第177話 リベンジ・オブ・ラヴグラビティー



 愛する者達が英雄を中心に動いている一方、隣の教室に陣取ったフィリア達は盗聴を打ち切って。


「残念だ、肝心な所は聞けずじまいか……」


「これやっぱ、わたしが残ってた方が良かったですかね?」


「無用だ愛衣、英雄の事だミスリードを誘う情報までしか与えない。なら、これで良かったのだ」


「それは分かったがフィリア、これからどう動くんだ? アタシは一応妊婦だから激しい運動はNGなんだが……」


 指示を求める茉莉に、愛衣やローズ、他の者達も頷いて。

 フィリアはふむと一言、思考を巡らす。


(どう動く――否、どう考えるべきか。だな)


 英雄は思考パターンは実に厄介だ、目指す結末は予想が比較的容易い、だがそこに至る経緯が奇想天外なのだ。

 そして何より手強いのは。


(折れない、英雄は決して折れない)


 一本筋が通った人間こそ手強い者は無い、何故ならばその筋を守る為に何でもするからだ。


(再確認しよう、英雄の譲れないモノとは何だ?)


 即ちそれは己、フィリア自身。

 そしてその先の未来。


(ならばイニシアチブを取られる事を、英雄は良しとするだろうな。だがそれは諦めを意味しない、間違いなく取りに来る。問題はその先だ…………話し合い、それだろうな)


 フィリアの愛する男はいつも真っ直ぐだ、一方的な押しつけはしない。

 必ず、必ず話し合いの席への道を選ぶ。


(となれば、その流れを決めるのは例の問題か? ――いや、それに固執するのは不味い。そこでヤるのが英雄だ)


 タイミングはそこで、ならば彼が取り得る可能性は。


(問題の書き換え、第三者の介入の誘導、…………いや違う論点はそこではないッ!)


 彼女は気づいた、英雄の目的は対話。

 その地点で思考が止まっている事こそ間違いだと、会話は結果でしかないのだ。


(そうだッ! 会話はあくまでオマケ、問題提起、意識改革こそが英雄の目的だった!!)


 思い返してみれば、英雄は愛の重さから来る行動こそ問題にすれ、愛の重さそのものは問題にしてこなかった。

 拉致監禁した時、机兄妹と跡野茉莉の時、姉に結婚を反対された時、バレンタインの時、美蘭の時。

 常に、相手の意識を変える、省みさせる事を目的としていた。

 ならばならば、ならば今回は――。


「正直に言おう、今回ばかりは不味いかもしれない」


「ちょっとフィリア先輩っ!? いきなり何を言うんですかっ!?」


「おいフィリア? お前の夫だろう、予測は立てられないのか?」


「取り敢えず、オマエの考えを教えてくれないか?」


「うむ、では簡単に行こう。…………英雄の目的は十中八九、意識改革や問題提起といった事に違いない」


「わたし達からイニシアチブを勝ち取る事じゃないくて?」


「――そうか、それは問題に過ぎないと」


「アタシは何となく分かる気がするぞ、アイツは勝ち負けの先を見てる奴だ。勝負の中でコッチの考えを揺さぶって、ついでに勝利をかっさらっていくタイプだな」


「ああ、そう言われると納得しますね。でもフィリア先輩、それが理解出来ているなら何が不味いんですか?」


 首を傾げる愛衣に、フィリアは冷や汗を流しながら説明した。

 そもそもの話だ。


「私とした事が手抜かった……英雄に行動を許してしまった事こそが間違いだったんだ。アイツが行動する、それこそがチェックメイトだ」


「…………フィリア、我々は英雄の求めで問題を解きに行くしかない。ここで逃げたらこのイベントを仕掛けた意味が無くなる、つまりアイツの逆襲の一撃を食らうしかない。――そうだな?」


「ええ、そうです姉さん。英雄の目的は先ほど言った通り」


「どの様な手で来るか、それが読めないって事ですか?」


「いいや愛衣、よく考えて見ろ。脇部のやり方はいつも正面からだ、そんでもってアタシらは今回なにを理由にイベントを起こした?」


 茉莉の言葉を引き継ぎ、フィリアは重々しく告げた。


「これは確信だ、英雄は絶対に我々に愛の重さを突きつけてくる。しかも我々にブーメランが刺さる形で、だ。――――我々は、愛の重さで何をした? 全てを把握して、それに対抗出来るか?」


「それ、は…………っ!?」


 愛衣は答えられなかった、フィリアは勿論の事、ローズや他の者達は沈痛な面もちで震え。

 平気な顔をしているのは、茉莉だけだ。


「いやちょっと待ってくださいよ、なんで茉莉義姉さんは平然としてるんですかっ!?」


「いや、アタシは別に? 本来ならアッチ側だし、むしろこの状況で栄一郎が何をしてくるか興味がある」


「そうでしたよっ!? 義姉さんはアッチ側じゃないですかっ!! くっ、この裏切り者おおおおおおおおおおおおお!?」


「ま、因果応報ってヤツだ頑張んな」


「ノオオオオオオオオオオオオオオっ!!」


 頭を抱えて悶える愛衣に、フィリアは必死に考えて。


(考えろッ! こんな時に英雄はどうしていたッ!? 彼方が愛の重さで向かってくる、英雄は、英雄は――そうだ、正論で返してきた!!)


 逃亡は許されない、此方が愛の重さで応戦すれば彼の思う壷だ。

 であるならば。


「たった一つ、手がある」


「何かあるんですねっ!? 今すぐプリーズ! 早く!!」


「私達は最初のスタンスを崩してはいけない、あくまで英雄達の事を思って真摯に思いを伝える」


「なるほどっ!! 英雄センパイがいつもやってる事をコッチもそのまま返すんですねっ!!」


「問題はそれすらも読まれていたら、――いや、行くしかないだろうな」


 フィリアがそう決意を決めた瞬間、校内放送が流れ。


『えー、校内の何処かに居るフィリア達に告げる! 何か作戦を練っている様だけど僕にはお見通しだよっ!! 観念して問題を解きに来るんだ……と言いたい所だけど、それじゃあ風情が無いよね。だから関係者は全員校庭に集合っ!! 僕らは既にスタンバってるからね! 待ってるよ!!』


 放送が終わった途端、彼女達は顔を見合わせ。


「行くぞ皆ッ!! 正論を忘れるなッ!! 常に相手の事を真摯に思えッ!!


「「「応ッ!!」」」


 フィリアを先頭に、校庭へと向かう。

 そしてそこには、英雄を中心に据え一様に右手に何かを握りしめた彼らが居て。


「――来たぞ」


「うん、いらっしゃいフィリアっ!!」


「早速だが言わせて貰おう」


「何でも言って、それが君達の敗北の言葉になるから良く考えるのをオススメするよ」


「では言おう、……非常に残念だよ英雄」


「へぇ、言うじゃない。僕らに罠をしかけておいてさ」


「確かにそれは認めよう、私達は愛が重くなった君達を案じて将来の為にイニシアチブを取ろうとした面もあると。――だが、ひとつ忘れていないか?」


「忘れて?」


「そうだ、イニシアチブの事は副産物でしかない。私達は君達が過去に私達にしてくれたように、君達の事を思って今回のイベントを開催した事を」


「なるほど、そう来たか……」


 向かい合う英雄とフィリア、その会話を誰もが真剣な表情で耳を傾ける。


(どうだ? 開き直って私達が正しいと、英雄達の事を思ってと言えば迂闊に返事は出来まい)


(うん、そう来ると思ってたよ。今のフィリアなら僕の事を理解してそう言うって信じてた。これで一手埋まる、次の手が制限されるってね)


(だがこの先制パンチは読んでいた筈だ、そして肯定するにしろ否定するにしろ、先ずは問題の共有を計るためにスタンプラリーを一緒に回る、そうだな? 対話しつつ愛の重さを返すには、そうするしかない)


(――って、フィリアなら考えてる筈だね。僕たちの行動が全て読めない以上、何を言っても一緒にイベントをする方向になるワケだ。……でも)


 英雄はおもむろに右手を上げ手に持った何かを掲げる、同時に後ろの栄一郎達も右手を掲げて。


「待て、待て待て待て英雄ッ!? 貴様、手に何を持っているッ!?」


「見て分かるでしょ、ライターとかマッチとか火を付けられる道具だよ」


「それで何をするつもりかと聞いているッ!!」


「いや分かるでしょ、火を付けるんだよ」


「何の為にだッ!?」


「いやぁ、良く考えたらさ? 別に僕達は愛の重さを治さなくて良いんじゃないかって」


「私達の思いを無駄にするつもりかッ!! というか本当に何をするのだッ!? 焼身自殺でもするのかッ!?」


「ま、似たようなもんだね。――――知ってる? 江戸時代に火消しに恋した女の子が、その火消しに合う為に江戸の町を焼いちゃったって」


 英雄の言葉に、フィリア達はさっと顔を青ざめて。

 中継されて各教室で聞いていた傍観者達も、同じく顔面蒼白になって驚いて。

 誰もが確信した、コイツはアカンと。


「敢えて言うよフィリア、僕は君の愛の重さが好きなんだ。だから今回の事は嬉しかったんだけど、元のフィリアに戻って欲しいなって」


「貴様は何を言ってるんだッ!? まさか学校そのものを燃やす気かッ!? 学校を燃やして何になるッ!!」


「それはフィリア達次第だね、敢えて言おう……僕らからイニシアチブを取ろうなんて百年早いっ!! そんでもって、僕らは宣言するっ!! 僕らは僕らが思うがままに愛させて貰う!! ――ルールを変更するよっ!!」


 そして英雄は満面の笑みで叫んだ。


「僕らは君達の愛を、熱烈な愛を求めているっ!! だから愛の鬼ごっこだっ!! 逃げる僕らを捕まえて愛を叫べっ!! そうじゃないと学校に火を付ける!! なお、念のために消火器は準備してあるよっ!! ――――みんな散開っ!! 逃げろおおおおおおおおおおおおお!! 学校中を逃げ回れっ!! 見てるみんなも愛があるならドッチかに参加してね!!」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 総員ッ!! あの馬鹿共を捕まえて愛を叫べえええええええええええええええええええええッ!!」


 そして、校内ラブ鬼ごっこが始まった。


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