第175話 マリーゴールドは不穏に



 次は一年の教室だった、英雄を先頭に立って歩き。

 栄一郎達はそんな彼の背を、心配そうに見つめ。

 しかして彼はそれに気づかず、思考に没頭する。


(そんなにさ……今の僕は駄目なのかな……)


 前に戻れと強制されている訳ではない、むしろ優しく。

 以前の英雄への感謝で、訴えかけているのだ。


(記憶喪失の時のフィリアも、こういう気持ちだったのかな)


 今を否定されて、過去に戻れと。

 あの時の彼女と違うのは、彼女自身が過去の自分を嫌がっていた事。

 対して己はどうだろうか。


(……………………………………いや、いや待って?)


 違和感、そう違和感しかない。

 そもそも英雄は過去の自分を、嫌っていただろうか?

 否、英雄は過去の己を否定していない。

 ただ、彼女を失う不安が強くなっているだけだ。


(僕は僕のままだ、確かに不安定になってるのは認めるけどさ)


 ではローズの発言の意図は何だろうか、義姉である彼女が英雄に感謝しているのは素直に嬉しい。

 不安で変わってしまった英雄に、元に戻って欲しい。

 本心に思える、――――だが、何か違うのではないか?


(何かズレてる? 僕は何かを見落としている? 何だ? 何が原因だ?)


 フィリアは言った、このイベントは英雄の為にあると。

 そして彼女は知っている筈だ、英雄の不調の原因は不安だと。


(以前の僕を賛美して……いや、心配して、感謝して思い出させてくれるのはかなり嬉しいんだけどさ)


 それは果たして、不安の解消、克服になるのだろうか?


(不味い、不味いぞコレ……)


 英雄の第六感とも言うべき、敏感な部分が何かを発する。

 だが、それを考える前に教室に到着してしまって。


「はあーい、ようこそ皆さん!! チェックポイント・マリーゴールドにようこそっ!!」


「うぬ、愛衣が担当でゴザルか? 屋上で待っているのでは?」


「ええ、これが終われば戻りますよ~~。だから皆さん、ちゃっちゃと正解してくださいねっ! それでは行きますよっ!」


 直後、問題を出そうとする愛衣に英雄は待ったをかけて。


「ちょっと良いかな? 僕、問題そのものが分かった気がするんだっ!」


「ほへっ? 問題そのものですか? ――運営でラスボスのフィリア先輩? アリなんですか?」


『ふむ、興味深い。……許可するが、当たってもスタンプは押さないぞ』


「うん、僕もそれは求めないよ」


「というか英雄殿? どういう風の吹き回しでゴザルか?」


「そうだぜ英雄、そもそも問題を言い当てて何になるんだ?」


「ふっふっふっ、考えが纏まったら話すから。取り敢えず僕に任せてくれないかな」


「……英雄?」「英雄殿?」


 周囲の参加者も二人と同じく、若干の期待を込めて怪訝な顔をして。


「では英雄センパイ! わたしはどんな問題を出すと思いますか!!」


「キーワードは羨望。たぶん、愛衣ちゃんと栄一郎、茉莉センセとそれから僕に関して問題を作ったんじゃないかな。そうだね……愛する人を助けた人に羨望し、自分の心を押し殺したり、欺いたりするのは正解か、みたいな?」


 さくっと返された言葉に、愛衣は目を丸くして。


「うん、正解って感じだねぇ……なるほど」


「何が成程でゴザルかッ!? 正解でおじゃ? 愛衣、答えるでにゃ!!」


「流石は英雄センパイっ!! どうして分かったんですかっ!?」


「そうだぜ英雄、教えてくれよ」


「うーん、これは説明が必要な雰囲気だね。でもその前に、答え合わせをしない?」


「分かりました、これが問題です」


 愛衣の掲げたフリップボードには、こう書かれていた。


『次の問に対し、三つの選択肢を一つだけ選んで答えよ。


 貴方と貴方の愛する者が、知り合ったばかりの人物に人生を助けられた。

 また、愛する人はまだ問題を抱えている。

 愛する人に何も出来なかった貴方は、その人物にどの様な行動を取るか。


 1・その人物に対し、偽りの愛でもって協力を要請する。


 2・その人物を排除する。


 3・正直に話をして、協力を取り付ける』


 英雄の語った通りの問題に、一同はざわめき。

 間髪を入れず、フィリアからの放送が入る。


『見事だ英雄。では早速、君の推理を聞かせて貰おうか。――何故、見抜いた? 問題の内容は各自に任せてある、私ですら開始直前に知ったのだ。事前に知っていたとは言わせないぞ』


「ああ、大丈夫さ別にカンニングをした訳じゃない」


「じゃあ、何で分かったでゴザル?」


「そうだぜ、俺だって問題の方向性は何となく察してる。けど、何でこうも分かるんだ?」


 早く説明しろと訴える彼らに、英雄は苦笑しながら答えた。

 今、彼の脳内ではチリチリと焦げ付く危険な匂いを敏感に感じ取っていて。


 ――――今この瞬間、英雄は以前の自分を取り戻していた。


 今まで培ってきた経験が、彼に強く訴えかけている。

 イベントの裏に隠された真意が、その輪郭を描いて。


「敢えてこう言うよ。…………フィリア、君が犯人だ」


『ほう? それは中々に面白い発言だな』


「英雄殿? ちょっと結論が飛びすぎてて理解出来ないでゴザルよ?」


「おい英雄? ちょっと病院行くか? 思考がアレになってないか?」


「大丈夫ですかセンパイ? 問題を言い当てたのは凄いですけど……」


 口々に心配する三人、余裕の笑みを浮かべるフィリア。

 それに対し英雄はため息を一つ、ニヤリと口元を歪ませる。


「楽しいイベントの途中で悪いんだけどさ、気づいちゃったんだよ」


「何をでおじゃ?」


「このままだと、僕らの将来が危ないかなって」


『ほう? 君も漸く自分が病んでる自覚が出てきたのか?』


「いや? 病んでる自覚は最初からあったよ。だから僕が気づいたのはソコじゃない」


「もったいぶらないで、とっとと話すでゴザル!」


「それもそうだね、じゃあ言うよ。――――そもそもフィリア? 君ってば、まともな人間になったワケじゃないよね? 僕が君みたいになって、君が僕のストッパーって言う普段と正反対の立場だけどさ」


「はいッ!? 英雄殿ッ!? それはどう言う事でゴザルッ!?」


「おい、おい? ちょっと待て、待てよっ!? 何を言い出すんだ英雄っ!?」


 その瞬間、参加者の顔から血の気が引いて青くなる。

 盲点だった、誰もが見逃していた大事な一点。

 その事実が全員に染み渡るのを待って、英雄は続ける。


「みんな良い? これはフィリアが僕の更生の為に計画してくれたイベントだ。だから僕がフィリアへの過剰な愛を押さえる為に、嫉妬や独占欲、羨望といったテーマに基づき、僕の人間関係の範疇から問題は作られた。――だけど、ここで一つ疑問が発生すると思わない?」


『疑問か、何が疑問なんだ?』


「白々しいね、僕の変調の原因は君を失うかもしれないって不安だ。ならさ……正論と感謝を突きつけて、その不安が解消されるの? 確かに茉莉センセやローズ先生の気持ちは嬉しかった、でも……誘導したねフィリア?」


 英雄の鋭い視線をモニター越しに受け、フィリアは苦笑した。

 だがその表情の中に、焦りがあるのを彼は見逃さずに。


「――今、少し焦ったね? 知ってるかい、君は焦ると親指を隠すんだ」


『そんな馬鹿なッ!? 私にそんな癖は無いッ!』


「じゃあ今なんで親指を見たの?」


『ッ!?』


 その時フィリアは明確にしまったと呟き、マイクが敏感に拾う。


『おのれ引っかけたな英雄ッ!!』


「くくくっ、あはははははっ、はぁーーーーはっはっはっ!! フィリア君ってばねぇっ!! ちょっとはまともになったと思ったら!! 僕の不安につけこんで何をしようとしてるのさっ!!」


「ま、待つでおじゃっ!? つまりどういう事でゴザルッ!?」


「まだ分からない? ――ここに居る全員はハメられたんだ。このイベントには裏がある、僕が元に戻ればそれで良い、けど戻らなかったら?」


「そうかっ!! フィリアさんはお前を独占する大義名分が揃うっ!! お前が言いたいのはコレかっ!!」


「そうだよ天魔っ!! そんでもって思い出してくれっ! 君達全員は何で今ココに居るんだいっ!? そうだっ! 愛の重さを元に戻す為だっ!! けど思い出してくれっ!! 君達の恋人は愛の重さは変わったか? そうじゃないだろうっ!!」


「はうあッ!! もしかして拙者達にも罠がしかけられてるとッ!!」


「分かったぜ英雄っ!! 今の俺なら失敗した時に愛衣ちゃんの足にしがみついて、見捨てないでくれって泣き叫ぶっ!!」


「拙者も理解出来たッ!! このスタンプラリーは拙者達の更生を理由に、愛のイニチアシブを取ろうとするラブゲームッ!! そうでゴザルなッ!!」


 途端、思い当たる節の多い彼らは血相を変えて。

 そして英雄は全員に向けて頷いて、モニターの向こうに居るフィリア達へ叫んだ。


「屋上の、そしてチェックポイントのみんなっ!! もし僕の考えが間違いだって言うんなら。――――君達もこのスタンプラリーに参加して合格する姿を見せてくれっ!!」


 英雄の反撃が、始まろうとしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る