第178話 ラブ鬼ごっこ
「フィリア先輩!! ヤツら消火器置いていってますよっ!?」
「総員ッ!! それを持って恋人を追いかけろッ!! 消火器があるという事はマジだぞッ!! マジで放火するからあの馬鹿は消化手段を残したんだッ!! ええい厄介な!! 愛する馬鹿を犯罪者にしたくなければ必ず追いかけろとッ!! 止められるのは前提だが思う存分にヤるつもりだぞ!!」
「ああもう天魔くん!! これじゃあ立場が逆じゃないですかっ!!」
「それが英雄の狙いだ!! 我々の過剰な愛を行動として返し考えさせる!! 因果応報だッ!! どこまでも真っ直ぐなヤツめ!!」
消火器を手に取った事で、一歩遅れてフィリア達が慌てて追いかける。
だが、ローズは冷静に。
「その分、正気を投げ捨てている気がするがな。ま、頑張れフィリア。ロダンが居ないなら私はバックアップに回ろう」
「あ、それ無理だねぇ。――だってボクが来たんだかねッ!! そーれローズ! ボクを止めてくれ!! でなきゃ君の立場も大変だぞぉ!!」
「あの馬鹿に呼ばれたかッ!! 本当に手段を選ばないな小僧はッ!!」
「いやいや、手段を選んだんだよ適切に。もっと楽しくなるようにってね。いやー見習わなくちゃ!!」
「頼むから学ぶなッ!! ついでに足も止めろォ!!」
「やーだねーー!!」
「お労しや姉さん……じゃなかったッ!! そこのッ!! 英雄はどっちに行った!!」
「う、上に向かいました!」
「待ってろ英雄オオオオオオオオ!!」
「頑張ってくださいフィリアさん!!」「ガンバレー!!」「あのバカを止めてくれぇ!!」「いやいや、ここは英雄を応援する場面じゃね?」「だよな、明日は我が身って気がするし」「ちょっとコイツらの恋人呼んできなさい!!」「ヤベ逃げろおおおおおお!!」
校舎の中に入った夫を追いかけ、妻も。
英雄とフィリア達の争いは、観客であった生徒達にも飛び火して。
愛の重力変動を起こした彼らは四方八方に逃げたものだから、追っ手もバラバラに。
そんな中、校庭の中心ではとある二人だけがポツンと立ち尽くしていた。
「……オマエは逃げないのか栄一郎」
「フッ、拙者に逃げる必要があると?」
「念のために聞いておく、返答によっては――分かるな?」
「拳を握りしめなくても大丈夫でゴザル、……いや、大丈夫だ茉莉」
そう、その二人とは栄一郎と茉莉。
彼は普段の道化染みた態度を止めて、真剣な瞳で茉莉を見つめる。
「その証拠として、この火種は……ほらもう無くなった」
「いやそれ理科室のマッチだろ、後で拭いて返しておけ」
「あ、はい、すまんそうしとく」
栄一郎は地面に落とし踏みつけにしたマッチを、茉莉の顔を刺繍した手作りハンカチで拭う。
「いっつも思うが、アタシの顔のハンカチを使うんじゃない」
「茉莉にも俺の顔のハンカチを渡してるだろ」
「アレは使ってない」
「マジでッ!? 折角作ったのに!!」
「そういう所だぞ? 今回オマエをそっち側に入れたのは」
「あー、マジか……マジかぁ……」
「落ち込むのは後にしろ、――…………なんで、逃げなかった」
柔らかな表情で静かに問いかける茉莉に、栄一郎は苦笑して。
それはあまりにも当たり前の事、きっと彼女も理解している筈だ。
「言った方が良いか?」
「言ってくれ、オマエは言わない方が多いっての」
「そうか、そうだよな。うん、俺が英雄から学ばないといけないのはソコだな」
「ああ、ソコだけはアイツから学んでくれ」
二人は自然と近づいて、栄一郎は茉莉を労るように優しく抱きしめる。
「茉莉は今、妊娠してるんだ。妊婦を走らせる真似は出来ない。俺はそうさせたくない」
「ふふっ、分かってた」
「最近ちょっと浮かれた、俺も親になるんだって」
「そうだな、自分の金とはいえ。空き部屋を子供部屋に改装してベビー用品を用意するのはやり過ぎだ。……アタシと一緒に選べバカ」
そう、栄一郎はゴールデンウィークの空き時間を利用して子供の為に暴走していたのだ。
茉莉としては、口で止めても聞かないので危機感を持つしかない。
それだけでは無く、学校が始まるまで彼女はトイレに行くのすら彼に抱き抱えられて。
「不安なのは分かるがな、もう少し加減しろ。アタシだって初めてなんだ」
「本当にすまなかった、俺は茉莉の気持ちを分かったつもりになって暴走してた」
「本当にな、……けどな。これからは違うんだろ?」
「ああ、こんな未熟な俺を許してくれるか?」
「それを言うなら、夫の不安を解消できなかった妻を許してくれるか?」
「勿論だ茉莉」
「コッチもだ栄一郎、――これで仲直りだ」
「仲直りだな」
「……」
「……」
「ところで栄一郎? 脇部のバカの始末はどうするんだ? アイツは本当に燃やすつもりなのか?」
「あ、それは割とマジだ。相方を信頼してギリギリまで粘る予定だが……」
「おい、おい? アタシは職場が燃えるのはイヤだぞ?」
「まぁ英雄も考えに考えた末に、こういう行動を……いや待て、今回は結構即興だったよな? 下準備の時間も少なかったし」
「つまり?」
「………………万が一、あるかも?」
「……」
「……」
「止めてこいバカ!! 他の奴らはそこまでの度胸は無いかもしれんが脇部のバカは別だ!!」
「ですよね!! 行ってくる!! うおおおおおおおお、速まるなよ英雄殿おおおおおおおおおお!!」
そうして栄一郎も走り出して、茉莉は苦笑しながらお腹を撫でる。
「オマエのパパも、パパの親友もバカばっかりだ。行動力は見習っても良いが、バカさ加減まで受け継ぐなよ」
幸せな奥さんがそこには居て。
それはそれとして、一方その頃。
愛衣を撒いた天魔は、体育倉庫に逃げ込んで。
「くくく、俺の逃げ足の早さを舐めるなよ? ここは俺達のベストプレイス……、十分ぐらいなら時間を稼げる筈だ」
「ところがぎっちょん、見つけました――――って!? なんで脱いでるんですかあああああああああああああああああああ!?」
「きゃあああああああ!! 変態いいいいいいいいいい!!」
「クネクネしながら裏声で叫ばないでくださいっ!? わたしが叫ぶ方でしょ!!」
「あ、スマンスマン。やり直すからもう一度入ってどうぞ?」
「テイクツーですねっ! ではでは!」
ガラガラと扉を閉め、再び入ってくる愛衣。
すると。
「フハハハハハ!! 残念だがココにはイケメンナイスガイの越前天魔は存在しないっ!! 我こそはパンツマン三号!!」
「それわたしのパンツじゃないですかっ!? 返してください!! お気に入りなんです伸びちゃうから返してくださいよっ!?」
「チッチッチッ、見知らぬ少女よ……。これは我が恋人のパンツ、誰にも渡せない」
「返してください? このチンコ丸出し男? ローズ先生ならいざ知らず、わたしは見慣れてますよ?」
「何ぃっ!? 不純異性交遊はイカンぞ!! 悔い改めよ!! さもないと体育倉庫が燃えるであろう!!」
「いつまでもフザケてると、ふんじばって股間の毛をその火で燃やして永久脱毛しますよ?」
「クロスアウッ!! ――――ふっ、大丈夫だったか愛衣ちゃん。どうやら変態は去ったようだぜ? だからお願いごめんなさい大人の男の証拠の股間の毛は許してちょんまげ」
「腰を前後に動かしながら言ったのでアウト」
「待って、マジで待って!! お願い説明させて!!」
全裸で恋人の足に縋りつく天魔、愛衣はそれを冷ややかに見下ろして。
「何を説明すると?」
「この脱衣には意味があるんだ」
「心も裸になって対話する、なんて理由だったら許しませんよ?」
「ああ、いや、単に楽しいだろうなって」
「英雄センパイに毒されすぎ――いえ、いえ、元からでしたね天魔くん!! あなたって人は!!」
あんまりな言い訳に、愛衣は眉間に寄った皺をほぐしながら溜息を一つ。
そういえばそうだった、英雄という四番打者、エースストライカーの陰に隠れてはいるが。
越前天魔という男も中々の酔狂な人物だ、というかだからこそ彼は英雄達と一緒に居る訳で。
「…………はぁ、どうしてでしょうね。こんな所も愛おしいって思っちゃうのは」
「え、マジ? ちょっと正気を取り戻した方が良いんじゃね?」
「天魔くんが言わないでくださいよっ!?」
「まぁそうだな、俺もお前のコト言えねぇな。だって付き合う前の英雄を見つめるお前のコトが……」
「好きだった」
「訳じゃねぇぞ? むしろ、空回ってて見てて楽しかった」
「ぶっ殺すぞ!!」
「――ふっ、今の俺は愛衣ちゃんに殺されるなら本望さ」
「本音は」
「そうやって攻撃的になってる所を、押し倒したい」
「クソが!! どうして惚れちゃったんですかわたし!!」
「まあまあ、あばたもえくぼって言うし?」
「天魔くんが言わないでください!!」
あーもう、と盛大な溜息を深く吐き出す愛衣の手に、天魔はキスをして。
「何してるんです、キスの許可はしてませんよ」
「そう言うなって、俺な、分かったんだよ」
「何がです」
「愛衣ちゃんが俺を愛するように、俺も愛衣ちゃんを愛したいって」
「…………続けて」
「いや、それだけだが?」
「もっとロマンチックに囁いてくださいよ!!」
愛衣はギャースと叫び、天魔は冷静に服を着ながら話しかける。
「まあ、さ。流石に愛衣ちゃんのクラスの男子にまで嫉妬したり、雑誌のグラビアまで嫉妬で切り取ったのは悪いと思ってるぞ」
「…………分かっててやってたんですか?」
「独占欲を表現すれば、喜ぶと思った。今は反省してる――話し合うべきだった」
「そうですね、……わたし達も別にエスパーって訳じゃありません。思いを言葉にしても通じない時があるのに、愛を理由に言葉を怠ってました」
「だな。何でも愛情を理由にしちゃいけないよなぁ……」
二人はくすりと笑いあうと、天魔は右手を差し伸べ。
「どうぞハニー、俺と一緒に今世紀最大のバカっぷるの力になりに行かないか?」
「それを言うなら、歴史上最大のバカっぷるを止めにでしょう?」
「どっちも同じだろ」
「ですね」
そして天魔と愛衣は、仲良く体育倉庫から出て。
二人が立ち去った後、近くの木の陰から大人が二人出てくる。
「…………よし、これで天魔くん達も大丈夫っと」
「待てロダン、君は何をしに来たんだ? 私にドロドロの独占欲をぶつけてくれるんじゃないのか?」
「あ、それ夜のベッドだけなんだよ」
「もう一声」
「週に一度は、一日中手を繋ぐ日を作る。勿論君が仕事中でも」
「よし、それで行こう」
「話は纏まった所で、次の所だね。実は本当に火災が起きないか保険の為の監視を頼まれてね」
「…………私は見事踊らされた訳か」
「ローズがフィリアちゃんに加勢すると、英雄くんも流石にキツイって思ったらしくてね。ま、大人は子供のバカ騒ぎをフォローしなくちゃ」
「確かに、我々もそろそろ親になるんだ。落ち着くべきだな」
「そうそう、ボクらも大人に………………うん?」
「さ、行くぞロダン!」
「待って!? ちょっと待ってローズ!? ボク初耳なんだけど!?」
「いや、ついさっき妊娠検査役で判明してな。明日病院行くぞ」
「いやっほう!! ボクは無敵だ!! 最高だよローズ!! 君は世界一の奥さんで恋人だ!! 人生最高ううううううううううううう!!」
「うむ、うむ。ではエスコートを頼むぞ世界一の旦那様!」
「ボクらのラブラブっぷりを見せつけに行こう!! きっと英雄くんとフィリアちゃんも我に返るはずさ!!」
「そうか? ……いや、そうだな!!」
そして二人は、他の参加者の顛末を見守りつつ英雄達の後を歩いて追いかけた。
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