第168話 守護らねばならぬ
「僕が、守らないと」
少し早めの朝、フィリアの穏やかな寝顔を眺めながら英雄はぽつりと呟いた。
決して寝ぼけている訳では無い、むしろその逆、頭は冴え渡っている。
今、彼は使命感に突き動かされていた。
(何が出来る、何が可能だろう? どうすれば守れるのかな)
次々にアイディアは浮かんで検討を始める、同時に体は自然と動いて。
(首輪……必要だよね、チョーカーは後で買いに……いや、フィリアがお洒落なの持ってたよね)
足輪は必要だろうか、それから、それから。
「手錠はするとして、おまるとオムツ、どっちが良いかな?」
「――――英雄? 朝から君は何を言ってるのだ?」
「おはようフィリア、ごめんね起こしちゃった?」
「おはよう英雄。物騒な事を言われたら、誰でも起きると思うが?」
「そう? ところで、出来ればそのままもう少し寝ててくれると嬉しいんだけど」
「拒否する、君の魂胆は分かっているぞ変態がッ!!」
彼女はバッと飛び起きると、英雄から出来るだけ距離を取りファイティングポーズ。
妻には迎撃の用意アリ。
その姿を見た英雄は、ぺかーっと満面の笑みで。
「そうこなくっちゃっ!! それでこそフィリアだよっ!! 絶対に僕の思い通りにならないし、んでもって立ち向かって来てくれるっ!! んん~~っ、幸せだなぁ…………!!」
「朝っぱらから面倒な夫めっ! そんな所も大好きだぞッ!! 愛してると言っても過言じゃないッ!!」
「これはベストカップルもとい、ベスト夫婦って感じだね。どうだろう? 僕の為に、首輪とか手錠着けて囚われの王妃様になってみない?」
「断る、朝っぱらからする事では無いな」
「良い考えだと思ったんだけどなぁ…………じゃあ話は変わるけど、僕に男としての本能を満たす協力をして貰いたいんだけど」
「ふむ、私の気のせいか? 話が変わってる様には聞こえないが」
「まぁまぁ、結論を焦らないで話を聞いてよ」
「話の内容によっては、私の自慢の拳が君のボディに叩き込まれる事を予告しておこう」
シュッ、シュッとシャドーボクシングをするフィリアに、身の危険を感じていても英雄は引き下がるつもりは無い。
「………………じゃあこうしよう、ルールを決めるんだ」
「ほう? 詳しく」
「暴力は禁止、直接的なエロいコトも禁止。言葉や身振りだけで僕はフィリアをメロメロにして、新婚生活を満喫する第一歩を踏みだそうと思う」
「つまり私は、同じ条件で英雄の誘惑を跳ね除けばいいのだな?」
「そう言うコトさ、時間も決めよう。朝ご飯の時間もあるから今から十分間だ。――今日はずる休みしてイチャイチャする覚悟をしておいてね!」
「では、健全な一日を過ごす心の準備をしておけよ英雄!」
啖呵を切りあった途端、お互いの思考は目まぐるしく動き出す。
(ただ愛を囁くだけじゃ駄目だ、情に訴えよう。ちょっと卑怯だけど記憶喪失の時を引き合いにだして……ストリップ? いや違うね、紳士に真摯で手のひらにキス、――――これだ)
(という具合に英雄は来るだろう、確かに今までの私なら新婚だし引け目があるから、と堕ちていた。……だがな英雄、私はバージョンアップしたのだ)
(とはいえ、今のフィリアはそれじゃ堕ちない気がする。記憶喪失の時、その前の時とも少し違う気がするんだ。なら……そう、変わらない共通の弱点。僕を人質にするっ!!)
(――そうだ、経験からして英雄は自分を盾に取るだろう。そここそが狙い目、そして諦めさせるんじゃあい、学校に行かせる気分にする。それこそがッ!)
一瞬後、先ず英雄が動き出した。
彼は首輪と手錠を自ら装着して。
「単刀直入に言うね、僕は君が新婚早々記憶喪失になってすっごい不安だった。そして同じくらいに君を愛せないコトに焦ってた、――――だから、僕の不安を消すために君が僕を愛してくれ。今日だけで良い、ちょっと爛れた一日を一緒に送ってくれないかな?」
決まった、絡め手とストレートが組み合わさった英雄の十八番。
彼はフィリアが悔しそうに、そして仕方ないなと嬉しそうに頷くのを確信して。
「いや? 駄目だが? むしろ自分から拘束してくれて助かったぞ、服……は面倒だから私が先生に言い訳しておこう。引っ張っていくから覚悟しておけよ」
「対応がセメント過ぎるっ!? ちょっとどうしちゃったの僕の素敵なお姫様っ!?」
「残念だったな、私は君の王妃様になったから。もうその手は通用しない」
「そんなバカなっ!! どうしてこんないきなり真面目になったのさっ!?」
「それはおかしな発現だな、……英雄、君が願ったのだぞ? 記憶喪失の時の私、前の私、両方欲しいと」
「言ったけど、確かに言ったけどさっ!? よりにもよって記憶喪失の時の真面目な部分っ!?」
「それは少し語弊があるな、思い出してくれ君と同棲する前の私はどうだった?」
「…………そ、そうかっ! 実は密かに天敵だと思ってたぐらいに真面目ちゃんだったっ!! でもアレって演技じゃなかったのっ!?」
「いや? 半分は素だったが?」
「知らなかった君の一面が知れて嬉しいけど、僕かなり納得いかなあああああああいっ!? 爛れた一日を送りたいよっ!!」
がってむ読み違えたと嘆く英雄、だがここで終わりではない。
意外と真面目な英雄だ、素直に負けを認めて学校に行くだろうが。
「――では、今度はこちらの番だな」
「え? フィリアが何かしなくても負けちゃったんだし、フツーに学校行くけど?」
「うむ、それは勝負の約束だ。だが素敵な奥さんである私は、夫に飴を与えようと思ってな」
すると彼女は、寝るとき専用の三つ編みを解き。
祈るように手を組んで、瞳を閉じる。
「………………フィリア? 何してるの?」
「ちょっと待て、人格を組み替えてる途中だ」
「何それっ!? ちょっと不穏な言葉が出てきたんですけどぉっ!?」
「安心しろ、とても凄い演技と考えろ。ただし全てが本気も本気の演技だが」
「安心する要素が一つも無いっ!? それって記憶喪失よりもたち悪くないっ!?」
「君により愛される為、君をもっと愛する為、そして何より……自分自身を省みる為だ」
「ちっとも省みてないっ!? ストップストップっ! 取りあえず止めて――」
「――もう遅い、完了した」
そう言うと、フィリアは髪を振って目を開ける。
外見的には何も変わった所は無い、だが確かに何かが変わったのを英雄は確信した。
「…………まったく、私は何をやってるんですかねぇ」
「記憶喪失の時のフィリアだっ!!」
「ええ、ベースはそれですね。それにしても奇妙な感覚です、こうも直前の自分の考えに違和感を覚えるのは」
「一応聞いておくけど、それって戻るよね?」
「勿論ですよ、じゃなきゃやりません。エアコンのリモコンで温度を変えるぐらいの気軽さで戻りますよ」
「良かった……朝から超焦った……。オッケー僕が悪かった、自重するから手錠と首輪を外してよ」
「え、駄目ですよ? 何言ってるんですか」
「うん? ならどーすんの? 爛れた一日を送ってくれるとか?」
「学生の本文は勉強です、このままお勉強ですよ」
「シットっ!! 何か余計に悪化した気がするよっ!!」
「あ、英雄さんは正座で。座布団は無しです」
「食事とトイレは?」
「全部私がお世話しますっ!! ああ、オムツとおまるでも良いですよ? 私にしようとしたんですもの、出来るでしょ」
「ブーメランっ!!」
「ちなみに、素の私と違って欲望に流されないタイプです。仮に押し倒されても、たんこぶが出来るだけなので悪しからず」
「――――愛する人を管理するとか、新婚とか記憶喪失を理由にセックスを求めるのは良くないねっ! 僕反省したよっ! 凄く反省したっ! ね、ね? だから二人で手を繋いで健全なラブラブで学校行こう?」
英雄の中に学校に行くぞ、と確かな決意が漲った。
このままでは、だいぶ早い介護生活だ。
しかも甘さなんて、砂粒一つほどの可能性も無い。
「残念ですね、せっかくガードゆるゆるの服来て生殺しハチミツ個人授業をする予定だったんですが……」
「何その地獄っ!? 新婚の夫への仕打ちじゃないっ!?」
「考えて見てもください、焦らしも焦らされて……。夜になったら私にその欲望を思いっきり発散、ええ、特別に明日はずる休みにして希望通りの爛れた一日で良いですよ」
「な、何だってっ!? ぐ、ぐううううううっ、それはっ、それって…………――――!!」
英雄は苦悩した、なんて効果的な手なんだろう。
人格をカスタマイズする事により、性欲を押さえ男を弄ぶ事を覚えたフィリア。
英雄としても、安心簡単人格変化で一粒で二度も三度も美味しい状態。
(躾られてるっ!! この僕がフィリアに手のひらで弄ばれてるっ!!)
なんて、なんて楽しく蠱惑的な状態だろうか。
だが、だが、だが、だが、だがしかし。
「――――聞いてくれフィリア、僕は今、心の底から、魂から学校に行きたいんだ」
「………………ほう?」
「あ、戻ったの?」
「ああ、お前が観念した様だからな。続きをどうぞ」
「オッケー、じゃあ素直に言うけど。ちょっと生殺しはキツすぎる、君と二人っきりで焦らされるのも良いけど。健全でも構わないからイチャラブしないと死んじゃうよ……」
「そうか、英雄が理解してくれて嬉しい…………だが一つ覚えておいてくれ」
「何だい? この際だから何でも言ってよ……」
首輪と手錠を外された英雄は疲れたように、フィリアは苦笑しながら彼の顎を妖艶な手つきで撫でて。
「昼は健全にイチャイチャして、夜は燃える、――貪欲な程に。そして明日は思いっきりだ。…………新婚サラリーマンプレイっぽくて良いだろう?」
「………………――――僕、やる気出てきたよ。喜んでフィリアの大きな尻に敷かれちゃうよ。つまりはメリハリだね、そのギャップで新婚生活をより楽しむんだ」
「何時になく真面目な顔で言わないでくれないか?」
ともあれ、話はまとまったので二人は朝食の準備へ。
二人でお揃いのフリフリでピンクのエプロンをつけて――。
(――――あああああああああああっ!! なんてコトだいっ!! フィリアが更に魅力的になっちゃったっ!! 嗚呼、嗚呼、嗚呼……不安だっ、不安過ぎるっ!! 僕が、この僕こそが、守護らねばならないっ!! ………………それはそれとして、焦らしプレイしは惜しかったかもしれない)
(くううううううううううッ! 惜しかったッ! あのまま全部委ねて一日どころか一週間ぐらい爛れてても良かったッ!! なんて、なんて惜しい事を私はッ!! ――だ、だがこれで取りあえず最悪の事態は回避されたッ。私には分かる、今の英雄はヤンデレモードに片足入ってるから、下手に受け入れると一生この部屋でイチャラブドロドロに飼われてしまう)
二人はそれぞれの思いを抱えて。
それはそれとして、学校では健全にイチャつき夜には野獣となって。
次の日は休んで、ラブラブ新婚生活を楽しんだのであった。
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