第147話 カルマ
ヘリの音が聞こえなくなって数分、英雄達は森の中を静かに進んでいた。
「どう見る英雄?」
「ヘリは確かに一度、森の中で止まった。けど直ぐに飛んだ……多分、商店街に続く橋は押さえられてるね」
「かなり遠回りになるが、他の橋に回るか?」
「他の橋に行くには森を出て大きく迂回する必要があるよね? なら危険だ、橋に着く前に挟み撃ちにあうよ」
「だよなァ、――ケケケッ! 楽しくなって来たぞゥ!! 今回はどうやってぶち破ってやろうかッ!! 腕がなるぜッ!!」
「ちなみに、成功した時はどうやったの?」
「橋の欄干をダッシュ、下の川を泳ぐ」
「同じ手は使える?」
「無理だな、那凪が欄干から落とす修行をしてた。下の川は自治体に働きかけて遊泳禁止とちょいと手間な策を作りやがった」
「正面突破しかないかァ……苦労しそうだ」
「ハッ、何言ってやがる! どーせテメーのこったろうから、まだ手を残してやがるんだろゥ?」
「爺ちゃんこそ、その筋肉と剣の腕は見せかけじゃないでしょ。というか、僕の戦い方は親父から、そんで親父は爺ちゃんから。――爺ちゃんこそ奥の手とかあるでしょ」
「クククッ、さぁてどーだかねェ」
「じゃあ僕もひーみつっ!!」
「…………オメーよぅ、良い年してひーみつっ、とか恥ずかしくねぇの?」
「くっ、僕がもっと童顔のイケメンならサマになったのにっ!! どうしてそういう遺伝子を伝えてくれなかったのさっ!!」
「俺の所為かよッ!?」
心温まる祖父と孫の会話に、数少ない生き残りも笑って。
その時だった。
「――誰だッ!! 出てこいッ!!」
「嘘っ!? 気づかなかった!? みんな散開っ!!」
「おいおい、落ち着いてくれよ――俺だよ俺、皆のアイドル王太だぜ」
「親父、良い年して自分をアイドルとか恥ずかしくない?」
「お前に言われたくないな英雄、で? 状況はどんな感じだ?」
英雄達は全員ほっとして王太を歓迎する、彼を追いかけていたこころは妙に足が早かったが、よくぞ巻いて逃げおおせたものだ。
――だが、平九郎だけは険しい顔を崩さずに。
「おっと、ちょい待ちな王太。そこで止まれ」
「なんだよ親父、こころは俺を見失った筈だぜ?」
「フン、俺が気がつかないと思ったか? テメー、ポケットの財布はどうした」
「え、落としたの親父? あー、誰かカード持ってる? 今回はそれで払って、帰ってからその人に払おうか」
「おいおい、暢気だなァ英雄。テメー分かって言ってんのか? それとも気づいてねぇのか?」
祖父の棘のある言葉、英雄は苦笑して首を横に。
彼だって気づいてた、だが……信じたくなかったのだ。
歓迎ムードだった他の者が、父を囲むように移動した事。
父が、その手に鞭を持っている事が何を意味するか。
――信じたくなかったのだ。
「念のために聞くけどさ親父」
「何でも聞いてくれ英雄、愛する息子に閉ざす口は持っていないさ」
「えー、ホントぉ? まあいいや、それでさ。親父ってSM趣味あった?」
「俺じゃなくてこころがな」
「聞いといて何だけど聞きたくなかったそんな事っ!?」
「ちなみにオメー、SとMどっちだ?」
「………………M、の役割の方が多いんだ」
「もっと聞きたくなかったよっ!?」
遠い目をする王太に、一同は涙を禁じ得ず。
中には、青い顔でぶるぶる震える者まで。
そして平九郎は漢泣きをピタっと止めると、そこらの木の枝を折って、王太に向けて構える。
「まァ、長々話してもしょうがねぇか。――テメェ、また裏切ったな?」
「また? 何度も裏切ってるの親父っ!?」
「流石に四回目となると、すぐにバレるか」
「理由は何なのさっ!! 親父だっておっぱいに賭ける情熱は同じだろうっ!?」
すると王太は、影のある笑みを浮かべて。
「こころがな……、行くなら豊胸するって……」
「何しようとしてるのさお袋っ!? 僕、良い年して豊胸した母親の姿なんて見たくないよっ!?」
「俺だったそうだっ!! 正直に言う! おっぱいに貴賤はない、大小どちらも愛してるっ!! だがな……だがなぁ…………俺はこころのちっぱいに涎を我慢出来ない程、調教されてしまっているんだっ!!」
「聞きたくなかったああああああああああああああっ!?」
誰が両親の情事の事情など聞きたいものか、同情の視線が英雄に集まって。
同時に幾人かが、分かりみが深いと頷いたのが闇が深い。
「くそっ、お袋めっ!! 自分のおっぱいを人質に取るとか卑怯だよっ!!」
「脱糞を発案した奴の言う事かそれ? というか、今回は違う」
「違うのかよっ!?」
「ああ、おっぱいを人質に取られたのは二回目の時だ」
「参考までに聞くけど、一回目と三回目は?」
「コイツ、一回目の時は顔に入れ墨彫るって脅されてやんの、ウケル!!」
「そう言うがな英雄、親父はお袋が入れ墨掘る寸前で全裸土下座して回避したんだぜ?」
「人のコト笑えないよ爺ちゃんっ!?」
「ちなみにだ我が孫よ、那凪は頬に平九郎命と、こころのヤローは王太命って掘ろうとしてたんだぜ?」
「あの時は大変だったなぁ」「んだんだウチの嫁さんもなぁ……」「苦労したわ……」
「よくそれでっ!! おっぱぶチャレンジ続けられるねみんなっ!?」
頭を抱える英雄に、平九郎と王太は告げる。
「――覚悟しておけ息子よ、お前の嫁さんはマジでヤバい」
「頬に名前の入れ墨で済むと思うなよ?」
「思い出させないでっ!! いや、言い訳の理論武装は完璧だけどさっ! フィリアもやりかねないっ!!」
「そういや王太、今回は何で裏切るんだ?」
「……………………………………聞くな」
「僕もマジで聞きたくないけど、突破口があるかもしれないし教えて?」
「――これは忠告だ、聞けば後悔するぞ」
「キリっと雰囲気作っても無駄だからね親父? 心の準備は出来てないけど言って?」
すると王太は深呼吸を一つ、儚げに俯いて。
「アイツな、昔っから絶望的に怒ると俺のケツの穴を拡張するんだ………………」
「聞いた僕がバカだったあああああああああああああああああああああああ!! なんでっ!! そんなっ! コトにっ!! なってるんだよっ!?」
「俺だって知らんっ!! だが想像してみろっ!!」
「息子と嫁の情事なんて想像したくねェが?」
「つべこべ言わずに想像しろっ!! 毎晩枕元でしくしく黙って泣かれてっ!! 気づけば一服盛られて拘束されてっ!! 泣きながらケツを堀りに来るんだぞっ!! ホラー以外の何者でもないわっ!!」
「でも大きいおっぱいは?」
「ロマン!! って言わせるな英雄っ!! 良いかっ!! お前も他人事じゃないだぞ!!」
「いやいや、フィリアは流石にそんなこと…………そんなコトしないよね?」
「思い出せ英雄、お前の嫁さんは誰を師匠と呼んでいる?」
「………………お袋だね」
「ではこころは師匠として、何を教えていると思う?」
「っ!? ~~~~っ!! そ、それでもっ!! 僕には達成しなきゃいけないコトがあるからっ!!」
ついに崩れ落ちる英雄、だがその瞳は死んでおらず。
平九郎は悲しい顔をして、剣代わりの枝を握り直した。
「……話はここまでだ、決着をつけるぞ王太」
「俺の上達してしまった鞭さばき、受けてみろよ親父ィ!!」
「テメーらかかれェ!! 相手は一人だ!!」
「いくぜ学生時代に俺だけノーパンしゃぶしゃぶハブられた恨み!」「こころさんがお前を掘るから嫁さん真似して俺も掘られた恨みぃ!!」「先日は出産祝いありがとうでも死ねぇ!!」
一斉に襲いかかられる王太、だが彼は鞭の一振りで全てを解決して。
「テメェっ!? 狙いは俺の財布かっ!?」
「俺のもやられたっ!?」「同じく!」「そ、そんなバカなっ!?」
「ふふっ、この数年。この瞬間の為に毎日三時間練習した甲斐があったってもんだな……!!」
「もっと他に時間使おうよ親父っ!?」
「感謝するぜ英雄……フィリアちゃんがプロを手配してくれて、最新鋭の技術で特性の鞭を作ってくれなきゃ無理だったぜ」
「何してるのフィリアっ!?」
「安心しろ英雄、これを使って何時でもお前を捕縛しようとしていたみたいだが。俺が持つのは試作品、完成品は既に彼女が持っている」
「何処に安心要素があるのっ!?」
「という訳で、こんかいは俺の勝ちだ! じゃあな――」
王太は財布を抱え、颯爽と走り出そうとしたその瞬間であった。
「ていっ」
「ぬわぁっ!? 急に足が――ってポーラかこれっ!? いつの間にっ!?」
「さっき屈んだ時にちょいちょいっとね、いやー、映画の真似って結構有効なもんだねぇ」
「でかした英雄っ! ヤロー共ォ! おっぱぶ資金を取り戻せェ!!」
そう、英雄が投げたのは靴ひもで作ったポーラ。
王太が勝利し油断した一瞬を狙い、見事に成功させたのだった。
「うーむ、やっぱそこらの枝じゃダメだなァ」
「素手でも十分強いんだから、それで良いじゃない爺ちゃん」
「素手だと那凪が手強いんだよなぁ……」
「え゛? 婆ちゃんって強いの?」
「ああ、知らなかったか英雄。那凪はな「あふん」「ひぎゃ」「うぐっ」――チィッ!? 誰だッ!!」
雑談しつつ王太を拘束している瞬間であった、英雄、平九郎以外が全員倒れて。
「悪いな、この資金は俺が貰っていくぜ」
「オサム兄さん生きてた……え? ちょっと待ってオサム兄さんまで裏切ったのっ!?」
全裸のまま現れた修は、歯をむき出しに獰猛に笑い。
「おっぱぶに行くのは、――――俺一人でいいッ!!」
そう言い放ったのであった。
英雄達が新たな窮地に陥っている一方、商店街に続く橋の上ではフィリアと那凪が仁王立ちで待ち受けており。
美蘭はその後ろで、静かに佇んでいて。
(…………そういえば、子供の頃ぶりね。こうやって英雄を待つのは)
共に手を取り合って駆けだした時もあった、美蘭が待たせた時もあった。
春、夏、秋、冬、――去年の秋までは確かに二人の時間がって。
(ワタクシだけって、思ってたのに…………)
英雄の家まで押し掛ければ良かった、すぐに行けたのに。
ずっと、もっと一緒だと思っていた。
(ワタクシが、もしワタクシがフィリアさんだったら)
きゅう、と胸が痛む。
目の前に居る彼女は美しくて、けれど憎くて、でもそれ以上に――――。
(ダメ、ダメよ美蘭。ワタクシは悪役でなければ、悪役でなくちゃダメなのよ……)
たった一つ、それだけが残ったのだから。
だから。
「英雄……」
口からこぼれた言の葉は風にまぎれ、彼女の呟きはかき消され誰も聞くものは居なかった。
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