第149話 キルゾーン



(持ってくれ僕のカラダ――――)


 夜の森を全裸で疾走する、むせかえる様な緑の臭い、少し塗れた地面が冷たく。


(って言うか、足の裏めっちゃ痛いんだけどおおおおおおおおおおおおおっ!?)


 果たして脱いだ甲斐はあったのか。

 辛うじて追っ手との距離は保たれているのは、身軽になった証拠だと思いたい。

 だが。


「ヤベェぞッ!! もう直ぐ森を抜けるっ!! そしたら目の前に橋だッ!!」


「何か手は無いのかっ!! このままだと我が息子の一人勝ちだっ!!」


「――英雄の注意を一瞬で良いから引いてくれ、さっき英雄が使った即席ポーラを回収してきた!!」


 修の提案に、王太と平九郎は頷いて。

 途端、彼らはもう一段スピードを上げて左右に。

 修はポーラを回して投げる準備を。


(あれも回収するんだったああああああああっ!? いや、でも頑張れ僕っ!! 仕込みは終わってる、信じれば僕は救われる多分!!)


 橋にはフィリアが待っている、そして予想通りなら修の嫁三人も。


(婆ちゃんは動かないっ、フィリアもだっ、だけどさっ、あの三人はどうかなっ!?)


 ルートが判明していて、そして彼女達は怒っている。

 そしてフィリアが居るならば。


(あーもう、またも分の悪い賭けだよっ!! 偶には楽勝でいかせてくれよ!!)


「財布は返して貰うぜ悪ガキッ!!」


「未成年にはおっぱぶは早いってな!」


「これで終わりだッ!!!」


 父と祖父が左右から追い抜き、英雄の進路を妨害する。

 修が振りかぶって。


「――制裁」「天誅!!」「終わるのはオサム様ですっ!!」


「わき腹っ!? ケツぅ!? 股間はヤメロォおおおおおおおおおおお――――!?」


「はっはーーーーっ!! ざまぁ見ろオサム兄さんっ!!」


 ――全裸の勇者・脇部修リタイア。

 三人は振り返らず猛烈にダッシュ、一瞬の後森を抜けてアスファルト。

 橋までもう直ぐ、ならば。


「お、修うううううううううっ!? 糞っ!! テメーは孫の中じゃあ傑物だったが三人も嫁を作ったのが敗因だぜェ、カカカっ!!」


「次はお前の番だ英雄」


「よし爺ちゃん! 親父なんとかしてくれたら、僕が次回の分も出すっ!!」


「孫の頼みだ死ねぇえええええええええええッ!!」


「息子はもっと労れクソ爺いいいいいいいいいい!!」


「いえーい、僕いっちばーーん!!」


 器用にも走りながら殴り合いを始めた二人、当然スピードは落ちて彼は横から抜かす。

 ――勿論、英雄は祖父に奢る気なんてサラサラ無い。


(いくら爺ちゃんでも、この状況で僕を百パー信じる事なんてしない! でも親父は邪魔だ、ウケケケっ――けど、この距離で親父を倒しきれるかな?)


 どの道、王太は排除しなければならない。

 英雄はその予定を早めただけだ。

 そして、待ちかまえるフィリアと那凪、美蘭と。


「ちょっとそれはズルいんじゃないのっ!?」


「でぇいっ! しつこいぞ王太――なんだこりゃあああああああッ!?」


「はははっ!! これエンドだ二人ともっ!!」


 三人が見た光景は、彼女達の後ろに居る這寄家従者部隊。

 当然の様に橋には障害物が設置され、彼らは非殺傷の各種武装で固めており。


「――――これで、ジ・エンドだ英雄」


「お覚悟はよろしくて? 愛しい旦那様?」


「おい英雄っ!! 何か手は無いのかっ!!」


「うーん、川に飛び込む?」


「残念だが、そちらも手は打ってある。……潔く降参するんだ」


「観念しなさい旦那様、もう終わりです」


「まだだっ! まだ俺のおっぱぶは終わっちゃいないっ!!」


 橋の真ん中で包囲された英雄と平九郎、その囲みはじわりじわりと狭まってきて。

 英雄の下した決断は――――。


「じゃ、諦めようか爺ちゃん」


「おいッ!? ここでッ! おっぱぶはもう目の前なんだぞッ!! 諦めるのかよッ!!」


「うん。――だって、僕の目的は達成されたから」


「――――はァッ?」


 その瞬間、誰もが目を丸くした。

 フィリアだけは、いつもと同じ仏頂面で頷いて。


「ああ、一応行っておくけど。おっぱぶに行きたいのはマジだし、その為に全力を尽くしたのは爺ちゃん達も理解できるよね」


「おいッ!! テメェ!! ウンコまで漏らしたのにッ!!」


「そうさ、ウンコを漏らしてまで実行したのにさ。――僕の本気はみんなも理解出来ただろう?」


「ああ、君の本気は痛いほど味わった。……そろそろ、私にもこのバカ騒ぎの意図を教えてくれないか?」


「…………フィリアさん? 英雄には別の目的があったと?」


「勿論です御婆様、変だと思いませんか? 何故、ウンコを漏らし尊厳を投げ捨ててまで家を抜け出したのに、目的地直前で易々と捕まるなんて」


 彼女の言葉に、一同は神妙に頷いて。


「俺とした事が手抜かったぜ……、英雄が裏切りや妨害を予想できない訳がねぇ」


「英雄ならば、家を出る時点で自転車に乗るなり。道中にタクシーを手配したり、参加者の中から個人的な囮を用意したり、女装で美蘭に変装して我々の中に混ざるなど、様々な手が取れた筈だ」


「確かに、待ち受けていた私たちを行動不能に出来た筈。――そうですね英雄?」


「買い被りすぎって気もするけど、まぁ当たってないコトもないね」


「どこが買い被りすぎだ、君ならやる――絶対にだ」


 力強いフィリアの言葉に、またも一同は頷いて。

 英雄は苦笑しながらボヤいた。


「うーん、みんなが考える程。僕は悪辣なワケじゃないよ? たださ、ハッタリを後付けで実現したり、場当たり的に裏をかいてるだけで」


「はッ、それが出来りゃあ十分悪辣ってもんだッ!! あーー、もう、本当にテメーは死んだジイ様を思い出すなァ」


「確かに、獣兵衛お爺様を思い出しますわ」


「殆どご先祖様って感じの人を引き合いに出されても、ちょっとピンと来ないけど。誉められてないコトは判る」


 祖父母達の祖父とは、そんなに英雄に似ていたのだろうか。

 そんな英雄の疑問を感じ取り、平九郎がうんざりした表情で教えた。


「ま、テメーに俺以上の剣の腕と体格を足した感じだ」


「補足するならば、敵への容赦の無さも。といった具合ね。……そう考えると、良い子に育ったわね英雄……!!」


「御婆様? 話がズレてませんか?」


 フィリアのツッコみに、祖父母は顔を引き締めて。

 そろそろ頃合いかと、英雄は告げた。


「蓋を開ければ簡単なコトさ、おっぱぶに行く、それそのものが僕にとっては手段なんだから」


「手段だァ?」


「そう、目的を達成する為の手段。成功した方が効果が高そうだったから本気で取り組んだけどね」


「だが君は手加減していただろう」


「それは解釈違いさフィリア、手加減したんじゃない――――最初から、僕以外は全滅させるつもりだった」


「ケッ、これが成功したらテメーはおっぱいを堪能出来る、そして効果とやらは抜群。失敗しても目的は達成出来るだと? 悪辣なヤツめ」


「しかし英雄、最初から全滅させる気だったとは?」


 祖母の問いに、英雄は少し気まずそうに。

 これに関しては、下心アリアリだったので流石に打ち明けるのは抵抗がある。


「…………言わなきゃダメ?」


「言え英雄。さもなければ今後、私のおっぱいは揉めないと思え」


「全部言いますフィリア様!!」


「オメーよゥ、それで良いのか……?」


「おっぱいはロマンで大切だけど、手の届く世界最高のおっぱいを優先するに決まってるじゃないかっ!! 僕は何も間違ってないし悔いも無いっ!!」


「ふむ、誉めても情状酌量の余地はないぞ? とっとと言うんだ、理由は何だ?」


「仕方ないか………………点数稼ぎだよ」


「点数稼ぎ? 何の為に、誰のためにだ」


「僕の為が九割、残り一割は参加したみんなの為」


「――成程、自分を悪者にして。彼らの情状酌量の余地を作ったと? 英雄に乗せられたという口実を作った、そう言う事ですね?」


「大体そんな感じだよ婆ちゃん、付け加えるなら全滅させやすいルートに誘導したというポイントだね。――僕はみんなが浮気をしないように一計を案じた、そう主張するつもりさ!!」


「ああッ!! テメェ狡いぞっ!!」


「糞ッ!! やはり英雄を最初に潰すべきだ――あ、ディア様ごめんなさい玉はヤメテ! マジでヤメテ!!」


「おかえりオサム兄ちゃん、修羅場な気分はどうだい?」


「英雄? 後でちょっと話し合おうかブッ殺す」


「いえ英雄くん、私は許します」「妾も」「――私も」


「お前ら何でだっ!?」


 修の叫びに、嫁三人は口々に。


「妾と小夜がこの事を知ったのは、そこの英雄くんのリークよ」


「――全滅させる計画も話してくれた(いやー、英雄くんのお陰でハーレムルートが開けました! ここは援護しておきましょう!!)」


「おい英雄? 何故、私には話さないんだッ!! くのッ! くのッ!!」


「あだっ!? 素足なんだから踏まないでフィリア様!!」


「貴様はこのまま、ぐりぐりの刑だ」


「ガッテム!!」


「カカカカッ!! そのまま嫁御のケツに敷かれちまいな英雄!! ――那凪? つかぬ事を聞くが、俺のケツの穴に差し込もうとしているのは何だ? 土下座か? 全裸で土下座して足を舐めるぞ俺はッ!!」


「そうだ……ッ! お前も修羅場に来るんだ英雄ッ!! アハハハハッ――あ、調子乗りましたマジすいま――ああっ、そこはそんなに伸びないのっ!? コロコロとかボンボンみたいな下ネタギャグマンガを実行しないでお願いッ!?」


 痛がる英雄に、苦笑する女性陣に本気で笑う男性陣。

 今宵のひとつが終わった様な、和やかな雰囲気に美蘭は耐えきれずに。


「――――待って、待ちなさいよみんな!!」


「なんだい美蘭? あ、疲れちゃった? それはゴメンね、そろそろ帰ろうか」


「フンッ! ワタクシは誤魔化されないわよ!! まだ肝心な事を話していないでしょうっ!!」


「……ふむ、そう言えばそうだな」


「確かに、おっぱぶに行くのが手段というのは聞いたが、肝心の目的を聞いていないな。こころに報告するから全部まるっと話せ英雄」


「そうですね、確かに聞かなければなりません」


「で、どうなんだ英雄?」


 全員の視線が集まる、英雄は明るい笑顔で美蘭に問いかけた。


「――言ってもいいのかい美蘭?」


「…………何故、ワタクシに聞くの」


「いや、そろそろ君も気付いてるかと思って。だってフィリアは気付いてそうだし」


「フィリアさん?」


「見当は付いている、だが私も君の口から聞きたい」


「そっか、ならしょうがないね!」


 美蘭と英雄達に何かがあったのは、他の誰もが薄々感づいていた。

 だが、本当にそれが理由なのか。

 誰もが固唾を飲んで見守る中。


「今夜は全部――――美蘭、君の為さ。君の為に、君を想って、僕は全力でやり抜いた。そうさ、これは…………君への宣戦布告にして、チェックメイトの合図なんだ」


 その言葉に、美蘭は険しい顔で押し黙った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る