第151話 リング



 GWはまだ残っているが、ともあれ帰宅する日の朝である。

 食事の時間はとても冷え冷えとした空気――ではなかった。

 美蘭が食事の時間をズラしたという事もあったが、そもそも親戚の殆どが出席せず。


「僕としては針の筵って雰囲気だと思ったんだけどなぁ、案外と平穏だったね」


「………………つーん」


「フィリア? つーんって口で言っても可愛いだけだよ?」


「ええいッ! 指で頬をつつくなッ、君は少し空気を読んでくれ!!」


「つまり、みんなは空気を読んで朝食に来なかったと? 違うでしょ」


「……はぁ、君の家の者はかなり図太いな」


 然もあらん、彼らが出席しなかった理由は美蘭を慮った訳ではない。


「それは僕も同意する、まさかなぁ……全員がお仕置きの最中だなんて」


「私も君をお仕置きしようか?」


「エッチなお仕置きなら喜んで」


「ほほう? では貞操帯を付けて、学校でトイレに行かなくても構わないと?」


「今すぐ全裸で足を舐めるから許して?」


「ばか、帰ってからだ」


「いやっほう!! だからフィリア大好きだよっ!!」


 英雄が彼女に抱きつこうとした、その瞬間だった。

 襖がスパンと勢いよく開かれ、スパンと直後に勢いよく閉じられる


「おいテメェ英雄っ!! ちっとはコッチのフォローにも来いよッ!! なに関係無いって顔でガンスルーしてるんだッ!!」


「あ、勇者さんチィーッス。朝からお勤めご苦労さまでーす」


「……ふむ、修さん? 会いに来るのは構わないが、服装を少々考えて欲しいのだが」


「う゛ぐっ!」


「いや、スゴイ格好だねオサム兄さん。……口輪に縄の跡に……、え、これ蝋燭? 熱くなかった? というか下の毛、全部剃られてない?」


「誰の所為だと思っていやがるッ!!」


「自業自得でしょ?」


「それはそうだが、お前がノーダメなのが納得いかねぇ!!」


「うーん、それはすまないと思ってるけど……」


「安心してくれ英雄、君は帰ってから私がたっぷりとだ、GWはもうお日様が見られないと覚悟しておけ」


「助けてオサム兄さんっ!!」


「ハッ、地獄に落ちやがれ!! 精々、新たらしい扉を開かない様に…………ううっ、新しい、扉を……ち、チクショウッ! 俺ッ、俺はッ!! ぬあああああああああああ!!」


 涙を流し苦悶し始めた従兄弟の姿に、英雄も涙を禁じ得ない。

 きっと、口で言えないような何かがあったに違いない。


「ところでオサム兄さん、気持ちよかった?」


「めっちゃ良かった、もう少しであの三人に一生監禁されてエロい事しか考えない暮らしを決断する所だった」


「わーお、良く抜け出して来たね」


「……………………正妻はディア、イアと小夜は内縁の妻で、新居に引っ越しする事になったんだ」


「結婚式には呼んでね?」


「テメー、ご祝義はおっぱぶを奢れよ?」


「オッケー! 良い所を爺ちゃんに聞いておくよっ!!」


「修さん、後で報告しておく。そして英雄、金玉は二つあると言う……一つぐらい私の胃に入っても大丈夫だと思わないか?」


「オッケー! この話はジョーク! そうだよねオサム兄さん!」


「勿論だ英雄!! だがテメェ後で覚えておけよ!!」


「着信拒否にしてブロックしておくね?」


「良い度胸だ、ドエロいエロ本送りつけてやるからな?」


「じゃあ金髪ダークエルフ巫女のエロマンガ探して送るね!」


「それをしたら戦争だろうがっ!! 金髪ポニテのエロ本送るぞこの野郎ッ!!」


「……」「……」


「「我が魂の兄弟!!」」


 従兄弟同士は仲良く肩を組み、フィリアはジト目でため息を一つ。

 その瞬間であった、再び襖が開いて。


「なーにバカな話してるんですか? ディアさん達に居場所をチクりますわよ三股ヤロー」


「ゲェ美蘭ッ!? テメーは噂の英雄にフられた美蘭じゃねぇかッ!?」


「直球過ぎるよオサム兄さんっ!? 僕らの気持ちも考えてっ!?」


「およよよよ、ワタクシのハートは文字通りブロークン……これは謝罪と賠償が必要ですわね?」


「男、脇部修ッ! 貴女のおみ足を這い蹲って舐めようではないかッ!!」


「それで謝罪する気なら良いですけど、ディアさん達にチクりますわよ?」


「あ、マジ勘弁、フラれ女マジさーせん」


「何でオサム兄さんは、美蘭と仲が悪いの?」


 振り返れば、今までもそうだったと英雄は首を傾げ。


「ふむ、気になるな。――教えてくれ」


「おーう、ノリ気だねフィリア」


「後々、交渉材料になるかもしれないからな」


「なんのっ!? 僕ちょっと不安だよっ!?」


「安心しろ――――君を罠にハメる時の為だ」


「安心出来る要素が一つも無いっ!?」


 ガビーンと驚く英雄を余所に、修と美蘭はしんみりしながら回想を始めた。


「そう、あれは美蘭がショタコンの素質を発揮しはじめたその時だった……」


「ええ、修兄さんが幼い日の小夜さんと結婚の約束とかした頃でした……」


「これ僕ってば聞かなきゃいけない流れ? 正直気まずいんだけど?」


「それを正面から言える君は凄いと思うが、これもペナルティだ受け入れろ」


「――英雄は俺と一緒に世界を救う筈だったのに!!」


「このヤリチン野郎が英雄と遊ぶのを独占したのですわっ!! ワタクシの想いを知っていながら!!」


「君が原因のようだぞ?」


「うーん、それ何時の時? 五歳より前だよね絶対」


「三歳ぐらい?」


「ワタクシと英雄の年の差が二つですから……、まぁそれぐらいですわね」


「よし英雄、今度君は三歳プレイをしろ。私の事は『まま』か『おねえちゃん』だッ!」


「目が血走ってるよフィリア? というか君も美蘭の前で遠慮しないよね」


「くぅッ、なんて可哀想なワタクシ!! 恋敵の夜の計画を聞かされっ!! そしてヤリチン三股ヤローはインモラルっ!!」


「それ俺関係ないッ!? ――というか、三股してる俺が言うのも何だけど、よくお前のうのうと此処に居られるよな」


 修の問いかけに、美蘭は己の目を指さして。


「フフン! 泣き腫らして赤くなっているのが分かりませんの?」


「重大な事を打ち明けるぞ英雄、私は今すぐ逃げたい」


「奇遇だね、僕もだ」


「安心しなさいな、――これはマジですわ」


「そこは嘘でも良いから、メイクに失敗したとか言ってよっ!? 僕を精神攻撃しにきたんだねっ!?」


「どちらかと言うと、……英雄を奪ったフィリアさんにチクチクとダメージを与えに?」


「意地が悪いッ!!」


「まぁ、用件の半分ですが」


「やったねフィリア、君への用件は済んだみたいだよ!」


「残念、残りの用件もフィリアさんにですわ」


「残念なお知らせだねフィリア、……僕もうこの部屋出てって良い?」


「ダメだ、ここに居ろ」


「りょーかい、トホホ」


 さて何を言い出すのか、緊張に固まる二人。

 だが修は、空気を読まずに口を挟んだ。


「そうだ、俺も用があったんだ英雄……助けてくれ」


「ワタクシの後にしなさいな」


「ダメだッ、今じゃないとダメなんだッ!!」


「じゃあ用件は何?」


「――――俺の鉄壁なるiPad守備隊長が殉職した、代わりの防具に心当たりはないか?」


「よし、美蘭続きをどうぞ」


「待て待て待てッ!! マジで命の危機なんだってッ!! アイツらまだ怒ってるんだってッ!!」


「そういえば英雄は罰しませんのフィリアさん?」


「うむ、罰しないのが英雄へのペナルティだ」


「狡いぞ英雄ッ!! 俺なんてッ、俺なんて――!!」


「いやぁ、優しいお嫁さんを持って僕は幸せだなぁ」


「寛大な私に感謝しろよ英雄、私は君を無罪放免とする、――その事を親戚中に言いふらすがな」


「…………なるほど、考えましたわね」


「え、待って? みんなに言うの? なんで?」


「私は罰しない、君はさぞかし羨まれるだろう……嫉妬の炎に焼かれるかもしれない、――――だが私は基本的に助けない」


「やっぱり怒ってるじゃないかフィリアっ!? 助けてオサム兄さんっ!!」


「安心しろ英雄……、たった今、俺が皆に連絡しておいた」


「この裏切りものおおおおおおおおおおおおっ!!」


 次の瞬間、襖はガタっと空いて。


「テメー英雄ォ!! 一人だけ楽しやがってッ!!」「オレらが罰を与える!!」「全部聞いたぞこの野郎っ!! 点数稼ぎの為に囮にしやがって!!」「嫁さん達は見逃すが、私達はどうかなっ!!」


「英雄くんエスケープうううううううううううう!!」


「逃げたぞ追ええええええええェッ!! 捕まえた奴は俺からおっぱぶを――じゃねぇまた那凪に殺されるから酒を奢るッ!!」


「お、マジか俺も参加するぜ――」


 ウキウキで部屋を出た修は、ピタっと静止し冷や汗だらだら顔面蒼白になって。


「奇遇ですねオサム様!! あの客間に繋いでおいたのに、こんな所にいらっしゃるとは!」


「――家族計画、話し合う(内縁の妻でわたしの実家、納得しますかねぇ……子供が何人か居れば跡取りに入れられるので既成事実お願いしますっ)」


「妾も実家も納得させるために、子作りするわよオサム!!」


「ぬぁあああああああああ!! 結婚式する前に赤い玉でちゃううううううううううううう!!」


 哀れ、自業自得にも修は三人に捕まりずるずると引きずられて。

 これらをポカーンと見ていたフィリアと美蘭は、顔を合わせるなり笑いはじめ。


「クククっ、あははははッ!! いい気味ですわ英雄ッ! ワタクシをフった罪、存分に思い知るといいですわ!!」


「ふふッ、流石は脇部の家だ! こうも即座に効果が出るとはな!!」


「いーっひっひひひ、ホント馬鹿みたいだわっ! 昨日の今日でみんなコレですかっ! 失恋の痛みで落ち込んでるのが馬鹿みたいっ!!」


「フられたとはいえ君は恋敵だ、追い打ちしておくが……もっと早めに気持ちを伝えるべきだったな」


「今度、新しい恋をしたら既成事実から始めますわ」


「ほう? 英雄は諦めると?」


「ええ、英雄を甘く見過ぎていましたわ。……多分、ワタクシの手にはおえない人だったのです」


「本音は?」


「まだ愛してるのよおおおおおおおおおお!! 狡いですわフィリアさんっ!! 狡いずーーるーーいーーーー!!」


「英雄の唯一無二の妻の胸でよければ、……貸そうか? 抱きしめてやるぞ?」


「ううっ、この胸のフカフカが英雄を誘惑したんですのねっ!!」


「いや、アイツはどちらかと言うと、うなじを舐めるのが好きだ」


「聞きたくなかったっ!! 嫌いよフィリアさん!! でも母性を感じちゃう悔しいですわ!!」


「――母になる準備は、何時でも出来ているからな!」


 彼女に抱きしめられながら、えぐえぐと泣く美蘭はポケットから玩具の指輪を取り出して。


「…………これ、貴女にさし上げますわ」


「美蘭さんの大事なものだろう?」


「ええ、とても大切な、大切な思い出の品です。……でも、持ってると何時までも引きずってしまう、だから貴女に持っていて欲しいの」


「そういう事なら受け取ろう」


「……………………受け取りましたわね?」


「うん? ああ、確かに受け取った」


「返品は受け付けませんし、よもやワタクシの思い出の品を勝手に処分なんてしませんわよね?」


「勿論だが……?」


 すると美蘭はニタリと笑うと、フィリアから体を離し。


「へっへーーんだッ!! それは『英雄が初めて女性に送った指輪』ですわよっ!! そう! つまり貴女より先に指輪を貰ったのはワタクシですわ!! 精々手元で眺めて悔しがりなさいっ!! ワタクシの心の痛みの少しだけでも味わいなさい!」


「はうあッ!? しまったッ!?」


「ではオサラバですわオホホホホっ!! 次に会う時は貴女達の結婚式ですわっ!! その時までにこの想いは大切な過去にしておきますのでっ! 必ず呼んでくださいなっ!! 後、子供が出来たら抱っこさせてねっ!!」


 そう言い、美蘭は走り去った。

 フィリアは彼女の目尻に涙が浮かんでいるのを発見したが、見て見ぬふりをして。


「――――貴女は良い女性だ美蘭さん。だが……私も負けてはいない」


 次の月には愛する者が誕生日を迎えるフィリアは、苦笑しながら指輪を眺め。


「早く帰ってこい、ばーか」


 共にあの安アパートへ帰還する時を、心待ちにした。


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