第143話 兵は拙速を尊ぶ
居間では大人達の宴会が続き、作戦会議をする空気ではない。
かと言って割り当てられた客間では、美蘭に気づかれる恐れが高い。
ならば、英雄はフィリアと土蔵で作戦会議……の筈だったが。
準備があると遅れてきた彼に、彼女は首を傾げて。
「お待たせフィリア」
「何の準備だったんだ? 私も手伝っ――――、おい、おい? それは何だ君?」
「何って……見て分かんない? 一家に最低一つ、料理をするときの頼もしい味方さ!」
「それは理解できる、だが何故、今、この瞬間に必要なんだ? いや、言わなくていい私が当てよう」
「へっへーーん、フィリアに分かるかなぁ~~?」
「ズバリ、君の手料理で美蘭さんを籠絡するんだろう!」
「ぶっぶー、いざとなれば…………こう、ずぶっと。分かるね? その為に君と作戦会議を兼ねて教えて貰おうと思ってるんだから」
「教えるものかバカ者ッ!? そういうのは私の台詞じゃないのかッ!? なんで君が包丁を持っているんだッ!! いつもの悪知恵はどうしたッ!!」
瞳のハイライトを消して、という状況ならまだ良かったかもしれない。
だが今の英雄は、極めて真剣な顔で冷静に包丁を握り。
「ねぇ聞いてフィリア、僕思ったんだ」
「ふむ、どのような言い訳か聞こうでは無いか」
「ぶっちゃけ、君以外のヤンデレ相手にするのってメンドいから排除しようかなって」
「ストレート過ぎるっ!? せめてもっと理屈をこねて理由を考えろっ!!」
「でもフィリア、……疲れたんだよ。僕の望みは君と静かに暮らす事なのに」
「ひぃッ!? ど、どうしたんだ英雄っ!? まさか偽物かッ!? くのッ! 特殊メイクかマスクだなッ!! 英雄の偽物めッ、正体を表せ――――、そんなバカなッ!? 誰かの変装じゃないだとッ!?」
「ふぉー、ふぃふぁふぃふふぁふぇふぉ?」
「すまない英雄、何を言っているか理解出来ない」
フィリアは英雄のほっぺたから手を離して、彼は包丁を置いて座り込む。
「良いんだ良いんだぁ……、けっ、どーせ僕はヤンデレにつきまとわれる運命ですよーっと」
「…………極めて理解不能だが、何故そんなにいきなりヤサグレモードに入ってるのだ?」
「分かんない?」
「言葉にしなければ、君がいつも言っている事だろう」
「あー。だよねっ! ううっ、流石はフィリア、僕の希望の星だっ!! あー、フィリアの脹ら脛の感触が幸せ……、もうこのまま一生過ごしたい……」
「くっ、今の弱ってる英雄に騙されるな私ッ! ヒモにしたいなんて言ったら、次の瞬間に我に返って否定されるんだッ!!」
「大丈夫さフィリア、僕、もうフィリアのヒモでいいや…………」
「ほーら、そう言ったッ!! ………………ふむ? もう一回言ってくれ英雄?」
「君のパンツのヒモになりたい」
「じゅ、じゅじゅじゅじゅじゅ~~~~ッ!」
「ジュース飲みたい? 喉乾いたっ? そういや僕、今持ってるよ、飲む?」
「ジュッ、テーム英雄!! ついに私の思いが届いたんだなッ!! ああ、可哀想に……、こんなに心が疲れてしまって……私が優しく癒してやるからな、時間の分からない、外が一切見えない部屋で、誰にも邪魔されずに過ごそうな」
「まぁまぁ落ち着いて、これでも呑んで落ち着きなよ」
「ん、コーラかありが…………いや待て、待て待て待て? 君はこれを呑んだのか?」
差し出された缶に、フィリアは険しい顔。
確かにこれはコーラだ、だが只のコーラではなく。
「そうだけど?」
「何処で手に入れた」
「ファンタとポテチで心を落ち着かせようと思ったんだけど、爺ちゃんがファンタ無いからコーラ飲めって」
「ええいッ! 相手は酔っぱらいだぞッ! ちょっとは疑って確認しろッ!!」
「うーん、君は何を怒ってるの? はい、仲直りのチュー」
「するかバカッ!! 君はとっととその酔いを覚ませッ!! 半分も呑まないウチにこんなに酔ってッ!! ああもうッ! さっきの言葉に喜んだ私がバカだったッ!!」
つまりそれは、お酒を呑ませれば色々な言質が取れるのでは? とフィリアの頭に過ぎったが。
今はそんな場合ではない。
「糞ッ、今は少しでも時間が惜しいのにッ!!」
「えー、帰ったら君の力で引きこもれば良くない?」
「……酔っぱらった君は面倒くさがりで甘えんぼか、新鮮だが酔っている以上、鵜呑みにはできん」
「えー、ひっどいなぁ。せーっかく僕が色々考えたのにぃ。……ぺろぺろ」
「ッ!? 脹ら脛を舐めるなっ!! 膝枕してやるから頭を乗せろッ!」
「僕、だっこの方が良いなぁ……」
「分かった、この際それで良いから……うぐっ、重いぞお前」
「いや、これは至福じゃないかな? ちょっと夢だったんだよね! 可愛い彼女に介抱して貰うのって」
「はいはい、この酔いどれさんめ……。何かして欲しい事はあるか?」
愛しい彼女の義務感半分、嬉しさ半分の言葉に、英雄はにっこり笑って。
「頭かいて」
「はいはい」
「おっぱい揉みたい」
「自分のを揉め」
「もみもみ。うーん、虚しい……」
「ばーか」
降って沸いたゆったりとした時間。
それすらも私達らしい、とご満悦なフィリアに。
しかして英雄は、急に青い顔をして。
「…………トイレ行きたい、代わりに行ってきて」
「よしよーし、漏らすんだ。私はそんな君も受け入れるぞ」
「待って、マジで待って? なんでスマホ構えてるワケ?」
「気にするな、二人の記念に撮っておこうと思ってな」
「僕が気にするよっ!? ああもう、僕が行く――って、なんで頭を押さえてるのフィリアっ!?」
「ふふ、君が悪いんだ。酔っぱらった君が悪いんだぞ? ……私に、君の恥ずかしい場面をとくと見せてくれ」
「慈愛に満ちた顔で言わないでっ!? ぬぁあああああっ!? お酒の所為で力が入らないっ! しかも頭を押さえられてたら尚更だっ!!」
「さあ、漏らせ。――ああ。美蘭もこんな君を見たら恋も冷めるだろう」
「僕の尊厳っ!?」
急に溢れ出す尿意、このままでは本当に本当のピンチだ。
英雄の酔いは一気に醒めて。
「ああもうっ! 迂闊に呑むんじゃなかった!! チクショー! 誰かあああああああ!!」
「フハハハハッ、助けはこないぞ英雄! だから土蔵を選んだのだろう?」
「しまったそうだった!! 今の時間は誰も来ないから選んだのが裏目に出たっ!!」
「おー、よちよち。この年で漏らすとは手のかかるバブちゃんだなぁ」
「いやだーーーー!! 高校生にもなって漏らしたくなあああああああいっ!!」
どうしたらこの状況を打破出来る? 酒精が抜けつつある英雄の頭は急回転しはじめ。
(おっぱいを揉んで不意打ち? いやダメだ、絶対に予想されてる)
ならば小では無く、大を漏らしてそれを投げつけてみるのはどうだろうか。
(うーん、大惨事の自爆技だね。本末転倒だしフィリアに変な性癖が芽生えかねない)
では狂ったフリをするのはどうか。
(さっき床に置いた包丁、手が届きそうなんだよね。これで…………いや、見抜かれるかもだし、そもそも危険だ。フィリアへの想いが醒めたって嘘? いや失恋ダメージでフィリアが僕と美蘭を殺しかねない。うーん、狂ったフリをするなら、狂ったように最後の一線を越えなきゃ………………――――――うん?)
その瞬間、英雄の脳裏でパズルのピースが次々に組み上がって行き。
これが正しいなら、イケるのではないか。
仮に失敗しても、恐らく推測ので道は開ける。
「…………兵は拙速を尊ぶ、か」
「兵法だな、君からそんな言葉が出てくるとは驚きだ。今度、語り合うか?」
「残念だけど、他に知ってるのは三十六計逃げるにしかず、っだけってね」
「口振りが戻ったな、酔いが醒めたか?」
「甘えんぼ英雄くんが帰ってしまって、君は残念だろうけどね」
「なに、成人したら二人っきりでご招待するさ」
「その時はフィリアの変貌も楽しみにしてるよ」
「私も楽しみにしている。――それで? 何か思いついたんだろう?」
期待の眼差しを送るフィリアに、英雄は人差し指を彼女の唇にあてて。
「内緒だよ、これは君にも秘密だから意味がある作戦なんだ」
「さっきの言葉からするに、今夜中にでもケリを付けるのか?」
「上手く行けばね。さぁってと、根回しに行かなきゃなぁ」
膝枕に後ろ髪を引かれつつ、英雄は体を起こして。
立ち上がると、フィリアに手を差し伸べて立ち上がらせる。
やる事が決まったなら、次は行動すべきだ。
「私に手伝える事は?」
「気持ちは嬉しいけど、今は無いんだ」
「では後であるのか」
「…………あー、たぶん?」
「……英雄? 君はもしかしてまたアドリブ計画で博打を?」
「強いて言うなら、いつも通りにやるって事さ」
「少しぐらい私に打ち明けても罰は当たらないぞ?」
「じゃあ心構えをしておいてよ」
「何の」
「きっと君は色んな感情に襲われるだろうけど……ともかく僕は本気だってね!」
「本当に何をするんだ英雄っ!?」
「それはお楽しみってね! さ、ここを出ようか。……あ、もう一つ頼みがあった」
歩き出した英雄は即座に振り返って、フィリアはぱぁっと笑顔を浮かべたが。
「よし、何でも言ってくれ」
「僕の代わりにトイレいっておいてくれない?」
「………………君、まだ酔いが完全に覚めてないな? トイレに行ったついでに顔を洗ってこい」
「はいはい、じゃあ暫く事態は動かないと思うから。フィリアはゆっくりしておいてよ」
「不安だ……実に不安だ」
「よーし、楽しんで行こう!!」
土蔵から仲良く手を繋いで出る二人。
そして。
(みんなを誘って、おっぱぶに行くぞっ!! いや、マジで楽しみだよっ!! ひゃっほう!!)
と英雄はルンルン気分で計画を練り始めた。
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