第144話 時は来た!



 昨日、一昨日と変わらぬ宴会の風景。

 その中で修はポケットの中のスマホが震えたのを感じて。


(………………英雄っ!? え、マジ? これマジかっ!?)


 対面でジュースを飲む英雄を凝視すると、彼はこくりと頷いて。

 単刀直入な誘い文句、――今夜、みんなでおっぱぶに行こう。

 これは確実に、そして速やかに、女性陣には誰にも悟られずに返信しなければならない。

 答えは勿論イエスだ。


(待て、この場で返すのは危険だっ!!)


 何せ、すぐ側でディアが他の女性陣と談笑しているのだ。

 どうする、どうすれば参加表明が出来る? 修は一瞬を永劫の如く感じながら考え抜いた末に。


「そういや英雄、俺はポテチ(好きな女性のタイプ)は塩少な目(銀髪褐色巨乳)が好きだが、最近その手の新作(他のタイプの子)は出たっけか? 手軽な値段(大人の軽いお遊びがしたい)だとなお良し」


 伝われ、と。

 表面上は何気ない会話、他愛のない只の雑談。

 だがそこに込められた意味は、――切実な願い。


「ああ、オサム兄さんも他の味が食べたくなるタイプ? 僕らという人種はいつも同じ味を愛し、飽きないタイプだけど。こう、愛じゃなくて気楽に安全に味わいたい時があるよね! じゃあ今度一緒に買いに行こうよ! そうだなぁ……、チョコレートでコーティングされてるのとかどう?」


「ほほう、それは興味深いな。何処の店でどんな風に行く?」


 修の思考はめまぐるしく回転する、他の味、同じ味への愛、気楽に安全に、……そして一緒に。

 しかし、見当がつかないのがチョコの部分だ。

 訝しげな視線を送る修に、英雄は苦笑して。


「まぁまぁ焦らないで、僕らのグループを……今作った」


「ああ、――『参加する』」


 グループチャットの名前は、マル秘ファイトクラブ深夜戦線。

 伝わった、従兄弟同士の友情は確かに伝わっている。

 ならば。


「それで、他にも誘うのか?」


「勿論だよ、僕ら一族にとって『ポテチ』は大切さ。でも、地球の重力から離れて無重力遊泳を少しぐらい楽しんだって……ね?」


「スペースシャトルの調達の宛は? 代金はどうする?」


「今回のポテチ無重力チャレンジは、残念ながら徒歩。資金については爺ちゃんに出して貰おう、――ノーと言わせない権利を僕は持ってるから」


「奢りでいつもと違うポテチを食べれるのか、そいつは良い」


「でも、その奢りにありつくには非常に困難なミッションが待ってる」


「…………覚悟の上だ」


「どのくらい? ちなみに僕はお腹にジャンプ入れておいた」


「まだまだ甘いな、俺は帰った時に備えとしてiPadを二つ手に入れている――この意味が分かるな?」


「ま、まさかオサム兄さんっ!?」


「そうとも……背中にも、だ。こんな事があろうかと、前々からこの家に隠して置いたんだ」


「流石だよオサム兄さん!!」


「ふっ、誉めるのは共に新作ポテチを味わう時に取っておけ……」


「よし、それじゃあ僕は爺ちゃん達を優先して」


「俺は叔父さん達から攻める、――幸運を祈る」


「兄さんもね」


 そして二人は動き出して、次々と参加者が集まっていく。

 グループチャットには一言、気軽にポテチを、と短いメッセージを皮切りに、水面下の作戦会議が始まり。

 居間からは一人、また一人と理由をつけて男達が消えていく。

 宴はお開きになり、――そして。


「皆、良く集まってくれました」


「御婆様、男達に内緒の話とは?」


「気づきませんかフィリアさん? ディアさん。他の者も、気づきませんか?」


 那凪によって、土蔵には女性陣が呼び集められ。

 流石に狭苦しいが、誰も気にした様子はなく。

 むしろピリピリと鋭い雰囲気。

 フィリアとディアは首を傾げて。


「――お二人はまだ飲み込めてませんわ、お婆さま」


「では、こころ説明を」


「義母さん?」


「貴女も英雄から聞いたことがある筈です……、脇部の親族が集まった夜、男性陣が何をするか」


「宴会以外にやる事?」


 愛する英雄が何かを思いついたのは、つい先刻の事だ。

 フィリアには何も教えてくれなかったが、これがその結果なのだろうか。

 彼女は皆を観察してみると、那凪は怒髪天直前、こころは呆れ混じりに非常に苛立って。

 他の者達も貧乏揺すりや親指の爪を噛み、異様。

 中には、ブツブツと怨念を振りまいている者も。


「美蘭? 良ければ教えて欲しい」


「あら、まだ理解出来ませんのフィリアさん?」


「ふーむ、君も苛立っている様だな」


「貴女も事情を知れば、苛立つ他に無いと思いますわ」


「私も苛立つ? 義母さん? 御婆様?」


 二人のみならず、全員がフィリアへ頷いて。

 ――何か重大な事態が発生している。

 英雄の事でしか苛立ちそうにない美蘭が、愛する平九郎の事でしか怒らないような那凪が、夫である王太以外には興味が薄そうなこころが。


(待て、待て待て待て待て英雄ッ!? お前はいったい何をしたッ!? 脇部の女性を全て敵に回すなんて何をしたッ!?)


 だが解せないのは、彼女たちはフィリアを責める視線ではなく。

 むしろ同情のそれ。

 漏れ聞こえる中では、可哀想に……、脇部の洗礼、私という者があるのに、という声。

 その瞬間、フィリアの脳裏に去年の大晦日の会話が思い出された。


「キャバクラ資金争奪戦レース!!」


「惜しいですわ、情報が少し古いわねフィリアさん」


「何ッ!? どういう事だッ!?」


「そのキャバクラは潰れて、――おっぱぶになっているの」


「本当なのですか義母さんッ!?」


「愉快な旦那様と愉快な我が子と孫達は、年々進化しているのよ……ああ、どうしてこんな育ち方を……!!」


「しっかりしてくださいお婆さまっ!! アイツらはどの道、こんな風にしか育ってませんっ!!」


 感情が高ぶるあまりにフラつく那凪を、こころ達は心配そうに支え。

 そこに今まで黙っていたディアが切り込んだ。


「――――浮気、ですね?」


「そうよディアさん、修もまた旦那様と同じ脇部の男……」


「そして英雄も、か。………………いや、待て? 私が呼ばれているという事は…………あのバカも参加するのかッ!? 裏で動くとかではなく、本格参戦するのかッ!!」


「ええ、ごめんなさいねフィリア。バカ息子の教育を間違ってしまって」


「いえ、そんな事はありません義母さんッ! 英雄めぇッ!! 私という者がありながらッ!! 絶対に許さんッ!! 今すぐ捕まえましょうッ!!」


「そうですっ!! そうと決まれば今すぐにでもっ!!」


 拳を振り上げるフィリアとディア、だが那凪は首を横に振って。


「――なりません」


「何故ッ!?」「どうしてですかっ!?」


「私の情報によると……今回は規模も危険度も違います」


「…………もしや英雄は参加だけではなく、やはり主導している?」


「ええ、そうですフィリアさん。旦那様だけだったら私一人、王太が加わってもこころが居る、――それは他の者も一緒です」


「だからこそ、私達は毎年阻止出来ていた。……けど今回は別、修と英雄が居る。――ディアさん、修を止められる? フィリアは? ウチのバカ息子を止められる?」


「オサム様と止めるっ!? 各種格闘技だけじゃなくてパルクールまで拾得してるオサム様をっ!?」


「英雄を止めるだとっ!? 少しでも時間を与えれば何をしでかすか予想不能になるアイツをかッ!!」


「…………いや待て、修さんは何故そんなに技能を?」


「フィリアさんこそ、英雄さんはそんなに危険――いえ、愚問でしたね。私もじゃんけん勝負は見てましたもの」


「そうです、今年は突破力と妙な行動力と発想力のある二人が居るのです……策を練らなければなりません」


「理解しました、それが私達が呼ばれた理由ですね」


 周囲と同じく、かなり深刻な顔になるディアとフィリア。

 そして那凪は告げた。


「旦那様達の目的地は、商店街の――――おっぱいパブ」


「嗚呼ッ、嗚呼ッ、嗚呼ッ!! ぬぅあおおおおおおおおッ!! 私の自慢の巨乳では満足出来ないというのか英雄ッ!! 野郎ぶっ殺してやるッ!!」


「昨日の今日でもう他の女ですかっ!! あんなに私のが一番って言ってた癖にっ!!」


 二人の叫びに触発されて、一同は口々に呪いの叫びを上げて。

 それが一通り済むと、そこに居たのは愛が反転しかけている修羅の姿。


「――では聞きましょうフィリアさん、旦那様……いいえ、英雄はどの様に動くと思いますか?」


「一見、予測不能に見えて。英雄は堅実に忠実に動いている」


「どう言うコトですの?」


「この家を抜け出すには、まだ少しだけ猶予がある……彼方にも作戦が必要だ」


「その作戦は? バカ息子は何を考えていると思う?」


「家から出るには戦力が必要、ならば男共全員が集合して行動開始です、――その際に陽動、罠を仕掛けてくる可能性が高い」


「よろしい、では次は?」


「ある程度までは固まって、それから分散して此方のの分散を誘うでしょう。そうすれば後は現地、或いはその手前で集合」


 那凪はフィリアの言葉を吟味すると、差配を開始した。


「罠を仕掛けるわ。最初は強く当たって泳がせます、旦那様達が分散する方向を誘導出来る罠を、分散後は各自が対応、商店街の前には橋があるわ、そこを最終防衛地点に」


「……一つ、案があります御婆様」


「良いでしょう、発言を許しますフィリアさん」


「英雄達が出発する前に、先制攻撃を仕掛けるのです」


「つまり? どういうコトですわ?」


 すると、フィリアは舌なめずりして言った。


「それぞれのパートナーを全力で誘惑するのです、引っかかればそれで良し、そうでなくとも、後ろめたさを感じる筈です」


「…………私達は、あくまで何も知らないフリをして旦那様達に甘え、煽て、閨に誘う。そういう事ですね? ――――では皆さん、行動開始です!!」


 那凪の号令と共に、女達は血走った目で土蔵から飛び出した。


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