第176話 リターンオブ英雄



(くくくッ、あはははッ!!)


 フィリアは今、歓喜に体を震わせていた。

 帰ってきた、英雄が、元の英雄が帰ってきた。


(やはり私は間違っていなかったッ!!)


 不確かな賭けであった、推論に推論を重ねた憶測染みた綱渡りの。


(今の今まで英雄はブレなかった、それは何故だ? そうだ、敵が居たからだ)


 明確が敵が存在しない、あるのは不安という漠然とした感情のみ。


(ならば、その不安を具現化してしまえばいいッ!! 英雄ならば、嗚呼そうだッ! 英雄ならば敵が例え私であってもッ! 否ッ!! 私だからこそ立ち上がるッ! 立ち向かうッ!!)


 これが他の誰かだったとしたら、彼は不安を原動力に普段以上に予測の付かない方法で、フィリアやローズの仕打ちが生ぬるいと思えるようなやり方で敵を追いつめ打倒しただろう。


(故に私自身が、本気で英雄を奪りに行く必要があった――)


 思い返せば、最初から彼はそうだった。

 フィリアとの仲を保つ為に、東西奔走し。

 正しく大胆に、奇想天外でありながら理性的に抗っていた。


(嗚呼、悪くない……悪くないぞ英雄ッ!!)


 彼女は己の嫉妬深さを再確認した、彼と一緒に平穏で騒がしい日常を送るのも悪くない。

 困難に立ち向かうのも楽しい。

 ――――だが。


(そうだ、そうだぞ……、英雄が立ち向かう先は、一心不乱に心を向ける相手は私でなければならないッ!!)


 心の片隅で、髪の一本程度でも。

 ローズや美蘭達にフィリアは嫉妬していたのだ。


(英雄が考えるのは私でなければならない、英雄の視線の向かう先は私でなければならない、英雄は私の思い通りでなければならないし、――嗚呼、私の手をすり抜けて逆にその手に治まるのが堪らない快楽なんだ…………!)


 しかし、偶には勝利で終わりたいのも事実。

 ならば考えなくてはならない。


(英雄は立ち上がった、だがそれで終わりじゃない。――まだ、ゲームは終わっていない)


 今回の目的は、英雄の復活とイニチアシブの奪取。 そしてその先にある、楽園への招待券だ。

 

(ふふふッ、気づいているか英雄? 状況は未だイーブンのままだぞ?)


 フィリアは不敵に笑いながら一年の教室に向かい、一方でその教室では英雄を中心に話し合いが行われていた。


「英雄殿が復活したなら、これで安泰でゴザルな!!」


「よっしゃ、このまま愛衣ちゃん達に同じ問題をさせれば勝利確定だな!!」


「ちょっと天魔くん? わたしの前で堂々と言うのはやめてくれません? そもそもコッチが負けるとは決まってませんよーだ!」


「そうだよ天魔、栄一郎、そしてみんなも……確かに僕らはイベントの裏に隠されたラブゲームの存在に気づいて、フィリア達を引っ張り出す事に成功した。――でも、忘れてる事があるよ?」


「忘れてる事でおじゃ……?」


「愛衣ちゃん分かるか?」


「そこでわたしを頼らないでください? 一応敵ですよ?」


「天魔はちゃんと考えようね? まぁ言っちゃうけどさ…………そもそも、何でこのイベントが開催されたか覚えてない?」


 英雄の問いかけに、全員がハッとなって。

 そう、彼らは思い出したのだ。

 自らの愛が、現在進行形で重くなっている事を。


「おじゃッ!? つまり状況はイーブン!! 拙者達がまず更生しないと勝利はあり得ないでゴザルッ!?」


「あ、やっぱ気づいちゃいましたか。英雄センパイは手強いですねぇ……」


「――――待て英雄、それを言うなら俺達はこのラブゲームに勝利する意味があるのか? 確かにイニチアシブが向こうに渡るのは悪手な気がするが、恋人同士だろう?」


「そう思うなら止めないけど……一生を尻に敷かれるだけで済めば良いよね?」


「なら拙者は大丈夫でゴザルなッ!!」


「栄一郎? 君はみんなと違って、マジで別居の危機じゃないの? 将来の子供に誇れるように、立派なパパの姿を見せないとダメなんじゃない?」


「俺ガンバルわ」「俺は茉莉を正しく愛すぜ」


 手のひらを盛大に回転させる親友二人、他の者達も顔を青ざめながら力強く頷いて。


「こ、ここで男を見せなきゃ駄目だ!!」「駄目だ駄目だ! オレがしっかりしないと!!」「あの人に主導権を握らせたら、私部屋から出られなくなっちゃう!!」「ひいいいいいっ!! テレビもゲームもパソコンもスマホも全部取り上げられるうううううう!!」


「「「やらねばッ!!」」」


「オッケー、みんな理解してれたね。イニチアシブが重要じゃなくて、その先の未来が重要なんだ」


「ううっ、酷いですよ英雄センパイ! せっかく天魔くんを座敷牢に入れる準備をしてたのに!!」


「うおおおおおおおおおお! 俺はやるぜ英雄っ!! 愛衣ちゃんに全てを支配されるのは夜のプレイで偶にって塩梅で良いんだよおおおおおおおおお!!」


「くっ、頑張ろうねみんなっ!!」


 全員の意志が一丸となった所で、英雄には問題が一つ。


(今回の落とし所、どーしよ?)


 何せ、はいそうですかと彼女達が素直に納得する訳が無く。

 何かしらの妥協点を見せなければならない。

 だがその肝心な妥協点が思い浮かばずに。


「……英雄殿、問題があるなら話すでゴザルよ。拙者達にも一緒に考えさせて欲しいでおじゃ」


「そうだぜ英雄、何時までもお前におんぶ抱っこじゃ格好が付かないぜ!」


「そうだぜ脇部!」「俺も考えるからよ!」「協力は惜しまないわ」「一緒に考えましょう!」


「みんな……ありがとう!! 是非とも一緒に考えて欲しいんだっ!!」


 暖かな言葉に、英雄は瞳をうるうるとさせて。

 そうだ、一人で悩まなくても良いのだと。

 きっと、今までの道程は間違いじゃなかったのだと。

 ――――愛は、人を成長させるのだ。


「じゃあ早速だけど、……この先ってどうしよう?」


「うん?、俺らがやった問題を愛衣ちゃん達にもさせれば良いだけだろう?」


「待つでおじゃ天魔、それで勝って漸く状況がイーブンになるでゴザル。英雄殿が言っているのは落とし所、そうにゃね?」


「その通りだよ栄一郎……正直な話、勝ち負けはこのさい問題じゃない。その先に、どう関係を構築するか。それが問題なんだ」


「あー、何となく理解出来たぞ? ようはバレンタインの時みたいに、一緒に話し合って妥協する切っ掛けを作るって事だな?」


「そう! そうだよ天魔!! いやー、毎回毎回どうやって解決するかが問題でさ。ゲームみたいに敵を倒してハッピーエンドってワケだったら楽なんだけど、感情の問題でしょ? 着地点に苦労しててさぁ……」


「あ、わたしフィリア先輩に呼ばれたので行きますね」


「スパイして行かないのか?」


「全部聞いたら、楽しみが減りますからね。……それより、フィリア先輩も何か企んでるみたいなんで気をつけてくださいよ」


「不安しかない情報ありがと、次会う時は敵だね愛衣ちゃん」


「ええ、敵ですよ。じゃあ皆さん一時のオサラバです!」


 愛衣が退出した所で、彼らは話に戻り。


「不味いでゴザルな……、タイムリミットが近そうでおじゃ」


「考える暇が一瞬でもある事を喜ぼうぜ」


「だね。ホントどーしよう」


「こんな時、茉莉やフィリア殿、愛衣はどう考えるでゴザルかなぁ……彼方の出方が知れれば、対応を練りやすいでおじゃが」


「待て栄一郎、敵の考え方を考えるってのも着地点を考えるのに良いんじゃないか?」


「俺の彼女の情報いるか?」「そうだな、こっちも用意しておくか」「敵を知り己を知らば百戦危うからず?」「じゃあこっちの情報も纏めるべき?」


 栄一郎達は、あーでもないこーでもないと話し合って。

 聞こえてくる単語が、英雄を刺激する。


「着地点、そこに向かう手段………………うん? そうか、着地点は考えなくても良いんじゃないかな? フィリアはどう考えるか……、今までフィリアが取ってきた行動…………なるほろ?」


 その瞬間、英雄の脳裏に何通りもの経路が浮かび、すぐに一つを示して。


「いや、そうか。そうだよねっ!!」


「お、何か思いついたでゴザルか?」


「みんなのお陰で、効果的で楽しい反撃方法を思いついたよっ!! 聞きたい? 聞きたいよねっ!! 僕も今すぐ言いたいっ!!」


「へへっ、勿体ぶらずに言えっての。何でも力になるぜ英雄っ!!」


 拳を突き出す天魔、栄一郎達もそれに習い輪になって拳を合わせる。

 そして英雄が最後に参加して。


「良いかい、良く聞いてくれ。――逆に考えるんだ、僕たちは更生する必要なんて無いんじゃないかって」


「「「「ッ!?」」」」


 とても楽しそうに悪辣な笑みを浮かべ、英雄は作戦を話す。

 その内容に、栄一郎達は例外なく大口を開けて驚愕した。


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