第171話 不安でしょうがない!!



 過剰に愛するフィリアが英雄の正論の前に倒される、その組み合わせが逆になるのも楽しいと二人は結論づけた。

 だが、それで終わる訳が無い。

 やはり、彼女は全身全霊で愛したいし、英雄としてもそれを包み込んで愛したいのである。


「さて、皆すまないな。わざわざ昼休みに生徒指導室まで集まって貰って」


「珍しいでゴザルな、英雄殿じゃなくてフィリア殿が集合をかけるとは」


「だな、つーか英雄。なんでお前は箒持って構えてるんだ。誰と戦うつもりだ?」


「いやー、フィリア先輩の為なら何時だって来ちゃいますよわたしはっ!! ――あ、快復おめでとうございますっ!!」


「おっと、そうだった。俺らもまだだったな。――全回復おめでとう、フィリアさん」


「これで新婚生活が始まったでゴザるな、……おめでとう英雄、フィリアさん」


 友人達の祝福を受け、しかして彼らは首を傾げる。

 何故、二人は曖昧な顔をしてるのだろうか。


「実はねみんな……新たな問題が発生したんだ…………」


「ああ、実は全回復とはいかない事情が出来てしまってな…………」


「成程? それでわざわざ昼休みに集合をかけたでおじゃ」


「うーん、特段変わったところは無いように見えますけど……」


「分からねぇから、とっとと話してどうぞ?」


 先を促す天魔に、二人は困ったように顔を見合わせて。


「単刀直入に言おう…………私の代わりに英雄がヤンデレになった」


「なんだ、そんな事でゴザル………………はい?」


「え? 何ですその面白情報?」


「おい、おい? どう言う事だ? 嫌な予感しかしないんだが?」


「助けて欲しいんだみんなっ!! 僕は僕を制御出来ないんだよっ!! 気づけばフィリアの事を目で追ってて……」


「愛する人をいつも見ていたいのは普通の事でゴザルよ?」


「それだけじゃないんだっ、僕はフィリアを閉じこめて監禁したいっ!!」


「まあ英雄センパイにしては重めですけど、普通の事ですよね?」


「まだあるんだっ!! 昨日なんてフィリアのウンコを食べたくなったりしたんだよっ!!」


「食べてねぇだろうなテメェッ!? マジで食べてねぇだろうなッ!?」


 英雄の告白に、最初はそんなものかと頷いていた三人だったが。

 途端、事態の危険度を察知して。


「そ、そんなッ!? 英雄殿ッ!? 英雄殿が――――ッ!!」


「ヤバイじゃないですかっ!? これは重いってレベルじゃありませんよ兄さんっ?!」


「英雄殿がッ! まさか拙者と同じレベルにまで到達するなんてッ!! これ程嬉しい事は無いでゴザルッ!!」


「兄さんっ!?」


「おい栄一郎ッ!?」


「貴様もか栄一郎ッ!?」


 感動する栄一郎に愛衣はしまったと、天魔は頭を抱え、フィリアは舌打ちする。

 そして英雄は瞳を潤わせて。


「マイベストフレンド栄一郎うううううううう!!」


「やっぱり英雄殿は親友でゴザルうううううう!!」


「抱き合うな馬鹿者達がッ!!」


「離れてください兄さんっ!!」


「同調するな栄一郎っ!! テメーはこれがどんなに危険な事が理解してねぇのかっ!? ヤバイぞッ! これはかなりヤバイ事態だぞッ!!」


 危機感溢れる叫びを放った天魔に、愛衣はうーん、と問いかけて。


「え、そんなにヤバイですか? 確かに危険ですけど……一時期のフィリア先輩と同じってだけですよね?」


「そうでおじゃ、我輩達が協力すれば。すぐに元の英雄殿に戻るでゴザルよ」


「………………分かるか、越前」


「僕に分かるように説明して?」


 頭にハテナマークを浮かべながら、フィリアの手に頬ずりする英雄に。

 天魔は爆弾を見るような目で口を開いた。

 もっと、もっと早く気が付くべきだった、否、このタイミングで判明して幸いだったのか。

 ともあれ。


「良く思い出してくれ……フィリアさんは英雄を手に入れる為に何をした?」


「家を燃やしたでゴザルな」


「わたしのラブレターを隠しましたね」


「中世の騎士みたいな甲冑来て、学校中で英雄殿を追いかけ回したでゴザル」


「ヘリコプターで拉致しましたね」


「いつの間にか地下室作って監禁したでおじゃ」


「…………なら、ローズ先生達が来たとき英雄は何をした?」


「あの時の英雄殿は凄かったでおじゃ……、全てを失おうとも愛を貫いて」


「女装して夜襲して、周囲どころかOBも巻き込んで」


「最後は命すらかえたでゴザルね」


「…………まだ分からないか?」


 むむ、と唸る兄妹にフィリアは天魔の後を継いで。


「思い出してくれ……、バレンタインの時の英雄を。何だったら中学の時でも良い」


「英雄殿は常に英雄殿でゴザルが……何か問題が?」


「そうですよ、何が言いたいんです?」


「僕にも説明プリーズ! ちょっと蚊帳の外って感じで寂しいんだけど?」


「ぬあああああああああああッ!! 分かれよお前等ッ!! 英雄だぞッ!? 英雄なんだぞッ!! 口だけで生徒も教師も扇動してッ、妙な顔の広さでOB達まで動かす英雄だぞッ!!」


「言うな越前ッ!! 不安になってくるだろうがッ!!」


「目を逸らすなフィリアさんッ!! コイツが愛の重さに振り回されてるってなら、何をしでかすか分からねぇんだぞッ!!」


 天魔の言葉に、栄一郎も愛衣もサッと顔を青ざめて。


「ヤバイヤバイヤバイッ!! この偉大なる馬鹿に動く理由が出来ちまったッ!! 止めないと学校が物理的に潰れてもおかしくねぇぞッ!!」


「ほわっ!? 栄一郎から変な口癖が無くなったっ!?」


「当たり前です英雄センパイっ!! ちょっとは自覚してくださいよっ! センパイは歩く爆弾なんですからねっ!!」


「ちょっと栄一郎っ!? 君の妹が酷いんだけどっ!? 天魔も何か言ってっ!?」


「いや、喜んだ俺が間違ってた。――親友、お前のその愛の重さは気の迷いだ。しっかり治していこう」


「全身全霊で協力するぜ親友、…………だからトイレに行くにも俺たちに言え。今のお前は信用ならん」


「残念です英雄センパイ、辛くなったらフィリア先輩のパンツの匂いを嗅いで心を落ち着かせてください」


「僕のハートがブロークンだよフィリアっ!?」


「うむ、私たちは幸せだな……。こんなに親身になって協力しれくる友が居るとはッ!!」


「ガッテム、味方が居ないっ!?」


 危機感を募らせる三人に、友情に咽ぶフィリア。

 英雄もつられて危機感を露わにして。


「うごごごっ、そんなに危ないなんて……英雄って奴はなんて人なんだっ!!」


「自分の事でおじゃっ!?」


「鏡見てくださいセンパイ?」


「いいから座っとけ? な? 大人しくフィリアさんの指でしゃぶってろ?」


「フィリア、しゃぶって良い?」


「おしゃぶり渡すからしゃぶっていろ」


「ばぶー………………、うーん? フィリアとの時間を邪魔されるなら、みんなを殲滅すべきでは?」


「ヤバイ事言い出したぞッ!?」


「英雄殿~~、愛を自重するにはストーキングですぞ。全てを監視して心を落ち着かせるのじゃぞ?」


「却下ですよ兄さん? それでどれだけ茉莉義姉さんに迷惑かけたんですかっ!!」


「全て……僕が全てを監視……、はっ!? 全校生徒を巻き込んでストーキング大会をするべきではっ!?」


「おい嫁さんッ!! 危険な事を言い出したぞッ!?」


「くッ、こうなればとっておきの手を使うしかないッ!!」


 フィリアはそう言うと、スカートのポケットから何かの用紙を取り出して。


「――――いざとなれば、離婚するからな?」


「はいっ!! 僕すっごく大人しくしときますっ!!」


 それはそれは、とても見事な土下座だった。

 フィリア達はほっと胸をなで下ろしたが、すぐに顔を引き締めて。


「で、どうする? 俺たちだけで何とか出来るのか?」


「拙者が見る限り、フィリア殿が記憶喪失になった余波でゴザル。つまり一時の気の迷い、切っ掛けがあれば何とかなると思うでおじゃが……」


「その一時の気の迷いが怖いんですよねぇ……」


「切っ掛けか、何なら本当に離婚……は駄目だな。悪化する未来しか見えない」


 あーだこーだと対策を練る三人。

 その時、フィリアの頭に稲妻が走り。


(――――――イケる、か?)


 英雄を元に戻す良案、必ず上手く行くという確信は無く。

 だがそういった賭けで、英雄は全てに勝利し解決してくれたではないか。


「皆、少し待て。私に良い考えがある」


「思いついたでゴザルかっ!?」


「餅は餅屋って言いますからね、ささっ、話してくださいフィリア先輩っ!!」


「何でも協力する、マジだぜ俺は」


「うむ、感謝する。だが詳細は後で連絡する……英雄に知られると効果が薄いかもしれないからな」


「ががーん、僕ってば仲間外れなのね?」


「ふふっ、サプライズプレゼントは秘密にするものだろう? その時が来たら楽しんでくれ」


 フィリアは大きい胸を張って宣言し、その日から学校中は俄に騒がしくなり始めたのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る