第165話 貴男が愛されたい私は『どっち』ですか?



「フィリア達の言いたいことも分かるけどさ、ちょっと聞きたいコトがあるんだけど?」


「ほう? 何でも聞いてくださいっ!」


「途中で声色変わるのどうにかならない?」


「聞きたい事とはそれかッ!? くっそどうでもいいコト聞かないでくださいっ!?」


「ああ、今のはジャブね」


「英雄ッ! 英雄さんっ!!」


 両方の人格が存在するフィリアを前に、否、両方の人格が存在するからこそ聞かなければならない。


「まず一つ、新しい方のフィリアって生後数週間って認識で良いの?」


「あ、私も気になります。――私は分かっていてくれッ!?」


「ああ、前のフィリアの方は分かってるんだ。で、どうなの?」


「安心してくれ英雄、君は生後数週間に欲情するロリコンではない。――いえ、ロリコンって表現どうなんです?」


「ロリコンはともかく、つまり?」


「新しい私は、偶発的とはいえ歴とした私だ。何と言えばいいのか……感覚的に言えば、私から枝分かれした人格で、側面の様なモノだと言えば理解できるか? ――えーと、私達を構成する核があって、それに記憶と経験が足されたのが前の私。記憶が抜け落ちたのが今の私って、そう言いたいんですね?」


「理解できた気がするけど、今の君達は頭のおかしい人に見えるね」


「誰の所為だと――いや、私の所為かッ!! ああああ、偶然とはいえなんて面倒な事態にッ!! ――いえ、私を邪魔者みたいに言わないでください? 今なら分かりますけど、私って完全に貴女ですよね? さっきの説明も正しいですが、どっちかって言うと英雄さんにトコトンまで染まる貴女の愛の側面が私ですよね?」


「…………なるほど?」


 二人の説明を合わせると、人格の発現は偶発的。

 フィリアをフィリアたらしめる人格の核があり、その英雄に染まろうとする側面が記憶を抜け落ちた状態で現れた。


「…………君達、自分自身で嫉妬して争って空しくない?」


「ううッ!? 言うんじゃないッ!! ――言ってはいけないコトを言っちゃいましたね英雄さんっ!?」


「自業自得だね、じゃあ二つ目」


「おい、どちらの私を選ぶか聞いてないぞッ! そうですよっ! 選んでくださいっ! 今しかチャンスは無いんですっ!!」


「今しか? 待って、それ待って? ちょっと嫌な予感がするんだけど?」


 この後に及んで、彼女達はまだ何かを隠している。

 英雄は頭痛がしそうな気分だったが、ぐっと堪えて答えを待った。


「実はな、無意識レベルで人格が戦ってる様でな? ――何かの切っ掛けで、どっちも消えるか、どちらが残るか、みたいな? さっきから頭痛が凄いんですよ」


「ホントだっ!? なんか超汗かいてるっ!? 早く言ってよ病院に行こう!」


「すまないがちょっと無理だ、救急車を呼んでも持ちそうにない。――ああ、勝手に作られた挙げ句、私は泡の様に消えるんですね……なんて悲劇な私っ」


「すっごい辛そうな顔して強がっても、こっちが心配で頭痛で死にそうだよっ!!」


 二つ目の質問は、選んだら残った人格はどうなるかだったが。

 そこまで聞いてる余裕は無さそうだ。

 とはいえ、今の英雄に何かが出来る訳でなく。


「頼む……英雄……、もし前の私が残っても愛してくれ、今度は記憶もちゃんと残そう……。――英雄さん、もし前の私が残っても……今の私の清楚さは残しますので、時々でいいから思い出してください」


「なんでそこで自己犠牲に走ってるのっ!?」


「だって好きだろう? 英雄さんの好みってそういう感じですよね?」


「ええいっ!! この後に及んで僕の好感度を上げようとしないでっ!! あーもうっ! どうすりゃ良いんだよっ!!」


 英雄は頭をかきむしって悩んだ、こんな話を聞けば片方だけ選べるものか。


(というかさっ! どっちか選んだら、たとえ前のフィリアに戻っても何か欠けてそうだよねっ!? 絶対なにか大事なモノが欠けるよねっ! そもそもドッチかが残る保証も無いよねっ!!)


 何か、何か手は無いのか。

 全てを解決出来る手段、事はフィリアの内面の問題故に物理的手段など無く――。


「――――――なぁるほどぉ?」


 その刹那、英雄は思いついた。

 一か八かの賭けだ、だがやるしかない。


「ちょっとごめんねフィリア」


「おいッ!? なんで私の服を触るッ!? 待て待て、何故ブラウスを開くっ! ――胸の谷間に手をっ!? セクハラ? 今はセクハラする場面じゃないですよっ!!」


「よしあったっ!! 日記燃やすって言ってから絶対持ってるって信じてたっ!!」


「おい、何を――ああっ! 私のマッチ! なにするつもりですっ!!」


 頭痛に辛そうに、そして困惑するフィリアから距離を取り。

 英雄は日記片手に、マッチに火をつける


「さて、僕はここからどうするでしょうっ!」


「くそッ! 頭が痛くて動けないッ! ――叫ばないでくださいっ! 頭に響くっ! お前こそッ!!」


「はい注目~~、この火を僕のズボンの裾に……はい、火がつきました!!」


「ホントに何を、――バカな事は止めろッ!?」


 英雄は熱さに耐えながら、ニマリを笑って。


「さっきの答えだけどさ、……全力で二人とも生き残って? 出来るなら自然な感じで良い感じに人格を統合してくれると僕としても助かるんだけど」


「はぁッ!? 二股ですか英雄さんっ!? 見損なったぞ英雄ッ!!」


「それを君達が言う? 僕だってさ、今の君も好きになり始めてたんだ。勿論、前の君も世界一愛してる。――両方取るでしょ普通、どっちも本当の君なら選べない、いや、両方を選ぶよっ!!」


「無茶苦茶言わないでくれッ! どっちも消えるかもしれないんだぞッ! そうですよっ! だから選んで欲しかったのにっ!!」


「大丈夫だって、人格が増えたのなら合体出来るでしょ、僕は信じてる」


「そんな無茶を信じないでくれッ!! 奇跡は起きないから奇跡って言うんですよっ!!」


「勘違いしてるね、僕が信じてるのは……フィリアが僕を愛してるってコトさ。僕を愛するフィリアなら、僕が愛するフィリアなら――出来るでしょ。そうそう、出来なきゃ僕はこのまま日記という思い出と共に焼け死ぬから」


「しまったっ! 一番無茶苦茶なのは英雄だというのを忘れてたッ!! その情報を私に残さないからドツボにはまるんですよ私っ!!」


 二人のフィリアは、英雄の本気を悟って青ざめた。

 新しい彼女だって今なら理解できる、目的の為なら愛する女性の前でも脱糞する男だ。

 愛する彼女との仲を認めて貰う為に、全校生徒の前で二人の命を人質に取った男だ。

 ――やると言ったら絶対にやる、特にこんな鬼気迫る状況では尚更。


(ぬおおおおおおおおッ! 分かってるな私ッ!! 全力でなんとかするぞッ!!)


(分かってますよ私っ! こうなったら最終手段ですっ! 分かってますねっ!!)


(私こそ覚悟は出来てるなッ!!)


(勿論ですともっ!!)


 そしてフィリアはよろよろと立ち上がり、とある場所のとある箇所を睨む。


「え、待ってフィリア? 何しようとしてるワケ?」


「黙って見てろッ! そうですよっ! 英雄さんが無茶するなら私だって無茶をしますっ!!」


 足に力を入れ、頭は低く前に前傾姿勢。


「女は度胸ッ!! 愛嬌で英雄さんが堕とせたら苦労はしませんっ! いざ――――」


「ちょっとおおおおおおっ!? あちっ!? あっ、マジで熱いっ!? じゃなくて――――」


 嫌な予感に支配された英雄が制止しようとした瞬間、フィリアは全身全霊を以て走り出す。

 あっ、と英雄が言う前に彼女の頭はブランコの鉄柱に激突して。


「――ぐあッ!? ……同じ衝撃を与えて、――そして内面だけに集中すればっ!?」


「何でそーなるのさああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 ごーん、と鈍い音と共にフィリアは昏倒。

 後には、必死になってズボンの火を消す英雄が残された。


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