第172話 ウェディング大戦



「――――見ているなっ、貴様っ!!」


「どうした英雄、ジョジョごっこならトイレの後にしてくれ」


「………………ああ、いや、そーゆ訳じゃなかったんだけど」


 気のせいか、と英雄は首を傾げた。

 フィリアが企み、学校が騒がしくなって数日。

 特段大きな事は起こっていないが、彼は微妙に居心地が悪かった。

 何故ならば。


(まただ、なんか視線を感じるよねぇ……いったい何なんだろう?)


 今日も今日とて、英雄はフィリアにべったり。

 妻のトイレの出待ちの最中の、冷たい視線にも慣れたものだが。

 それとは何か違うのだ。


「ではここで待ってろよ、間違っても入ってくるなよ。絶対だからな? 絶対に、絶対に入ってくるなよ?」


「いやフィリア? そんなに念を押さなくても入らないよ? 流石に外聞悪いし犯罪じゃないか」


「ふむ、私は君が血の涙を流さんばかりに悔しがってる様に見えるが? 本当に大丈夫か?」


「くっ、バレてしまってはしょうがないっ!! 行けっ! 僕が僕である前にっ!! 行くんだっ!!」


「本当に大丈夫だろうな? 大人しくしておけ――――ッ!? グレネードッ!! 伏せろ英雄ッ!!」


「え? サバゲーごっこ……じゃないっ!? なんでグレネー……ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ! 敵襲っ!?」


 フィリアの鋭い声につられて見てみれば、何処からか転がり込むグレネード。

 英雄が首を傾げる暇もなく、もくもくと白い煙がいっきに充満して。


(そんな馬鹿なっ!? いったい誰がっ!? 何が起こってるのっ!?)


 最近感じていた視線を関係あるのか、それとも只の悪戯なのか。

 はたまた、フィリアが狙われているのか。


(っ!? 非常ベルが鳴らないっ!? 配線を切られてるのっ!? これってマジでヤバくな――)


「むーっ!? むむむーーーーっ!? むうううううううううううううっ!?」


「うわッ!? 暴れるなでおじゃッ!! 手錠はオッケーでゴザル!」


「口輪と目隠しオッケー! げへへ、神妙にお縄につけい英雄っ!! ここがお前の年貢の納め時だっ!!」


(栄一郎っ!? 天魔っ!? なんでさっ!?)


「はーい、皆さんご協力感謝でーす! もう少ししたらイベント始めますので次の準備をお願いしますねー!」


(愛衣ちゃんまでっ!?)


「よし、では英雄。私は待っているから……健闘を信じてる」


 祈るでも願うでも無く、信じている。

 フィリアの言葉に違和感を覚えながら、英雄は連行されて。

 階段を降りて、何処かの教室に放りこまれたと思った瞬間。


「ふがっ!? ふがふがふがっ!?(待ってっ!? なんで服を脱がそうとしてるのっ!? マジで何が起こってるのっ!?)」


「お、おいっ!? なんだお前らっ!? まさか俺らもなのかっ! そんなの計画に無かったぞっ!? 止めっ、止めろショッカーーっ!?」


「ぬわあああああッ!? 何で拙者もおおおおおおおおッ!? 茉莉ッ!? もしかしてまだ怒ってるでゴザルか茉莉いいいいいいいいいッ!?」


「ふがふーが!(ざまぁ!! ……というか、マジで何が起こってるの? これがフィリアの言ってた策? なんで栄一郎と天魔まで巻き込まれてるの?)」


 口輪と目隠しはそのままに、何人かから無言で着替えさせられる英雄。

 ワイシャツはそのまま、取り替えられているのはネクタイとスーツだろうか。

 そして。


「………………白タキシード? 結婚式でもするの?」


「な、なんで拙者まで……」


「クッソー、俺が何したってんだっ!! 英雄や栄一郎と違って俺はまともだろうがっ!!」


 同じく白タキシードの親友二人、見渡せばマジか……という顔をして同じく白タキシードの男子が多数。

 中にはウェディングドレス姿の女子生徒が何人も、更には教師の姿もあったが。


「ちょっとちょっと、どうなってるのさコレ?」


「疑問は分かるでゴザルが、すぐに説明があるでおじゃよ」


「だな、全員着替え終わってるし…………はぁ、しゃーねぇチャッチャとクリアするしかねぇか」


 説明する気の無い、というより落ち込んでいてそれ所じゃない二人を英雄は訝しむ。

 そして何かを考えるより先に、ぴんぽんぱんぽーんとアナウンスが。


『バレンタイン騎士団、同盟の中から選ばれし花婿花嫁達よっ! ただ今より君たちの姿はカメラによりリアルタイムで各教室に放映されているッ! 十二分に言動は注意する事だッ!!』


「バレンタイン……? ホントだっ!? なんか見覚えのある奴しか居ないっ!?」


『そして、全校生徒諸君……此度は協力に感謝する。脇部英雄の妻として、脇部フィリアは! 脇部フィリアは感謝の念に耐えないッ!!』


「二回言ったでゴザルな」


「ああ、二回言ったな」


「うーん、フィリアも結婚に喜んでくれて何より……って、何が始まるの? 僕ちょっとワクワクしてきたんだけど?」


『ではこれよりッ!! ウェディング大戦(スタンプラリー)の開催を宣言するッ!!』


 途端、教室という教室から上がる歓声。

 楽しそうな何かが始まるのだ、英雄は鼻息を荒くして。


『諸君は耳にしているだろう……私が新婚早々記憶喪失になった事を。そして英雄がヤンデレになった事を…………、ああ、そうだ、これは大変危険な状態だ』


「いやぁ照れるねっ!」


「照れるなでゴザル元凶ッ!」


「巻き添えくらった俺の身にもなれっ!!」


『そして同時に、私は耳にした……そう、諸君等も知っている通り。バレンタイン以降、まともであった筈の恋人の愛が異常に重くなっているという深刻な事態をッ!!』


「え、そうなのっ!?」


「そうでおじゃ、英雄殿が色ボケしてる間だに校内はちょっとしたピンチだったにゃ」


「俺はまともだぞ?」


『なればこそッ!! 我らは立ち上がらなければならないッ! バレンタインや数々のイベントで純愛を示してくれた英雄にッ! 否、参加した愛する者達全ての為にッ!! 彼らの本質を取り戻さなければならないッ!!』


 フィリアの演説に、英雄はうるうると瞳を潤わせて。


「愛……愛を感じるよフィリアっ!!」


「拙者、まともになった筈でゴザルのになぁ……」


「やっぱ納得いかねぇ、何で俺が……」


『選ばれし新郎新婦よッ!! 校内各所に設置されたスタンプを手に入れ、己が愛を乗り越えるのだッ!! ――無論、私達は愛する者だけに負担を強いたりしない、私達はある事を覚悟している』


 その言葉に、英雄は嫌な予感が止まらなくて。

 隣の二人を見れば、そうだったと頭を抱えている。

 

『彼らがこの試練を乗り越えられなかった場合、私達は愛する者との別居、或いは冷却期間を設ける事で合意している事を宣言しよう…………』


「……………………マジでっ!? 何それ僕聞いてないっ!? ああっ、不安だ不安だよっ!! 今すぐフィリアの所に行きたいよおおおおおおおおおおっ!!」


『己の愛と戦ってくれ、私達と君達の愛の未来の為に。――――私達は屋上で待っている』


 以上だ、とフィリアの放送は終わり。

 いざ走りだそうとした彼らに、再びアナウンスが。


『そうそう、言い忘れてましたね。聞いてますか天魔くーん? 最近、クラスの男子とちょっと話すだけで壁ドンしてジェラってくるじゃないですか? 嬉しいですけど、危険な兆候だと思うんです。是非是非、自分を見つめ直してくださいねっ!!』


「「天魔?」」


「なんだよお前等っ!? そんな目で見るんじゃねぇっ!!」


『おう栄一郎、サプライズですまねぇが。テメーももうちょっとアタシに対する行動を考えろ? 夜中に一睡もせずに寝顔を見られるのはフツーに怖いからな? 愛の重さを再確認しておけよ?』


「「栄一郎?」」


「そ、そんな目で見るなでおじゃッ!! 寝てる間に何かあったらと思うと寝れないでゴザルよねっ!? そうでゴザルよなっ!?」


「いやまぁ、分かるけどさ。ちょっと健康に悪くない

?」


「そうだぜ、せめて心拍数を把握するぐらいにしておけよ」


「ブーメランでゴザルよ天魔っ!?」


 三人が騒ぐ中、チャレンジャーの伴侶達は次々と彼らの行いを暴露して。

 空き教室に集められた者達は、不思議な一体感を。

 対して観客達は、ああ、うん、と曖昧な表情を。


「ううっ!! みんなそんなコトになってるなんて!! 同志達よっ!!」


「そうでゴザルッ!! 我らは同志ッ!!」


「この試練を乗り越えようぜ皆っ!! アイツらに俺らの真っ当な愛情ってモンを見せつけてやろうぜっ!!」


「そうだそうだっ!!」「ちょっとGPS着けて貰っただけなんだっ!」「三日ほど監禁プレイしただけよっ!!」「あの人の分身BL書いただけなのにぃ!!」


 等々、彼らは口々に奮起して。

 そして英雄は叫んだ。


「行くぞみんなっ!! ――――愛を取り戻せっ!!」


「「「「愛を取り戻せっ!!」」」」


 彼らは英雄を先頭に、空き教室から走り出したのであった。


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