第156話 ぐーたら良いじゃないですか



 英雄の宣言以来、数日が経過した。

 当初は彼のアプローチにドギマギし顔を真っ赤にして狼狽えた姿を見せたフィリアであったが。

 今日は帰ってくるなり。


「ああもうっ! 何なんですか英雄さんもっ! ウチのクラスもっ!! 疲れましたっ!! そもそも記憶無いのにクラス委員長なんてさせないでくださいよっ!!」


「あらら、大の字で寝転がっちゃって……、制服に皺が寄るよ?」


「つーんだ、今の私はやる気ゼロでーす。何もする気ありませーん」


「参考に聞くけど、何処らへんが疲れた?」


「先ず第一に……、貴男のアプローチが」


「わお、地味に痛いね」


「地味に痛いね、で流さないで反省してください。朝起きて登校して休憩時間に昼休みに、イチイチ口説くの止めてくれません? 特にですよ、昼休みにあーん攻撃は止めてください」


「でもフィリアってば、僕にあーんしたじゃないか。学食だってあーんし易い様に隣に座ってさ」


「それは不可抗力というモノです、気づけば……というかなーぜーか、英雄さんの隣じゃないと落ち着かないので」


「それはアレだね、心は覚えてなくても体は僕の事を覚えてると…………愛だねっ!!」


「はい、そのキモいキメ顔ペナルティです」


「酷いっ! 前の君は気に入ってたのに」


「ちなみに、どんな感じで気に入ってたんです?」


「キモいが、私にはとても格好良く見える。って言ってた」


「いやそれ、ストレートにキモいって言われてません?」


「…………マジかっ!? そう言えばそうだっ!?」


 突きつけられた真実に、英雄はガックシと肩を落とす。

 そのまま着替え始める彼に、フィリアは非難の視線を向けて。


「ちょっとちょっと、女の子の前でいきなり着替え始めないでくださいよ」


「君が目を閉じれば良いんじゃない?」


「めんどいです。セクハラで訴えますよ」


「夫婦になってからこんな事を言われるとは…………ああ、僕ってばなんて悲劇の夫なんだろう」


「はいはい、夫婦乙。今の私は夫婦になった覚えも恋人だった記憶も無いからノーカンですよ」


「そこで提案があるんだけどさ、僕と熱い一夜を過ごさない? きっと君を満足させてみせるよ! 性的に!!」


「めんどいのでイヤです」


「くっ、照れもせずに流されたっ!! これがぐーたらフィリアの力かっ!!」


 パンツ一丁で悔しがる英雄に、彼女はため息を一つ。

 彼の裸に嫌悪感すら抱かないのも、むしろ意志に反して凝視してしまうのがイヤなのだ。


「とっとと着替えてください露出狂、…………というかソレですよソレ」


「ソレ? これは君とお揃のTシャツだけど?」


「ペアルックなんですか? いえ、そうではなくてクラスの事です」


「みんなの事? うーん、何を指してるのか今一つわかんないなぁ」


「いえ、そこは理解してください元凶?」


「そう言われても……ところで、靴下は脱ぐかいお姫様?」


「よくお姫様とか真顔で言えますね? とりあえず却下。そして鏡を見たらどうです? 顔面偏差値をせめて机くん位にしてくださいよ、というか彼を見習うべきでは?」


「栄一郎と顔を比べられたくないでゴザル」


「変な語尾は真似しないでください、彼の落ち着きを、ですよ英雄さん」


「えー、栄一郎の何処が落ち着いてるの? アイツ、茉莉センセのストーカーして孕まして純愛で結婚に持ち込んだ男だよ?」


「なんですそれ初耳ですよっ!? どうなってるんですかウチのクラスっ!?」


「ちなみに、ローズ義姉さんは大企業の社長だけど君の為に日本に移住して教師してるけど?」


「聞きたくなかったですよそんな事っ!?」


「うーん、新鮮な反応」


「新鮮な反応じゃないですよっ! よく問題になってませんねっ!?」


「だってウチの学校はストーカー問題やら学生結婚やら、毎年十組ぐらい出るし……」


「教育委員会は何をしてるんですっ!?」


「教育委員会はOBが居るからなぁ」


「腐敗しきってますよ色々とっ!!」


 頭を抱えてゴロゴロと転げ回るフィリア、英雄はそれを見て冷静に指摘して。


「スカート捲れてパンツ見えてるけど良いの?」


「……………………なんかもう、英雄さん相手に恥ずかしがる私がバカみたいに思えてきました」


「なるほど? 僕として恥ずかしがってくれるとセクハラのしがいがあるんだけど?」


「ちょっとは欲望を隠してください、やり直し」


「恥ずかしがってくれるとムラムラして、フィリアを如何に裸に向いてむしゃぶりつくか虎視眈々と狙ってるんだ、今も」


「誰が欲望を晒せって言いましたかっ!? 仮にも夫なら疲れてる妻に紳士的にお世話してくださいよっ!!」


 すると英雄は真剣な表情で、フィリアの傍らに座り込み。


「エッチな目で見て後でオナニーのオカズにして良いなら…………、全身全霊で紳士的にお世話する」


「落とし所がそれですか……、良いでしょう。でも女の子に向かってオナニー発言は頂けませんよ? セクハラ? セクハラです?」


「前の君なら、オナニーするなら私を思う存分愛してくれってストリップ始めたから、ワンチャンあるかなって?」


「そんな可能性なんてトイレに捨ててきてくださいっ!! なんですか? 前の私は英雄さんの事を好きすぎでしょうっ!! というか重過ぎですよっ!! …………はぁ、よく結婚までしましたね?」


「そこが君の魅力の一つさ、なのでその重さが無くなって困惑してる僕の気持ちを少しぐらいは理解して欲しい所」


 二人はじっと見つめ合い、そこには甘さなど爪の先程も無かったが。

 替わりに、奇妙なほど安心する空気が流れる。


「……よし、私はぐーたらします。お世話しなさい」


「オッケー喜んでっ!! 何からすれば良い? 」


「では先ず靴下から、じっくり眺めて頬ずりまでは許します」


「その心は?」


「足蹴にしているみたいで優越感があります、オマケで英雄さんが触れてると心が落ち着くので」


「じゃあ早速、君の綺麗なおみ足を…………。すりすりすりすり、ね、舐めちゃ駄目? 駄目かそうだよね」


「良くできました。では次にブレザーを」


「ハンガーに掛けてっと」


「次はブラウス」


「ブラとかおっぱい見えちゃうけど?」


「存分にオカズにしなさい。でも少しでもイカ臭かったら明日は一緒に登校しません」


「魂に刻んだよ……!!」


「次はスカートを」


「…………君が仰向けになって、僕がそのお尻に顔を埋めるのは?」


「駄目です」


「仕方ない、じゃあスカートもハンガーへしまって……」


「折角ですので、飴をあげましょう。お揃いのTシャツを着せてください。下は任せます、スカートでもズボンでも何でも」


「下は無くても良い? 眼福なんだけど」


「駄目です、そんな事を許したら私の生足を舐め回すでしょう?」


「流石に分かるか……残念だ、本当に残念だからローライズのジーパンにするね」


「殆ど生足じゃないですかっ!? ……いえ、女は度胸! 仮にも夫です、信じましょう……ああ、夫の好みに無理矢理染められる可哀想なわ・た・し…………」


「可哀想なフィリアも可愛いって言ったら怒る?」


「嘘ですね、エロくて欲情するっていうのが本音でしょう」


「バレたか。じゃあ着替えた所で晩ご飯どうする? 何かリクエストあるかい?」


 さも当然の様に聞く英雄に、フィリアは少し微笑んで。


「…………きっと、そう言う所に前の私は惚れたんでしょうね」


「うん? 何が?」


「気づかないならいいですよ、――そうですね、今日はピザでも頼みましょうよ。一緒にぐーたらするんです」


「なるほど、では僕の奥さんの記憶が無い奥さん?」


「何です? そのまどろっこしい言い方」


「僕の好み、んでもって隣でごろりんしても?」


「どうぞどうぞ、腕枕をする名誉を与えます」


「…………キスしても?」


「………………ほっぺたに一回なら」


「ありがと、フィリア」


 その後、二人は寝るまでぐーたらし。

 英雄としては何日かぶりに、同じ部屋で同じ布団で寝た。

 鋼の理性で性欲を堪え、ぐっすり寝たのであった(大本営発表)


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