第173話 嫉妬の炎は父心



 屋上のモニターにて、英雄達の出立を見ていたフィリア達であったが。

 そうなると疑問が一つ。


「…………何故アイツは愛を取り戻せなどと? ノリだけで言っているな?」


「ですよねぇ。何故か皆さん一緒に叫んでましたけど、取り戻すのは理性といつもの正論でしょうに……」


「…………」


「…………」


「ああもうッ!! 英雄が変だと調子が狂うんだッ!!」


「ですよねですよねっ!! 英雄センパイもそうですけど、天魔くんは適度に抵抗しつつ正論で諭してくれるのが良いのにっ!!」


「分かるか愛衣ッ!」


「分かりますともフィリア先輩っ!!」


 二人は即座に握手、少し遅れて苦笑して。

 いつもの彼らに戻ってくれるといい、そう願って視線をモニターへ戻した。

 一方その頃、一番近くのチェックポイントへ向かう英雄達は校庭のど真ん中にたどり着いて。


「おう、良く来たなテメーら。ここはアタシが担当だぜ」


「くっ、いきなり茉莉センセなのっ!? どうしようみんな、賄賂も口で言いくるめるのも出来ないよ!?」


「ハナから不正しようとしてんじゃねーぞ?」


「どうでゴザろう、ここは拙者の顔を立てて突破のスタンプを押してくれるというのは」


「いよっ! 素敵な奥さん茉莉センセ! どうか俺達にお慈悲を!」


「言いたいことはそれだけか? なら問題に移る」


「あ、これガチなやつだ」


「華麗にスルーされたでおじゃるな」


「なあ栄一郎? 何とかなんねぇの?」


「ああン? 失格にするぞテメーら?」


「はいっ! 僕は大人しく聞きますっ!」「右に同じでおじゃ」「右に同じで」


「よーし、耳かっぽじってちゃんと聞いとけよーー!」


 茉莉は脇に抱えていたフリップボードを掲げる、その瞬間、参加者は唸り、観戦者達は然もあらんと頷いて。


『次の問に対し、三つの選択肢を選んで答えよ。


 貴方の愛する人が、見知らぬ非常に綺麗な人物と親しく会話をしていた。

 適切な反応は。


 1・即座に詰め寄って、愛するものと対象を引き剥がす。


 2・後で相手は誰か突き止め、二度と近づくことのないように対策を取る


 3・会話に加わり紹介してもらう、或いは後で聞き出して不満や不安を穏やかに伝える』


「さあ、選べテメーら! 何度でも挑戦可能だが…………選んだ意味と責任は分かるな?」


 真剣な表情の茉莉に、英雄達もごくりと唾を飲んで。


(こういうコトかっ!! 僕らを強制的に更生させるっ、衆人環視の中で後戻りが出来ないようにっ!!)


 なるほど良い手法だ、同じ立場なら英雄もそうしていたかもしれない。

 愛、愛を感じる。

 この場に居る同志達へ、なにより英雄へ。

 フィリアが愛する、元の英雄に戻ってくれと。


(今なら分かるよ……健闘を祈るじゃなくて、信じている。このコトだったんだねっ!)


 ならばそれに、英雄も返さなければならない。

 愛に振り回されずに、愛は愛のままフィリアを愛する為に。


「…………みんな、こんな常識的な問題。答えなんて決まりきってるよね?」


「勿論でおじゃ!」


「だな、間違う方が難しいっての」


「すこし前まで出来てたんだ」「分からない方が不思議よね」「ま、この三つならアレしかねぇべ」「間違う筈は無いんだよなぁ」


 英雄を始めとして、彼らは口々に。

 自信満々の笑みで、配られた回答用のボードに数字を記入する。

 そして。


「答えは2だよっ!!」


「1でゴザル!!」


「いーや、1からの2だろ。一つだけ選べって書いてないし、簡単な引っかけだったな」


「1だ」「2ね」「2だろ」「1しかあり得ない」「おいおい、2からの1じゃね?」「2よ、一心不乱に排除しなきゃ駄目なのよ」


「正気に戻れお前等アアアアアアアアアアア!? なんで揃いも揃って全員間違ってるんだ!! もう一度考え直せアホ共っ!!」


 絶叫する茉莉に、見守っていたフィリア達も頭を抱え。


「ま、まだだッ! まだ終わってないッ!! 頑張ってくれ英雄ッ!!」


「頼みますよ天魔くんっ!? しっかりしてくださいよっ!!」


 英雄達はお互いに顔を見合わせて。


「ちょっと栄一郎天魔っ!? なに間違えてるのさっ!?」


「それはこっちの台詞でゴザル!! 何が常識的な問題でおじゃ! まだチェックポイントはまだ三つ残ってるにゃよッ!? 最初から躓いてるでゴザル!!」


「センセ? 答えが間違ってるんじゃねーのか? どう考えても1と2だろ」


「テメーらが間違ってるんだよっ!! どうしてその答えになったか言ってみろっ!!」


「え? だってフィリアにイケメンが近づくんでしょ? しかも親しそうに…………。フィリアは僕のだっ!! 絶対に近づけさせやしないっ!! 少しでも可能性があるなら絶対に排除してみせるっ!!」


「本音はどうなんだ?」


「3! 圧倒的に答えは3っ!! だけどっ、だけど僕には選べないっ!! そんな、そんな不安過ぎるっ! フィリアを信じてないワケじゃない、僕が僕のコトを信じられないんだっ! なら、もっと信じられない相手のコトを排除するしかないんだっ!!」


 心の底から叫ぶ英雄に、栄一郎達は滂沱の涙を流して。


「分かるっ! 分かるでおじゃああああッ!! そうでゴザルよなッ!! 誰も傷つかないハッピーな選択は3でおじゃ! けどッ、だけどッ!!」


「そうだよっ、そうなんだよ英雄っ!! 3番が一番丸く収まるんだよっ! しかも男としての懐の大きさを見せられるっ!! だが、だがっ、くぅ~~~~!!」


 英雄達は輪になり、分かる、分かるぞと肩を叩き合い。

 誰もが3を選びたいのだ、だが感情が許さない。

 ――今まで出来ていた事が、出来ない。


「そこまで分かってるなら素直に3を選べよテメーらっ!!」


「くっ、助けてセンセっ!! どうか僕らに3を選ばさせて欲しいっ!!」


 センセ! 先生! と彼らは茉莉を取り囲み土下座。

 縋られた茉莉は、盛大にため息を吐き出して。


「…………気持ちは分かった、じゃあアタシに続いて全力で心の底から答えを叫べ。そうしたら合格にしてやる」


「やるよっ! そうだろうみんなっ!!」


「「「応っ!!」」」


「じゃー行くぞ、…………答えは三番! 嫉妬はしても恋人も周囲の人間も傷つけません!」


「「「「答えはさ、さ、さ……さ、さっ!! ささ、さささっ、さあああああああああああああああ!!」」」」


「駄目だっ!! 僕には言えないよっ!!」


「拙者にも言えない……、言えないでゴザルッ!!」


「ぬぁあああぜだぁあああああああ!! 何で言えないんだああああああああ!! 俺、俺はここまでなのかっ!?」


 残る者達も、悔しそうに膝をつき。


「もうそこで詰まるのかよテメーらっ!? たかが三番って言うだけだろうがっ!?」


「駄目だ、駄目なんだよ茉莉センセっ!! これはフィリアからの愛っ!! ならば僕も僕の愛で真摯に答えなきゃいけないっ! 嘘なんて――つけないんだっ!!」


「そこは嘘をついででも言うのが第一歩だろうがっ!!」


「ぬああああああああああっ!! 正論がっ!! 今まで言ってきた正論が今の僕に突き刺さるううううううううううう!!」


「あえて言うが、全問正解しないと最悪離婚もありえるからな?」


「が、頑張るから見捨てないでくれ茉莉いいいいいいいいいいいいいい!!」


「チィっ!! 栄一郎から余裕が消えたっ!!」


 その時、苦難に叫ぶ参加者達へ放送が流れる。

 彼らは息を飲んで、一時一句聞き逃さないように耳を傾けて。


『英雄、私も同様に別居以上の…………離婚。離婚まで視野に入れている。この私がだ。――その意味を、良く考えて欲しい』


「フィイイイイイイリアアアアアアアアアアア!?」


「しっかりしろ英雄っ!! 地面に頭を打ち付けてる場合じゃねぇぞっ!!」


『あ、天魔くん。折角だから言っちゃいますけど、合格しなければ勘当だって義母さんが言ってましたよ? そしてわたしとしても、ちょっと考えさせて貰います』


「――――俺の、命が……きえ、る?」


「しっかりして天魔っ!? 燃え尽きてる場合じゃないよっ!?」


 その後も、彼らは伴侶達からハードルを上げられて。

 憔悴しきった顔で、地面に倒れる。


「…………み、みんな集合! 体勢を立て直すっ!!」


「な、何か策はあるでゴザルか?」


「お慈悲を……俺に慈悲をくれぇ英雄っ!!」


「いや慈悲なら僕が欲しいから、そうじゃなくてさ…………取り敢えずここは後回しにして、残りの三つの問題にチャレンジしてみない? 何か見えてくるものがあるかも」


「…………異議なしでゴザル」


「は、把握したぜ……」


 残りの者達も、了解の返事を言いながらヨロヨロと立ち上がり。


「んじゃセンセ、また来ますぅ……」


「…………おう、次来る時は腹括るか元に戻っておけよ」


 そして彼らは、ゾンビの様に呻きながら次のチェックポイント。

 体育館へと向かった。


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