ち着いてないね天魔? 清潔感があれば常識の範囲内で大丈夫だよ、愛衣ちゃんに見て貰えばオッケーさ」


「なら次だ。…………俺、殴られると思うか?」


「覚悟しておくのが吉でしょ、普通は殴られると思うよ?」


「だよな、なら栄一郎へなんて言えば良い? 正直に言って気まず過ぎるんだが?」


「僕に相談する前に、スマホで素直に言っちゃう方が早いと思うよ?」


「だよな…………だよなぁっ!? ぬああああああああああああああ!! どう書けば良いんだああああああああああああああああああああああ!!」


 スマホを前に苦悩する天魔、そんな彼に近づく影が一つ。

 その存在は、彼の肩に手を置いて。


「大丈夫でゴザルよ、どんな書き方でも気持ちは伝わるでおじゃ」


「けどさ、親友の妹を孕ませちゃったんだぜ……」


「正直に書くでゴザル、まぁそれで許すかどうかは別でゴザルがな」


「だよな、だよなぁ………………。ところで英雄? いつからお前は栄一郎の真似なんてするようになったんだ?」


「うーん、残念なお知らせ聞きたい?」


「お知らせを聞く前に、俺、お腹が痛くなったから帰るわ」


「ほう? 奇遇でゴザルな。拙者もちょうど帰ろうと思ったでゴザル」


「…………」「…………」


「なんでここに居るんだ栄一郎ううううううううううううううう!!」


「テメェ!! ヒトの妹を孕ませていい度胸してるじゃねぇかッ!! 表出ろォ!! ぶん殴ってやるッ!!」


「はいはーーい!! 落ち着こう、落ち着こうねぇ!!」


 英雄は溜息を吐き出しながら、怒髪天な栄一郎を羽交い締めにしたのだった。


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