第142話 マイターン、コンティニュー!



 美蘭と英雄は、幼い頃に結婚の約束をした。

 そんな彼女は英雄の退学を目論見、フィリアをストーカーし、そして一応奪った。

 夕食後、割り当てられた客間にて美蘭を待つ中、英雄とフィリアは正座して話し合い。


「つまり……、美蘭は僕が好きって事で問題ないかな?」


「どうだろうか、それにしては行動が繋がらないと思わないか?」


「だよね、フィリアの方に行ったのが謎だ」


「少なくとも、私への想いはベクトルこそ不明瞭だが本物だとは感じたが……」


「婆ちゃんと爺ちゃんが経験した事は、僕にも受け継がれてしまったかぁ、うーん、血の繋がりって怖いっ!?」


「おい、暢気に言っている場合か?」


「まぁ、僕の事が好きなら。僕がやる事は決まってるし。…………原因と行動が繋がらないのが不確定要素すぎてアレだけど」


「ほう? 君はもう対処する方法を見いだしたと?」


「え、フィリア? 僕としては君が分かってないのが不思議なんだけど?」


「え?」


「え?」


 首を傾げる二人、フィリアがその先を聞こうとしたその時だった。


「待たせたわねっ! 全人類を絶望の渦に落とすワタクシが華麗に登場!!」


「いや美蘭、口元にチーズついてるよ?」


「マジでっ!? うわっ!? ホントですわっ!? リテイク! リテイクを要求します!」


「ふむ、ではどうぞ?」


 そして再び閉まる襖、美蘭が勢いよくもう一度開くと。


「ディーフェンス! ディーフェンス!」


「なっ!? これはいったいっ!?」


「うん? フィリア? 君ってば何をしてるワケ?」


「ディーフェンス! ディーフェンス! 私は先程の事で決めたのだッ!! 恋人として英雄を守るとッ! ヘイッ! ピッチャーびびってるッ!!」


「色々混ざってますわっ!?」


「フフーン? 私は知っているのだ、こんな時にマジになってシリアスに対応すると、馬鹿を見ると。――脇部に対抗するなら、馬鹿になるのみっ! さぁ来い美蘭! 英雄は決して渡さないぞ!!」


 普段のキャラを投げ捨てて、両手を広げシュババと左右に動く金髪ポニテクールな美少女。

 その姿に、美蘭の心は突き動かされて。


「くっ、そんな遊びにワタクシは乗りませんわっ!!」


「ディーフェンス! ディーフェンス! はッ! そんなものか悪の女幹部ッ! 私の愛の鉄壁の前に恐れをなしたようだんだッ!!」


「ううっ、フィリアがこんな……こんな事って……」


「ふッ、無様と笑うがいいさ英雄」


「そんな事ないよっ!! 僕は嬉しいんだ!! これで君と一緒に、掃除の時間恒例ジェダイごっごも出来ると思うと大感激モノさっ!!」


「それで良いんですの英雄ッ!? フィリアさんッ!? いえ、ちょっとは理解出来ますけどっ!!」


「あ、いい感じに動揺してるね。次はどうするフィリア?」


「決まってる、――聖なる無敵バリアッ!! 私がバリアを張ったので、もう美蘭は英雄にも私にも触れないぞッ!!」


「ぐううううっ、超楽しそうって思う自分が悔しいですわっ!!」


 歯ぎしりして苦悩する美蘭の前で、フィリアと英雄は遊びはじめ。


「よぅし! じゃあこの座布団はキャプテン英雄くんのシールドだ!! 投げても跳ね返ってくるんだぜ!!」


「では私はこの枕を雷の出るハンマーにする! ではいざ勝負ッ!!」


「ワタクシを呼んでおいて、何二人で遊んでいるのですかっ!! 混ぜなさいったら!!」


「…………へぇ、参加するんだ」


「ほう、……ではそれなりの覚悟をして貰うぞ」


「なんで二人して手をワキワキさせてるんですのっ!? 薄い本されるんですわねっ!? くっ殺っ!!」


「え、何それどん引きだよ美蘭」


「そうだぞ、神聖なるアベンジャーズごっこにスケベを持ち込むなど言語道断だ」


「梯子を外すんじゃありませんっ!!」


 ゼーハーゼーハーと息切れする美蘭。

 なお、ここまではアドリブで、ここから先もアドリブだ。

 何せ、話し合う前に彼女が来てしまったのだから。


「まぁまぁ落ち着いて美蘭、――そうそう、君に返すモノがあるんだ」


「はい? 何か貸して…………ああ! 三年前に貸した五万円!」


「おい、初耳だぞ英雄?」


「え、それくれたんじゃないの?」


「お馬鹿っ! そんな大金ポンとあげるものですかっ!! とっとと返しなさい!」


「困ったなぁ……僕、持ち合わせも貯金も無くて。ああ、あの時、全裸になんてなるんじゃなかった!」


「君は何をしたんだ? …………仕方がない、一つ貸しだぞ英雄。私が立て替えておこう、受け取れ。迷惑料を上乗せしておいた」


「わお、六万になって返ってきましたわ!」


「くっ、男として情けないっ! これじゃあヒモみたいじゃないかっ!!」


「いや、現時点ではどう見てもヒモだぞ?」


「借金を女に返させる、ヒモの所行ですわね」


「僕がヒモっ!? そ、そんな馬鹿なっ!!」


「良かったな英雄、私のヒモになった時の予行練習が出来て」


「ぷぷぷぷぷーー、ヒモですって! 『僕はデートの時に女の子にお金を全額出させる男にはならない』……誰の言葉でしたっけ?」


「ば、バカなっ!! オサム兄さんの様にはならないって心に誓ったのにっ!!」


 膝から崩れ落ちる英雄、そんな恋人の様子はともあれフィリアは気になる事があって。


「修さんは、そんなダメな人間なのか?」


「ああいや、誤解しないでフィリア」


「オサムお兄さまは、脇部の中でも純情ロマンチストで金銭感覚もキッチリしている人物ですわ」


「でもディアさん以外の例の二人が、兄さんが金欠の時を見計らってデートに誘ってね?」


「あれは正しく匠の技ですわ……。買い物の荷物持ちにつき合ってくれたら、水道代を立て替える」


「荷物持ちと言う名のデート、当然、兄さんはお金がなくてデート代もアッチ持ち」


「そして記念の品と称して貢がれて……」


「そんな事を繰り返している内に、あの二人は合い鍵まで手に入れちゃってね、もう兄さんは何も言えないって寸法さ」


「…………もしかして、ディアさんとの結婚は重大な惨劇を招くのでは?」


「ま、そこはオサム兄さん次第って事で」


「一応、お爺さまとお婆さまが隠れて着いていくそうですけど」


「何故、そんなに詳しいんだ?」


「いやほら、賭けの対象になってたからね」


「情報収集は大切ですわ」


「プライバシーッ!!」


「いえフィリアさん? 貴女も人のことを言えないのではなくて?」


「そっくりそのまま返すぞ美蘭さん?」


「まったくもう、ウチの女達はどうしてこう……」


「「英雄に言われたくない!!」」


「ぎゃふん」


 綺麗にオチがついた所で、英雄はフィリアにアイコンタクトをひとつ。

 そろそろ美蘭の警戒が解けた頃、ならば。


「じゃあ美蘭、手を出してよ」


「ええ、そういえば何か返すって言ってましたわね」

 

「そう、コレさ」


「…………ワタクシにはもう必要のないモノですわ」


「それはさっきの指輪だな、昨日の賭けの品で、結婚の約束の思い出の」


「ええ、でも決別しましたから」


「何と?」


「――あの頃のワタクシ、ですわね」


 それは気障ったらしい陶酔した台詞であった。

 普段なら、中二病乙と英雄は返す所だが。


「でもさ、受け取ってくれなきゃ困るんだ」


「なんで英雄が困るんですの?」


「当たり前じゃん。だって、僕は君の気持ちに――あ痛っ!? 何するんだい美蘭っ!?」


「ふん!! 天罰ですわ!」


 指輪を差し出した手を、美蘭は力一杯たたき落として。


「……その態度、英雄への好意はイエスと見てもいいか?」


「いえ、ノーよ」


「では何故こんな事をする」


「分からない?」


「ああ、分からない」


 真剣な眼差しのフィリアに、美蘭はそっと目を伏せて。

 次の瞬間、僅かに肩を震わせて。

 泣いている、そう二人は感じた。

 だが。


「クククククっ、あはっ、あははははははっ!! 分からないっ!? 本当にっ!? ワタクシの意図がっ! 気持ちがっ! 分からないと言うのっ!?」


 見開いた瞳、目尻には少し涙が零れ。

 口元、歪にゆがみ。

 握りしめられた拳、血が滴り始め。


「美蘭? ちょっと肩の力を抜こう、手の平が爪で怪我しちゃってるじゃないか」


「ワタクシに触れるなっ!! 今の貴方がワタクシに触れないでっ!!」


「…………僕、君にそんなに嫌われる事したかな?」


「ええ、しました。しましたとも……分からないのですか? 嗚呼、嗚呼、嗚呼、なんてお幸せな事で、ワタクシの心はぽっかりと空虚なのに」


「その空虚な理由、話してくれる?」


「勿論、良いですとも。でもその前に、フィリアさんの問いに答えましょう」


 美蘭はギッと彼女を睨み、血を吐くように言い捨てた。


「英雄を好いている? いいえ、いいえっ! そんなもの答えはノー! 何故ならば、タクシは英雄を愛しているからですわっ!!」


「…………あの結婚の約束の時から?」


「まさか、――もっと前。ワタクシと英雄が共にここで遊ぶようになった時から」


「先に好きになったのに、そう言うつもりか?」


「そうですわっ!! 英雄はワタクシの夫になる筈だった!! アニメの悪役が好きで、幼稚園で爪弾きにされていたワタクシを肯定して、ヒーローと悪の女幹部ごっこをしてくれたのは英雄だけだった!! 英雄こそ、ワタクシのヒーローで、ワタクシこそが隣に居る筈だったのにっ!!」


「でも、現実には私が英雄の唯一無二の伴侶だ」


「というか、そんなの言ってくれなきゃ分かんないよ?」


「…………認めますわ、ワタクシは油断していました」


 美蘭の瞳が爛々と暗く輝き、ギリッと噛みしめた唇からも血が出て。

 興奮して出た汗で、銀に染めた髪が頬に張り付く。


「英雄に、恋人なんて出来る筈がないと。そう、思っていましたの」


「………………とても分かる」


「分かってないで言い返してフィリア?」


「友達と馬鹿騒ぎするだけしか頭にない英雄、ええ、誰かに告白しても断る、そう思っていました」


「だから私が憎いと?」


「うふっ、ふふふっ、まさか、その逆ですわ。まだお分かりにならないの?」


 ケラケラと美蘭は凄惨に微笑むと、血の付いた手でフィリアの白い頬を赤で染める。


「――――嗚呼、這寄フィリア。貴女はこんなにも美しい……正直、一目惚れでしたわ」


 その狂気に崩れそうな視線に、フィリアは背筋が凍り付き恐怖という感情を顔に張り付けた。


「そんな顔も素敵、ふふっ、はははっ、本当に……英雄が愛するのも心の底から理解できてしまう。――でも、だからこそ欲しいの。英雄に愛される美貌、英雄が愛する性格、……その全てを私が手に入れれば」


「英雄が君を愛すると?」


「そんなの狂人の妄言? でも、私が手に入れる代わりに、貴女が一つずつ失っていったら? どうなると思います?」


 愛おしそうに、そして憎悪に満ちあふれた顔でうっとりと彼女の手に頬ずりする美蘭。

 二人はその光景に、全てを理解する。

 這寄美蘭は脇部英雄を愛している、――そして彼女もまた、脇部の女なのだと。


「……その手を離してよ美蘭。フィリアの全ては僕のモノだ」


「間違いですわよ英雄、フィリアさんも英雄も、全部ワタクシのモノ」


「もし仮にそうなったとしてもさ、僕は君を受け入れない、僕はだ「その先を言わないでっ!!」――痛ッ!?」


 ぱん、と軽い音と共に英雄は黙り込んで。

 美蘭は彼の襟首を掴んで、自ら叩いた頬を愛おしそうに撫でる。


「お願いだから、その先は言わないでくださいまし。ワタクシどうにかなってしまいそう……」


「君がどうなろうが知った事ではないが、私が英雄の婚約者で妻になる事は絶対に揺るがない。その薄汚い手を離せ泥棒猫ッ! ――君の恋は、もう、終わって、いるッ……!!」


 般若も裸足で逃げ出す形相で睨みつけるフィリアに、美蘭は素直に手を離す。

 しかし、その瞳には決意に満ちあふれて。


「それがどうかした?」


「どうかした? 本当に理解しているのか貴様はッ!!」


「ケケケっ、カカカカっ、アハハハハっ!! 理解していないのはフィリアさんよっ!! ワタクシの恋はまだ終わっていないっ! 終わってたまるものですかっ!!」


 狂ったように、否、愛という毒に身を浸した美蘭は熱に浮かされた様に。


「覚悟しないっ! これが終わりではなくてよっ!! そう、始まりっ!! 明日帰って全てが終わる? まさかっ!! 貴方達は精々、ワタクシの愛に溺れる準備をしておけば良いのですわっ!!」


「――っ!?」「――ッ!!」


 彼女は硬直する二人の頬にキスをすると、部屋から嗤いながら立ち去って。

 ……その目には大粒の涙がボロボロと伝って。


「………………よし、作戦会議しよう」


「切り替えが早いッ?!」


 ヤベー事になったと、英雄は頭を抱えたのだった。


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