第160話 ママですか?



「これはもう――脱ぐしかないね」


 平穏な日が続き、昼休みの事である。

 栄一郎と天魔の前で、英雄は重々しくフィリア達を睨んだ。

 素っ頓狂な事を言い出した彼に、二人は顔を見合わせて。


「いつもの事ながら、気でも狂ったでおじゃ?」


「そうだぜ英雄、せめて前振りぐらいしてくれ」


「あれ? 分かんない二人とも。ま、ま、折角だから二人も全裸になって――」


「ええいっ! 拙者の服を脱がそうとするなッ! とにかく説明するでゴザル! 天魔もノータイムで脱ごうとするなでおじゃッ!?」


「おいおい、ノリが悪いぜ栄一郎。――最近、バカな事してないし、ここらでいっちょヤらかすのも良いんじゃね?」


「流石だよ天魔! 君なら乗ってくれると信じてたっ!!」


「時と場所を考えるでゴザルッ! ここは学食ッ! マナーとして脱ぐなでニャ!!」


 ふざけた語尾で常識人、親友である栄一郎に止められたとあっては英雄と天魔も取りあえず引き下がる。

 ぶーぶー、と不満そうにする英雄に彼は問いかけて。


「また問題でも起こったでゴザル? それとも何か楽しいことでも思いついたでおじゃ?」


「残念ながらどっちでも無いんだ。……アレを見て、何か思わない?」


「アレ? 愛衣ちゃんとローズ先生と茉莉センセとフィリアさんが仲良く話してるな」


「こっちは男同士、あっちは女同士。ロダン先生が居ないのが残念でおじゃが毎度の光景でゴザルよ?」


「天魔はどう見える?」


「どうって……うーん、栄一郎と同じ答えしか出てこねぇぞ?」


「マジで? 何とも思わないワケっ!? 天魔はともかく栄一郎なら理解してくれると思ったのにっ! この裏切り者達めぇ……!」


 ぐぬぬと唸る英雄に、二人は顔を見合わせて。

 これが何かの大騒動中で敵対でもしていたら、すぐに把握出来ていただろうが。

 今は特に何も起きてはいない。

 となれば。


「フィリアさんと何かあったでゴザルね?」


「だな、消去法で行くとそれしか無い」


「ダメだねチミ達ぃ、何かあったのなら僕は効果的な手を思いついている、そこをよく考えてくれないと出世出来ないよぅ?」


「何キャラでおじゃ?」


「まどろっこしい、素直にゲロしろ」


「しゃーない、……まぁ、さ。フィリアってば美人だろ?」


「それがどうしたでゴザル」


「前はあのクールな表情と態度で、人気の割に人に囲まれてなかったじゃんか」


「そういや今は結構囲まれてるな、普通の女の子っぽくなって話しかけやすくなったってウチの女子共が言ってた」


「それだよ」


 少し重いため息を吐き出しながら、英雄は頬杖をついてフィリアを眺める。


「学校でさ、フィリアと居る時間が少ないなーって。そりゃあ付き合う前は似たようなモノだったけど、なーんかなぁー……」


「ははぁ? 欲求不満なのかオマエ」


「考えてみてよ天魔、想像してよ栄一郎、キスしてくれない、抱きしめちゃいけない、手も繋ぐのはNG、食事の時にあーんもダメ、オマケに――指輪だって外しちゃった。こんど普段使い用のを二人で一緒に買いに行くって約束したのに行けてない」


 指折り数える英雄に、さしもの二人も同情の念を覚えた。

 普段からあれだけベッタリでイチャイチャしていたのに、ちょっとしたアクシデントで全て無くなってしまったのだ。

 彼女という存在、繋がりが消えなかっただけ奇跡と言っても良いかもしれないが。


「――――~~~~くッ、ううっ! 今理解した、魂の底から理解したでおじゃるよ英雄殿っ!! それはさぞお辛いっ! 辛いでゴザルぅっ!!」


「おおっ! 分かってくれたんだね栄一郎っ!!」


「へへっ、水くさいじゃねぇか英雄。最初からそう言ってくれれば良かったんだ。……俺もさ、今更愛衣ちゃんが離れてくなんて…………うごごッ、た、耐えられないッ!! 良く耐えてるぜッ!」


「天魔もっ!! ありがとうっ! ありがとうっ! やっぱり君たちは親友だねっ!!」


 二人は英雄の苦しみを知り、おいおいと漢泣きしながら三人で拳を合わせる。

 性的な面で言っても、ヤりたい盛りの高校生だ。

 恋愛的な面で言っても、好きな人が側に居て触れられないのが。

 己との関係、記憶を忘れさられてるのはキツいで済ませられる話じゃない。


「これはもう、……全裸になるしか無いでゴザルね!!」


「だろうだろうっ!! どんなに子供じみた悪戯であったっていいっ!! 僕はフィリアの気を引きたいんだっ!!」


「オッケー把握したぜ、――だが、俺は反対だ」


「何故でゴザルッ! 天魔も理解したでゴザろうっ!?」


「理解したからだ、……全裸、それは俺達の得意分野で最終兵器だ。なぁ、数々のピンチをそれで乗り切ってきたよな?」


「そうだね……懐かしいなぁ、中学の時のプール開き事件……」


「海水パンツ忘れたヤツが居て、男子全員がフルチンでプールに入れるように教師や女子を説得したでゴザルなぁ……」


「いやいや、去年の春の不審者撃退ギルド戦を俺は押したいね。――あの時は犯人を全裸の男子達で囲んで……」


「あの時は凄かったね、ナニが凄いって協力してくれた先輩のナニが超絶ビックだったってコトだよ」


「あの先輩、彼女出来たでゴザルかなぁ……、ナニがデカくて恋人にフられ続けて……」


「安心してよ栄一郎、大学の秘密バブみクラブで良い人と出会ったって聞いてる」


「大学に秘密バブみクラブ? ……いやまぁ、ウチにも同級生をママと呼びたい丸秘クラブがあるし、そんなものなのか?」


 首を傾げる天魔は、話がズレている事に気づいた。

 問題は、どうやって彼女たちの気を引くかだ。


「――――おい、思いついたぞ二人とも」


「奇遇でゴザルね、拙者もたった今思いついたでゴザル」


「おっとこれはミラクル、僕も抜群の作戦を思いついたよっ!!」


 三人はニヤリと笑い。


「ママ」「ママ」「ママ」


「全てはママの為にっ!!」


 がっしりと握手を交わす、そうママだママしかない。

 三人は四つん這いになると、ハイハイで猛烈に進み始める。


「どいてどいてっ! 赤ちゃん暴走族だっ!!」


「我が輩達はバブみに生きるハイハイ戦士でおじゃっ!!」


「退け退けぇ!! 俺は年下の女の子をママって呼ぶんだッ!!」


 彼らの奇行に、学食に居合わせた殆どの女子達はどん引きするもスルー。

 男子達も同じく、またバカがバカやってると半分が傍観して。

 残り半分は。


「よぉーし! 何だか分からんが英雄達に続けぇ!!」「オレもママって呼ぶっ!」「まってろ圭子センパイ! 今オレがママって甘えに行きますっ!」「英二くん! パパって呼びに行くわっ!!」「パパーッ、パパーー!!」


 三人に同調して、ハイハイで高速で動き回り。

 その感染力の高さに傍観していた者達の半数は同じく、残りはママ、パパと呼ばれて困惑――すると思いきや抱きしめて。


「…………ねぇ気づいてるよね?」


「みなまで言わないでくださいフィリア先輩……」


「まったく、またアイツらが原因か。せめて我が夫ロダンが居たら、愛する夫との赤ちゃんプレイが出来たというのにっ!!」


「ローズ先生はダメだ、――逃げるか二人とも。アタシの車で……って、あちゃー、スマン。今日は送ってもらったんだ」


「茉莉義姉さんは身重ですからねぇ、……どうします? 学食の端と端に居たとはいえ、ハイハイでもすぐ着いちゃいますよ?」


 徐々に近づいてくる三人に、フィリアは考えた。

 前の己はこんな時どうしていたか、だが思い出せないなら数少ない経験で何とかするしかない。


「――こちらも、パパと呼ぶのはどうでしょう」


「おや珍しいですね? それは最終手段だって思いましたけど」


「前の私はどのように対処を?」


「赤ちゃんプレイに乗ってましたねノリノリで」


「誰が主犯かというと、恐らく英雄だ。――うむ、午後の授業も無いし私は帰ってロダンと赤ちゃんプレイしてくる」


「では帰りのホームルームはアタシだな、……でだ。多分だがそんなに考えて対処しなくても良いんじゃないか? フィリアは覚えてないだろうから言うが、アイツは案外寂しがり屋だ」


「…………なるほど?」


「ま、午後の授業が始まるまで適当に相手すれば良いんじゃないでしょうか。今のフィリア先輩に英雄センパイも無体な事はしないでしょう。――――天魔くーーん! 今ママが行きますよぅ!」


「ほれ、こっち来い甘えん坊め。アタシはもうママなんだからお腹の赤ん坊の分は残しておくんだぞ」


「「ママーー!!」」


 二人はそれぞれの栄一郎と天魔を引き取ると、その場にはハイハイする英雄と困り顔のフィリアが残される。


(…………もしかして、もしかして英雄さんも?)


 今、フィリアは少しだけ英雄の事が心から理解出来た気がした。

 たぶん、己が前と今で不安になっている様に。


「まったくもう……素直じゃないんですから」


「ばぶー?」


「ばぶー、じゃありませんよ英雄さん。その体勢でローアングルを狙わないのは褒めてあげますけど」


「ばぶぶっ!!」


「喜ばないでください、まったく、私の下着の権利を握ったかと思えば。毎日だっさい下着ばかり…………もしかして、嫉妬とかしてましたね?」


「ばぶー? ばぶばぶぅ?」


「トボケなくても良いですよ、何となく分かってきましたから」


「…………ばぶ」


 フィリアは仕方のないヒト、と苦笑して正座。

 そしてその膝をぽんぽんと叩くと。


「チャイムが鳴ったらお終いですよ、大サービスで頭ぐらいは撫でてあげますっ」


「ばぶっ!! ばぶぶ、ばぶうぅ!!」


(こんな破天荒で、……楽しいヒトに愛されて結婚して、なんで貴女は記憶を無くしちゃったんですかね)


 追加サービスで子守歌を歌いながら、フィリアは思案する。

 恐らく、全ての鍵はあの日記にあるような気がする。

 実の所、勇気が出なくて最後まで読んでいなくて。


「――――ところで英雄さん、おしゃぶり要ります? ちょうど持ってきてたんですけど」


「ばぶっ!? ………………ばぶぅ!!」


「なるほど、欲しいと。ほーら赤ちゃん、ちゅぱちゅぱちまちょうねぇ……、良い子良い子、よくできまちたぁ」


「ばっぶぅ~~~~!!」


 午後の授業が始まるまで、二人は赤ちゃんプレイを堪能し。

 校内には赤ちゃんプレイをするカップルで溢れかえったのだった。


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