第167話 おかえりっ!



 検査の結果、またもフィリアは異常ナシ。

 今度は精神科にお世話になったのはご愛敬、それも愛が重いと言われた以外は問題なく。

 数日ぶりに、彼女はアパートに帰還して。


「おかえりっ!」


「ただいま、――ところで英雄、首輪はそろそろ外しても良いか?」


「えー、もうちょっと着けてない?」


「検査と診察以外ではずっと着けてたではないかッ!! おかげで看護師達からは生温い目で見られて、通行人からは特殊プレイの変態扱いだッ!!」


「だよね、正直僕ちょっと興奮した」


「何故、君の変態度が上がってるんだッ!?」


 何はともあれ、久々のまともな状態での二人っきり。

 普段なら部屋着に着替える所だが、おめかししたままでフィリアは座布団に座り。

 英雄もまた、彼女の前に座ってニマっと笑顔。


「ああ……、安心するなぁ。こうしてフィリアの顔を見てると、日常が帰ってきたって感じがしてさ」


「ふむ……嬉しいな、折角だからポニーテールを止めようか?」


「いや、今はこのままで居て? 髪を下ろした君も素敵だけど、ちょっとトラウマになってるからね? 今日から暫く髪をほどくの禁止だから、マジで」


「寝る時はどうする?」


「こう、ゆるく三つ編みにして右肩から垂らす感じ? 僕がやるから任せてよっ!!」


「そういえば、記憶喪失の時は君に髪を結んで貰ったりする事が無かったな」


「そうなんだよ……、実はさ結構それがショックで。僕、君の髪を梳いてると落ち着くんだ」


「ふふっ、尽くしてくれる夫を持って嬉しいぞ」


「理解のある妻で、僕は幸せさ」


 微笑んで、微笑みが帰ってきて、二人の距離が縮まる。

 同時に顔も、――唇も近づいて。


「……待った、キスは止めよう」


「ほわっ!? 何か聞き覚えのありそうなコト言い出したっ!? 確かに前のフィリアはそうだったけど続行なのっ!? それとも実は前のフィリアのままっ!?」


 ムンクの叫び状態の英雄に、フィリアは苦笑しながらデコピンを一発。

 こんな遣り取りが無性に嬉しくて。


「ばか、何度も言っただろう。あの時の私は、つまり枝分かれした私。無事に一つに戻ったと」


「えー、じゃあなんでさ。あ、後エッチする時にもばかって言って超燃えるから」


「絶対に言わない、――ではなくてだな。…………その、何だ? 私も慎みというモノを持ったのでな」


「つまり?」


「君にキスされると、…………流されてしまうではないか」


「ヤバい、今すぐキスしたいんだけど? というか押し倒してオッケー?」


「妻の意志を尊重してくれ?」


 恥ずかしそうに、少し頬を赤らめて視線を反らすフィリア。

 両方の人差し指をもじもじさせて居るのが、大変に可愛らしい。


「――――僕はまた、フィリアの可愛い一面を見てしまったっ!!」


「そうか、英雄に愛されて私は嬉しい」


「よし、今日は一日ハグする日にしよう」


「まて、ハグは一回三秒までだ」


「生殺しっ!? いったいどうしたのさフィリアっ!? 君らしくないよっ!?」


 前ならば喜んで同意して、学校の授業中でも貫く筈だが。

 これはいったい、本当にどうした事か。


「…………少し、良いか英雄」


「どしたの? あらたまって」


「実はな、今まで君に伝えていなかった事があるのだ」


「なるほど」


 彼女の真剣な眼差しに、少し震えた肩に。

 英雄はそっと手を握って、見つめる。


「私は、君に甘えていた。……君が与えてくれる愛に溺れて、過去の行いや未来への不安から目を反らしていたんだ」


「それが、記憶喪失の時に出ちゃったんだね」


「そうだ、だからこれから先はもう少し素直になろうと思う。欲望だけじゃなくて、不安も、嫉妬も、そういう所を全部知っていて欲しい」


「分かった、何でも言ってよ。君の抱える想いの全てを解決してみせるっ!」


 英雄は即答した、同時に心の中でストンと何かが落ちて組み合わさった感覚がして。


「ありがとう」


「こっちだって……嬉しいし――ちょっと安心した」


「ふむ? 弱点が増えたからか?」


「違うよフィリア、……ただ、忘れないで欲しいんだ。君が考えるよりもっと、僕にとっては普通の可愛い女の子なんだってコト」


「――――そうか、……そうか…………」


 フィリアは英雄の手を握り返し、そっと瞳を閉じる。

 結局の所、己はもの凄く空回って。

 しかし、この場所に到達するには、たぶん、絶対に必要だった事で。


「こんなにも……簡単な事だったのだな」


「そうだよ……、だからさ。これからは今まで以上に幸せになれるよ僕ら」


「英雄、君が側に居てくれるなら」


「そうとも、フィリアが隣に居てくれるなら」


 自然と顔が近づいた、二人はそっと瞳を閉じて。

 唇と唇が軽く合わさり、どちらからともなく離れる。


「……………………ところで英雄? つかぬ事を聞いて良いか?」


「うん? 何でも聞いて?」


「何故、私の首輪に鎖が繋がれてるのだろうか」


「それはね、僕がキスしてる隙に繋いだからだよ」


「何故、私の手首にピンクのもこもこが付いた手錠がかかってるんだ?」


「それはね、僕がキスしてる隙に着けたからだよ」


「……」


「……」


「なんでだッ!? どうしてこんな事をする必要があるッ!? 目覚めたのか? もしやSM趣味に目覚めたのかッ!? だとしてもだッ! 今はそのまま押し倒して優しく愛してくれるムードだっただろうッ! 返せッ! 期待して新しい勝負下着を履いてる私に謝れッ!!」


「ノンノン、落ち着いてよフィリア。確かにSMに興味はあるけど、実行に移す程じゃないよ」


「では何故だッ!! これでは着替える事もトイレに行くことも出来ないではないかッ!!」


「大丈夫さ、おまるとオムツ、好きな方を選んでくれて良い……対策はばっちりさっ!!」


「親指を立てるなッ!! キメ顔で言うなッ!! そもそも目が覚めた頃から君は変だったじゃないか! ――言えッ! 吐けいッ!! 今度は何を企んでいるッ!!」


 ふしゃーと英雄から距離を取って警戒するフィリア、その姿は実に男心を擽る光景だったが。

 ともあれ、英雄はやれやれと肩を竦めて首を横に。


「今回の事で僕は身に染みたんだ……、君の野放しにしていると何をしでかすか分からないってね」


「そっくりそのまま君に返すが?」


「だから……君は僕が管理する。これは決定事項だ」


「その心は」


「今までのフィリアも超絶綺麗で可愛かったけどっ、今のフィリアは更に魅力的になってるじゃんっ!! しかも奥さんっ! 人妻で僕の妻だよっ!? 色気もむんむんで絶対視線集めるじゃんっ!! 絶対に声かけるバカも出てくるじゃんかっ!!」


「つまり?」


「フィリアは僕が独占するっ!! 一秒足りとも他の男の視線に晒すもんかっ!!」


「ふぅむ…………成程? 成程な、そういう事か」


 嬉しさ七割、このまま流されたらマジで実行されるという危機感二割。


(――――何かを隠したな?)


 残り一割の冷静な部分で、フィリアは分析した。

 言っている事は本心だろう、だがその奥に一番強い何かを隠している。


(良いだろう……私が晒け出す様に君にも見せて貰うぞ)


 だが今は――。


「ふっへっへ~~、これでフィリアは僕だけの奥さんだっ!!」


「おい英雄、抱きしめたままで良いから聞け」


「何? 解放してなら却下だよ」


「…………私が言うのもアレだがな、愛するお前相手だとはいえ毎日拘束と束縛は疲れるのが目に見えてる」


「ホント、君がそれ言うって感じだね」


「だから……、せめて数日置きにしろ。それと外では首輪ではなくチョーカーだ」


「フィリアが妥協したっ!?」


「夫からの愛とはいえ、生活に不都合が出るなら諫めるのが妻の役目では?」


「普通に良い奥さんだっ!? 僕ってば幸せ者っ!!」


「ばーか。――それに、だ。…………今日が、その、…………新婚、初夜……の、様なもの、…………だろう? 優しく、甘く、愛してくれ。私はそうしたいんだ。…………駄目か?」


 うるうると恥ずかしそうに上目遣いの新妻に、英雄は一も二もなく頷いて。


「はい全部解除したよっ! 僕は正気に戻った!!」


「うむ、では…………カーテンを閉めてくれ」


「よしきたっ!!」


「布団も敷いて、色々準備しててくれ。私はこれから夕食と夜食と明日の朝ご飯を作ってくる」


「オッケー、こっち終わったら合流するねっ! いいいいいいいいやっほうううううううううううっ!!」


「声が大きいぞ、ばーか」


 その日、英雄とフィリアは新婚らしく幸せな一日を過ごしたのであった。


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