第157話 ぽてちは食べません
フィリアのぐーたら姿は珍しかったが、珍しいだけで以前に何度か経験はある。
今日も今日とて、並んで歩いて手は繋がずに学校へ。
午後になれば、義兄ロダンの特別合同授業が始まった。
記憶の無いフィリアとしては、少々楽しみであったのだが――。
「――これよりっ!! 第一回フィリアの記憶を取り戻そうチャレンジを行うよっ!!」
「「「いっえーーいっ!!」」」
「なんで先生まで一緒になって喜んでるのっ!! 授業しなさいよっ!?」
「先生とは他人行儀だなぁフィリアちゃん、まだ記憶も回復してないんだし。義兄さんって呼んでよ」
「そうだぞフィリア、なので私にも馴れる為にお姉ちゃんと呼べ」
「私の親族を名乗る自称・先生方、お帰りは彼方ですよ?」
「いやぁ、この塩対応。困ったねぇ、あっはっはーー」
「じ、自称教師…………ううッ、私はフィリアに手取り足取り教えるために教員免許を取ったというのにッ!!」
「英雄さん、私のストーカーが居るみたいなんで夫(仮)として追い出してくれません?」
「いやフィリア? 僕としては何でそんなにセメント対応なのか気になるんだけど?」
始まってそうそう二名が撃沈、首を傾げる彼に彼女
はもっともらしく頷いて。
「ロダン義兄さんは、理解できます。著名な彫刻家で私とそこの自称・姉の縁で臨時教師をしているのが」
「ローズ先生は?」
「その人、大企業の社長なんでしょ? なんで会社ほっといて私に着いてきてるんですか? バカなんですか? 妹へ接し方が間違ってません?」
「ぐはァッ!? せ、正論が痛いッ!!」
「なんて事だっ!? しっかりするんだローズ!! だから日本に来る前に散々指摘したじゃないかっ! 自業自得だからそのまま落ち込んでてっ!!」
「愛する夫が背中から撃ったッ!? 私はもう駄目だぁ――――…………がくぅ」
「さて、ローズも落ち込んだ所でボクが説明しようか」
「義兄さん? 義姉さんは良いの?」
「そのウチ復活するでしょ」
「それもそうか」
「お二人? 私が言うのも何ですがそれで良いんですか?」
少し気まずそうなフィリアに、ロダンと英雄は胸を張って答えた。
「フィリアちゃんへの過保護は行き過ぎだからね、まったく痛い目みても直らないだから……」
「まー、これでもマシになったんだフィリア。君は覚えてないだろうけどさ、僕らは結婚を認めてくれなきゃ心中するって脅迫までしたんだよ」
「何で過去を知れば知る程っ、逃げ出したくなる言葉しか出ないんですかっ!?」
きしゃー、と毛を逆立てる金髪美少女の姿に、一緒に授業を受けていた二年。
愛衣のクラスも戸惑いを隠せず。
「噂には聞いてましたが…………、英雄センパイ、フィリア先輩が記憶喪失ってマジなんです?」
「そうなんだよ、お陰で今度は僕がフィリアを口説かなきゃいけなくなちゃって」
「お、それ初耳でゴザルよ英雄殿?」
「そうだっけ? じゃあ今みんなにも宣言しておこう」
英雄は再び、皆に向かって声を張り上げる。
「フィリアが記憶喪失になったから、僕はフィリアを口説いてメロメロにするっ!! それと同時に記憶を取り戻す為に頑張るよっ!! みんなっ、協力と応援よろしくねっ!!」
「なるなる、それで今回のチャレンジか……。んで、具体的には何をするんだ?」
「良いことを聞いてくれたね天魔っ!! 今日はみんなから見たフィリアを語って貰ったり、記憶を刺激する方法があるなら試したいなって。――どう? みんな何かある?」
意見を募り始めた英雄に、フィリアが待ったをかけて。
そもそもの話である。
「英雄さん? 今は授業中なので、ロダン先生にちゃんと授業をして貰うべきでは?」
「え、何言ってるんだいフィリア? 可愛いお嫁さんの危機だよ? もう一度口説かなきゃいけないんだよ? 授業やってる場合じゃないでしょ」
「何真顔で語ってるんですかっ!? というか他の皆さんも当然の様に頷いてっ!! 学生の本分は勉学じゃないですかっ!?」
「ひえっ!? フィリア先輩がっ!? あのフィリア先輩が英雄センパイのアプローチを拒絶するなんてっ!? そんなのあり得ないっ!? 先輩なら記憶を失っても体と魂が覚えてるはずなのにっ!?」
「だから前の私は何なんですかっ!? というか今の私と前の私を一緒にしないでくださいっ!!」
「言ったでおじゃろう愛衣、彼女はずっとこんな感じニャ」
「何でしょう、イケメンなのにスゴい違和感が…………」
「フィリアさんからそんなコメントが出るとは、ちょっと俺、感慨深いわ……」
「いや、しみじみとしてないで天魔?」
「そうでゴザルッ! 拙者のこの口調は英雄殿との友情の証ッ!! あの病院で出会ったとき、我輩のおはD趣味を肯定してくれた英雄との友情あってこそなのでおじゃ!!」
「イケメンの人生をねじ曲げてるっ!? 何してるんですか英雄さんっ!?」
「うわー、凄くまともな反応ですねぇ。前のフィリア先輩なら、妻として誇らしいぐらいは堂々と言うのに……」
「だよな。――よし、それなら俺から記憶を取り戻す良いアイディアがあるぜ英雄!」
「よーし、一番手は任せたよ天魔っ!!」
すると天魔はポテチを取り出して、彼女の前に置く。
フィリアとしては何がなにやらさっぱりで、英雄達はその手があったかと衝撃の顔。
「ふふふ、確かに今のフィリアさんは記憶を失ってる……だがな、俺は見逃さねぇぜ」
「何をです」
「証拠その一、英雄のパンツをハンカチ替わりにしっている事!」
「は? アレは初日だったし、ちょっとした手違いですーー。今日はちゃんとした………………何で今日は子供用のブリーフなんですかっ!? 私は何処から持ってきたんですかっ!!」
「ああ、それは君のコレクションの中でもお気に入りだからねぇ」
「お気に入りって何ですかっ!? あの部屋の何処にこんなモノがあったんですっ!?」
「残念だけど、僕にも把握出来てないんだ。でも安心してよ、僕の使用済みトランクスのみで作った特製のブラとショーツは責任を持って消し炭にしたから」
「どんだけ変態なんですか私はっ!! 私はっ、私が恥ずかしいっ!!」
「落ち着くでゴザル、ささ、ポテチを食べるでおじゃ」
苦悩するフィリアに、すかさず栄一郎はポテチを差し出す。
――だが。
「ていっ」
「ぬわっ!? 朝コンビニで買ってきた新作ポテチが!?」
「うーむ、やはりコンソメ味じゃないのが敗因でゴザルか?」
「くそッ、やっぱそうか……。フィリアさんはコンソメ味大好きだもんな」
「いえ、幾ら大好きだからって……。そもそも何でポテチ? なんでポテチ如きで私の記憶が戻るんです?」
可愛く首を傾げるフィリアに、栄一郎達はピキッと一瞬固まって。
次の瞬間、滂沱の涙を流しながら英雄の肩を代わる代わる叩いて労る。
「ええっ!? 何なんですか皆さんっ!? そんな私が悪者みたいな顔してっ!?」
「あー、説明しましょうかフィリア先輩?」
「お願い……申し訳無いだけど、貴女の名前って……」
「あ、やっぱ忘れられてたんですね。およよ、フィリア先輩とは親友で、かつては英雄センパイを奪い合った中なのに……」
「いや愛衣ちゃん? それオマエのコールド負けだったよな?」
(――英雄さんを、取り合った?)
刹那、フィリアの目が細まり愛衣を見据える。
長いぬばたまの黒髪、健康的に白い肌、小顔で、小柄で、庇護欲をそそりそうな美少女。
(え、え? こんな美少女を? 英雄さんがフッた? それとも私が奪った?)
心臓がに氷柱が差し込まれた様に痛い、突如として鮮明なイメージが思い起こされ。
(手紙……英雄さんの下駄箱……、盗んだ? 私が?)
詳細は分からない、だが愛衣に卑怯な事をしたとフィリアは確信した。
では何故、彼女はフィリアと親友だと言ったのか。
英雄と今のフィリアより親しく話す彼女は、今のフィリアよ彼と距離の近い彼女は。
(――――私は、本当に英雄さんの妻、なの?)
思い浮かんでしまった疑問は、次々と悪い想像を引き起こして。
まるで方程式を解く様に、真実の様なモノが導き出されて。
(ははっ、あはははっ、そっか、そうだったのか……全部、全部、……嘘、だったの)
己と英雄が夫婦なんて、きっと嘘なのだ。
それならば全て繋がる。
(私は多分、英雄さんの本当にストーカーしてて)
家を燃やして、拉致監禁して、きっとその際に頭をぶつけて記憶を失ったのだ。
彼は恐らく、姉やまだ見ぬ家族に頼まれて夫婦だったという嘘を付き。
(お姉ちゃんはきっと監視……、犯罪者の私を監視する為に……)
英雄と、愛衣を守るためにフィリアを監視しているのだ。
(だって、だって、そんな変態だった私を、普通だったら好きになる筈がない、愛する筈なんて絶対にないっ!!)
ぼろぼろ、ぼろぼろと地面が崩れていく感覚。
同時に、下腹にドロドロと灼熱の熱さを持つマグマが渦巻いて。
「――めて」
「うん? どうしたのフィリア。今度は僕の手作りポテチ食べる? 実は君の好物なんだ」
「止めてっ!! もう嘘は止めてっ!!」
「…………フィリア?」
拳を握りしめ、突如として立ち上がったフィリアに誰もが注目した。
彼女の顔面は蒼白で、目には涙が溢れ。
「全部、全部嘘なんでしょうっ!! 私と夫婦だなんてっ!! そんな嘘なんてつかないでっ!!」
「フィリアっ!? いきなり何を言い出すのっ!!」
「とぼけないでよっ!! そこの愛衣さんと英雄さんは恋人なんでしょうっ!! 私が英雄さんを監禁して危害を加えて、間抜けにも記憶を失った危険人物だから、仕方なく嘘をついてるんでしょう!!」
「待って、待ってフィリア? 君は少し混乱してるんだ、……落ち着いて話をしよう?」
「近づかないでっ!!」
パシン、乾いた音と共に英雄が差し出した手は拒絶される。
視線が覚束ない彼女は、ガタガタと震えながら机に置いてあったペイントナイフを握りしめ。
「嘘、嘘、嘘よ、全部、嘘だったのね? 英雄さんの心を射止められなかった私に対する、哀れみなのね?」
「……落ち着こう? ちょっとマジで落ち着こうかフィリア? ――みんなは下がってて! 天魔! 愛衣ちゃんを守って!」
「言われなくてもっ!!」
「ほらっ! 愛衣さんを優先したっ!! 全部嘘なんだっ!!」
「愛衣ちゃんは天魔のカノジョだってっ!! 思い出してよフィリア! 思い出さなくても良いから納得してよっ!?」
「英雄センパイはフィリアさんにゾッコンじゃないですかっ!! 信じてあげてください!!」
「――――私を憐れまないでっ!! 嘘なんてもう必要ないっ!!」
鬼の様な形相でフィリアは叫ぶと、ペイントナイフを構えて。
「それで、何をするつもりだい? ……君に罪は犯させない」
彼女は彼の言葉に、強く唇を噛む。
唇から血が流れる、興奮して出た汗で頬や首筋に金髪がへばりつき。
「今、ようやく理解しました」
「うーん、ろくなコトじゃないと思うから考え直したら?」
「前の私の想いを遂げます、誰かに奪われるのなら――」
「あ、これ僕ってばピンチのやつだね?」
「――――英雄さん、貴男を殺します」
「記憶喪失でもっと面倒くさい女の子になってるうううううううううううううううっ!!」
楽しい雰囲気から一転、英雄にピンチが訪れた。
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