第179話 いつものやり方で



 校舎を縦横無尽に全力ダッシュ、渡り廊下の上や自転車置き場の屋根に上ったり。

 はたまた、教卓を中心ににらみ合いぐるぐると。

 騒がしい校内の中で、英雄とフィリアは。


「はははっ!! 楽しいねっ!! 楽しいなあ!!」


「これだッ!! これだなッ!! こうでなくてはッ!!」


「ところで、もうそろそろギブしない?」


「ぬかせッ!! 君が立ち止まったら考えるッ!!」


「だよねっ!! さあ僕に追いつけるかな!!」


 もうこの瞬間なら何処を通っても咎める者は居ない、英雄は女子トイレに突入し流れるように窓から脱出。

 それを見越してフィリアも男子トイレに突入、同じく窓から外に着地。


「駄目だよフィリア!! 勝手に男子トイレに入ったらセクハラだ!」


「貴様こそ犯罪だ!! ああ、そうとも!! 君の様な変態は私の下で管理すべきなんだ!! 大人しく私の腕の中に息絶えるといい!!」


「なんかラスボスっぽいコト言い出したっ!?」


「英雄が相手ならラスボスにもなるッ!! くらえ、さっき拾ったベイブレード!! いけぇドラグーン!!」


「なんのぉ!! かっとべマグナム!! ミニ四駆の意地を見せてやれ!!」


 下駄箱にてぶつかり合う、おっさんホイホイ小学生向け玩具。


「ああっ!? 隣のクラスの左近時くんから貰ったトルネードマグナムが真っ二つに!?」


「フハハハ!! やれば出来るじゃないか!! これならばクラッシュギアを出すまでもないな!」


「何それ!? そんなもの持ってたのっ!? 僕にも貸してよ!!」


「ふッ、私と共に這寄家の所有する無人島に移住するならば――――、バトルドームも付けるぞ!!」


「超エキサイティン!? っていうかソレ僕のだよねっ!?」


「君の物は私の物、私の物は私の物だ」


「ジャイアニズムも程々にしてよっ!? なら僕にも考えがある」


「ほう?」


 すると英雄はポケットからカードゲームのデッキを取り出し。


「デュエルで勝負だ!! 先行僕のターン! ドロー!!」


「待て!? 私が持ってるのはギャザだぞ!? どうやって戦うつもりだ!?」


「こうするのさ!! トラップカード発動! パワーウォール!! くらえ紙吹雪!!」


「ぬわッ!? 目眩ましか!!」


 英雄はカードを空中にバラマき、その隙にフィリアの後ろに回る。


「ありがとう栄一郎のデッキ! これで僕の必殺技――――スカートめくりィ!!」


「おわあああッ!? 貴様何をするだーーーッ!? というか机のカードを勝手に使うんじゃない!?」


「ば、バカなッ!? まったく怯まない上に、まったく色気の無い悲鳴っ!? しかもパンツもクマさんプリントの残念なヤツ!! がっかりだよ君には!!」


「それは此方の台詞だッ!! だが君にも隙が出来た!!」


「しまった!? 僕のズボンを掴まれたっ!?」


「奥義! ズボン下ろしッ!!」


「いやーーん、フィリアさんのエッチィ!?」


「裏声で言うんじゃない!!」


「からのローリング!! その返しは想定済みさ!!」


「ええい、ちょこまかとォ!!」


 英雄はズボンを直しながら逃走を再開、フィリアもまた追いかけて。


(くそっ!! このままじゃ埒があかない!!)


 もっとだ、もっと過激さが足りない。

 フィリアが一心不乱に止めにくる様な、何かが。

 その時、英雄の視界に理科室が目に入り。


「クククっ!! 遊びはここまでだよフィリア!!」


「理科室!? しまった何をするつもりだ!!」


「それは見てのお楽しみ!!」


 ドアを普通に開ける手間すら惜しい、彼はドアを蹴破って掃除用具入れからモップを。

 それから制服を脱いで風呂敷代わりに、目的のブツを乱暴に包む。

 瞬間、後ろにフィリアの手が延びるも間一髪で回避。

 そのまま窓に向けて走り――。


「ふははは!! 僕は無敵だ!!」


「窓ガラスを破って外に出たッ!? バカか映画の見過ぎだッ!! ――『緊急連絡!! 英雄のバカは理科室からアルコールランプを持ち出した!! しかもモップで武装している!! 逃走方面は校庭!! 消火器隊は包囲網を作れ!!』」


 響きわたるフィリアの叫びに、全員の心が一つになった。

 マジでヤバい、英雄の所為で学校がヤバい。

 校庭の中心に向かう彼を、様々な人物が追いかけて。


「待てコラ英雄おおおおおおお!! テメェマジで何をするつもりだ!?」


「ゲェ天魔っ!? 寝返ったか!?」


「寝返るも何も無いでおじゃ!! ヤンデレ返しをするにしても手段を選ぶでゴザル!!」


「栄一郎までもッ!?」


「ボクも居るよ!! そこまでだ英雄くん!!」


「ロダンさんまでも!!」


「何考えてるか分かりませんがココまでですよ!!」


「愛衣ちゃんまでも!?」


「俺もいるぞ!」「ワタシも!」「オレも!」「アタイもだ!!」エトセトラエトセトラ。


「みんな追いかけて来てるぅっ!?」


 もはや全校生徒VS英雄、だが英雄は最後の力を振り絞って距離を離し。


「そぉい!! そしてこう!! そこからの――――どうだ!!」


「バカなッ!? 即席の松明だとおおおおおおッ!?」


「ざけんなチクショウ!! バカが武器を手に入れたぞ!?」


「しかもパンイチ!? ヤバイでゴザル!! パンイチの英雄殿は強い!!」


「ふははは!! 燃やされたくなければ近づかないでね!! っていうかマジで熱い!?」


 英雄は即席松明片手に、パンツ一丁。

 しかしフィリア達も怯んではいられない、もはやこの騒動の原因が何だったかも忘れて一致団結。


「臆するな消火器隊取り囲め!!」


「くっ!! まだだ!! まだ終わらな――」


「発射!!」


「ぐわああああああ!! あ、ちょっと!? マジでやめ、やめてええええええええええ!?」


 とっておきの全裸松明の策も虚しく、英雄は哀れ泡だらけに。

 全員がほっと胸をなで下ろし、フィリアは彼に近づいて。


「――――観念しろ英雄。そして言え、何故こんな事までして抵抗したんだ」


 自供を促す彼女、ならば英雄も答えなければならない。

 彼は白く染まった姿で、全員に話しかける。


「これが、愛さ」


「ふむ、耳が悪くなった様だ。もう一度頼む」


「これが――――愛。そう、例え全てを燃やし灰にしようとも、愛する者を愛そうとする、愛……」


 うっとりと陶酔して語る英雄に、向けられるは冷たい視線。

 だが彼は気にせずに続ける。


「敢えて言おう、……今のこの僕の姿こそ。僕らを愛する君達の姿だ。ねぇ、僕の行動を見てどう思った? 愛する人への愛を独占する為に、手段も方法も選ばず突き進む僕の姿に、何を思った?」


「うぐぐぐッ、ぐぐぐぐッ!! つまり君はこう言いたいのだなッ、私が愚か者だとッ!!」


「違う、それは違うよフィリア」


「何が違うんだッ!!」


「愚か者だって思ったなら、それは君自身がそう自覚してるからさ。僕は否定も肯定もしていないんだ……」


 静かに語る英雄に、栄一郎は首を傾げて。


「しかし英雄殿? 否定も肯定もしない、つまりは拙者達、もとい全校生徒への問題提起だった訳でおじゃ?」


「うん、それは理由の一割ぐらいかな?」


 続いて天魔が待ったをかける。


「待て英雄、残りの九割は何だ」


「言い質問だ天魔、九のうち八がね。単にやってみたかっただけ」


 その答えに、愛衣は素っ頓狂な声を上げて。


「やってみたかっただけっ!? たったそれだけの理由ですかっ!?」


「いやいや、早合点しちゃいけないよ愛衣ちゃん。――僕はね、フィリアみたいに愛情のまま暴走してみたかったんだ」


「……成程、読めてきたぞ? フィリアへの理解を深めたかった、そうだな小僧」


「でも残りの一割は?」


 ローズの言葉に頷き、ロダンの台詞に笑うと。

 英雄はフィリアに向かって、片膝をついた。


「――――、今一度さ。愛を捧げたいんだ」


「英雄…………?」


「ねぇフィリア、君は僕にとって魅力的すぎる。だから不安にもなる。でもそれって君も同じじゃない?」


「た、確かにそうだが……」


「そんでね? 譲れない事や些細な事で喧嘩したり言い争ったり、色々あった。でも楽しかった、――君もそうだって信じてる」


「ああ、私も楽しかった」


「だからね、これは決意表明なんだ。これから先、どんな困難が待ち受けても、不安になったり愛が溢れて暴走しちゃう時もお互いにあるかもしれないけどさ」


「……」


「僕の愛する奥さん、脇部フィリアさん。いつか二人ともしわくちゃのお爺ちゃんお婆ちゃんになっても、…………楽しく一緒に人生をエンジョイしよう!! 僕と楽しく人生を送ろう!!」


「英雄……英雄ォ!!」


 フィリアは今、英雄の全てを理解した。

 どんな事があっても、英雄らしくフィリアらしく。

 そして二人らしく、賑やかで騒がしく楽しく乗り越えようと。


 不安なんてお互い様で、愛の重さは愛嬌でスパイスだ。

 どちらかが暴走したら、残りが止めれば良いし。

 一緒に暴走するのも楽しい。

 話し合って、想いをぶつけあって、きっとその度に絆は強く。


「愛してるフィリア」


「私も……愛してる英雄!!」


 彼女は制服が汚れるの厭わず、英雄に抱きついて。

 それが勢いよかったものだから、思わずかれは後ろに倒れ。


「ぬおおおおおおおおおッ!! 愛してるぞ英雄!! このまま子供を作るぞ!!」


「うーん、流石にそれは家に帰ってから――って脱ごうとしないの!! ちょっとみんな助けて!! ヘルプミー!!」


「フィリア殿、ご乱心でゴザル!! 女子は止めろ!! 男子は英雄殿を救出して胴上げでゴザル!!」


「はいはーい、気持ちは分かりますけど自重しましょうねフィリア先輩?」


「はい!? 胴上げっ!? 何それぇええええええってマジで?」


「離せ!! 私は英雄と添い遂げる!!」


「もう奥さんでしょフィリア先輩、大人しくしてください!!」


「では僭越ながら、この越前天魔が音頭を取らせて貰うぜ!! ――――脇部夫妻、結婚おめでおう!! 幸せ者の英雄を胴上げだ!!」


「「「「「「「結婚、おめでう!!」」」」」」」


 結局の所、いつもの様にしっちゃかめっちゃかで。

 しかしそこには、確かに幸せな光景が。

 きっとこの先も、このはた迷惑な夫婦に振り回されるのだろう。

 けれど、それは楽しい未来で。

 全校生徒は、二人の結婚を心から祝福したのだった。


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