第六章 新婚どーしよう

第153話 フー・アー・ミー?



 這寄フィリア、もとい正真正銘の脇部フィリアは。

 バナナの皮で滑り、頭を打って記憶喪失となった。

 当然、彼女の実家である這寄の全力でもって調べたものの、脳には異常が無く、体にも問題は無し。

 後遺症も絶対に無い、と診断結果が出たものの――彼女の記憶は戻らず。


 であるならば、普通の生活を送るしかない。

 そして実家暮らしより、以前と同じ生活の方が良いだろうと言う事で。


「…………ここがあの女のハウスね?」


「家に入って一番目がそれ? 君ってば本当に記憶喪失なワケ?」


「そう言われても……、何故かそう思ったんですよね。以前の私はここに住んで居たのかって」


「不安かい?」


「勿論、記憶が無いって地面が無いのに地上に立ってる様な変な気分です」


「…………記憶喪失って、話し方まで変わるんだなぁ」


 ポーカーフェイスと言えば聞こえは良いが、仏頂面のフィリアが今や普通の女の子の様に。

 トレードマークであったポニーテールも無く、ただの金髪巨乳美少女。


「…………ごめんなさい英雄さん。折角の新妻が私で」


「何を言うのさフィリア、記憶が無くなっても君は君、――さ、折角だしハグしようっ!!」


「いえ、遠慮しておきます」


「なるほど? 記憶が無い君は別人扱いって感じ?」


「そうじゃなくて、…………そもそも何で私、貴男と結婚してるんです?」


「わーお、英雄くんに痛恨の一撃が入ったぞぉっ!?」


 そこからかぁ、と彼は口元を引きつらせつつ、どこから説明したものかと悩んだ。

 今のフィリアは、まったくの真っ白……に見えて、ちゃんとした常識がある気がする。

 医者の言葉では、エピソード記憶が無いタイプだと言っていたが。


「ところで英雄さん、私の着替えの服の場所は分かりますか? ちょっと落ち着かなくて」


「そう? いつもの格好だけど。どこが気になる?」


「…………スカート、ちょっと短くないですか?」


「え? 僕の視線を太股に釘付けにする。いつもの長さじゃないか?」


「はいっ!? なんで貴男の視線を釘付けにしなきゃならないんですかっ!! そりゃあ、最初に見た時はちょっとイケメン、とか思いましたけどっ!! 見ず知らずの貴男になんでっ!?」


「うーん、フィリアってば忘れているけどさ」


「はいストップ、ダメですそれ。やり直し」


「君の太股を僕が何時でも頬ずり出来る為に露出してるってトコから?」


「破廉恥なっ!! 私たち、まだ高校生ですっ!! というかソコじゃありませんっ!!」


「…………じーん、僕、今凄く感動してるよ」


「今の何処に感動する所がありました?」


「君が、破廉恥と……それはつまり――人並みに羞恥心と節度があるってコトだねっ!! なんて素晴らしいんだ!!」


「どんな人物だったんですかっ!! というかですねっ、そもそも高校生で結婚してるのが変なんですよっ!! そう言うのは百歩譲って大学卒業直前とか、社会に出て生活基盤を築いてからじゃないんですかっ!?」


 極めて常識的な発言に、本当にフィリアなのだろうかと首を傾げつつ。

 英雄は端的に指摘した。


「んー。君、かなり良い家のお嬢様。そして会社社長」


「はいっ!? 私がっ!?」


「そして僕は庶民、君はことある毎に僕をヒモにしようとしてたね」


「前の私はなんて禄でもない人物っ!? というかそんなハイスペック人物なら、なんで貴男と結婚したんですかっ!? もっと良い人物居ますよねっ!?」


「え、それ君が言っちゃう?」


「記憶が無いですから」


「ホントに? 僕のコト、今は何とも思ってない?」


「ちょっとは良いなって思ってますけど……正直、お嬢様だとか結婚してるとか、飲み込めません」


「…………所でフィリア? 僕の洗濯してないトランクスの臭いを顔にくっつけて深呼吸して堪能してるけど、ご感想は?」


「…………っ!? ~~~~っ!? うわイカ臭っ!? なっ、何なんですかっ!? 私はどうしちゃったんですかっ!」


「君は僕の体臭が好きだからねぇ……、いやぁ本能まで変わってなくてちょっと安心したよ!」


「嬉しそうにしないでくださいっ!! ああもうっ!! 手からトランクスが離れないっ!! いやっ! 顔に近づけないで私っ!! なんでこんなクセになりそうな香り…………南無三っ!!」


「ああっ!! 僕のトランクスがご臨終したっ!? 君が買ってくれたお揃いのトランクスなのにっ!!」


「どんだけバカっぷるなんですかっ!! 私はいったい貴男とどんな関係だったんですっ!?」


「僕は君の最愛の夫さ、……そして君は僕の最愛の妻だ」


「その前ですっ!! 私はどんな性格で、どんな風に貴男と過ごしてたんですかっ!! 病院に来た人はみんな変な顔して教えてくれませんしっ!! 気になってしょうがないんですっ!!」


「そう言いつつ、そのトランクスを履こうする君に安心しちゃう僕が怖い」


「安心しないでくださいっ! 早くこの手を止めて――ああもうっ!? ローアングル禁止ですっ!! もっと可愛い下着の時に、じゃなくて!! 私はそんな軽い女じゃないんですからねっ!!」


 その割に、見せつける様な隙を作っているのに彼女は気付いているのだろうか。

 英雄は曖昧な顔をしつつ、トランクスを洗濯機へシュート。

 彼女を座布団に座らせると、その対面に座り。


「思った以上に記憶が無いというか、記憶が無いとここまで別人になるのかって言うか…………これは僕らのコトを一から説明すべきだね」


「よろしくお願いします」


「ところで、用意した座布団から僕の膝の上に移ったのは何で?」


「――っ!? はわわわっ!? こ、これは誤解ですっ!! 英雄さんの事が好きって訳じゃないんですからねっ!! 何故か無性に触れたい衝動がありますけど、絶対に違いますからねっ!! はい退いたっ!!」


「うーん、この地味にダメージくる感じ」


「申し訳ないと思いますが、慣れてください」


「仕方ない……じゃあまず僕らの前提として、――君が押し掛け女房だった」


「今なら、少しだけ納得します」


「そこで、僕らは楽しく同棲して。君のお姉さんの反対を乗り切ったり、両方の親に挨拶して、こうして結婚に至った」


「まぁ、それは分かりましたけど…………それだけじゃないですよね?」


「今の君は知らない方が良いと思うけど?」


「いえ、聞かなきゃいけないんです。お願いします」


「…………そのちょっと砕けた感じ、慣れないなぁ」


 ともあれ、話さなければならない。

 英雄は神妙な顔をして。


「僕とフィリアの出会いは、小学生の頃だった」


「幼馴染みだと?」


「いいや、海外から転入していた君は当時イジメにあってて、僕が助けた」


「成程、それ以降ベッタリだと」


「残念、僕が君と再会したのは高校一年の時。もっとも僕の方は覚えてなかったんだけど」


「つまり……思いを募らせていた前の私は、勢いで押し掛け女房になったと」


「……………………うん、それでいいかな?」


「なんで疑問系なんですか?」


「その大きなおっぱいに手を当てて、よーく考えて……いやゴメン、記憶無いんだったね」


「セクハラですよ英雄さん、いくら夫婦の仲とはいえ礼儀は必要です」


「ウゴゴゴゴ、僕ちょっと蕁麻疹出てきたかも……。君からそんな常識的な言葉が出てくるなんてっ!! 同棲する前のバケの皮が剥がれる前みたいだっ!!」


「どんな人物だったんですか私っ!?」


 さあ話せと言わんばかりに睨むフィリアに、英雄はため息を一つ。

 恐らく、残酷な事をこの少女に突きつけなければならない様だ。


「落ち着いて聞いて欲しい」


「落ち着く必要がある人物だったと?」


「…………君はね、僕を十年以上ストーカーしてたんだ。家の財力、権力を使って」


「いやいや、そんなまさかぁ」


「そしてね、家が燃えて行き場所が無いって嘘までついて。この部屋に転がり込んできたんだ。…………本当に家を燃やして、僕が君を誘う様に誘導して」


「嘘ですよね?」


「嘘、だったら良かったなぁ。この事がバレた君は、僕をヘリで拉致して、このアパートに秘密裏に作った地下室に監禁したし。あの時はクラスメイト全員が協力してくれなかったら、今頃どうなってたかなぁ……」


「またまた英雄さん、嘘が下手ですよ?」


「…………一階の管理人室は案内したよね、本当に監禁用の地下室あるから確認してきて? ああ、安心して欲しい。このアパートは君が僕に気付かれずに買い上げてるから、隣の義姉さん達の部屋以外はフリーパスだよ」


「ちょっと確認してきます」


 フィリアは半信半疑で立ち上がり、そして数十秒後。


「何でよおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 ドタバタと大きな足音と共に戻って。


「何なんですかあれっ!? 本当に地下室ありましたし、ししししし、しかもっ!! 壁という壁に英雄さんの写真だらけじゃないですかっ!? 変なアルバムまで沢山ありましたしっ!! 前の私は何なんですかっ!?」


「ちょっとフィリア? 前に見た時より悪化してるよねその部屋?」


「知りませんよそんな事っ!? というか良くこんな危険人物と結婚しましたね英雄さんっ!? 普通、警察に通報して終わりでしょうっ!?」


 髪を振り乱し愕然としながら叫ぶフィリアに、英雄は率直に告げた。


「ポニーテールとおっぱい」


「最低ですっ!?」


「間違えた、うなじも最高なんだ」


「言い訳になってませんよっ!?」


「後はまぁ……フツーに好きだし、一緒に居て安心出来るし楽しいし、フィリアしか居ないじゃん?」


「そっちを最初に言ってくれません?」


「そう? ところで記憶喪失の奥さん、健全な少年のエッチな衝動も全部受け止めてくれて、在学中に子供お腹に抱えながら登校するつもりだったけど…………」


「どんだけ貴男の事を好きなんですか私っ!?」


「まぁ安心してよ、僕が阻止してたから…………途中まで」


「途中までって何っ!?」


「………………コンドーム、この部屋に無いんだよ」


「悲しそうに言わないでくださいっ!? 私が泣きたいですっ!!」


「あ、そうそう。一応、聞いておきたい事があったんだけどさ」


「この際です、もう何でも言ってくださいよ……」


「入院してた期間を除けば、今日が実質的な新婚初夜なんだけど?」


「それって……つまり?」


「前の君の計画では、一週間ぐらい学校休んでずっと子作りって」


「絶対しませんよ? というか、無理に襲ったらちょん切りますよ?」


 チョキチョキと指を動かすフィリアに、英雄は顔を青ざめて。


「…………キスとかハグもダメ?」


「ダメです、健全なお付き合いは交換日記から」


「健全過ぎるっ!? いや今の君に無理強いするつもりなんてないけど、ちょっと清楚みが溢れ過ぎてるよっ!?」


 キスも駄目だなんてと落ち込む英雄に、フィリアはにっこり笑って。


「私、今日から空いてる部屋で寝ますね」


「ううっ、分かったよ…………でもそれには問題があるんだ」


「どんな問題です?」


「お布団、一組しか無いんだ」


「あー、日常的に一緒に寝てたと?」


「うん」


 すると彼女はうむむと唸り、苦悩するように髪をかきむしった後。


「………………風呂上がりの着替え、覗かないでくださいね?」


「いつも目の前でポーズ取って――いや、何でもないです」


「百歩譲って、一緒の布団で寝ましょう。……でも、お触りは厳禁です」


「お休み前のキスは?」


「禁止です」


「…………おはようのキス」


「禁止です」


「言ってきますのキスと恋人繋ぎ……」


「勿論禁止です」


「…………」「…………」


 フィリアは警戒の眼差しで英雄を、英雄は指をくわえて彼女を見て。


「…………了解したよ、トホホ、無垢な君を僕の色に染め上げるチャンスがっ!! 常識的で清楚だけど夜は恥ずかしがりながら乱れてくれてる絶好の機会がっ!!」


「仮にも夫なら、愛する新妻の希望を聞いてくれますよね?」


「ううっ、了解したよぅ……」


 そして深夜。


(眠れなあああああああああいっ!! こんなに眠れないのは初めてフィリアと一緒に寝た時以来だよっ!! というかっ!! ぱじゃまかなり脱げてるよっ!? なんで下着つけてないのさっ!? なんで足を絡めて僕の耳に息を吹きかけるのさっ!?)


 本当に記憶喪失なのか、これが本能の仕業ならどれだけ重いのだろうか。


(素直に喜べないっ!?)


 これから先を不安に思いながら、英雄はぐっすり寝た。



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