第180話 なんでさっ!?(六章エピローグ)



 数週間が経った、騒動の元凶として英雄とフィリアは反省文の提出を命じられたが。

 それで済んだので実質ノーダメージである。

 休日である今日は、念願の普段使い用の結婚指輪を手に入れ帰ってきたばかりであり。


「ふへへ、いやー感慨深いねぇ……。幸せってこういう気持ちなんだね!!」


「ふふふ、そうだな。これが幸せなんだな……」


 二人揃って、左手の薬指にはまるリングをニヤニヤ眺めて。

 同棲を開始して一年も経ってないのに、随分と長くかかった気がする。


「ところで英雄」


「なんだいフィリア」


「昨日確かめたのだがな」


「何を?」


「妊娠、まだだったぞ」


「………………それ、僕はどんな顔して何を言えばいいの?」


 非常に困った顔をする英雄に、フィリアはジロリと睨んで。


「跡野先生、もとい机先生が妊娠し。姉さんの妊娠も発覚した。私たちもそろそろ良いのではないか?」


「と言っても、子供は授かり物でしょ?」


「ほう? 敢えて言わないが、涙ぐましい努力をしている英雄? どうやらその努力が功を制している英雄? 愛しい英雄よ…………妊婦姿の卒業式、ロマンだと思わないか?」


「思うけどさ、それはそれこれはこれ。余所は余所、ウチはウチじゃない?」


「私が、子供のオネダリと同じ思いで、要求、してると、でも?」


「なんでイチイチ強調して言ったの?」


「ふむ、伝わらなかったか?」


「具体的に」


「ここに金髪巨乳の素敵な新妻が居る、旦那様に愛されたくて、愛の結晶を欲しがってる。どうだろう? 夫として奮起してみては?」


 むふーと鼻息荒く誘うフィリアに、英雄は冷静な目で告げた。

 彼には、一つ懸念があって。


「ねぇフィリア、僕には心配してる事があるんだ」


「ほう、聞こうではないか」


「君は料理も選択も掃除も完璧だし、僕が逆立ちしても敵いっこないぐらい稼いでる。――正直、母になるのに不足はないどころか十分だと思ってる」


「では?」


「――――子供の名前、どんなのを考えてる?」


 実の所、英雄は知っていた。

 フィリアが考えていた数多の子供の名前候補、それらは例の日記帳に記してあって。


「第一候補はジャスティス!! 女ならジャスティ!!」


「第二候補は?」


「ドヴォルザーク!! 女ならシェエラザード!!」


「…………第三候補は?」


「シャドウウルフ!! 女のならケーニッヒ!!」


「どっから出てきたのさ!! どれもこれもキラキラネームっていうか!! 僕らの名前から一文字とか、最近ハマってるマンガの主人公とか、そんなのですら無いじゃないか!!」


 頭を抱える英雄に、フィリアは首を傾げて不思議がる。

 一見、何の脈絡も無い名前達であるが一つの法則があるのだ。


「なんだ? 覚えていないのか? 私はこんなにも覚えているのに」


「え、何それ? 僕に関係あるのそれ?」


「何を言う。この名前達はな……君が私を助けてくれたときに見せてくれたノートに書かれていた自作マンガのキャラの名前だぞ?」


「マジで何それっ!? 知らないっ!? マジで知らないよ覚えてないよ僕っ!?」


「ふむ? 希望とあらば実家から現物を送って貰うが?」


「何で君が持ってるのさっ!?」


「いや、ゴミとして出されていたから確保しておいた」


「確保しないでっ!? というかそれ本当に僕のっ!? 記憶に無いんだけど??」


 目を白黒差せる英雄に、フィリアはそういえばと不思議そうに問いかける。


「君の黒歴史ノートだがな、不審点があるのだ」


「え、何それ。ちょっと聞きたくないけど気になる!!」


「どうやら共同執筆者が居たみたいでな、だが誰かは分からないのだ」


「つまり僕の筆跡は一致したと?」


「ああ、私の鑑定もプロの鑑定も結果が一致した」


「僕の見知らぬ黒歴史が第三者の手に渡ってるっ!?」


「必要経費だ許せ、そしてもうひとつ不審な点がある」


「まだあるのっ!?」


「ノートを捨てたのは君や君の家族以外で、しかも君が入院した時期だ」


「二つある!? いやそれは良いけど不審点多くない? ちょっと多くない? 僕の記憶に無い、第三者が捨てた、入院して時期…………いやまって、入院した時期?」


 その瞬間、英雄は思い出した。


「あー、そりゃ記憶に無いワケだね。あの時って結構大ケガだったから、記憶が混濁とか喪失とかそんな単語をお医者さんに言われたような?」


「待て、それは私も初耳だぞッ!?」


「そういえば、親父の知り合いに見て貰ったって話だし。何か事情があって伏せてたのかな?」


「…………良し、ちょっと人を動かして探ってみる」


「いや、普通に聞けば良くない? というかもう終わった事だよね? 子供の名前の話だったよね? 本題に戻らない?」


「だが英雄、私の勘が囁いているのだ。これを放置しておけば厄介な事になると」


「フィリアの勘って当たった事あったっけ?」


「泣くぞ?」


「ごめんごめん、半分ジョークさ」


「半分本気ではないかッ!? 今すぐ謝罪して私を孕ませなければ、子供が育った頃にネチネチと掘り返すぞ!!」


「結構イヤなやつだソレっ!?」


 英雄は恐怖した、父も母に結婚前の出来事でネチネチ責められていなかっただろうか。

 そうして父親という存在は、家庭のヒエラルキーが下がっていくのではないのだろうか。


(不味い、これは不味いよ!!)


 脇部の家は基本的にいカカア天下、亭主関白とは程遠い。

 ――外ではとにかく夫を立てているから、余計に質が悪いし。

 何より、彼女たちにその自覚が薄いのは問題ではあるが。


「よしフィリア、話しをしよう」


「ほう? かなり効いた様だな?」


「ああ、僕は亭主関白に憧れるんだ」


「時代錯誤だな、女は黙って三歩後ろを歩き影を踏まず。食事は亭主の後で一人寂しく。それでいて昼は清楚に夜は娼婦の如く乱れるのを求められる……まるで都合の良い奴隷だな」


「そこまで言ってないよね?」


「君の言う亭主関白とは?」


「きゃー! ダーリン格好いい!! わーおダディ超クールだぜ!! って感じ?」


「ふむ、アメリカのドラマを見過ぎだな。禁止するか」


「君はレディコミや昼ドラの見過ぎじゃない? 知ってるよ? 電子書籍で買いすぎて容量足りなくなってスマホ買い換えたの。カバーで誤魔化しても分かるからね?」


「ほう? パソコンで海外エロサイトを見て三回壊した男は言うことが違う」


「ば、バカなっ!? バレてただとぉ!!」


 五十歩百歩、くだらない言い争いをする二人。

 だがどこまで行っても、どんぐりの背比べ。

 決着を付ける必要があるのは、(二人にとっては)明白であり。


「よろしい、では料理勝負と行こうではないか!! お題は子供に食べさせたい料理!!」


「よし乗った!! 親父直伝のイカとタコのペペロンチーネをご馳走してやるぜ!!」


「ならば買い出しだ!! 着替えるぞ英雄! ペアルックだ!!」


「オッケー!! ラブラブ買い物デートだね!! 帰ってきたばっかって気がするけど、まあいいや!! 一緒にアベンジャーズのTシャツ着ようよっ!!」


「ふふふッ、英雄……。実はプレゼントがあってな」


「――――っ!? そ、それはっ!? 僕らの名前と結婚しましたって書かれてある、バカップル専用ペアルックTシャツ!!」


「どうだ?」


「最高だよフィリア!! 僕こういうの大好き!!」


「好きなのはTシャツだけか?」


「勿論フィリアも大好き!! 愛してる!! よしキスしよう!!」


「うむ、キスをしよう」


 そして二人はウッキウキで唇を合わせて、いざ着がえ行くぞスーパー! ……となる筈だったが。

 次の瞬間、ぴんぽーんと呼び鈴が鳴って。


「……」


「……」


「しゃーない、僕が出るよ」


「ううむ、宅配が来る予定は無かったがな……」


 英雄がドアを開けるとそこには、青い顔しつつも嬉しそうな、けれど焦燥感に溢れた天魔が居て。


「やあ天魔、どうした「――――愛衣ちゃんが、妊娠した!!」


「………………は?」


「お、俺!! 愛衣ちゃんを孕ませちまったああああああああああああああ!!」


 新たな騒動の予感を、英雄とフィリアは確信しながら目を丸くしたのであった。





 ――六章・了

 最終章に続く。


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