第145話 脇部家を脱出しろッ!!



 女達が行動開始した瞬間、それを居間で盗聴していた男達は戦慄した。

 魅惑のおっぱぶに行くという作戦がバレている。


「もうダメだァ!! 母ちゃんにバレてる!! 俺は降りるぞ!!」


「はんッ!! ババア達に負けてられるかってんだッ!! 今すぐ出発すっぞ!!」


「今すぐ隠れろッ!! 監禁されるぅ!?」


「いやぁ、慌ててるねぇみんな……」


「英雄ッ!? なんでお前はそんなに落ち着いて居られるんだッ!! ディアにバレてるんだぞッ! お前だってフィリアさんにッ!! それに毎年、敗北者の惨劇を見てるだろうがッ!!」


「敗北者の惨劇っていうか、今までだれ一人として勝利した人が居ないよね?」


「正直、単独の方が動きやすいからなぁ」


「あ、それ言っちゃう親父?」


「辛く悲しいが……事実だ、ああ、一度で良いから全員でキャバクラ、否、おっぱぶに行きたいっ!!」


 父の声に、全員が声を揃えて。


「「「おっぱぶに行きたい!!」」」


「で、だ。――英雄? テメェ、言い出したからには策があるんだろうな? このままだと俺らはこの家からも出れないぜ?」


「そうだぞ英雄、盗聴で聞いた限りではお前の策は見抜かれてる。何かあるのか?」


「頼む英雄っ!! 俺に一度で良いからおっぱぶに行かせてくれっ!!」


 祖父と父、そして従兄弟、他の全員からの期待の眼差しに英雄は頷いて。


「――――策はあるよ」


「でかしたぞ孫ォ!!」


「けど、この作戦はみんなの覚悟が必要だ」


「覚悟? こころのお仕置きなら覚悟してるぜ」


「ふふふふ、そんな生ぬるい覚悟じゃないよ親父。…………そう、今必要な覚悟は尊厳を捨てる覚悟だ」


「待って、待てよ英雄。お前、何しようとしてる訳っ!?」


 既に何かの覚悟を決めている英雄、その堂々たる姿に親戚一同は戦慄し。

 彼は皆の一人一人と目を合わせて。


「覚悟と問う前にさ、何のためにおっぱぶに行くんだい?」


 それは、嘘偽りを許さない神聖な質疑。

 恋人、妻が居る身で向かおうとしているのだ、心に素直に答えなければならない――男、として。

 最初に口を開いたのは父、彼は少年の様に純粋な瞳で。


「おっぱいに貴賤は無い、……けどな英雄。おっぱいには大小があるんだ!! そして良く思い出せ、お前の母のおっぱいサイズを」


「お袋の胸のサイズとか考えたくないんだけど?」


「――そう、こころはちっぱいだ。なぁ、分かるだろう? …………別に恋人を作る訳じゃない、不倫をする訳じゃない、そして勿論浮気をする訳じゃあない」


「お金を出して、ちょっと母性に包まれるだけだと?」


「イエスっ!! イエスイエス!! オーイエスっ!!」


「男として尊敬するよ親父! でも父親としての株は下がったよ!」


「そっくりそのまま返すからな息子よ?」


 ハイタッチを交わす親子、続いては祖父・平九郎が。

 彼は血の涙を流しながら。


「いいか英雄、おっぱいに貴賤は無い」


「それ親父がさっきやったよ?」


「最後まで聞け、――――その大小にも貴賤は無いッ!! だがッ! だがなァ、…………那凪にはもう若さが無ェんだッ!!」


「若くない婆ちゃんは愛してないと?」


「そうは言ってねェ、だがよゥ。よーく考えろ英雄……、愛とおっぱいは別だ」


「愛とおっぱいは別?」


「若い頃は良かった! 他に美女がいなかった訳じゃあねぇが、那凪が一番だった。おっぱいもだッ!! だがな…………女ってもんはな、流石に六十を越えてくるとおっぱいが萎びてくるんだぜ…………」


「でも愛してるんでしょ?」


「勿論だとも! 今のババアの萎びたおっぱいも愛してる!! だがッ! だがなァ!! 若いおっぱいは別なんだッ!! 男は何歳になっても若くて張りのあるおっぱいに母性とロマンを求めてるんだッ!! それが金を出せばちっとばかし堪能できる…………行くしかねぇじゃねぇかッ!!」


 それは魂の叫び、祖父の言葉に涙を流す者、しきりに頷く者、苦悩する様に手をワキワキさせる者。

 彼らは次々に本心を吐露し。

 残るは修と英雄。


「あ、僕はパスで」


「テメェ英雄ッ!? お前だけ言わねぇつもりかッ!?」


「いやー、僕としても。おっぱぶに行きたい気持ちはみんなと殆ど一緒なんだけどさ、全部語ったら台無しだから」


「マイ・サン? その口振りだと他に目的があるのか?」


「安心して親父、僕一人になっても捕まらない限りは本気でおっぱぶチャレンジに挑むから。まー、他の目的があるってのは否定しないけど」


「そう言う事なら仕方がないな、……最後は俺か」


「実は僕ってば気になってたんだよね、だってオサム兄さんは家に帰ればハーレム状態じゃない? 今回の作戦に乗ってくれるか半分ぐらい賭けだったんだけど」


 英雄の言葉に、修は神妙に頷いた。

 確かに従兄弟の言うとおりだ、ディアという本妻が決定したが、家に帰れば他に二人も美女が居る。


「だからだよ英雄、…………俺はディアのおっぱいが大好きだ。性癖ドストライクなあのおっぱいが好きだ。修羅場さえ覚悟すれば、手が届く所にサイズの違うおっぱいが揉める事も否定はしない」


「じゃあなんで? 誘った時に言ってた様に、感情に関わらないおっぱいだから?」


「…………違う、それは違う」


「え、違うのっ!?」


「確かにそれもある、理由の半分だ」


「残りの半分は?」


 すると修は拳を握りしめて、ラスボスに挑む勇者の如く凛々しい顔つきで。


「――――俺はもう、自分を偽らない」


「もっと別のシチュで聞きたかったなぁ、その台詞」


「おっぱいは人類の、否! 地球の生み出した至宝!! 女性一人一人に違うおっぱいの良さがあり、不滅! ディアのおっぱいは素晴らしい、そして他に二つの双山に手を延ばせるのは幸せである――――だが」


「無意味にタメないで続きをどうぞ?」


「合法的におっぱいが揉めるならっ!! 俺は行く!! 例え後でお腹を刺されようともっ!! 刺してきた相手のおっぱいをその場で揉むという覚悟がある!! きっと誰かが言いました!! タダでおっぱいが揉めるなら、お金を出しても揉みなさいとっ!!」


「よく言った修ゥ!! 流石は俺の孫っ!!」「ああ、立派に育ったな修……」「勇者だ……勇者が脇部の家に誕生した!!」「修、お前は『漢』だッ!!」


「くぅ~~~~っ!! 僕の心に響いたよオサム兄さん!! 絶対に真似しようとも思わないし、憧れなんてちっとも抱かないけど、その覚悟、僕に伝わった!!」


 全員が修を取り囲み、涙ながらに肩を叩く。

 ならば、こちらに先制攻撃してくる彼女達への対処法を伝えるのは今だ。

 英雄は男共に語りかけ。


「みんな聞いてくれ、もう時間が無い。さっき聞いたとおりフィリア達は僕達を誘惑して先制パンチしてくるだろう……」


「テメーの嫁さんも中々のやり手だな、誘惑の結果がどうだろうと俺達の心は揺れる」


「そうさ爺ちゃん、僕らは僕らを熟知した誘惑を乗り切らなきゃいけない。――けどココに一つ、尊厳を捨てる覚悟があればその目論見をぶち壊せる冴えたアイディアがある」


「言えよ英雄、お前の自慢の父さんにはその覚悟がある!」


 英雄は神妙に頷くと、短く。


「――――――、だよ」


 誰もがそれにざわついて。


「確かにソイツは効果的だがよゥ、――カカカッ!! 狂気の沙汰ほど面白いってなァ!! どーせ十年後ぐらいにはそーなるんだ! ちっとばかし先取りと行こうじゃねぇのッ!!」


「英雄、良いアイディアだ。これならディア達にカウンターを仕掛けられる。ははっ、かなりガキの頃以来だぞ?」


「……英雄、お前の覚悟。父親として受け取った!! おっぱぶに賭ける想い、誰が否定しても俺は否定しないッ!! やろう!! きっと後でこころの逆襲が超怖いけど、おっぱぶに行きたい男としてやらなけりゃいけないっ!!」


「俺もやるぞ!」「……本気を出す時が来たようだな」「心が今から震えらぁ」「仕方ありませんね、――やるぞ」


 全員が凛々しい顔をし、女性達の足音が近づいてくる。


「とんでもない格好で出発する事になるだろうけど、スマホと財布だけは忘れないで。まぁ財布は忘れてもフォローは利くけど、スマホは連絡に必要だからね」


「……成程、アイツを使うのか」


「うん、その権利があるからね!」


 平九郎が頷いた瞬間、彼女達が居間に到着し。

 彼らは素知らぬ顔で挨拶を。

 男女の間で一瞬、激しい火花が散ったが誰も口には出さず。

 居間には、剣呑な空気が溢れ出て。


「や、おかえりフィリア。みんなで何処行ってたの?」


「何、今夜がこの家で過ごす最後だろう? 宴会も良いが、それぞれで分かれてゆっくりするのも良い。……そう思わないか?」


「僕はオッケー! みんなはどうするの?」


「俺もそれでいいぜ」「精々、こころの好きなようにさせるさ」「ディアの褐色のデカ尻は至宝」


「だってさ、じゃあ解散って事で!」


 そして、それぞれが各々の伴侶と共に部屋へ行き。

 フィリアは部屋に着くなり、襖を閉めて。


「あ、閉めるんだ」


「折角の二人っきりだ、……それとも、何か不都合でもあるのか?」


「まさか! って、え? つっかえ棒も?」


「また美蘭に邪魔されたら嫌だからな」


「それもそうか、それで? 何する? トランプとかどう? 脱衣トランプとかしない!」


 いつもと変わらぬ英雄の雰囲気、だがフィリアはそこに白々しいニュアンスを敏感に読みとって。

 だが口には出さない、もちろん態度にもだ。


(此方の目的がバレている? いや、それでもこうして乗って来た以上、私達が有利だ)


 問題はどうやってひっくり返してくるか、だが戦力を分散した以上、乱入する戦力は無く。

 校長も、先程帰るのを見かけた。

 ならばヤる事は、――ひとつ。


「遊ぶのも良いが、ゆっくり過ごさないか?」


「具体的にはどんな感じで?」


「まず君がそこの壁を背に座る」


「次は?」


「足を広げて、両手を広げて」


「なるほど、脱いだ方が良い?」


「さて、それはその先次第だな」


 二人は微笑みあうと、ベタベタいちゃいちゃし始めて。


「そろそろ熱くなってきたな、どうだろう? 君の手で私の胸元を緩めてみては?」


「男心を擽るお誘い、イエスだね!!」


「実はちょっと過激な玩具と、かなり過激な下着を用意しているんだ。……ムードを作ってくれるなら、好きにしても良いんだぞ?」


「わ~お、何時になくサービス旺盛だね。何か後ろめたい事を企んでる?」


 愛しい彼女の額にキスをしながら、英雄はポケットからこっそりスマホを取り出し用意していたメッセージを送信。

 実に惜しいが、本当に惜しいが、色々と手遅れにならない内に実行しなければならない。


「ところで英雄、君は美蘭への対処に何か企んでいるようだが……」


「残念、まだ言えないんだ」


「今、口を滑らしてくれたら。甘えんぼフィリアとメイドフィリアが見れるかもしれないぞ?」


「なるほど、――でもそれには、大きな問題があるね」


「ふむ、問題とは?」


 切れ長の目がすぅと細まるフィリア、対して英雄は冷や汗をだらだら。


「…………おい、少し顔が青いぞ? 何処か悪いのかッ!?」


「えー、素直に言っても?」


「勿論だ!! 場合によっては救急車を呼ぶッ!!」


「救急車は要らないよ、けどね…………」


「けど?」


「お腹痛い」


「…………具体的には?」


「決壊寸前」


「…………………………成程?」


 フィリアの美しい顔に冷や汗がたらり、嘘だ、フェイク、演技に決まっている。

 じゃんけんの時の様なブラフ、此方が引くまで態度を貫き通す質の悪いそれ。

 だが。


「ぬぅおおおお……、ちょ、ちょっと退いてフィリア……ぼ、僕のケツが! ちょっとヤバいっ!!」


「だ、騙されないぞッ!! その手は二回目だッ!! う、嘘なんだろうッ!?」


「嘘……、だ、だと……お、思う? この音が聞こえない?」


「音? ――――クサッ!? お、おいマジなのかッ!?」


 ぷすー、と言う音と共に漂うは、ウンコの臭い。

 顔をサっと青ざめたフィリアは、慌てて離れると襖のつっかえ棒を取り。


「今すぐトイレに行けッ! いや、私も着いていくというか一人で行けるかッ!? 大丈夫なんだろうなッッ!?」


「ちょ、ちょっと手を貸してぇ」


「ぐぬッ、漏らすなよッ! 子供じゃないんだから我慢しろよッ!!」


「う、うぐっ、ゆ、揺らさないで――――」


 その瞬間であった。

 ブリブリ、ブホホホという気合いの入った汚すぎる濁音が響いて。

 合間を置かず、プゥンと鼻にくる嫌すぎる臭い。


「………………ごめん、漏れちゃったわ」


「おおおおおおおおおおォまァああああああああああえええええええええええええッ!? 漏らしたのかッ!? 本当に漏らしたのかッ!?」


「うーん、ケツの感触が実に悪い。ちょっと脱ぐね」


「ここで脱ぐなッ!! おい待てっ!? トイレに行って脱げッ!!」


「よし、――ごめん、ちょっと捨ててきて?」


「そのトランクスを渡すなッ!! ぬわあああああああああああああッ!! そうだ袋ッ! 確かコンビニの袋が予備として鞄にッ!!」


「はい入れた、……本当に申し訳無いけど。トイレに捨ててきて頂戴? 僕、ちょっとショックで動けない…………、いや、本音を言うと捨ててきてくれないと、ショックでまた漏らしちゃいそう」


「ええいッ!! そこで待ってろッ!! ああもうッ!! 私でなければ見捨ててるぞッ! このトランクスは洗った後、私のコレクションとして保管させて貰うからなッ!! 未来永劫これで君をイジるからなッ!!」


 そう言ってフィリアは、ドスドスと大きな足音を立ててトイレに向かい。


「………………え?」


「え?」「ええっ!?」「なんでっ!?」「こ、これはっ!?」


 集まりたるは、土蔵で顔をつき合わせていた女性陣の全て。

 その手には、汚らしい色と悪臭漂う男性下着があって。


「罠かッ!! 捨て身過ぎるだろうッ!! よくも私達の前でウンコを漏らしてまでおっぱぶに行くのかっッ!!」


「しまったっ!? 急いで戻りなさい貴女達! 旦那様達を逃がすなっ!!」


「――王太、やってくれるじゃない!!」


「オサム様…………ギルティ、どうしてくれましょう。こんなにバカにされたのは始めてです…………!!」


 全員が急いで部屋に戻るも、そこはもぬけの空。

 正確には、それまで来ていた服だけが残り。

 そしてスマホにはメッセージが入って。


『止められるものなら、止めてみなよ!!』


「おのれぇええええええええええええッ!! 聞こえるか皆ッ! 奴らは外に出たッ!! 計画通りに動くぞッ!! 出撃いいいいいいいいいいいッ!!」


 脇部の家が怒号と共に慌ただしい雰囲気の後、静まりかえって。


「…………ワタクシという者がありながらっ!! フィリアさんでもなくてっ、有象無象の胸なんかをッ!! キイイイイイイイイイイイイっ!! 殺すっ!! 絶対に殺す!! こうなったら逆レもやむなしですわっ!!」


 全てを見ていた美蘭もまた、怒りに身を任せて走り出した。


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