第152話 六月の花嫁(五章エピローグ)



 英雄を諦める、そう決断を下した美蘭の態度はフェイクなどでは無かったらしく。

 二人が帰宅して数日後には、丁寧な謝罪文付きの高級な羊羹が。

 ほっと一安心し、そのまま普通に騒がしい日々を。


 そして時は流れ流れて、GWの約半月後。

 フィリアにとって待ちに待った、英雄の十八の誕生日。

 即ち、結婚が可能となった日であり。


「………………つーん」


「ねぇフィリア? いつまで拗ねてるの? もう直ぐ市役所に着くんだけど?」


「つーん!」


「つんつんお嫁さん、もう直ぐホンモノのお嫁さんになる時ですよー。いい加減さ、機嫌なおしてどうぞ?」


「つーん、つーん!」


 ぷいっと口を尖らしてソッポを向くフィリア。

 おめかしして、手だって恋人繋ぎ。

 ぴたっと寄り添って居るのに……何故か彼女の機嫌は斜め下で。


(どうしたものかなぁ……、結婚が嫌になったってワケじゃなさそうだけど)


 つんつんフィリアは、昨日今日始まった訳ではない。

 丁度、美蘭からガチ謝罪用羊羹が届いた日からだ。

 最初は日に数分だったのが、ここ数日では一日中つんつんで。


(こんなフィリア初めてだし、拗ねてても単に可愛いだけだし、つんつんとしか話してくれないからワケも聞けないし…………でも、流石にそんなコト言ってる場合じゃないよね)


 もう市役所に着いてしまった、後は二階で届け出を出すだけ。

 時間もまだ朝、ここらで結婚前最後の仲直りと洒落込もうではないか。


「じゃあフィリア、婚姻届出す前に屋上で少し話そうか」


「つーん?」


 そして、屋上で空いたベンチを見つけ二人仲良く座り。


「つーん」


「いや、そろそろつーん以外も話して? 僕ってば結構寂しいんだけど……」


「………………フン!」


「あれっ!? 何が気に障ったのっ!? さっきは可愛くつん、だったのにっ、威圧感を感じるよっ!?」


「がるるるるッ」


「とうとう唸りだしたっ!? 可愛いけど、そう言うのは二人っきりの時が良いなぁ」


「がぶがぶッ! がぶッ!!」


「あだっ!? なんで指を噛んだのっ!? うわー、君の歯形は僕の左手の指に…………」


「くぅ~~ん? ぺろぺろ」


「フィリア? 犬じゃないし、二人っきりでもないし、ちょっと公衆の面前で過激すぎない?」


「がぶ」


「うごごごっ!? ハイヒールアタックっ!? ちょっと攻撃がマジ過ぎないっ!? 僕なにかしたっ!? ちゃんと話してくれないと分からないよっ!?」


 悲鳴混じりの英雄の叫びに、フィリアはむすっと。


「………………美蘭は、狡い」


「はいっ!? なんで美蘭が出てくるのさっ!?」


「この唐変木、すかぽんたん、おたんこなす、甲斐性なし」


「うーん、僕の胸の上で指でのの字を書きながら言われても…………、上目使いがきゅんと来た、キスして良い?」


「――ん」


「ん、それで? ワケを話してくれる? 美蘭が今の状況と何の関係があるの?」


 するとフィリアは、むむむと唸り、次にぐぬぬと歯ぎしりし、更に瞳をうるうるとさせて。


「…………………………初めては私が良かった」


「僕の初めては君に全部上げたと思うけど? あー、もしかして唇へのキス? 大丈夫さ、あれも君が最初だよ」


「………………指輪」


「…………………………………………なるほど?」


 それか、それだったか、と英雄は冷や汗をひとつ。

 確かに拗ねる、フィリアならば確かに拗ねる、だが何故それを言わなかったのだろうか。

 もしかして、もしかして彼女は。


「念のため聞くけど……、マリッジブルー?」


「君がそう感じたのなら、そうなのかもしれないぞ? あくまで君がそう言うなら、だッ!」


「あー。マリッジブルーでは無いと仰る?」


「勿論だ、正式に夫と妻の関係になる訳だが。そこに一片の不安も無いぞ? 私という重い女を嫁になどと君の人生を考えれば過ちなのではないか、などと……うっかり考えてなんて――いないッ! ましてや結婚指輪まだで実は愛されてないのでは、とかッ! 超絶考えて不安で眠れぬ夜なんて送ってはいないッ!!」


「どう考えてもマリッジブルーだよそれっ!?」


「うむむ、………………そう思うか?」


「今の言葉を聞いて、そう思わない人は居ないよっ!?」


「馬鹿なッ!? この私がマリッジブルーだと……、実はそんな気がしていたが、本当にそうだったとはつーん!」


「最後のつーん必要だった?」


「あわわわッ!? ひ、英雄が私を必要ないとッ!?」


「クソっ、実はメンタルよわよわフィリアちゃんが今ここで出るとはっ!?」


「ふふふ……失望しただろう、こんな私で失望しただろう……よし、婚姻届を出すは延期しよう。メンタルよわよわな私は、いつでも君と結婚できるという生温い立場で一生を終えるのがお似合いなのだ……」


「うーん、それでも僕を離さないって所、大好きだよっ!!」


「お世辞など言うな……待て、本気でお世辞だったら君と共にこの屋上から飛び降りる」


「はいはい、本気だから安心して、そして落ち着いて深呼吸してよ」


「ひっひっふー、ひっひっふー」


「それ、ちょっとだけ時期が早くない?」


 マリッジブルーで、面倒臭い女に変貌したフィリア。

 彼女も普通の女性の様に不安に思うのか、とか、そんな彼女も愛おしい、等と英雄は新鮮に感じたが。

 何はともあれ、愛する女が不安になっているなら、それを取り除くのが男の役目。

 ――英雄はズボンのポケット中に、目的のブツがあるのを確認して。


「ごめんねフィリア……、僕としてはサプライズで送りたかったんだけど。裏目に出ちゃったね」


「な、何のサプライズだ貴様ァ!! 離婚届だったら無理心中するぞッ!!」


「まだ結婚してないよ?」


「謀ったなッ!! なんて卑怯な男だッ!!」


「はいはい落ち着いて、んでもって左手を出して。――はい、そのままキープ」


「…………成程、これで期待を裏切ったら君の一族ごと根絶やしにする」


 涙目で告げるフィリアに、英雄は苦笑しながら小さな箱を取り出して。


「――遅くなったけど、あらためて結婚しようフィリア。僕のお嫁さんになってください」


 少し古びた、だが細工の美しいダイヤの指輪を彼女の薬指にはめて。


「あ、ああ……、ほ、本当に…………ッ!?」


「本当に本当さ、更に言えば。これはウチに代々伝わる――まぁ爺ちゃん婆ちゃん達からだろうけど、ともかく、脇部のお嫁さんに伝わる大切な指輪さ」


「返さないからなッ!! もう返さないからなッ!!」


「返さなくても良いけど。将来、僕らに子供が出来てその子が結婚する時には譲ってあげてね。後、普段使い用の結婚指輪はこの後、買いに行こうか」


「うん、……うんっ!! び~~で~~お゛~~!!」


「ははっ、泣き虫だね僕のお嫁さんは。あ、でも少し押さえてくれると嬉しいかな? 僕も嬉しくて泣いちゃいそう」


「ばか、そこは素直に一緒に泣いてくれ」


「婚姻届を出した後か、卒業後の結婚式の時まで取っておこうかなって」


「ばか、ばか、ばか……本当に、君はばかなんだから」


「こんな馬鹿な男だけど、見捨てないでくれると嬉しい。というか君に見捨てられると僕、生きてる意味が無くなるから」


「…………ばか、私もだ」


「うーん、僕らってお似合いの夫婦だねっ! よし夫婦になる前に独身最後のキスをしよう!」


「ばか、――――ん」


「ん、…………名残惜しいなぁ。ずっとこうしていたい」


「私もだ、けれど続きは婚姻届を出してからだな」


「よし、それじゃあ腕を組む? 恋人繋ぎにする?」


「ぎゅっとくっつきたい、腕の方で」


「はいはい、僕のお姫様」


「五分後にはもう、君のお后様だぞ?」


「それでは王様として、将来の王子様、お姫様を育てられるように頑張んなきゃ」


「子供も良いが、今はお后様のご機嫌伺いが最優先ではないか?」


「おっとそうだった、では行こうか三分後のお后様?」


「カップラーメンのようなお后様になっているぞ、カップ面ダーリン? さ、エスコートしてくれ」


「喜んでカップ面ハニー?」


 そして二人は屋上を去り、受付に届け出を提出。

 今、確かに法で認められた夫婦となって。


「ふふふふ、はははははッ!! これで私は君の妻だッ!! ああ、何をクヨクヨ悩んでいたのだろうか――まるで生まれ変わったみたいだッ!!」


「うーん、僕、結婚して良かったのだろうか……」


「冗談でも泣くぞ?」


「ごめんねフィリア、君を泣かすのは夜のベッドの上だけにするよっ!!」


「ばか、ウチは布団だ…………この際だ、ベッドも探しておくか?」


「勿論ダブルだよねっ!!」


「いいや、――――キングサイズだッ」


「いやっほうっ!! フィリアってば分かってるぅ!!」


 市役所の戸籍課が新しい夫婦の為に総員で拍手、そして専用BGMで祝福する中。

 二人は浮かれきって、腕を組みスキップして退場。

 そして外に出た瞬間。


「ではいざ行かんッ! 私たちの指輪を買いに――――ぬわおおおおおおおッ!?」


「フィリアがバナナの皮で転けたっ!? というか腕組んでる僕も――――あだっ!? いったたたた……背中打っちゃった、大丈夫フィリア? …………おーいフィリア?」


「………………」


 英雄が体を起こして最初に見たものは、倒れたままのフィリア。

 彼女はまったく動かずに。


「え? ええっ!? …………フィリア? え? ジョークだよね? おーい、フィリア? ………………だ、誰か救急車呼んでっ!? というか僕が呼べばいいのかっ!! ああっ、救急車って何番だっけ誰か助けてええええええええ!?」


 慌てすぎて救急車も呼べない英雄に替わり、誰かが救急車を呼んで。

 気付けば彼は、ローズ、ロダン、王太、こころ、四人と共に病院の廊下で一時間以上も待っていて。


「――脇部さん、どうぞ病室にお入りください」


「お医者さんっ!? フィリアはっ! フィリアは無事なんですかっ!?」


「落ち着いてください、えーと、貴男が夫である英雄さん?」


「はい! フィリアは大丈夫なんですかっ!?」


 胸ぐらを掴むような勢いの英雄に、しかして医者は真剣な顔で。


「…………身体的には問題ありません、気を失ったのは頭部を打った事による軽い脳震盪でしょう。万全に調べましたが、後遺症も無いでしょう。――ですが」


「ですが? え、何かあるんです? 頭を打った他に悪いところでもっ!?」


 様々な不安が過ぎって愕然となる英雄、その時だった。

 フィリアは少し唸って、瞼を開け。


「――気が付いたんだねフィリアっ!!」


「ええと…………」


「良かった、良かったよう……君を喪うかと…………」


「あの……、すみません。どちら様でしょうか?」


「ははっ、何それ。早速病人ジョーク? 君もやるねぇ」


「いえ、ですから。――貴男、誰ですか? 私の知り合い? ごめんなさ、ちょっと思い出せなくて……」


「………………あ、あれ?」


 英雄はグギギと顔を医者に向け、ローズ達も目を丸くして同様に視線を。

 何だ、何なのだフィリアの雰囲気は。

 普段と違いポニーテールを解いていて、それが故にお姫様な雰囲気になっているのも。

 青い入院着と頭に巻いた包帯が、儚げな雰囲気を出しているのも百歩譲って良しとする。


「あのぅ…………フィリア?」


「私はフィリアという名前なのですか? ありがとう

ございますっ! 親切なお方、お名前を聞いても?」


 いつもの仏頂面は何処へ行ったのだろう、英雄に向ける多大な熱量の籠もった、けれど優しい視線は?

 この花のように可憐に笑う、普通の少女の様な人物は誰だ?

 ――全員が絶句する中、注目を集めた医者はとても気まずそうな顔で告げた。


「端的に言いましょう、――彼女は、記憶喪失になっている様です」 


「何でそうなるのさああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 英雄は、頭を抱えて叫ぶしか出来なかった。








 五章・了

 六章「新婚編」に続く。


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