第159話 パンツに興味はありません



「…………もう、我慢の限界ですっ!!」


 美術室の騒動から数日。

 本日も無事に帰宅して、早々に英雄を正座させてからの開口一番がこれである。

 流石の英雄も首を傾げて。


「いきなりどうしたのさ? 今日も昨日も一昨日も何も無かったじゃん?」


「そこです、……何もなかったのが問題なんです」


「なるほど? じゃあ予定通りに放課後は体育館の巨大スクリーンでゲーム大会(無許可)をした方が良かったかな」


「それはむしろやってくださいよっ!」


「そう? ほら、前の君は一応止める側だったし。それにどーせ風紀委員と大騒ぎになるだろうから遠慮したんだけど……」


「一応って何です?」


「君ってば形は規律を守る側だからね、クラス委員長でもあるし。それに……独占欲が強いから」


「うーん、つまり。私が勝ったら大会中止、そんで英雄さんはペナルティとしてイチャイチャ?」


「そうそう、そんな感じ」


「素直じゃないんですねぇ、前の私って」


「そこはアレさ、いざ教師の間だで槍玉にあげられた時、フォロー出来るように形だけ反対派に回ってるんだ。実は思いっきり楽しんでる」


「…………もしかしなくてもそれ、英雄さんと付き合った影響じゃないですか?」


「朱に交われば赤くなる、諺は正しいってね!」


「胸を張って言う事ですか? ――いえ、それは良いんです。話を戻しましょう」


 それはつまり、フィリアの我慢が限界だという事で。

 また、のっぴきならない事態になるのかと彼は戦々恐々と彼女の顔色を伺う。


「もう一度言いましょう、――私は我慢の限界ですっ!」


「何も無かったのが原因なんだっけ? 欲求不満なら前の君が読んでたハードなレディコミ読む? 一時間ぐらい外に居ようか?」


「そんな気遣いなんていりませんっ!!」


「なら何で――いや、当ててみせるよっ! そうだね……もしかして海外ドラマより日本のドラマの方が良かった? ごめんね、僕の趣味を押しつけちゃって」


「いえ、それは面白かったから良いんですが……じゃなくてっ! それも原因の一つなんですよっ!」


「つまり?」


「そこは考えてくださいよ、確かに食後に宿題したら二人で海外ドラマ、なんて同棲カップル的なイベントも新鮮で楽しかったです。私に気を使ってコメディにしたのも好感触です。――あ、ところでアレはシーズン6はあるんです?」


「アレって警察署コメディの方? 生憎だけどまだ日本に来てないんだ」


「残念です……次はゾンビでも見ましょうか」


「オッケー、僕もまだ手を出してないんだ。今すぐ準備するよっ!」


「では私はオヤツとジュースの準備――ではなくっ!!」


「見ないの?」


「見ますけど後でっ! 今は私の問題が先ですっ!」


 ふんすっ、と眉根を寄せて不満顔のフィリア。

 英雄はならば、と次の提案を。

 出来れば、楽しく問題を解消したい所存である。


「ドラマを見るんじゃない、…………ゲームでもする?」


「違います。英雄さん、さっきから意図的に外してません?」


「そう? この男女の友情モードのスーパーウルトラデラックス英雄くんにそんな不義理は無いねっ!」


「ちょっと衝撃を与えただけで全てが消えそうな儚さですね、デコピンしましょうか?」


「うーん? 何でデコピンと言いつつ、助走をつけようとしてるのかな? この部屋狭いから暴れちゃダメだよ?」


「それは英雄さんの答え次第ですね、まぁ仮に私が許しても? この拳が許すかどうかは分かりませんが」


「オッケー理解した、英雄くん理解したよ! …………怒らない?」


「内容によります」


「じゃあ言わない」


「そうですか、消えない傷がお望みと……」


「ちょっと暴力的になってるよフィリアっ!? 僕ってそんなに好感度低いのっ!?」


「いいえ、むしろ逆です……現在の所、英雄さんは好感度ナンバーワンですね」


「友情として?」


「イエス、友情として。ですが……、私は男女の友情を信じません。男は何かと理由をつけて、私を狙ってるに違いありませんっ!!」


 拳を握り力説する彼女に、英雄はまたも首を傾げる。

 いったい何が、彼女をそうさせて居るのだろうか。


「このナイスバディ! この美貌っ!! 世の男も女も私を羨むっ! ――そして私のゴーストは囁くのです……、英雄さんのセクハラが無いイコール浮気の始まりだと」


「それ、やっぱり前の君の影響が嫌だと?」


「当たり前ですっ! 確かに英雄さんは私に相応しい男の子なのかもしれません……ですが、ですがっ! この体は貴男からのアプローチを待っているっ! それがとっても腹立たしいっ!!」


「なるへそ…………なるへそ?」


「そこでです、先日私は大変興味深いモノを発見しました…………きっとコレは英雄さんも知らないでしょう……」


「もったいぶらないで教えて?」


「はい、ではコレに注目ですっ!!」


 じゃじゃーんとフィリアが鞄を漁って取り出したるは、ピンク色の鍵付きの日記帳。

 その表紙には『ラブラブだいありぃ』と銘打ってあり。

 更には、英雄閲覧禁止との注意書きも。


「もうお分かりでしょう……これは前の私の日記です」


「中身を見ても?」


「え、何言ってるんですかダメですよ。ここにちゃんと書いてあるでしょ?」


「前のフィリアと今のフィリアは違う、つまりノーカンじゃん?」


「乙女の秘密を覗こうとする、減点ですよ英雄さん」


「残念、それで何が分かったの?」


「プライバシーに配慮してくれるのポイント高いですよ、そして中身ですが当然、英雄さんの事だらけです」


「だろうねぇ、前の君は人生投げうって僕と結婚を望んでたから」


「正直、そんな重い内容ばかりで胸焼けしました……ともかく、それで分かったんです。前の私がまだ手を出してないジャンルがあるとっ!!」


「ジャンル?」


「そうです、前の私は如何に英雄さんの色に染まるかを重点的に考えていました……」


「今のフィリアは違う、そう言いたいんだねっ!」


「そうですともっ!! 今の私はそんな受け身じゃありませんっ! 将来の為に英雄さんをキープするっ! しかし貞操は守りたいし安心して触れあいたいっ! そんな奇跡の様なジャンルに私は行き着きましたっ!!」


「おおっ! 聞かせてよフィリアっ! いやー、楽しみだなぁ。僕も楽しめる?」


 わくわくと目を輝かせる英雄に、彼女はニマリと口元を歪めると何故か部屋の鍵を閉めてチェーンまで付ける。


「んんー? なんで閉じこめたの?」


「それはですね、迂闊に外に出ると危ないからですよっ」


「なんで大人の玩具箱を取り出したの?」


「それはですね、一緒に遊ぶ為ですよっ」


「どーして、首輪と犬耳とプラグ付き尻尾と浣腸をを取り出したんだい?」


「それはですね、――――英雄さんを雄犬に調教する為ですよっ」


「…………」


「…………うふっ?」


 爛々と輝く目で、涎を垂らしながら躙り寄るフィリア。

 英雄もまた、にっこり笑って少しづつ後退。

 そして。


「この脇部英雄っ! ウンコは漏らしてもアナルは守り通すっ! やらせるものかっ! やらせるものかよおおおおおおおおおっ!」


「大人しくしてくださいっ! 英雄さんが無様で淫らで従順な雄犬になるんですよっ!! 全て私が管理してあげますっ!! 英雄さんは私だけを感じて私だけを考えて生きていけば良いんですっ!!」


「ちっくしょおおおおおおおっ!! パンツ! 僕のパンツを上げるから我慢してっ! 君を傷つけたくないんだっ!!」


「パンツなんてもう興味ありませんっ! 無様に喘ぐ姿を見せなさいっ!」


「誰か男の人呼んでえええええええっ!?」


 狭い部屋をぐるぐると追いかけっこ、どうすればこの窮地を乗り越えられる。

 どうしたら、フィリアを諦めさせられる?

 英雄の脳はフル回転するが、答えは出ないどころか部屋を回りすぎて目が回ってきて。


(ああもうっ! 前のフィリアなら押し倒せば解決したのにっ! キスして愛を囁けば何とかなったのにっ!!)


 だが今の彼女にその手は使えない、使っては美術室で言った事に反する。


(――そっか! それだっ!!)


 その時、英雄に天啓が舞い降りる。

 彼女が前の自分との違いで迫るなら、己もまた前と違う方法で対処すれば良いと。

 瞬間、英雄はくるりと振り向いて。


「わわっ!? 急に止まらないで――「そおーーいっ!! 物理的破壊っ!!」


「ああっ!? しまったっ!!」


 力任せに犬耳、尻尾を破壊。

 革製の首輪はゴミ箱にシュートして。


「これで終わりだよ――君は前の君じゃない事に感謝するべきだね」


「ず、随分と強気じゃないですかっ! 私はまだ諦めてませんっ!」


「そう? 考え直した方が良いよ。僕が冷静なウチにね」


「…………つかぬ事をお聞きしますが、冷静じゃないとどうなります?」


「前の君への対応と同じ事をする」


「具体的には?」


「犬になるのはドッチかな? 僕はやる時はやる男だよ? 日記に書いてあったでしょ?」


 冷ややかに笑う英雄、フィリアはその瞳に本気の色を見て。


「…………な、なぁーーんちゃってぇ。じょ、ジョーダンですよぅ! お互いを知り合う為の軽いレクリエーション的な?」


「正座」


「はい、世界一の美少女たるフィリア様は正座致しました」


「――――うーん。これは本気で叱った方が良いかな?」


「はうっ!?」


 あ、これマジ切れしてるヤツだ、マジで怒り心頭のヤツだとフィリアは即座に確信。

 次に軽口で長そうとすると、犬になるどころではない。

 頭が、大きいタンコブだらけになる未来が見える。


「僕にも慈悲があるけど、ごめんね? 今日はちょっと品切れみたいで…………、君が漏らす前に反省してくれると助かるんだ」


「…………!!」


 ブンブンと、彼女は全力でイエスと首を振る。

 英雄のお説教は深夜まで続き、夕食はカップ麺のみ。

 そして、英雄はフィリアの下着を自由に決定する権利を得たのであった。 


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